公衆トイレの個室に入っていた男性を襲った恐怖
湖城マコト
激しいノック!
ドンドンドンドン!
突然、公衆トイレの個室のドアが叩かれた。
空いている個室は他に幾らでもあるのに、どうしてわざわざ僕のいる個室の扉を叩いたのだろう。ノックの主は急いで駈け込んで来たあまり、テンパってしまっているのだろうか?
僕は無言でやり過ごすことにした。鍵がかかっている以上、この個室が使用中なのは明白。直ぐに諦めて別の個室を使ってくれるだろう。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
ノックはさらに激しさを増した。
これはどう考えても確認のためのノックじゃない。中に人がいると確信した上で、意図的に威圧感を与えている。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!
いっそ怒鳴り返してやりたかったけど、怖くてそれは出来ない。
出ていくなんてもっての他だ。
今はノックの主が去るまでジッとしているしかしない。
「いるでしょう?」
扉一枚隔てて聞こえてきた、ゾッとするような女の声。
怖い怖い怖い。
「いるのは分かってるのよ?」
きっと僕のことを誰かと勘違いしているんだ。きっとそうに違いない。
このまま息を殺してジッとしていれば、勘違いに気付いて立ち去ってくれるはずだ。そうに違いない。絶対にそうだ。
なるべく前向きに、自分に都合よくそう言い聞かせる。
「出てくる気はないのね?」
――無いに決まってるだろ!
心の中で
「まあいいわ」
ようやく諦めてくれたかと、女に聞こえないようにホッと息を
ドン! ドン!
一際大きな二度のノック。
思わず飛び上がりそうになってしまったが、それを機に女の気配は扉の前から消えた。
――ああ、ビックリした。
心臓に悪いとはこのことだ。
直ぐに出ていったらノックの女と出くわしてしまうかもしれない。
少し時間を置いてから、僕は荷物片手に公衆トイレを後にした。
「えっ?」
公衆トイレを出た瞬間、僕の背筋は凍った。
敷地内の駐車場には一台のパトカーが停車しており、その中から二名の制服警官と一人の若い女が出てきたのだ。
「あの人です」
女が僕を指差して警察官にそう告げる。
その声は、個室の扉をノックしていた女のものと同じだ。
「お兄さん。ちょっとお話しを聞かせてもらってもいいかな?」
「そちらの女性から、女子トイレに怪しい男がいるようだという通報があってね」
「あっ、いえ、そ、それは……」
駄目だ。何の言い訳も出てこない。言い訳をしたところで無駄だろうけど。
男である僕が、荷物片手に女子トイレから出てきた瞬間を警察官に目撃された。これは完全にアウトだ。
「悪いけど、鞄の中身を見せてもらえるかな?」
逆らうわけにもいかず、僕は大人しく警察官に鞄を手渡す。
鞄の中には回収したての盗撮カメラが入っている。
物的証拠は十分だ。
「署の方で詳しい話を聞かせてもらおうかな?」
語気の厳しくなった警察官に両脇を固められ、僕はパトカーに乗り込んだ。
警察に通報した女性の正義感には頭が下がる。
女性はきっと、僕が女子トイレへと入っていく瞬間を目撃していたのだろう。個室内に気配があるのを確かめた上で、警察に通報したといったところか。
今になって思えばあの激しいノックも、正義感故の怒りの表れだったのかもしれない。
悪いのは僕だ。それは自覚しているけど……。
犯罪者側の人間にとって、正義感の強い人間ほど恐ろしい存在はいない。
了
公衆トイレの個室に入っていた男性を襲った恐怖 湖城マコト @makoto3
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