小説家志望
馬田ふらい
小説家志望
昔から本が好きで、特に小説が好きで、でも勇気が出なくて。
やっと辿り着いたのが小説投稿サイトで、今まで胸の中に溜め込んでいた名作の原石をぶつけようとして、でも全く形にはならなくて。なんとか書き上げたものも人気は出なくて。
そういうわけで私は遂に「身売り」をしてしまった。私の近辺の事件をおもしろおかしく改変して小説にし、ネット上に公開した。なかなか話題にはなった。
続けてやってしまった。私の妻を犯人のモデルにしたミステリー小説である。これが空前の大ヒットで、私の文名をサイト中に知らしめ、書籍化までされた。
会社から帰ってくるときに近所の人に「奥さん、大丈夫?あなたがヒットしてから様子が変よ」と言われたので夕食時に質問したが、黙って首を横に振るだけだった。
私はさらに自分を題材にした小説を書いた。そこでは自分は剣士であった。流石にもう「身売り」への嫌悪感はなくなっていた。
その日は珍しく私が休みで妻が出勤の日だった。「いってらっしゃい」と見送ったあと皿洗いをするため台所に立っていると玄関の鍵がガチャリと開いた。恐る恐る覗くとそこにいたのは普段着の妻だった。おかしい。スーツで出勤したはずである。
「ただいま」
「……誰だお前は」
「はあ。またわけのわからないこと言って。昼間からお酒はだめよ」
軽く流された。
「妻は今スーツ姿のはずだ」
妻は黙って手洗いをする。私は異変に気づいた。妻のベルトは茶色だったはずなのに、目の前の妻は黒色のベルトを付けている。
私の書いた小説では妻は夫を殺した犯人であり、その凶器は黒色のベルトだった。
私は理解した。ゾッとした。彼女は私の小説の妻に違いない。そして私を殺すつもりなのだ。
私は彼女の目を盗み扉を開こうとしたが、彼女に気づかれた。彼女はたちまち鬼の形相に変わり、何やらわけの分からぬことを叫んでこちらに突進してきた。私は玄関から飛び出して猛ダッシュした。殺される。止まれば殺される。助けを呼べるほどの余裕すらなかった。私は必死だった。狭い路地を抜けるがまだ追ってくる。ベルトをムチのように扱いながら、民家の鉢植えをバシバシ割って進む姿は悪鬼そのものだった。差は徐々に縮まりつつある。
突き当たりは丁字路だ。曲がれ右したとき、ぼくの背後、つまり丁字路の左角を曲がって羅刹の迫る路地に入る剣士を見つけた。彼はおそらく私の小説の中の私だ。それがわかった直後、剣士の顔が悪鬼にしばかれ、路上に伏した。起き上がる隙もなく悪鬼は馬乗りし、ベルトで剣士の首を絞めあげた。
「あああぁぁああああぁああ!!!」
私の断末魔は聞いていられなかった。耳を塞がざるをえなかった。
「そうだ」
私はスボンのポケットから自分の小説を取り出し、中身を開いて突き出した。
「おい、化け物!これを見ろ!」
悪鬼がこちらに向いた瞬間、彼らの体は小説の中に吸い込まれた。終わった……?どっと疲れがやって来て眠くなる。息も絶え絶えで家に戻り、布団をしき、就寝する。いろいろありすぎだのだ。
私は「身売り」の小説家を辞めた。今はしがない小説家志望である。しかしそれでいいのだと私は思うた。
小説家志望 馬田ふらい @marghery
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