結婚式と、それから

雪羅

結婚式と、それから



「――優理亜ゆりあは、好きな人とかいないの?」

「へっ?」

 突然の話題に、優理亜は飲んでいたノンアルコールでむせそうになった。

「わ、私は仕事が恋人だもの」

 なんとか呼吸を整えて返す。

「まあそっか。昔からあこがれてた超有名ジュエリー会社広報室勤務ですもんねぇ」

「そーよ。そういう舞果まいかはどうなのよ?」

 私はねぇー、とデレデレし始めた舞果を尻目に、優理亜は高校時代の回想にふけった。

 ――戸松とまつ光太郎こうたろう君。

 優理亜がれて高校三年間…、大学進学で離れても好きな相手は、この結婚式の主役だ。

(…まっさか、相手は那津なつで、高一から付き合ってたとはね)

 親友の那津が何も言ってくれなかったこともだが、何より気づかなかった自分に一番腹が立つというか情けないというか。

 ぼーっとしていた優理亜は手にげたハンドバッグから振動が伝わってきているのに気がついた。慌ててスマートフォンを取り出す。

 切れてしまったらしい電話の相手を見ようと液晶の電源を入れ、通知を確認すると――。

(わっ、着信二十三回!? しかも全部阿部あべ玲斗れいと君から…。こんなに着信あるなんて、なにか仕事のトラブルとか!?)

 スマホを取りだしたまま青い顔で固まっている優理亜に、舞果が声をかける。

「優理亜? なにか、仕事の連絡?」

「うん…。ちょっと外出て掛け直してくる」

 心配顔の舞果を置き、一人会場の外に出る。

 披露宴も終盤が近いとはいえ、立食パーティが始まったばかりだ。ロビーに人影はない。

 扉の横にある大きな円柱の影に隠れ、優理亜はリダイヤルボタンをタップした。

 ワンコールで相手が出る。

「――優理亜センパイ?」

 低い、それでいてどこか甘めの声が響く。

「ええ。連絡遅くなってごめんなさい、阿部君。緊急の案件かしら?」

「うん。この前俺が流しちったカリスト社との会食、急に先方がオーケーしてくれてさ」

「え!? すごいじゃない! それいつなの?」

「……今日の二十時から」

「は!?」

 思わず叫んで腕時計を見る。……ただいま十八時を少し回ったところ。

「間に合わないわよ!」

 新幹線がなく、直通電車がないここからは、東京まで電車で二時間は絶対にかかる。それに、仕事の会食に今着ているパーティードレスで出るわけにもいかない。車なら高速道路が突っ切っているから一時間半ほどなのだが。

「…俺が今センパイのとこ車で向かってる。もうすぐ着くから。着替えもロッカーにあったやつ持ってきた」

「そ、なの……。ありがとう。安心したわ。じゃあもう玄関で待ってるから」

「………センパイ」

「ん?」

「………」

「……運転中でしょ? 切るわよ」

「――センパイ、おめでとうって言った?」

 電話を切ろうとスマホを耳から離していたから、反応が少し遅れた。

「え?」

「……直接、主役達に言った…?」

「――………まだ」

 まだ一次会だし。どうせ三次会くらいはするだろうからそれまでには言えるだろう。だからまだ言わなくていいや。

 まだ、まだ、まだ……。

 そう考えていたから。

「センパイさぁ…」

 受話器の向こうでため息が聞こえる。

 そりゃそうだ。行こうかどうかも迷ってて、どうしたらいいかって飲みながらグチグチ二つも年下の玲斗に相談して。行くって決めたら決めたでどんな顔して会えばいいのよって泣いて。それでもどうせ行くんだからおめでとうの一言くらい言ってやるわ! って涙いて宣言したのに。

 結局どんな顔どころか二人にちゃんと会ってもいない。

「…また後で帰省したときにでも言うわよ。というか、運転に集中しなさい。切るわよ」

「優理亜センパ――」

 通話終了ボタンをタップし、バッグにスマホをしまう。

 今は言う言わないと個人の話などしているときではない。相手のカリスト社はロサンゼルスに本拠地を置く国際的な大企業。またしくじるわけにはいかない。

 一度会場に戻り、舞果に仕事で帰ることを伝える。

 すぐに引き返し玄関へつながる階段を下りようと足を伸ばしかけた。が、すぐに引っ込める。

 ………ほんとうに、言わなくて良いのか…。

 またそんな気持ちがいてきた。

 あとでも言えるかもしれない。けど、本当なら今日言うべき言葉だ。

 ここまで来たのだからなおさら。

「………――」

 優理亜は頭を振った。

(仕事に集中しなきゃ!)

 今度こそ玄関へ向かおうと視線を上げると、階段の踊り場に、玲斗がいた。

「阿部君! 早かったのね、今行くわ」

 足早にりていくと、真ん中辺りでがってきていた玲斗にすれ違いざま腕を取られた。

 そのまま上へ引っ張られる。

「!? ちょ、何!?」

「――センパイ、さっき階段下りる前、どんな顔してたか自覚ないんすか」

「え?」

 本気で困惑する優理亜に、玲斗は内心で息を吐いた。

(………まだ全っ然あの男のこと吹っ切れてないってバレバレだし)

 一息に階段を駆け上り、会場の扉に手をかける。

「!? 待ちなさい阿部君――!」

 バァンと響いた扉の開く音に、客達が一斉にこちらを見る。

 会場の奥にいた戸松とも目が合った。

 思わず優理亜はぱっと目をそらす。

 それを見ていたらしい玲斗が奥へと引きづりながらちっと舌打ちした。

 ずんずん進む玲斗にすべなくされるがままになっていると、新郎新婦の前にとんっと押しやられた。

「ど…ういうつもり、阿部君」

 困惑顔で玲斗を振り返る優理亜に、「別に」と返して玲斗は壁に寄りかかった、腕を組む。

「…サッサと言いたいこと言ったらどうすか」

 不遜ふそんにアゴをしゃくって新郎達を指す。

(…あ……)

 優理亜はようやく玲斗の行動を理解した。

 でも、まだ気持ちの整理が出来た訳じゃない。それに、一度はもういいやと諦めたことだ。………でも。

 玲斗がここまでしてくれたのだから。

 その気持ちをお守りに、勇気を振り絞る。

「あの…さ、那津、戸松君」

 困惑していた二人と順番に目を合わせる。

 精一杯、心から微笑んだ。

「――結婚、おめでとう」



 優理亜は玄関前に横付けしてあった車の後部座席に乗り込んだ。

 あとから乗り込んだ玲斗が車を発進させる。

 ルームミラーにちらりと目をやった玲斗は、普段の余裕ぶった表情でなく、本気で困惑してあちこち目を彷徨さまよわせた。

 少しして声をかける。

「……センパイ。いい加減泣き止んで下さい」

「だ、だって…!」

 優理亜は涙をぼろぼろこぼしていた。

 会場から出た途端、せきを切ったように涙があふれ出た。

「……止めたくても止まらないんだもの…!」

 両手で顔を覆って泣きじゃくる優理亜に、玲斗は前を向いて運転したまま自分のハンカチを手渡した。

「………会場着くまでには、泣き止んでくださいね」

 しばらくして、ハンカチが手から引き抜かれ、優理亜が「ん…」とうなずく気配がした。

 玲斗はルームミラーでそれを一応確認する。


(………もう少しだけ)

 前を見つめて心の中で決意を言う。

 もう少しだけ、センパイの時間をあなた達にあげます。けど。センパイが泣き止んだら。

 ――その後の時間は、誰にも渡さない。 

 玲斗はちらっと優理亜をミラー越しに見つめ、ふわりと微笑んだ。 

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