07.新人の苦悩

 ミカルです。最近、尋問官以外の仕事ばかりしています。

 ミカルです。本日はよろず屋みたいなことをしています。

 ミカルです。死体を見ることがないのは良いですが、肉体労働は向いていないようです。



「そおら、お前らあ!見つけてきたら銅貨をやるぞ!」



 クイエは手懐けた犬のように、先ほどまで遊んでいた子供を解き放ちます。

 クモの子のようの散ったのを見届けると、どかっと腰を下ろしました。



「あー。なんだかなあ。外に出るの久しぶりじゃねぇか?」


「そうですね……。日射しが辛いですよ。」


「まだ登りきってねぇっての。そんなんだからお前、頭の先からつま先まで真っ白なんじゃねぇの?」


「全身真っ黒より、よっぽど良いですよ。」



 ほざいてやがれ。と聞こえた声を無視し、親方の元へ向かいます。

 親方とは、昨日まではエドワードという男が働いていた職場の上司にあたるそうです。

 肝心の本人、エドワードさんは、今日の朝早く警備隊に教会へと連れていかれ、今は地下牢にいるはずです。

 そして私は、エドワードさんの代わりとして荷運びを手伝わされています。



「終わりました--」


「おせえっ!!いつまでぐずぐずしてやがる!もう昼にちけえじゃねぇか!はんっ!やっぱ役人はどいつもこいつもなまっちょろい!」



 いきなり怒声をぶつけられて、脳天まですくんでしまいます。

 ほんと、やめて欲しいです……。



「エドワードを連れてくぐらいなら、盗っ人でも捕まえてろ!見る目のないクズが。」


「……見る目ならありますよ。だからこうして話を聞きにきているんです。」



 私はここに、エドワードという男が不義密通をするような人間ではないこと、それを聞きに来ている。神の前で誓った誓いを破るということは、それなりに重い罪です。

 私はそのエドワードさんを見てはいませんが、ナアト様がそう言っているのです。

 私の目は節穴でしょうが、ナアト様を疑う理由は微塵もありません。



「……フン。結婚してから、あいつは一度も外で呑んでねえんだ。女を買って遊ぶことだって大してしてなかったしな。うちのもんが、ふざけて一度家までつけた事があったが、面白くないぐらい真っ直ぐ帰っていったらしい。話せることはこんくらいだ。さっさと行っちまえ。」



 しっしっ、と手で追い払われます。

 いい人ですが、酷い人です。

 一度お辞儀をした後、クイエの元へ帰ることにしました。



「お疲れ様。どうです?」


「おつかれさん。まだ誰も帰ってこねーな。」



 つい先ほどですからね。

 待っている間に、親方から聞いたことを話します。と言っても大したことじゃありませんが。



 取り留めのないことをぽつぽつ話していると、遠くから子供が二人走って来ました。



「にーちゃん、聞いてきたよ!」


「まってよ!あたしが先だってば!」



 子供はまだ小さな手を我先にと出して、お駄賃をねだります。



「よーしよし。んじゃ、順番に聞こうかな。」


「じゃあぼくからね!えーと、エドワードのお嫁さんが三人くらいの女の人にかこまれて、やっぱりうわきしてたとか、これでよかったとか、いろいろ言われてた!」


「へぇ……。どこで見たんだ?」


「んとね、"あおぞらいち"!」


「そうかそうか。ありがとな。ほら、銅貨だ。次は嬢ちゃんの話を聞かせてくれる?」


「うんっ。あのね、きれいな服を着たおねーさんがいっぱいいるとこで聞いてきたんだけど、エドワードっていう人、全然来なくなったって言ってた。一年前まではたまに来てたのにって。」


「それ、どこかの店で聞いたのか?」


「ううん。いつも絵を買ってくれてるおねーさんに聞いたら、知ってる人が教えてくれたの。」


「ふんふん。よしっ!ありがとな。他の子を見つけたら時間切れって言っといてくれ。」



 クイエは女の子へぽいっと銅貨を投げると、歩き始めます。



「市場へ行きますか?そちらの方が臭いますよね。」


「臭うってお前……。仕事場の親父もシロだって言ってんだろ?んじゃ、やっぱ変だろ。その嫁の仲間はさ。」


「女の子が行ってたのは、おそらく花街でしょうね。娼館に行っていないからといって、浮気していないとは限りませんけど。」


「俺だったら、むしろ別で女が出来たって考えるけどな。」



 何はともあれ、無実の可能性があるならばその男性を救わなければいけないわけで。



「疑わしきは罰せよ?」


「疑わしきは罰するな、ですよ。スパイはそれで合ってます。」



 そんなこんなで"青空市場"ですが、そこそこの人で賑わっています。



「あ!しまった!あのガキにどこで見たか聞くのを忘れてた。」


「……そこのお店の人に聞いてみましょう。」



 近くにあった、甘いいい匂いをさせているお店をのぞきます。どうやら、何かの果物を平たく潰して焼いたお菓子を売っているようです。



「良い匂いですね。二ついただけますか?」


「あいよっ!銅貨七枚だ。」



 意外と若い男が、手際よくくるくると紙に焼かれた果物を巻いていきます。



「おにいさんはアビーという女性はご存知ですか?エドワードという方の奥さんなのですが……。」


「アビー!?ああ、もしかしてあの可哀想な。」


「かわいそう、とは。」


「可哀想さ!だって毎日毎日、市場に来るたんびに他の奥さんに旦那の悪口を吹き込まれてるんだぜ?根も葉もねえ悪口ばっかりだ!」


「その人たち、誰かわかります?」


「なんであんた警備隊でもないのにそんなこと……。」



 そこではっとした表情になり、小さな声でその人達の名前と特徴を教えてくれました。



「ありがとうございます。……これ美味しいですね。また買いに来てもいいですか?」


「お得意様になってくれよ。できる限り協力させてもらうからさ。」


「中々外に出ることが難しいので……追加で四つ下さい。」


「よ!太っ腹!銅貨十二枚に負けてやるよ。」



 甘く香ばしいお菓子を頬張りながら、いつの間にか女性と談笑していたクイエの方へ歩きます。

 それにしても、初めから大当たりとは思いませんでした。よっぽど有名なのでしょうか?



「ミカル!うまそうなもん食ってんじゃねぇか。一個くれよ。」


「どうぞ。どうやら、アビーさんに嘘を吹き込んだ人がいるみたいですよ。」


おんなじことをたった今聞いてたぜ。悪さしたんなら、お仕置きしねーとな。」


「どこにいるんでしょうね……。話をきいて、ほんとうかどうか確かめなければ。」


「奥様の井戸端会議っていったら、やっぱあそこだろ。」



 にやりと笑ったクイエには、嫌な予感しかしません。


 その日、井戸端会議をしていた(まさしく)ご婦人十名ほどからも同じ証言をいただき、ご丁寧にも夫のエドワードさんは浮気をするような人ではないともおっしゃっておりました。



 ナアト様にそのままの事を報告した翌日、エドワードさんは解放されました。

 奥さんのアビーさんに嘘を吹き込んでいた三人のご婦人は、一週間ほど街中で晒し者になっています。

 晒し者といいましても、ガミガミ女のくつわという器具を頭に嵌めたまま路上にいるだけなんですがね。






「警備隊にエドワードが浮気をしていると言ったのは、妻のアビーらしい。」


「え?どういうことですか?」



 死刑にした男性の死体(もちろんエドワードさんじゃありませんよ)を片付けているとき、ふいにナアト様が言いました。

 嘘を吹き込まれてすぎて、疑心暗鬼になってしまったのでしょうか?



「エドワードがくれる愛の重さというやつに、妻は耐え切れなかったのでしょうね。」



 色恋は苦手なのですが……。



「えっと……つまり、アビーさんはそこまでエドワードさんのことを愛していないってこと、ですか?」


「いいや。愛しているさ。これ以上ないくらい。けれど、夫がくれる愛情がそれ以上のものに感じ、夫への愛情が相対的に小さいものだと思い込んでしまった。恐慌とも愚行ともとれる行動は、その気持ちからきたものでしょう。」


「……。」



 ずっと困った顔をしたままの私を見かねたのでしょう。ナアト様は珍しく、私に答えをくれました。



「人はね。愛してくれる人を愛するように出来ているんだ。例えそれが、本人にも他人にもわからなくとも伝わらなくとも。良い意味でも悪い意味でも、人は鏡写しなのさ。」



 ……答えになっているのでしょうか?



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尋問官Nは語らない。 夏浜にじょーかー @nonina

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