ゴーストと探し物ーー後編の1
酒が好きだった騎士団の一人は魔獣の喉笛を斬り裂いて、それから喰われた。
いつも笑っていた用心棒の仲間は炎に焼かれて形も残らなかった。
騎士団長は泣きながら笑っていた。腕が取れ、長剣が折れても魔獣を屠り、最後には潰されて死んだ。
気がつけば、残っていたのは私と王様だけだった。何十人、何百人を犠牲にしても、魔獣は数を減らさない。
「……我らの犠牲が、民を生かせばいいのだがな」
片方の翼が焼かれ、立派だった角も折られた王様が言った。
「王様が一緒に逃げれば、きっと皆んな生きて逃げれましたよ」
「案ずるな。民には兵を付けてある。一日、それだけ時間を稼げれば、ナフドルト領の街には辿り着けるはずだ。……お前こそ、逃げなくて良かったのか? お前は騎士ではない。戦う理由は、ないはずだ」
「私は用心棒ですから。何があっても、このお店を守るって契約しましたから」
それにと、私は壊れかけた街を眺めて笑う。
「この国はこの程度じゃ終わりませんよ。騎士団の人達は死んじゃったけど、まだ王様は生きてます。国民も生きてます。私も生きてます。いくらでも再興はできますよ」
「……カハハ。豪気な女だ。どうだ? これが終わったら、俺の女にならないか? 最高の待遇で迎えてやるぞ?」
「用心棒のお仕事を続けさせてもらえるなら、是非です。……あぁ、でもその前に……」
「あぁ。こいつらを殺すぞ」
魔獣のおかわりが来た。大小様々、形も様々な魔獣は私達を見つけて、うるさいくらいに吼えた。
王様もそう思ったのか、端正な顔をしかめた後、右手と一体化している漆黒の剣を大きく一閃させた。
そして、鬼のように吠える。
「害獣共が! 俺の国を壊しておいて無事で済むと思うな! 残らず地獄に叩き落としてくれる!」
私も片刃の長剣を自然体で構え、魔獣達を見据える。
「行くぞ用心棒の女! 全て斬り落とせ!」
「もちろんです」
☆
見渡す限りに広がる真っ赤な花畑。ソフィアは目の前の光景に唖然としながら、とりあえず頰を抓った。
「痛い……夢ではない、ペンね。どういう事だペン?」
僅かな間に全く別の場所へ移動させられる。考えられるのは強制転移魔法だが、あの場にはソフィアとミスト以外誰もいなかった。
それとも……あの魔力の塊が何らかの作用を起こしたのか。空間魔法を身も蓋も無い言い方に変えれば、超密度の魔力で空間を歪ませるだけの魔法だ。あの二つの塊には、それだけの質量が確かにあった。考えられなくは無い。
「……だとすれば、都合が良すぎるペンね。そして、ミストはどこに行ったペン?」
眉をひそめたソフィアは辺りを見渡す。だが、ミストの姿も声も、どちらも見当たらない。
更に言えば、ソフィア以外の生命体も見つからない。これだけの花が咲いているというのに、虫も鳥も視界に映らないのは異常だ。
「……とりあえず、歩いてみるかペン」
何がどうあれ、ここが目的地の標べになる事に変わりはない。例の洞窟に辿り着くかはさて置いて、手がかりの一つは見つかったのだ。
次に見つけるべきなのは、様々な花を咲かす木。これだけ見晴らしが良ければ見逃しはしないだろうと、ソフィアはペタペタと歩き出した。
「それにしても、色々と話が繋がらないペンね。頭がこんがらがってくるペンよ」
ミストの持たらした手がかりから『深遠の森』を割り出したのはルアニア・ジア・ノートというソフィアの旧友だ。彼女はドンマの街にある図書塔の主を務めており、ソフィアの知る限り一番の知識を持つ人物だ。
今存在する、或いは存在した事象において、彼女が知らない事はない。酷く偏屈で口が悪く、表舞台に立つ事を嫌い、またほとんどの者と会話を行わない点を除けば、非常に優秀であると言える。
その彼女が導き出した答えが『深遠の森』なら、ミストが目を覚ましたのもここなのだろう。盲目的に信じてもいい程度には、彼女は嘘を吐かない。
だとすれば、納得がいかない事も出てくる。まず、これだけ広大に咲き誇る真っ赤な花畑。『深遠の森』は未開の地と言えるくらいに調査が進んでいないが、それでも人の目は幾度も入っている。だというのに、この花畑が発見されていないというのは、どうにも不思議な話だ。
そしてミストの証言。彼女の言葉では、花畑も例の木も、横目に見た程度という意味合いに取れた。この花畑にも当然、終わりはあるだろう。ミストが通ったルートが花畑の真横だと言うなら、話は繋がる。だが、実際の花畑はこれだけの面積を有している。ミストが森の中を彷徨って花畑の横を通る確率はどの程度なのか。そして何故、ミストは花畑の方へ進まなかったのか。
どちらも偶然と済ます事はできる。ただ、ソフィアが納得できないだけ。
「もっとミストに話を聞いておけばよかったペンね。色々と焦りすぎたペン」
ペタペタ。苦々しく双眸を細めるソフィアはそう呟いて……ふと足を止めた。
まだまだ続く花畑。その途上に、何かがある。
それは黒い何か。訝しげに、そして警戒しながらソフィアは近づくと、それは崩れた鎧のように見えた。
正確に言うならば、黒いプレートアーマーか。その横には地面に突き刺さる長剣がある。中身がなく、花畑の中で積まれるように置かれているそれは、ほのぼのとした周りの風景と酷く不釣り合いで、言い知れない物悲しさを感じさせた。
「……ただのゴミ、って訳じゃなさそうだペンね」
鎧の前で足を止めるソフィア。この状況を考えるに、これがただの鎧であるはずがない。
だが魔力は感じられない。足で小突いてみるも、これといった反応はない。
「魔術が施された跡もない。ならーーっ!」
唐突に膨れ上がった魔力に、ソフィアは大きく飛び退いて距離を取る。反応はもちろん、目の前の鎧。
「チッ! 小突かれたのが気に食わなかったペンか?」
鎧は魔力を撒き散らしながら、部位ごとに形を整えていく。胴部が宙に浮き、脚部、腕部、そして頭部が這うようにそれぞれの定位置に向かう。
程なく、鎧は一つへと完成した。中身は無いはずだ。だがそれは二本の足で立ち、地面から長剣を抜くと、フルフェイスの双眸の暗闇に赤い光を宿した。
「……簒奪者、じゃないペンね。あれは突然発生する魔獣だペン。それに……」
ソフィアは身構えつつ、目の前の鎧を観察する。鎧は何かを確認するように指を広げては閉じを繰り返し、それが終わったと思えば左手に持つ長剣を無造作に振り回してみたりと、動作の一つ一つが人族じみている。
まるで寝起きの状態、或いはしばらく動いていなかった剣士のような。そんな動きを簒奪者はしない。
現時点で、アレを魔獣と判断できる材料も、敵と判別できる要素もない。となれば、意思の疎通も計れるかもしれない。
念のため身体強化魔法はかけておく。回避もできるように重心を僅かに下げ、ソフィアは口を開いた。
「おーい。私の言葉が分かるかペン?」
反応はない。鎧はソフィアを無視するかのように、腕を伸ばしては縮めている。
「おい、私の声が聞こえているかペン?」
今度は鎧の視界に入るように移動し、手を振って声をかける。が、これといって目立った反応は見せない。
「……どうすればいいんだペン。ぶっ飛ばせば何かしらの反応をしてくれるペンか?」
警戒は解かず、ソフィアは首を捻ってため息を落とす。こうなったら魔法の一つでも叩き込んでやろうか、そう思った途端、
「っ!?」
ーー回避が間に合ったのはほとんど偶然だった。気がつけば目の前に長剣が迫っており、ソフィアは反射的に屈んで間一髪に躱したのだ。
僅かに遅れて風切り音が頭の上から聞こえる。と同時に、ソフィアの思考が切り替わった。
まず放ったのは掌底。翼状の手に風を纏わせ、屈んだ状態から一気に身体を伸ばし、鎧の顎下に掌底を叩き込む。
直撃はした。だが手応えは重く、鈍い。しかしそれでも身体強化された身体に風の勢いもあってか、鎧の身体は大きくグラついた。ソフィアはその隙を見逃さず、揺れる鎧の脚部に足を乗せると強く蹴って後ろに大きく跳び退いた。
空中で一回転して体勢を整えたソフィアは翼状の手を鎧へ向け、地面に着地と同時に風の弾丸を放つ。拳大の大きさを持つ弾丸は高速で鎧へ向かっていき、未だ揺れる鎧の胴部に直撃、
「なっ!?」
……はしなかった。体勢が不安定なはずの鎧は無理矢理に長剣を振るい、弾丸を真っ二つに切り裂いたのだ。剣を振るった勢いで身体を持ち直した鎧は、僅か一歩の踏み込みで瞬時に間合いを詰め、ソフィアに突きを放った。
青い目を見開いたソフィアは、それでも冷静に迫り来る切っ先の軌道を読み、半身になって避けようと身体をズラす。出だしは早く、狙いも正確な突きだか、ギリギリ反応は可能だ。この間合いなら、十分にカウンターも狙える。
打撃は大して効果があるように見えなかった。斬撃も、中身の無い鎧には有効とは思えない。となれば、魔法か。
思考が纏まると同時に、まるで止まっていたかのような時が動き出す。長剣の切っ先が半身になったソフィアの頬を掠る。まだ、まだカウンターに移るには早い。魔法を叩き込むなら突きを放ちきった後。そこなら、僅かでも隙は長くなる。
刹那の時が過ぎ、長剣の腹にソフィアの横顔が映り込む。後少し。ソフィアは左手に魔力を集め始める。
なんの意匠もない漆黒の鍔が髪を撫でる。ーーそして見えてくるのは簡素な柄と鎧の左腕。
「っ!」
機は来た。読み取れないほどの小さな呼吸をすると同時に、ソフィアは半歩だけ踏み込む。そして魔力を纏わせた左手を鎧の長剣を握る手にぶつけようとし、
ーー長剣が分裂した。
「!?」
いや違う。突きで放たれた長剣は残像。本命は、右からの薙ぎ払い。つまりこいつはーー突きが避けられた後に強引に剣線を変えたのだ。ソフィアが認識できる以上の速度で、的確に。
攻撃体勢入っていたソフィアに避ける手段はない。空間転移魔法も間に合わない。ならばとせめてもの悪あがきで、薙ぎ払いが放たれた方向とは逆に身体を傾けるが、
「がっ!!」
ーー意識が一瞬だけ飛んだ。視界がチラつき、辺りが無音になったかのような静寂がソフィアの耳を支配する。僅かに感じるのは浮遊感と、腹部から伝わる鋭利な痛み。
五体の感覚はある。間合いが近かったためか、両断はされていないようだ。若干浮いた視界には、目まぐるしく移動する澄んだ青空が映っている。
長剣の衝撃で宙に飛ばされている、と認識したのはその後。そして、足元から殺気を感じたのはそれと同じタイミングだった。
「くそっ!」
殺気の正体は間違いなく鎧。あいつもソフィアがまだ生きていると読み、追撃を仕掛けて来たのだろう。
体勢を整えるのにはまだ時間が必要だ。簡単に言えば、回避も迎撃も不可能。なら、やれる事は一つしかない。
「来るなペン!」
敵影を確認している余裕はない。ソフィアは殺気の向かって来る方向に大雑把に空間魔法で壁を張り、また飛ばされた勢いを殺すために自分の周囲に風を生み出した。
それが功を奏したのか、ソフィアはすぐに地面に着地する。背中を打ち、途中で一回転する羽目になったが、地に足はついた。
その途端に主張し出す腹の痛みを堪え、ソフィアは鎧の姿を探す。空間魔法で作った壁が霧散した感覚から、鎧は壁を斬ったのだろう。その分足止めが出来たから、ソフィアの目論見は成功したと言える。
が、油断はできない。すでに鎧は長剣を自然体に構え、とてつもない速度でこちらに向かって来ている。
正直、あいつとの接近戦は無理だ。さっきの攻防でそれは判明した。速さも技量も、鎧の方が数段上。できれば遠距離戦に持ち込みたいが、距離を取ることすらままならないこの状況では、それも難しい。
「なら、こうするしかないペンね」
着ぐるみごと斬られた腹から流れる血を氷を纏わせて止血をし、ソフィアは空間魔法で足場を作って上空に駆け上がる。
鎧の姿が手の平大に見える高さにまで達すると、そこで足を止め、足場に乗ったまま魔力を練り始める。程なく、ソフィアの体から黒い魔力が生まれ始めた。
「……ペンギン魔法が通じなかったら……なんて考えたくないペンね」
切り札の一つであるオリジナル魔法、ペンギン魔法。これを使って耐えられたら、いよいよ追い詰められる。対抗策が減るだけでなく、発動までに時間がかかり、更に魔力もごっそりと持っていかれるのだ。状況は悪化しかしない。
腹の傷もある。無理くり止血して誤魔化しているが、こんな応急処置では限界がくる。長期戦は避けたい。出来れば、この一手で勝負を決めたいのだ。
「悪い思考は捨てろペン。今は、目の前の敵に集中」
自分に言い聞かせるように言葉を吐き捨てる。眼下では、鎧が地を蹴り、一息でソフィアの元へ辿り着こうとしていた。
「チッ! 鬱陶しい奴だペンね」
カロナに持たせている人形の同期を切り、鎧の前に空間魔法で壁を作る。ペンギン魔法の発動まで、まだ時間が必要だ。それまでは時間を稼がなくてはならない。……が、
「くそっ」
鎧は突然目の前に現れた不可視の壁を斬っただけでなく、斬られて霧散しかけた壁の破片を足場にしたのだ。苦い顔をしたソフィアはならばと風の弾丸を無数に生み出し、一斉に発射させる。
足場のない空中では踏み込みも静止もできない。風の弾丸を避けても打ち落としても、いずれ処理しきれなくなるはず。
そして案の定、鎧は風の弾丸を身体に受け、地に落ちていった。長剣を一振りして第一陣の弾丸を消滅させたものの、やはり物量には勝てなかったようだ。
盛大な音を立てて地に落ちた鎧。あれがダメージに繋がるとは考えてないが、時間稼ぎには十分だ。これを繰り返せば、いずれペンギン魔法は発動できる。あと数十秒。それだけ時間を稼げれば、ペンギン魔法は完成する。
……ただ、相手がそんなに単純だと、そして甘いと、ソフィアは考えていない。
「ーーっ!」
地に伏せた鎧の姿が消える。同時に、微かな音を立てて斜め下から飛んで来たのは、空を切り裂く不可視の刃。
それを認識したソフィアは足場を蹴り、また新たな足場を作ってそこに移動する。目の前で今まで立っていた足場が両断されるのを見て、ソフィアは再び足場を変える。
瞬時に二個目の足場も真っ二つに斬られた。そのどちらの刃も、魔力は感じられない。……つまりあいつは、己の膂力のみで真空の刃を作り出したのか。
「化け物め!」
未だ、鎧の姿は見えない。だが、不可視の刃だけは合間を置かずに飛んでくる。足場を作って移動しつつ、刃の方向から鎧の位置を割り出そうとしても、その次の瞬間には全く逆の方向から刃が飛んでくるのだ。
高速移動に真空の刃。ソフィアは避け続けるために魔力を使うが、鎧のあいつに体力などあってないようなものだろう。耐久戦は、圧倒的に不利でしかない。
極め付けが腹の傷だ。氷で止血されているが、痛みが無くなった訳ではない。むしろ動く度に痛みは増し、ソフィアの体力と集中力を徐々に奪っていく。
……そして、恐れていた事態が起きた。
「っ!?」
約五分程度。その間攻略法も見つけられず、フルに動き回ったツケが返ってきたのか、ソフィアは足場に乗りきれず足を滑らせてしまう。風魔法で体勢を立て直そうとするも、ソフィアの耳は刃が飛んでくる音を捉えてしまう。
「チッ!」
この五分でようやく完成に近づいたペンギン魔法の構成を中止。その分の魔力を使い、自分を囲むように空間魔法で強固な壁を展開させる。
直後に真空の刃が壁に当たる。が、高密度の壁は傷一つつかず、見事に防ぎきる。それを確認したソフィアは箱の中で体勢を整え、
ーー視界が陰りを帯びた。
「なっ!?」
何かと気がついた時にはすでに遅かった。漆黒の長剣は壁を容易に斬り裂き、瞬きすら許さない速度でソフィアに迫り、
ーー鮮血が箱の中を染めた。
ペンギン娘は傭兵所長 紺猫 @kokomeko
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