第11話 それから皆がどうなったのかを振り返る夏の終わり。

 筆が乗るままにあの嵐の日に何が起こったのかを書き続けてきた。

 気づけば罫線の幅も太いこのノートののこりも僅かだ。

 

 以下はただの付け足し、さらにそのあとどうなったかを書いていこうと思う。

 私たちのこのノートに付き合ってくれたあなたへのささやかなプレゼント、ボーナストラックのようなものだ。別に興味もないかもしれないが、受け取っていただければありがたい。


 

 その日の未明に虹ノ岬町上空に現れた巨龍と二人の魔法少女は、復活したマザー・ファニーサンデーの魔法のお陰で「まあ虹ノ岬町だし」「でもあんまり人騒がせなことはしないでほしい」という形でなんとなくまとまった。今でもネットのどこかにはそのころの記録が残されている筈である。お暇な人は探してみるといい。

 魔女が魔力の弾をぶつけた山だけは「なんとなく」で収めるにはいくらなんでも無理があったが、幸い人や建物、田畑に深刻な被害をもたらすことだけはなかったらしい。魔女が賠償するというかたちでとりあえず落着したと聞く。


 

 前触れもなく現れては美味しいところを根こそぎかっさらう形になった(おそらく≪鏃山の魔女≫は彼女のこういうところも毛嫌いしているのだろう)魔法少女の始祖にして魔法王国の永世女王マザー・ファニーサンデーは、候補生たちを祝福し、虹ノ岬町の魔法をより強固なものにすると、寮母を務めていたヨシダさんと神社の前の甘味屋で旧交を温めてから再び帰っていった。

 ヨシダさんがマザー・ファニーサンデーの古くからのお友達であるミツコちゃんであることは東邦動画関係者以外には知られていない。


 

 コンパクトにガムテープでぐるぐる巻きにされるという屈辱的な囚われ方をした≪鏃山の魔女≫とは、東邦動画上層部とマザー・ファニーサンデーを交えた話し合いの結果、数年後の夏休みに劇場公開する予定の超大作に東山はやと原作漫画を起用し、その際にはもちろん重要ポジションで出演するという破格の条件を提示された。その後一切虹ノ岬町にはかかわらないという条件をのむことで手打ちとなった。

 

 あれほどの大騒ぎをしでかしたにもかかわらずずいぶん処分が甘いではないかと思う方もいるかもしれないが、実はそうでもない。 

 物語は本の形こそ至高、映像やゲームなどは一部を除いて邪道であるという保守的な価値観を持つ≪鏃山の魔女≫にとって、自分が望んだわけでもないのに映像作品に協力するのは愉快ではない。ましてそれが仇敵扱いしていた東邦動画作品となればなおさらだ。

 東村作品は東邦動画作品とは別の動画制作プロダクションで映像化されるという業界内の不文律もあるのに、それを破って東邦動画に原作を提供してくれと東村はやとに頭を下げる交渉係も兼ねることを案に匂わされた形になるので、魔女の心境としては負けたケンカのケジメをきっちりをつけさせられたことにはなるだろう。

 

 幸いそこそこの興収を記録し、今でもテレビで年に一度は放送されているファンタジー映画「水面の国のちいさな魔女」はそういった経緯で制作されている。



 

 結局「咲きほこれ! ブルーミング✾キューティーハート」のヒロインに選ばれたのはだれか、これを読むあなたはすでにご存じだろうが一応記しておく。


 花や植物、異文化共生と他者理解をテーマにした「咲きほこれ! ブルーミング✾キューティーハート」に選ばれたのは、経験値を買われたアミとリーリン、従来のメンバーにいないタイプを入れたいという冒険心から起用されたソフィア、そしてファン層の人気が厚かったリリアが選ばれた。それぞれリコリス(赤)、ロータス(青)、アイビー(緑)、プリムローズ(黄)で活躍した。画像はそれぞれお手持ちの機器で検索されたし。

 

 アミは念願の黄色になれなかったことがほんの少し不満であったと聞くが堂々とした肉弾戦担当の女の子を演じているし、気の強さや気位と意識の高さを隠して物静かで冷徹な参謀タイプの女の子を演じるリーリンも様になっている。自分の発明品をしょっちゅう爆発させていたソフィアも親しみやすい女の子になっていた。水色の髪を黄色に変更したリリアの可憐さは今でも語り草だ。


 そしてキューティーハートに対抗する雪の帝国の小悪魔幹部・スノーストームを演じたのがモモだ。嵐の一件での論功行賞もあったのと、オーディション中のさまざまなやらかしがある個性派の上層部のツボにハマっての起用となった。

 面白半分に人間界に現れては、なんでも氷漬けにしたり雪を降らせてしまう小さな氷の魔女の幹部という役柄で、面影は身長とみつあみと短気な性格くらいしかない。

 でもキューティーハートたちのことを気に入り、なんとか友達になろうとするがうまくいかず、最後は自分の命が失われることもいとわずに弱点である日光の下でキューティーハートのために力を尽くし消滅するという華々しいドラマを与えられたために根強いファンがいる。

 ちなみにスノーストームに毎回顎で使われている女幹部はジーニさんである。念願の悪い魔女になれて全編非常にイキイキしているのが見どころの一つだ。

 


 ご存知の通り、主役のブロッサム(ピンク)を演じたの私ではない。

 この一件の直後、私に主役降板の決定が下された。

 

 不測の事態とはいえ、社内秘扱いだった次期キューティーハートの姿に変身し人前に姿をさらし機密漏洩に問われる格好になってしまったのだからしかたがない。言い訳だってできない。

 そもそもそれまでに、マミの姿で候補生たちの前をウロウロするわ、社員たちにはウケの悪いモモをゴリ押しするわ、挙句のはてに大人たちの目を盗んで入れ替わりを決行するわ、問題行動ばかり起こす私を「シャイニープリンセスの娘という立場を利用するワガママ娘」として苦々しく見る一派もいたらしい。

 私とモモによる数々の不良な行いの尻ぬぐいに駆けずりまわされた方々にとってはむしろ「この処分でも甘い!」くらいのものだっただろう。変身ブローチを持ち出した母と一緒に謝りに行った東邦動画の偉い人は、母の手前ギリギリの愛想笑いを浮かべていたが、私の方は一切見ようとはしなかった。

 

 非常に今更ではあるがこの場を借りて謝らせていただきたい。ごめんなさい。その節はお手を煩わせてしまいました。

 

 自ら望んでヒロイン役に決まったわけではないとはいえ、母の面目をつぶしてしまったことや候補生たちのあこがれを踏みにじってしまった形になったことは今でも心苦しく思う。

 シャイニープリンセスの娘が全員失格したことにより、キューティーハートファンとシャイニープリンセスファンの間に今でも根深く残る対立構造を生み出してしまったことに関してもとても申し訳なく思う。私からは「ケンカはやめて」と訴えることしかできない。

 

 ともあれ今でもキューティーハートファンの間で様々な憶測が語られいるらしい天河エミ降板劇の真相はこうである。

 

 

 急遽行われたオーディションで、見事に「咲きほこれ! ブルーミング✾キューティーハート」の主役・キューティーハートブロッサム役を射止めたのは、新人の花山みのりさんだ。

 

 前代未聞のヒロイン降板、その後の緊急オーディションという準備期間もなにもあったものじゃないオーディションには胸に夢と野心を宿らせた少女たちが再び集まった。その殆どがほかの物語での主役候補として東邦動画が抱えたヒロイン候補生たちだったが、かなり過酷で荒っぽい審査の末選ばれたのが、新人の花山さんだった。

 当時高校二年生だったという年齢のギャップもはねのけての採用だったから当初の反発は大きかったけれど、どんなに元気を失った草木でも根気よくつきあい元気にすることができるという彼女の持つ才能は今作のヒロインとしてこれ以上ふさわしいものはないと決定した本作のプロデューサーの目は確かだったと、作品を見た方なら納得していただけるだろう。

 

 とはいえ、花山さんは番組では中学生の少女に変身している。

 

 高校生では主役の少女になれないというのはキューティーハートシリーズのウィークポイントであると私は思うが、家庭の事情で魔法少女番組のヒロインを演じていることを公にできない花山さんにとってはありがたい処置でもたったらしい。出演期間はご両親にもこのことを内緒にしていたそうだから。



「……本当は私、魔法少女の世界なんて自分には縁はないと思ってたんです」


 あの年から十年近くたち、別件で知り合った彼女は私にあいさつしたのちそう話してくれた。すっかり大人になった者同士としてお茶を飲みながら話し合う。


「自分には縁がなく手に届かない物語だって。私たちはあの子たちのオーディションの物語を必死に追っているだけのイタい高校性で、あの子たちに憧れと嫉妬を向けるだけだって……。でも、あなたのお母様のアカウントにある時リプを送ったんです。ちょっとした要件があって」


 花山さんはその時、意味ありげに微笑む。その当時のことを知る、元魔法少女同士のいたずらっぽいアイコンタクトだった。そして私は、その瞬間まで彼女とは初対面だと思い込んでいたがそうではなかったと気づかされた。彼女と会ったのはこれで三度目だったのだ。


「あの時、モモの姿になっていたのは私だと気づいていたんですか?」

「あのマミって子かなとは疑いましたけど、さすがにマミが天河エミだとまでは思いませんでした」

 

 花山さん――本名・東村実さんは、あの夏の嵐の数日前にモモと私が入れ替わっていること、そして『影の世界』ではそこそこ評判の意地悪魔女である≪鏃山の魔女≫がそれに気づかないふりをして悪だくみを企んでいることにうすうす感づいたのだという。

 それをどうするべきか。シャイニープリンセスの隠れファンでキューティーハートのオーディションを嫉妬と羨望混じりに追いかけていた花山さんの立場だと、知らなかったフリをして見捨てたってかまわないことだった。

 でも、お忍びで候補生のもとに訪れたことを報告するシャイニープリンセスや憧れのヒロインに会えたことで感激することを伝える候補生たちのSNSをみているうちに、見過ごすわけにはいかないという使命感にめばえたらしい。


 今までただ見ているだけだった、私の母のアカウントへ思い切ってDMを送ったのだという。

 悪い魔女がキューティーハートの候補生たちに災いを成そうとしています、と。


「……今思えば、東邦動画の方に連絡すべきでしたね」

「いえ、母に連絡してくれて正解です」

 

 母でなければ社内秘のアイテムを無断で持ち出し、≪鏃山の魔女≫の本拠地に単身乗り込むなんて無茶で突破口を開こうとはしなかっただろう。母が動いていなければ、私たちの物語も別の形になっていたはずだ。

 ありがとうございます、と、わたしは彼女に一礼した。


「あなたのお母様は、その時メッセージでこう返してくれました。シャイニープリンセスは『全ての夢みる女の子の味方』って」

「……あの人のキメ台詞ですね」

「ええ。でもそのセリフがなんだかすごくその時胸に響いて。そのあとしばらくして新たにヒロインを決めるオーディションが始まると聞いたから、ダメモトで送ってみたんです。このまま一生あの子たちにみたいに私はなれないって僻みながら生きていくよりはいいと思って」

 

 まさか合格するとは思っていませんでしたけど、と、花山さんは少し舌を出した。

「お陰で平和な日常を守る仕事も楽じゃないって身に沁みました」


 花山みのりさんは、今、東村実さんとして樹木医の卵として活躍中だ。

 

 

 こうしてなにもかも波乱ずくめではじまった「咲きほこれ! ブルーイング✾キューティーハート」(今更だけど律義に正式タイトルを書き込むのは面倒だな……)は、幸い好評で迎えられたと聞く。素直にありがたい。


 

 ほかのメンバーについても私の知る範囲であれば少々。

 

 ユメノとヒメカは親元から独立し、自分たちの求める物語に出演しようとオーディションを片っ端から受けまくった結果「自分たちで物語を作った方が早い」と気づく。

 それ以降は自分たちで用意したシナリオに自分たちが演じるストーリー制作ユニット「Yume♡Hime」として主にwebで活躍している。

 学園を舞台にした笑いあり涙ありでちょっと切ない物語がユメノ作、とにかくイケメンにモテる傾向が顕著なのがヒメカ作である。十代女子を中心に人気を博しているようだ。

 事業が充実していると精神に余裕が生まれるのか、最近久しぶりに会ってみるとこの頃のように無駄に攻撃的な口をたたくこともなくなり、角が取れてずいぶんまるくなっていた。

 

 イヅミはリーリンが運営する会社が作り出したゲームの主要キャラを務めるようになった。

 セーラー服で日本刀をふるいバッタバッタと物の怪を斬るという鉄板な女の子キャラクターの役であり、今では総合遊戯公司フロリアの顔である。リーリンの活躍でなんとか消滅の免れた彼女がもといた『影の世界』も今では異能力者たちが活躍する近未来電脳魔術都市に書き換えられ、生活環境もかなり向上したようだ。イヅミ自身はリーリンと常に一緒で帰る気配はない。

 リーリンは最近ではビジネス誌で顔を見かけることの方が多い。世界のエンターテインメント業界を牽引するかもしれない存在の一人にあげられていた筈だ。

 アミは先述した通り、美と強さを兼ね備えた世界のスーパーヒロインとしてご両親をもしのぐ勢いで活躍している。パーティーでどんな奇抜なドレス姿で現れたがこちらの芸能ニュースでも定期的に伝えられる。今では親善大使様だ。


 ティーダはモバイル版で復活した故郷のゲームを宣伝し、クリスとクレアは隕石を探しながら世界中を旅する動画を上げて人気を稼いでいるし、そのほかの女の子たちもほかのオーディションでぴったりの役に出会ったり、自身で物語を語ったりそれぞれ頑張っている。


 久しぶりに彼女たちの現在を調べて、ここしばらくへたりきっていた私も活をもらえた気がした。


 

 私が今何をしているのか、一応触れておく。

 今はモモのおばさんである、魔女の家政婦のナニーさんの下で修業をしている。つまりは魔女の弟子である。修行を始めて数年経つが、自分の未熟さに凹むばかりな日々だ。


 

 先日、実はまだこちら側にいるモモが私の住まいに遊びに来たので缶ビールを片手にうだうだと語り合った。

 モモはやはりキューティーハートになる夢があきらめきれず、そのあとにも何度も何度もオーディションにチャレンジし続けている。

 毎年毎年こりもせずにやってくるモモにあきれるのを通り越したタナカさんとのやり取りも息にあってすっかり会話がすっかり漫才になってしまい、ファンの間でも「常連のドジっ子モモちゃん」としてすっかり有名になっている。



「この前なんか新人に、『モモ先輩』なんて言われちゃったよ。見た目は同世代だっていうのにさ」

「仕方ないよ、本当のあたし達はお酒のんでも怒られない年齢だもん」



  物語である『影の世界』から生まれた私たちにとって、年齢なんてあって無いようなものだ。この世界に生を受けて何十年と経とうとも、必要とあらば少女の姿にいつでも戻れる。私の母が私を助けに来た時は現役時代そのままのシャイニープリンセス姿だったのもそういう理屈だ。


 

 その日、テレビではあの夏の数年後に公開された「水面の国のちいさな魔女」が放映されていて、いまだに東村はやとが大嫌いなモモはゲッと呻いた。

 私もチャンネルを変えようとリモコンを探した。


「珍しいね、あんたがヒガシムラの映画を見ないなんて」

「うん、さすがに自分が主演しているのを見るのはねー」


 「水面の国のちいさな魔女」で主役を務めているのは不肖私めである。



「いやあ、天河さん。話を聞いたよ~、君モモちゃんと入れ替わってたんだって? してやられたなあ~。いや、あの日のモモちゃんはいつもより元気がないなと思ってたんだけどね」

 

 東邦動画制作の映画に原作を提供するのを了承した東村先生が、私と話たいというので合った時、開口一番そうおっしゃったのだ。おそらく私がモモの姿になりすまして東村邸にお邪魔していた時のことを指している。


「それを聞いてどうしても君たちのことを物語にしてみたくなってね、だから今回のことは特別に原作を描きおろそうかと思うんだ。主役は君で頼むよ、天河さん」


 

 それを聞いた瞬間、私の中で祝福の鐘がたからかに鳴り響いたのを今でもありありと思い出すことができる。


 それからは、共演の≪鏃山の魔女≫にもちくちく嫌味を言われながらも無我夢中で物語を演じたが、とにかく今見れば稚拙なところだらけだ。

 そこから親しくさせていただくようになった東村先生や三島先生とこまめにやり取りをするようになり、おかげで端役の「魔女の弟子のテンカワさん」として顔を出せるまでになった。


 

 リモコンが見つからないせいでチャンネルが変えられないテレビの画面では、小さな魔女の女の子が自分の姿が映った水面に手を伸ばしていた。

 その手が水面でふれあい、二人の立場が入れ替わる。水面の国に入り込んだ小さな魔女はそこで不思議な大冒険を繰り広げるのだが詳しく説明するのは控えよう。気になった方は動画配信サービスかレンタルDVDをご利用していただきたい。


 

 ……さてなんとかあの夏のことをまとめられた。ちょうどノートも最後のページに差し掛かったところである。

 

 今年も夏が終わる。モモは今年こそちゃんとキューティーハートになれるだろうか。なれなくても来年またオーディションを受けているだろう。


 ここらで私もペンをおくことにする。お付き合いありがとう、読んでくれた方に魔女の弟子から幸運をお祈りする。


 あなたに幸があらんことを。

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魔法少女サマーキャンプ ピクルズジンジャー @amenotou

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