第2話 男の子


「いらっしゃいませ。何名様ですか?」

「4人です」


 店員のお姉さんが私たちを迎えてくれて、ゆうさんがそれに応対する。その間、私はつま先立ちになって店内を見渡した。

 店内には男子が一人しかおらず、店の奥の奥、隅っこのボックス席に一人で座る彼が、店先で見かけた人なのだろうということはすぐに見当がついた。


「かしこまりました。お好きな席へどうぞ」


 店員のお姉さんはそう言って私たちを店内に促すと、カウンターの奥へ入っていった。

 みっちゃんが一歩前に出て、ぐるりと視線を巡らす。それから振り返って朗らかに口の端を上げた。


「けっこう空いているな。どこにする?」


 ゆうさんもみっちゃんのすぐ後ろについて、みっちゃんの体越しに空席を確認すると、奥の方を指さした。


「あったかいとこがいいわよね。暖房の近くにしましょ」


 ゆうさんは男の子が座っている方を指さした。ちょうど男の子の隣の席のあたりが、暖房のよく当たる場所だと、何度も足を運んでいる私たちには分かっている。


「ゆうは寒がりだなぁ」

「みっちゃんが風の子なだけでしょ」


 率先して歩き出したゆうさんを揶揄したみっちゃんの言葉に、ゆうさんは顔だけ振り返って頬を膨らませた。それからそっと顔を寄せて声を潜める。


「それにほら、例の男の子もいるし……」

「ゆうさんも気になる?」


 少し照れたように眉を寄せるその顔には、空々しい興味が滲む。私も同じ気持ちだった。


「気になるわよ、女の子だもの。二人も気になるでしょ?」

「私は別に。男子なんてサルばっかじゃないか。早く座ろうぜ」

「……え? 私?」


 ゆうさんが後ろの二人に声をかけるけど、みっちゃんは私たちの間をすっと抜けて、ゆうさんの指さした奥の席へと行ってしまう。りっちゃんに至っては話を飲み込めていないようだった。


「みっちゃんはほんと陸上しか興味ないよね……。りっちゃんはどう? あの男の子、気になるよね?」

「男の子……?」


 りっちゃんは首を傾げた。りっちゃんの眼鏡が照明を反射して、その奥の瞳を隠す。ほんとに話を聞いてなかったみたいだ。それどころかこの様子だと、あの男子の存在すら認識していないかもしれない。

 

「えっと……うーん、いいや! 座ろ座ろ、アイス食べよ!」


 私は説明をあきらめると、りっちゃんの手を引いてみっちゃんの後を追いかけた。私たちを待っていてくれたらしいゆうさんも一緒にボックス席へと向かう。みっちゃんが真っ先に手前側の奥に座ったので、私はその正面に着くことにする。長椅子に腰を下ろすと、ゆうさんが私の隣に、りっちゃんがみっちゃんの隣にそれぞれ座った。なんとなく、これが私たちの定位置だった。私の正面はいつもみっちゃんで、私の隣はいつもゆうさんだった。私たちが友達になってもうすぐ丸二年になる。その間、ずっと変わらない。

 席に着く前に一目、そして座ってからはメニューを開いて肩越しにじっと、後ろに視線を送る。衝立の間から見える例の男子は、なにやら真剣な表情でメニューを眺めている。どうにも気晴らしという雰囲気ではなかった。入ってみたはいいもの、女の子ばかりで緊張してしまっているのだろうか。


「あんまり見るな、失礼だろ」

「あてっ」

「たっ」


 すっかり後ろを向いていたら、もう一つのメニューでみっちゃんに頭を叩かれた。隣からも声がしたと思ったら、ゆうさんも頭を押さえている。二人で後ろ向いていたのか。それは見とがめられても仕方ない気がする。私が見ているのに気づいて、ゆうさんはちろりと舌を出した。

 

「さって、何にしようかな~。やっぱプリンパフェかな~」


 みっちゃんは椅子に体を沈めて、ぱらっとメニューをめくったかと思うと、


「うん、やっぱプリンパフェだな。決定!」


 と言ってすぐにりっちゃんにメニューを渡してしまった。いつものことながら、決断が早い。私だったら『パフェはカロリーが……』とか『プリンもいいけどチョコもいいなぁ』とか、いろいろ考えてしまうところだ。そして考えてるうちにみんなが頼んでしまうので、誰も選んでないものを注文することが多かった。


「私はどうしようかしら……あ、このお抹茶のおいしそう」

「あ、それ美味しそうだねー」


 ゆうさんが指差したのは、抹茶のティラミスだった。私には抹茶の良さはよくわからないけど、ゆうさんは茶道の習い事もしているみたいで、そういうものが好きみたいだ。大人っぽくていいなぁと、いつも思う。

 私もメニューを眺めて、何にしようかと考える。ハニーバニラにすると決めてはいるのだけど、それでも一通り目を通してしまわないと頼めない。


「失礼します」


 店員のお姉さんがお冷を持って来てくれた。お姉さんはてきぱきと四人分の水とおしぼりを配り、


「ご注文お決まりになりましたらお呼びください」


 と一礼して下がっていく。


「すいません」


 その背中を追うように、後ろから声が聞こえた。少し上擦ったその声が、思ったよりずっと低い音で目が丸くなる。

 思わず肩越しに後ろを向くと、男の子は顔を上げて、いかにも緊張で強張った表情で、お姉さんにまっすぐ視線を投げかけていた。


「あれっ?」


 ガタン、と言う音と共に上がった声に、私が顔を戻すと、みっちゃんが椅子から立ち上がっていた。なんだかとても驚いた顔をしている。


「アキラじゃん。なにしてんの、こんなとこで」

「げっ!?」

「げってなんだよ、失礼な!」


 店員のお姉さんと、衝立を挟んで向かい合う二人は、ここが店内であることを忘れてしまったように砕けた表情をしていた。

 

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思い出の蜜 佐嶋凌 @sashima_ryo

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