第5話 いつか見えるもの

 巨木がひしめき合う広大な森林。緑色の空気が周囲に充満しているような気がする。

 TX050は、伐採作業を終えて下山するところだ。四本の脚で器用に森を抜ける。

 前方自然視界は、やはりいい。すべてを自分の目で見渡せることに、開放感を感じる。

 カオリは四足歩行を続けながら、操作席横のハッチを開いた。森の香りがカオリを包み込む。

 少しだけ目を閉じて深呼吸する。歩行は続けたままだ。もうすでに、このTX050はカオリと一心同体だ。

 この森を抜ければ、そこにあの広場がある。あのときは赤茶けた地肌が剥きだしだった、あの広場。

 地割れはすでに埋められて、再環境構築されている。TX050は森を抜けて、広い草原へと歩行を進めた。

 カオリは草原の真ん中で、TX050を停機した。そこはちょうど、あの地割れの真上あたりだった。

 停機した機体から、草原に降り立つ。

 カオリは深呼吸をする。振り向いて、TX050の巨大な脚を撫でる。もう一度深呼吸をする。

 ユウキさん。あなたは、デーモンが私たちを守ってくれると言っていた。その通りだと思う。

 でもね、私はわかっている。最後に人を守ってくれるのは、やっぱり同じ人なんだと。

 あなたが、それを教えてくれた。

 どんなにデーモンが優れていても、やっぱり最後は人なんだと。

 デーモンの原子レベル環境スキャン。最密度スキャンの環境評価。

 あなたがあのとき教えてくれたように、それがもし本当に原子レベルなら、評価予測は分裂後の世界だ。何かが起きる世界と、起きない世界。デーモンはその時々で選択をする。

 でも、選択されなかった世界も、確実に存在している。両方が同時に存在し、それぞれが現実の世界となって、宇宙は分裂していく。

 それが本当なら、彼が飛び降りないで済んだ世界は、必ずある。

 カオリは目を閉じて、草原の風に身を委ねる。

 その世界では、きっと私は今、彼の横に並んでいっしょにこの草原で笑い合っている。

 ユウキさん、あなたは今その世界で、隣にいる私を見ていてくれる。

 あなたは今も、私を見守っていてくれる。私にはそう信じられる。

 あのときあなたが信じたように、私もあなたを信じる。そう信じられるから、私はこれからもこの世界でやっていける。

 カオリは、柔らかな穂先を風に揺らす草原の中に腰を下ろした。また大きく深呼吸をする。緑の香りで胸をいっぱいにする

 あなたは今、私の隣に座っている。すぐ横に、あなたの気配を感じる。

 ふと思いついてカオリは振り向き、TX050を見上げた。前方自然視界の操作席に、ユウキの姿が見えるのではないかと思う。

 誰も座っていない操作席に、カオリは微笑みかけた。

 あの操作席には今でもまだ、あなたの匂いが残っている。

 カオリは立ち上がった。あのときと同じように作業着のおしりをぱんぱんとはたき、TX050に向かってゆっくりと歩き出す。


 あの日、たった一日だけだったけど、あなたに出会えて本当によかった。

 あの一日、ユウキさんとの一日。

 人が人のために何ができるのか。勇気や希望とは、どういうものなのか。あなたが教えてくれた、あなたとの一日。

 私はあなたのおかげで、あなたがいる世界と隣り合わせのこの世界で、これからもきっとがんばれる。

 いつかきっと、デーモンの最密度スキャンは別の世界を見せてくれる。デーモンにしか見えていないその世界が、いつか必ず私にも見えるようになる。

 そのとき、その世界にいるあなたに、私はまた会える。いつかきっと、そのときがやってくる。

 だから、あなたが信じたように、私も未来を信じます。



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ラプラスの悪魔 辺堂路コオル @katsuya2001

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