第49話 東太平洋大海戦一三 終幕

 後方では黒点同士の争いが起こっているが、死角である為に、キンケイド中将には、その様子を知ることができない。

「F4Fは?」

「現在交戦中ですが……あっ」

 キンケイド中将は見張り員のその言葉で、己の背後の空で何が起こっているのか、予測できた。

 実際、彼の脳裏に描かれた風景は現実のそれに大体当てはまった。

 煙を吐いて、墜落していく航空機。空の真ん中で、閃光と同時に無数の破片に変わる機体。それらは全て同じ機体であった。

 果敢に迎撃に向かっていったF4Fであるが、それらは艦爆や艦攻に手を出す前に、次々と護衛についていた零戦の戦果に加えられていった。

 零戦隊の強力な援護により、艦爆や艦攻はその殆どが無傷のまま、TF16―2の上空に到達した。彼らは間髪を入れずに、攻撃に転じる。

 最初に攻撃に転じたのは艦爆で、彼らが狙っていたのは『エンタープライズ』であった。彼らはセオリー通り無傷―では無いのだが、甲板の応急修理は完了していたため、彼らにはそう見えた―の空母を攻撃対象に選んだのであった。

 先程の攻撃に比べれば総数こそ少ないものの、それらは集中して一隻を狙ったために、三発の命中弾を得た。

 しかし、威力の低い二五〇キログラム爆弾だった事が幸いして、『エンタープライズ』は速力を二〇ノット以上に保ったまま、航行を続けることが出来た。しかし、飛行甲板は滅茶苦茶にされ、艦載機の発着艦は不可能であることは明らかであった。しかし、これも問題では無かった。もはや上空には味方の機体は存在していなかった。

 そこに、艦攻が襲ってきた。彼らは全てその腹に魚雷を抱えていた。彼らの一部は、既に半身不随の『ホーネット』に狙いを定めた。

『ホーネット』は必死に回避しようとしているが、動きはやはり鈍い。既に幾度も実戦を経験した艦攻隊にとって、標的も同じであった。そして――

 この空母に放たれた八本の魚雷の内、右舷に四本、左舷に二本の六本が命中した。既に瀕死の状態であった『ホーネット』は哀れ急速に傾いたかと思うと、瞬く間に波間に沈んでいった。


「空母一隻撃沈。しかし一隻を大破せしめるも撃破に止まるとのことです」

 その報告に源田は思案顔をする。

「できればもう一度攻撃隊を出して、撃沈したいが……それでは帰投が夜間になってしまう」

「うむ……ここは敵基地の近海だ。我々の居場所も割れているだろうし、潜水艦などが襲ってくるやも知れん。我々は既に二隻を失っている。それに、飛行場も健在だ。海と空と両方から襲ってくる可能性がある。深追いは避けたい」

「ここまで、ですね」

「ああ。南雲長官。撤退を進言します」

「そうか……各艦に伝えよ針路二七〇度」


 こうして、戦闘は打ち切られていく。少なくとも、南雲達は打ち切ったつもりだ。しかし、米海軍はどうなのだろう?

「どうだ。いけそうか」

「嫌とは言えないんでしょう?」

 先の空戦でトレイン中尉の機体は、敵機の銃弾を受けて損傷していたが、飛行はできそうであった。しかし、エンジン部に銃弾がかすっており、飛行が可能かは不明な状態と診断されていた。しかし、この様子ではどうやら可能なようである。

「よし、飛べるなら良い。ジャップに最後の一撃を与えにいける!」

 トレイン中尉は満足げに頷いた。


「敵機!方位九〇度!距離二五〇!」

 見張員の声が『長良』艦橋に響く。

「く……やはり電探がないと発見が難しいな」

 草鹿は歯がゆそうに言う。

 上空では、零戦とP38の戦闘が再び始まっていた。

 やはり、戦況はP38がやや有利である。とはいえ、零戦もP38への対応は最小限にして、B26への攻撃を最優先にしている。しかし、気を抜けば、P38が攻撃を仕掛けてくるので、B26に可燃に集中することはできないでいた。

 そして、B26が投雷を開始する。魚雷がスルスルと尾を引いて、空母へと向かってゆく。

「取舵、躱せ!」

 空母をこれ以上沈めるわけにはいかない。艦長達の重いはどれほどで会ったであろうか。

 その必死の思いが通じたのか、魚雷は空母の側舷をすり抜け、一本たりとも命中はしなかった。


「これで最後のようですな……」

 草鹿少将は、疲れた風な声で言う。

「うん。しかし、潜水艦なども使えるからね。油断は禁物だよ。僕なら今夜に仕掛ける」

「はい。旗下の艦に見張りを厳にさせるように伝えます」

「頼んだよ」

 南雲中将に、草鹿少将は敬礼をして、指示を出す為に去って行った。


「見つけた。ジャップの艦隊だ……」

 米潜水艦スティングレイ艦長は、興奮を抑えきれぬ声で言った。

「よし……潜行用意!やり過ごした後に電文だ。『ターゲットは、ポイントP―3を通過した』」

 『スティングレイ』は、潜望鏡を下げ、スルスルと静かに、海の底へと潜っていった。

 第一航空艦隊は最後まで、その存在に気付くことはなかった。


「『暁』より電信、『我、ソナーに感あり』」

「『秋月』より電信『我、ソナーに感あり』」

 第一航空艦隊のソナーに、次々と潜水艦が引っ掛かったのは、その夜のことであった。南雲中将の悪い予想が的中したのだ。

 『長良』環境から見える光景は暗闇一色である。僅かな月明かりはあるのだが、夜の闇を照らすにはあまりにも心許ない。

 この漆黒の海の底には、何艘もの潜水艦がうごめいており、一航艦の艦艇を狙っているのだ。

「生き残った空母には何としてもハワイにたどり着いてもらわなければ……これ以上失っては陛下に申し訳ない……」

 南雲は、三隻の空母の上で対潜指揮を執っている艦長達の姿を重いながら、祈ることしかできなかった。


「よし……躱したか」

 『飛龍』艦橋では、山口中将が、嘆息していた。予想はしていたとはいえ、米潜水艦は、複数の戦隊規模で出現しており、想像を超えるものであった。

「日本では、とてもでは無いができない運用だな……ドイツの群狼戦術を模倣でもしたのか?たしかにこれならば、空母を撃沈出来る可能性はグンと上がるな」

 山口中将の考えは、見張り員の声によって遮られた。

「『蒼龍』に魚雷複数向かう!当たります!」

「何っ!」

 『飛龍』の右舷に位置する『蒼龍』の側舷に、複数の水柱が立ち、その船速が急速に衰え、徐々に船体が傾いてゆく……誰しもがそのような想像をした。

 しかし、『蒼龍』は何ら異常を見せた様子がなく、悠々と三〇ノットの速力を維持しながら、夜の海を疾走している。

「外れたのか……何はともあれ、落伍しなかったようで何よりだ」

 後から分かったことだが、魚雷はこの時確かに命中していた。しかし、起爆せずに、『蒼龍』の船腹に突き刺さったまま、停止したのである。

 ともあれ、これで一航艦はこの海戦最後の危機から脱出し、ハワイへの帰路に就いたのである。

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帝国の進撃 芥流水 @noname

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