第24話 これはお兄さんの妄想であり想像ですっ 【完】
夏の地獄、冬も地獄とはよく言ったものだとその光景をみて素直に思った。
永遠と効く様子のない空調。
ひたすら流れ続ける人の流れにダラダラと汗がとめどなく溢れ出す。
「あー……」
ここは何処だ、本当に日本なのか。
少なくとも俺の知っている現実とはかけ離れていて異世界じみた違和感さえある。
「こんにちはー! はいっ、新刊を2冊ですね! 1000円です!」
そんな熱の中、よくもまぁ、汗ひとつかかないもんだと呆れる。
恐らく超能力の一種なんだろうが。……一体どんな能力なんだよ、それ。
「今回もめちゃくちゃエロいっすね! そば粉うどん先生!!」
「あははは……」
ガッツポーズをかますデブ(もしくは豚)。もうあれだ、暑すぎて他人を気遣う余裕もないから肉と言わせてくれ。
肉が油まみれに力説する相手はヒロインのコスプレをした柚乃ではない。
俺だ。
「どーもごひーきに……」
「ありがとうございましたー!」
終始ハイテンションの柚乃とは違い、開始2時間が経過した今ではもはや限界だ。さっさと涼しいところで休んでいたい。
「ぁー……」
買ってきたスポーツドリンクは既に残り少ない。2Lなのに。最初はンなにいる訳ねーだろってバカにしていたのに。……なんなんだここは。意味不明だろ……。
「楽しんでますかっ?」
「楽しんでる訳ねーだろ。何がそば粉うどん先生だ。ただのエロいおっさんじゃねーか」
「まだまだ若いですよっ? おにーっさん?」
「そりゃどーも……」
つまるところ、身代わりだった。
表に正体をバラせないそば粉うどんこと柚乃の代わり。即ち今は俺がエロい漫画を描くそば粉うどんで、そして今日ここに買いにきた奴らの記憶では俺=エロい漫画描きな訳だ。
最悪だ……。
生憎、柚乃が言うには「史上最高にえっちに仕上がりました!」らしく、免疫のない俺からすればその表紙を見るだけでもはばかられる。
それを笑顔で売りさばいているのだからやはりこいつは変態だ。痴女だ。頭おかしいだろ。
「(おかしくないですよー!! 創作物と創作者は切って考えてください!)」
「(切って考えるもクソも、お前の頭ん中から生まれたもんだろ。ならお前がドピンクなんだよ。この変態女子高生ッ、未だ処女のくせに)」
「(ぁっ、あっ、アーーー!!!? なんてこと言うんですか!!! 犯罪ですよ!? セクハラです!!)」
「(ぁーーーーーウルセェーーーーー)」
なんかもーどうでもいいよーこれぇ……。
早く解放されたい……。
ウダウダと椅子に沈み込みかけていると人影が見え、仕方なく立ち上がる。(と言うか立ち上がらされた)
せっかく買いに来てくれるのだからちゃんと立って挨拶するのはサークル主の務めらしい。さっきから何度も脛を蹴り飛ばされたおかげでまだジンジンしている。
「どーもこんにちは……」
ダウナー全開なのは隠しきれず、渋々挨拶するとクスリを笑われた。
「参戦初心者にはやっぱりキツかったみたいっすね?」
藍沢だった。
「……自分のスペースはどうしたんだよ。抜けてこれないかもって言ってたじゃねーか」
「売り子さんに任せて来たッス。はい、塩飴。塩分補給は大事っすよー?」
「そりゃどーも……」
藍沢も藍沢で何かしらのコスプレらしく、夏服のセーラー服みたいなのを着ていた。
幸か不幸か母校のものとは似ていないので特に思う節もない。
「似合ってますね!」
「でしょ?」
お世辞は柚乃に任せておく。
「(素直じゃないんだからー)」
「(うるせー)」
「新刊くださいなっ?」
「はいっ」
幾度となく繰り返されたお約束を藍沢も行い。お金を受け取る柚乃。
しかしこれまでとは違って新刊を渡そうとはしなかった。
「おい」
怪訝に思い促すが、手に取ったそれを何故か俺に向けてくる。
やはり目も当てられん表紙だ。
「おにーさんが渡さなきゃですよこれは」
「はぁ……?」
お前が渡したところで何も変わらんだろうと首をひねるが、どうやらその意図を藍沢も察したらしくニヤニヤとこちらに向きなおって手を差し出してくる。
なんだこれは。女子高生のコスプレをしている後輩に女子高生がアレヤコレヤされる漫画を差し出すだなんてどんな罰ゲームだ。(なんならそれを描いたのは現役女子高生だ)
「そば粉うどん先生は先輩ッスからね?」
「ああ……なるほど……」
特に深くもない理由にげんなりしながらも柚乃から受け取ったそれを藍沢に渡す。
表紙を一瞥し、何を思ったのかはわからないがくすぐったそうに笑う藍沢は不覚にも可愛いと思ってしまった。
「いッ、」
ガツン、と思いっきりまた脛を蹴られ。
「(ッ……?!)」
睨むが柚乃は知らんぷりだ。
「んじゃ、私は戻りまっス! あとで肉うどんさんと木枯らしさんもくるって言ってましたからねー」
「おー……」
肉うどんじゃなくて肉丸屋じゃなかったか……?
通路は走らないでくださーいなんて声を聞きつつも改めて柚乃を睨む。
こいつは俺に対する感謝というものを全く知らないんじゃないだろうか。
一人置いて帰ってやろうかと思うが拗ねた顔を見るにそれもどうかと諦めた。ガキっぽいがどうにもガキ扱いし辛い。
いや、ガキなのだが。……ん……?
「おにーさんがそば粉うどんです」
「いやいやそれ単体だと意味わかんねーから」
つくづく言葉足らずだよなぁとは思う。テレパシーで補足できるからと言って言語を粗末にしちゃいけません。的な?
ぐいっと改めて差し出される新刊。
見慣れて来たと思っていたがやはりまじまじと見せつけられると自然と目をそらしてしまう。何よりその表紙と同じ格好をしている奴が目の前にいるのだ。暑さで頭がおかしくなっていたとしても今後変な想像をする危険性は残されている。
「なんだよ……一体……」
本を差し出したまま動かない柚乃に渋々尋ねると無理やり一冊を俺に押し込んで来た。
「それはお兄さんの分です」
素直にいらねぇと思ったがいう前に「読んだ」柚乃に睨まれた。
「いいからもらってください! これは、お兄さんの妄想であり想像なんですから!」
「……ぁー……?」
どうやら最初から決め台詞的に用意してあったらしいがいまいちピンとこない。
第一、今日に至るまでこいつの「えっちな想像を!! えっちな光景を!! お願いしますよ!!! そろそろ締め切りヤバいんですから!!」という要求は悉く跳ね除けて来たのだ。
なのに「これは俺の想像を基にして描きました」なんて言われたって釈然としない。不名誉この上ない。
「あのなぁ……、」「返品は不可です!」「おいおい……」
部屋の何処にしまえと言うのか。
仕方なくカバンにはしまっておく。欲しがりそうな奴がいたらやろう。
……いや、それはそれで余計な誤解を生んでしまうか。
「これからもよろしくお願いしますね、おにーっさん?」
「……よろしくしたくねーんだけどなぁ……?」
ふふふっと何故か得意げな柚乃に呆れつつ、次にやって来た人影に挨拶をする。
肉丸屋と木枯らしなんとか。
全くもうこいつらは……、
本当に、手におえねーんだから。
【おわり】
「これはお兄さんの妄想であり想像ですっ feat.女子高生」 葵依幸 @aoi_kou
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