第20話 暗示術
三十年ほど前か、彼の友人が亡くなった。
過労だった。
同期入社で一番仲の良かったやつだ。
当時はまだ「ブラック企業」という言葉が生まれる前だったが、同期連中はみな会社に殺されたと思っていた。過労死という言葉自体はあったのだ。
しかし、上司が「最近の若いものは弱い」「会社と心中する覚悟を持つのが社会人だ」「会社に尽くして英霊になったのだから褒めてやれ」と言う。
同期はみな気に食わなかった。
一人が言った。
「あいつに復讐させてやろう」
翌日、彼は上司に言った。
「実はあいつが夢に出てくるんですよ。恨めしそうに立っていて、なにかを訴えてるようで」
また別の日に別の男が言う。
「あいつ、俺の車のミラーにうつってて、グッと眉を寄せて怖い顔をしていて」
また別の日。
「夜中にドアの外から彼の声が聞こえてきた。どうして俺は死んだんだ、どうして俺は死んだんだ、って」
どれもこれも作り話だった。はじめは馬鹿にしていた上司だったが、ある日「お前らみんな見てんのか」と詰るように言った。
「同期のとこには出てきます」
「ちょっとそういう奴ら集めろ」
どうするのかと思ったら飲みに連れて行かれた。そこで各々、偽の体験談を語った。上司は腕を組んで黙っていたが突然
「お祓いをするか」
と言った。
「そうしないと落ち着かんだろう、あいつも」
次の日曜、神社でお祓いを受けた。
数日後、上司に飲みに誘われた。
「どうだ。例のやつはなくなったか?」
「はあ」
お祓いという次第になってあんまり幽霊だ幽霊だというのもためらわれた。
「そうか。俺はまだだ」
おっ、と身構えた。
「全然ダメだ。気がつくとあいつがいる。じっと見ている」
口を閉じてムスッとする。しばらくして
「だんだん近づいてきている」
そうですかぁ、と答えたが、どうしたらいいかわからない。
上司は目に見えるほど集中力を欠くようになり、うっかりすることが多くなった。ぼんやり赤信号を渡ろうとしたり、煙草に火を付けたばかりなのにもう一本取りだして火をつけたりする。
二週間後、その上司は仕事中に突然「すまない!」と叫んで立ち上がり、バタンと倒れてしまった。救急車で運ばれた。
どこかで頭をぶつけて、それが内出血を起こして脳を圧迫し、ついに倒れたということだったが、なんとか一命はとりとめた。しかし、半身に麻痺が残り仕事に戻ることは出来なかった。
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