高木萌絵と初めて会ったのは今年の四月の中頃だった。

 毎年春に行われる新一年生対象の楽器体験会。そこで私が初めて担当した後輩が、高木萌絵だった。


「ほのちゃーん。リード追加でもってきてー。」

「はぁい。あ、美里香せんぱい、安い方でいいですよね。」

「もちろん!はやくー。」

「はぁい。」

 斎藤美里香さいとうみりか先輩は、私と同じクラリネット担当の三年生の先輩だ。おかっぱ頭に黒縁の眼鏡。笑顔のまぶしい、明るい先輩。今まで私は相当こき使われている。

 楽器体験会は別館にある音楽室で行われる。私にとってはいつも練習で使っている部室やら器具室やらがたくさんある別館だが、文化部以外の生徒はあまり使わない。もちろん、入ったばかりの一年生にもなじみがない。そこで下っ端の新二年生の楽器体験会での一番の仕事は、教室にいる一年生たちを別館まで連れてくることだ。

 ホームルームが終わると、二年生はまず一年教室に行って、部活見学に行く生徒にチラシを配ったり大声を張り上げて部員を勧誘する。そのすきに音楽室に集まった三年生が会場を準備し、一年生を猛歓迎する。そして一年生があらかたいなくなると、二年生は音楽室に舞い戻って三年生の先輩方にこき使われる、というのがここ何日かのパターンだ。部活動見学の終わる来週の水曜日辺りまでそれが続くそうだ。

 慌てて部室から新しく買い足したリードを十数個持ち、音楽室に駆け戻る。クラリネットパートでは、楽器体験をしていただいた一年生には無料でリードをプレゼントするという企画を行っている。それ用のリードを多めに用意していたが、どうやらそれをうわまりそうだ。それだけ部員も入ってくれるといいのだが。

「美里香せんぱい、追加のリードです。」

「ああ、ありがとう。ほのちゃん、次そこにある楽器組み立てといてくんない?」

「あ、はい。」

 そういう美里香先輩の目の前には、赤いネームプレートを真新しい制服につけた、新一年生思しき女の子が五人座っている。二人はもうすでに楽器を手にもって音を出している。はっきり言って、下手だ。だけどそんなことは顔に出さないで楽器を組み立てる。私が組み立てている楽器を使うことになるであろう残りの三人は、友達グループらしく、三人で何やら喋っている。クラリネットってさ、あの楽器でしょ。クラリネット壊しちゃったのクラリネット。そんな声が聞こえる。

 それにしても、本当に忙しい。自分たちでこれだけの人数を集めてきたくせに何言ってんだ、と思われかねないけど、本当に。

 なぜここまでするのかというと、今、部員数が非常に少ないからだ。現在の部員は三年生十六名、二年生十二名。合わせて二十八名しかいない。夏のコンクールの中学第一部への出場には最低でも三十人必要だから、今この時点ではコンクールに出れない。第一、主旋律を担当するクラリネットが二人しかいない時点でおかしいのだ。ほかの部は平気で五、六人はいるのに。ほかのパートも似たり寄ったりの状態だが。

 美里香先輩に自分の組み立てた楽器を三つ渡すと、いつの間にかいなくなっていた女の子二人の楽器を片付ける。美里香先輩は三人の新一年生の前にしゃがみこんで目線を低くし吹き方を教えている。

「ほの。」

 サックスを吹いている小野崎夏梨に呼ばれたのは、三人の一年生たちが三者三様にとりあえず音らしきものを出せるようになった頃だった。

「ほの、この子、クラリネットの体験したいって。」

 そういう夏梨の声を聴いて、私はああそれか、と思った。どこに行けばいいのかわからずうろうろする一年生を誘導するのも二年生の仕事だ。

 夏梨の斜め後ろには、真新しい制服を着た小柄な女の子が立っていた。くりくりした目がおびえるようにきょときょと動いている。

「わかった。ありがとう夏梨。」

 私は夏梨に向かてそういうと、一年生に向き合っていった。

「こんにちは。クラリネット二年の浦部ほのかです。」

 女の子はきょときょとさせていた眼をまっすぐほのかに向けていった。

「一年の高木萌絵です。ほのか先輩、よろしくお願いします。」

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償いと復讐 月村はるな @korehahigekinokiokudearu

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