第21話 怪気談

 いつだったか……と首を傾げながら話してくれた。

 多分、小3くらいの頃だったろう。

 ベニーという犬を飼っていた。

 日曜日は彼が散歩させる決まりになっていた。

 その日も犬を連れて町をと、と、と……と駆けてると、なんだか変な感じがする。

 なんだろう?

 しばらく歩いて気がついた。妙に音がしない。静まり返っている。車の音もしない。人の影も見ていない。どうしたんだろう。不思議に思いながら歩いていると金物屋が見える。そこは金物だけじゃなくて生活雑貨も色々揃えていたので良く利用していた。

 覗くと、誰もいない。店は空いているのに店番はいない。

 不思議だなあ。と思いながら、またとことこ歩いてると、住宅地に入る。

 と、足が止まる。

 道の真中で湯気が立ち上っていた。

 まるで大きな鍋で湯を湧かしてるようだった。

 えー? なんだこれ?

 じっと見てると、湯気が急に動いた。

 近づいてくる。

 びっくりして逃げ出した。

 犬のリードを離してしまったが、それどころじゃなかった。

 あわてて家の前まで戻り肩で息をしていると、いつのまにか音が戻っていることに気がついた。

 なんだったんだあれ、どうしよう、ベニー助けに行こうかな。

 おそるおそるさっきの場所まで戻る。

 金物屋に店番のおばさんがいるのを見ると、なんだかやっぱりホッとした。

 さっきの場所まで戻るが、犬の姿がない。焦った。

「ベニー! ベニー!」

 と叫びながら町の中を走り回った。何時間走ったのか、空はもう真っ赤に染まっている。もしかしたら家に戻ったのかも、と戻るが、家にはいない。

 落ち込んで家の中に入った。

「ただいまー。ねぇー、あのさー」

 返事がない。

 ひょっと今を見ると母親が座ってなんだか憂鬱そうにテレビを見ている。なにを見てるんだろうと覗き込んだ。

 母親と自分が映っていた。ぼんやりした表情で並んで立っている映像だった。

「うわ、なにこれ? ビデオ?」

 母親は反応しない。

 わけがわかんない。

 ふと時計が目に入った。針がものすごい速度でグルグルと回っている。キッチンにおいてある小さな置時計を見る。それも同じだった。

「なんだよー!」

 と叫んで、家を飛び出した。

 するとワンワンワンワン! と犬の声がする。

「ベニー!」

 犬が走り寄ってきた。その瞬間「コラッ!」背中から声が飛んできた。

「あんた、いつまで遊び回ってたの! 今日は晩御飯食べに行くから宿題やっちゃいなさいって言ったわよね?」

「ご、ごめんなさい……」

 母親の顔がさあっと白くなり、動揺が広がる。

「どうしたの」

「え、なにが?」

 ガッと抱きかかえられてソファに寝かされた。

「喋れる?」

「何言ってるの? 喋ってるじゃん」

 母親が電話に飛びついた。

 彼は普通に喋ってるつもりだったが、呂律がまったく回っていなかったそうである。目の焦点も定まらず、ふらふらして、死人のように青ざめていたのだ、とあとから教えられた。

 病院に運ばれ、熱射病かもしれないということになったのだが、結局原因はよくわからず、二三日中によくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夏行草 @kurayukime

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ