第10話 愛の魔法が奇跡をもたらすかもしれない第八週③

 私の軽率な行いが、みんなの頑張りをダメにしてしまった。

 

 ごめん、モモ。ごめん、候補生のみんな。

 自分ではわかっていたけれど私は世界を救ったりするような大層な女の子じゃない。

 

 もっと森で動物たちと暮らしたり、パンやジャムを作ったり、森でキノコをとったり、たまには気ままな大冒険をしたり、時には皮肉を口にしてみたり、自由にのびのびふるまって、誰の顔色も窺わない、そういう魔女になりたかったのだ。


 ──そんなことを頭の中でぐるぐる考えられる自分に気づき、私ははっと目を覚ました。無我夢中で起き上がる。


 そして、目の前の光景が理解できなくてただ目を見開く。


 

 そこで繰り広げられていたのは、きらびやかなお城の大広間で繰り広げられている大舞踏会だった。

 ドレスアップした紳士淑女の中央で、ロココ調なドレスの姫君が黒髪の見目麗しい王子様と優雅なワルツを踊っている。そのお姫様がユメノでなければ自分の神経がどうにかなってしまったと錯乱してしまうところだった。


 どうやら目の前のばからしい光景はヒメカの「脳みそがとけそうな」シナリオに書かれていた内容みたいだぞ──そう気づくのにしばし時間を要した。次の瞬間、私のポケットで使用不能になっていたはずのコンパクトが震える。


 開くと鏡いっぱいに興奮した表情のヒメカの顔がうつしだされる。


『ファインプレーだよ、エミ! あたしの考えたお話のお陰でなんとかユメの夢がもう一度持ち直したんだから!』


 ヒメカも自分のコンパクトで通信しているのだろう、鏡の角度を変えて眠っているユメノの本体を映し出す。確かにさっきのうなされ具合がうそのような穏やかな表情で眠っていた。

 

 ヒメカのコンパクトが誰かに奪われたらしく、さっと鏡面が揺らいで、半分割されたリーリンとソフィアの顔が映る。


『聞いてます? 先ほどのトラブルでこちら側とそちらで通信できる鏡がもうこのコンパクト一つしか残されていません!』

『おそらくこれが最後のチャンスだ。この中で彼女に魔法を信じさせる一言を口にさせてほしい』

 

 二人の表情も必死だ、私はとりあえず夢中でうなずく。とはいえ私にできることはなんだろう。今の私は魔法も使えないただの役立たずだ。


 不意にお城の時計の鐘が大きな音を立てて鳴り響く。

 ユメノが演じるお姫様は慌てた様子で王子様から離れた。どうやらこのストーリーはシンデレラ仕立てらしい……と思いきや、お城の扉をバーンと開いて現れたのは褐色の肌の凛々しくワイルドな王子様だった。


「ユメノ姫! お迎えに上がりました!」


 突然現れた二人目の王子はユメノを強引に抱き上げ、衆人環視の元堂々と連れ去る。ダンスの相手だった王子はもちろん後を追う。


「待て! その姫は僕の妃になる人だ!」

「何を言う! 彼女は私の婚約者だぞ!」


 タイプの違う二人の王子様に求婚されてヒメノは大いに戸惑っている様子だった。そこへさらに新たな闖入者が現れる。仮面をつけた銀髪の怪人でロープを操りヒメノをさらいあげ、衆人環視の元堂々とテラスでポーズをとって見せる。


「ぼんくら王子ども! どんな宝玉よりも貴いユメノ姫はこの私がいただいた!」

 

 三人の美男子が唐突にヒメノを取り合う展開に、舞踏会に参加していた紳士淑女という名のモブたちはざわめき、私は呆気にとられる。

 そしてモモが「脳みそが溶ける」と評した意味を理解した。確かにこれは……ドロドロに溶けそうだ。


「ああやめて! 私のことで争わないで!」

 

 プリンセス姿のユメノは叫び、盗賊の腕の中で赤い石のついた指輪を掲げる。


「私の夫になる人は幼い私にこの指輪をくれた方、私はその方の妻になります!」


 あの指輪は、モモが大鍋を丹念にかき回しながら丁寧に育てていた魔法の中で登場した、夜店で手に入れたおもちゃの指輪の筈だ。この夢の中でもあの設定は生きているらしい。



「あいつめ……っ、あたしの作った物語の設定パクリやがって……」



 思いっきり苦々しい声がしたので隣をむくと、頭からすっぽり黒いローブをかぶったモモがいた。

 思わず声をあげて抱き着きそうになったけど人差し指を立ててシィっと静かにするように促す。小声で私もささやいた。


「大丈夫⁉ 魔女は……?」

「なんとかね。ちょっと暴れて魔力を放出しすぎたけれど……。糞ババ……ばあちゃんは絶対どこかに潜んでる筈。どうせすぐにまた仕掛けてくるよ」

 

 モモはずいぶん疲れているようだった。ただでさえ魔法が使いづらいなか大暴れしたのだから私が思うよりずっと消耗が激しいのかもしれない。私はモモに肩を貸す。モモは素直に寄り掛かった。


「あの頭の悪い物語の内容だと、もうすぐ‶魔女″の出番があるはずだから出てやらないと……」


 目の前ではプリンセスをめぐって三人の美男子が言い争っていた。その指輪の送り主は私だいいや私だとそれぞれが主張しあっている。いちいち見ていられないのでモブのどこかに魔女がいないかと気配を伺ってみた。

 

 美男子たちはついにそれぞれ剣を抜き、ユメノをめぐって決闘を始める。激しい剣戟で折れて飛んだ切っ先がユメノのもとにとんでゆくのを見切った黒髪の王子が「危ない!」と叫んで突き飛ばす。

 その胸に深々と突き刺さる剣の切っ先、胸元を真っ赤に染めながら黒髪の王子は倒れる。自分の身代わりになった王子のもとへかけよるプリンセス姿のユメノ。


「駄目! ファウンテン王子! 死んではなりません」

「プリンセスユメノ、あなたがご無事でよかった……。その指輪は幼いころ私があなたに送ったもの……それを今でも大事にしていただいた……その事実だけで私は安心して天国へ……」



『ほらほら、今すっごくいい場面でしょ⁉ こんなストーリー作れるなんてヒメってば実は天才なんじゃない?』

 

 ストーリーを作ったヒメカがコンパクトの中からぎゃあすか叫んでるが、モモは世にも嫌そうな顔をして「出番だ」と言いローブのフードを目深に被った。手にはなぜか自分の背丈くらいある大きくて武骨な杖がある。その見た目は完全に魔法使いの老婆だ。

 

 私の肩から離れたモモはモブの間から割って目の前の茶番劇に参加する。



「まだ嘆くのは早いぞ、美しく優しいプリンセスユメノよ」


 しゃがれ声でモモは愁嘆場の前に現れると、持っている杖でユメノの持つ赤い指輪を指した。


「それはとある王家に伝わる魔法の指輪。心清き乙女の願いを一度だけ叶える秘宝中の秘宝。そなたがその指輪の魔法を信じ真心を込めて祈ればきっと奇跡が起きようぞ……!」

 

 まあ信じられない、といった表情でユメノは手元の指輪を見比べてそして意を決したように指輪を天に掲げて祈りの言葉を唱える。


「お願い! ファウンテン王子を生き返らせて……!」



 その時だ。大広間の扉がバーンと開き、黒いもやがあふれだした。それは徐々に大きな人の形をとる。二つの目をギラギラ輝かせた魔女は炎を噴き出しながらがあがあと怒鳴り散らした。



「ちょっとお待ち! なんだいなんだいこの茶番は⁉」


 おそらくこの場にいるヒメカ以外の者が胸に抱いていた感想を大声で怒鳴りちらしたのと同時に、指輪から神々しい輝きが放たれるのが同時だった。



「いますぐやめるんだよ! こんなくだらない物語、魔法少女よりずっとタチが悪い!」


 魔女は喚き散らしながら今まさに茶番が繰り広げられている最中の広間中央へにじりよろうとする。

 棒立ちになっている場合じゃない! 私はとっさに魔女のもとへかけより、その脚に当たる部分にしがみついた。


「邪魔しちゃ駄目です! でないとみんな消えてしまいます!」

「ええい、お放し! 邪魔するんじゃないよこの無力な魔法少女め」

 

 無力でもなんでも今の私はそれぐらいしかすることができない。私を振り払おうと片足をぶるぶる振るが死ぬ思いでそこに食らいつく。

 その時、ただの書割と化したモブたちが厚みのある板切れとなり、魔女の進路に積み重なった。モブで出来上がった大きな壁の前にモモが現れ、杖を振り回し魔女をにらんでいる。

 それをみた魔女はがらがらと大声で叫ぶ


「モモ! お前かい? こんなふざけた物語を用意したのは⁉」

「失礼だな、あたしじゃないよ!」


 モモはローブを脱ぎ捨てると、手にした杖でやたらめったら魔女をボカボカと殴りつける。


「つうかここまで来たらお前の負けだ、クソババア! 引っ込め」


 魔女は今までの余裕が嘘のようにもだえ苦しみ、モモの原始的な攻撃をすべて食らう。モブの壁の向こうでは神々しい金色のまばゆい光があふれだしている。どうやら想像もつかないようなとてつもない奇跡がくりひろげられているらしい。

 

 その時魔女がひときわ大声で悲鳴をあげ、足にしがみついてる私を見下ろした。


「痛いじゃないか! 離れな!」

 

 まとわりつく虫を追い払うように大きな手で私を引きはがした。その拍子に私はふっとび、モモを巻き込む形でモブの山の上に落下する。魔女はなぜか非常に焦りを浮かべた目で私を見つめた。


「お前……ずいぶん物騒なものを持っているじゃないか? え?」

 

 魔女の目線は私に据えられていた。正確に言うと私のポケットの中にある、煌々とした光源をだ。ポケットに入っているのはさっきのコンパクト。それにもう一つ。


 あわてて取り出したそれは、月のエレベーターに乗る直前にシャイニープリンセス姿の母から渡された変身用のブローチだ。合成樹脂めいた質感のピンクの宝石が今までにない強い輝きを放っている。私を解き放ってちょうだいと樹脂のような宝石が訴えかけている。


「魔法は使えない筈なのに……」


 信じられない思いで呟くと、もう一つの魔法のアイテムであるコンパクトが勝手に開いた。


『バカねっ』


 鏡に映ったと自慢気なヒメカが、ふふんと鼻をならす。


『なんのためにヒメがおとぎ話風のストーリーを用意したと思ってるのよ。ここじゃあ魔法がつかえるのはあったりまえでしょ? おとぎ話なんだから』


 一瞬間をおいて、ぶっ、と噴き出したのはモモと私、同時だ。

 そのままこらえきれずに二人で笑い出した。本当だ。こんなめちゃくちゃな物語の世界では魔法があっても当たり前だ。どうしてこのことに気づかなかったんだろう。……でも絶対ヒメカは狙ってこのストーリーを作ったわけではない筈だけど。


 

「何がおかしいんだいっ?」


 自分の知らないところで笑われるのが気に食わないらしい魔女が憤るのを前にして私はモモの手を取った。

 モモは私の意図が一瞬読めなかったのか「?」という顔を見せる。ここからどうすればいいか知っている私は、モモに向かって微笑んだ。


 すうっと息を吸い込み、呪文を唱える。


 次期キューティーハートに内定が決まったと聞かされたとき、耳にした仮の変身呪文だ。


「胸に宿る私の力 今花開け! ブロッサムマイパワー!」

 

 ブローチの宝石から細かいピンクのハートが舞い散る花びらのように私たちにまといつき、髪とドレスを整えていく。変身の体感は数十秒にわたるが、現実の時間は光が瞬くのに等しい間だ。

 その瞬間に私のピンクのツインテールが派手にボリュームアップした上にエプロンドレスをアレンジしたようなドレス姿に、モモもいつものみつあみからウエーブのかかったロングヘアにミニのワンピースをまとった魔女っ子スタイルに変身していた。私のイメージが反映されたらしく手にはピンクのホウキがある。


「地上に満たすは希望の花 ブルーミング✾キューティーハート! 今ここに開花宣言っ」

 

 呪文とセットになっていてどうしても拒否できないキメポーズを二人でとる(私はこれが嫌だった)。


「……えっ、あれあれ?」

 

 一瞬の変化で事態に対応できなかったモモが、自分の姿をくるくる見回す。


「これ、あたし? 本当にあたし?」


 オレンジがかった赤色の髪と同じ色になった瞳をしばたたかせ、私を見て何度も尋ねる。私は力強くうなずいた。


「そうだよ、モモ」

 

 モモの瞳がじわっとうるみ、私に抱き着く。ありがとうありがとうと何度も叫けぶ。

 私も胸も喜びにみたされたけれど、でもそれをゆっくり味わっている場合じゃないのだ。ブルーミング✾キューティーハート(仮)へ変身してしまった私たちを前に、完全に怒り狂った魔女が肩を怒らせてこちらに立ちはだかっていた。


「モモ……! よくもあたしの目の前でそんな真似をしてくれたね! 魔法少女の娘! あんたもあんただ、魔女になりたいとぬかしておいてそのふざけたナリはなんだい⁉」

 

 巨大な黒いこぶしをふりあげて私たちに向けて振り下ろす。しかしこの姿だと私の戦闘力は無限に近くなる。

 ごめんなさいと謝った上でピンク色のシールドを展開し、魔女の攻撃を跳ね返す。カウンターを食らう格好になり、魔女は後ろへ弾き飛ばされる。


「すみませんっ、不詳の弟子でごめんなさい!」


 とにかく謝りながら、シールドを魔法の弾幕に変換して魔女へ向けて放った。


「うるさい、お前はまだ弟子じゃないし弟子入りの話はもうナシだよ!」


 魔女もさるもので体の一部をコウモリの群れに変化させて、私の攻撃をすべて撃ち落とした。あちこちで光が爆発しその衝撃で城ががらがらと崩れだす。

 続いて魔女は体の一部を今度は小さなドラゴンの群れに変化させる。すると今度はモモがピンクのホウキの柄をつかみホウキの房で大胆に薙ぎ払った。ドラゴンはすべてふきとばされ黒い靄へ戻される。

 モモはニッと私に向かって微笑んだ。


「がめつくて業突く張りで有名なうちのばあちゃんをここまで怒らせたんだから、マミはやっぱすごいよ。最強だよ!」

 

 私たちが暴れている間にも、広間の中央ではまだあの茶番は繰り広げられていた。

 ばかばかしさの極みもあったもので、神々しい指輪の輝きが王子の胸を貫いた傷を跡形もなく消し去ったらしい。

 息を吹き返したファウンテン王子はむっくりと起き上がり、ユメノを見つめ優しく微笑む。


「ありがとう。プリンセスユメノ。あなたの力で私は救われました」

「いいえ王子。私の力ではありません。すべてはこの指輪に込められた祈りと──」


「その先は言わせやしないよ! 忌々しい小娘どもっ!」

 

 私たちに気を取られていた魔女は茶番のクライマックスに気づく。一層激しくのたうち回りながら、腕をうんと伸ばした。その腕を二人の美男子が手にした剣で断ち切った。


「まだ物語は終わっていないわよ!」

 褐色の肌の王子の変化が解け、カナリア色のドレス姿のアミに変わる。

「お客様はお静かに!」


「糞みたいな物語でも黙って見てろ!」

 銀髪の怪盗紳士の姿から戻ったティーダも愛用の杖を魔女に突き付けながら脅す。

「キャストとして出演するよりましだろうが!」


「やっぱりこの姿が一番しっくりくるわね」

 アミは満面の笑みですっくとポーズを決める。両手にはおもちゃの水鉄砲を思わせる例の魔法の拳銃。

「しょうもない茶番に付き合わされたストレス発散させてもらうからな!」

 ティーダも杖を構えて臨戦態勢は十分だ。


 キイイイ! と叫ぶ魔女に私たちは立ち向かう。本気で暴れる魔女相手に魔法を使う少女が四人。一人対多数は不公平だとかそんな茶々を入れている場合ではない。

 色とりどりの魔法の光線に魔女の放つ黒いオーラ、それらが混然一体となり城を破壊するなか、愛の茶番劇はしゅくしゅくと繰り広げられている。


「すべてはこの指輪に込められていた魔法の力と祈りのお陰……」


 戦う私もモモも、アミもティーダも、鏡の向こうのヒメカもリーリンもソフィアもほかの意識ある候補生たちもその瞬間を息をつめて見守る。

 涙の潤んだ瞳でユメノはついにそれを口にした。


「ええ、これは魔法のお陰……! 私、魔法を信じます……!」

 

 そして王子の唇に自身の唇を重ねた。

 

 古来から悪い魔法を解くものは、愛のこもったキスと相場が決まっている。


 ガラーンガラーン、どこからか能天気な祝福の鐘が鳴り響いた。

 そして城が大きく崩れだす。ユメノの指輪から再び放たれた輝きが、お城の中から外までこの世界の隅々を照らし出した。

 その輝きは、勝手に開いたコンパクトの鏡を通して向こうの世界まで達する。

 まばゆい金色の光の中でその中でみんなが歓声を上げる中、魔女の喚き声はわんわんと響いた。


「やめろ! やめるんだ! こんな展開あたしは認めない。こんなふざけた茶番で魔法が解けるだなんて……!」


 身をよじって巨大な龍に変化した魔女は、かろうじて形を保っているお城の天井をぶち破って上空へ逃げ場を求めた。

 私とモモは顔を見合わせモモのホウキにまたがる。モモは前、私は後ろ。


 大きなコウモリのような比翼をはばたかせ、一心不乱に魔女は空へ向けて逃げてゆく。その空は紙のように奥行きのない白一色だったが、一か所だけ黒いしみがあった。魔女はそこをめがけて飛んでゆく。


 そこは外の世界、虹ノ岬町へ通じる穴だった。

 

 まだ夜明け前、空は徐々に明るんではいたが、流れる雲は黒く嵐も完全に過ぎ去ってない。

 足元には人口の光があちこちに散らばる小さな町。その向こうには白波をたてる嵐の海。

 雨としめった土のにおいが鼻に飛び込んでくる。雨は私たちの体に振りつけるが魔法の力の効果か私たちはぬれず、ホウキにまたがったまま宙に浮いていられた。


「……忌々しいね。この町のあの魔法がすっかりもどっちまったみたいじゃないか」


 龍の姿の魔女は嵐の黒雲を背に背負い、赤く燃える目で私たちをにらみつける。


「あのっ」


 私は思い切って声をかけてみた。どうしても気になっていた疑問があったのだ。


「どうして魔法少女を嫌うんですかっ? 魔法少女が、あなたたち魔女の領土をうばったからですか?」


 ぎろりと魔女は私をにらんだ後、かぎ爪に青白い炎をともしてそれをこちらに打ち込む。モモのホウキさばきで交わしたが、高速で飛んで行く火の玉は遠くの山に当たり大きな音を立てながらその地面をえぐった。


「なんでお前の正直に馬鹿正直に答えなきゃならないんだい? ええ? 魔女はそんなに親切じゃないよ?」


 尋常ではない音に驚いた人々が家から外に出る気配がする。どこからか消防車のサイレンも。まだ暗いとはいえもう夜が明ける時間だ。しらじらと外が明るんでくる。

 魔女の姿もそうだが、私たちの姿も相当にめだつだろう。



「フン、こざかしい魔法だが、そのおかげであたしも存分に力がふるえるみたいじゃないか。感謝するとしようかねえ、マザー・ファニーサンデーに」


 魔女の頭上に光の弾が浮かぶ。強力な魔法のエネルギー弾だ。それは見る間に大きくなる。一見太陽とみまごうようなまばゆさで勘違いをした人たちが空を見上げそして龍と私たちを見つける。結構な騒ぎになっているようだ。


「さてどうしようかねえ。この弾あんたたちの足元にほうりなげてやろうか。さぞかし大きい穴が開くことだろうねえ。ああ見てみたいもんだよ、魔法少女たちがみいんな焼き尽くされちまう姿がねえ……」


 確かに魔女は親切ではなかった。私の質問には答えてくれない。理由なんてないがとにかく魔法少女が嫌いで仕方ない、そんな意志しか伝わらない。でもそれでいい。それでこそ魔女。

 

「ふざけんなババア!」


 と怒鳴ったモモが、同じようにピンクのエネルギー弾を生じさせるが、私はその手を取った。


「マミ?」

 

 私はモモの目を見つめる。モモもそれを見て把握したらしい。うん、と頷いた。


 私はもう一つ覚えていたブルーミング✾キューティーハート(仮)もう一つの呪文を口にした。


「ブルームアップ! フローラアロー!」

 

 胸に付けたピンクのブローチから、光と共にメッキと樹脂でできたような質感の弓と矢が出現する。

 

 私がそれを構えるとピンクと白で彩られた弓が一気に大きく広がった。

 モモと私が弓を挟むようにして矢をふたりでつがえる。

 二人分の魔力がそそぎこまれて輝きを増し、魔女の作ったエネルギー弾よりも大きな弓矢が出来上がる。


 あとはもう何も言わなくていい、モモと私は魔女を見据える。魔女とあの魔法のエネルギー弾を浄化させることだけを考えて矢を射った。


「シューティング!」

  

 流星のように尾を引いて射られた矢は魔女のエネルギ-弾に刺さり、貫いた。弾は弾け、目もくらむような閃光があたりを包み、魔女の体を焼き尽くす。

 嵐も夜空もすべて吹き飛ばすような強烈な光に視界も何もかも奪われてしまう……。


 魔女の叫びを耳にしながら、私たちは不意に訪れた落下感に身を任せた。




 固い床の感触。がたがたと窓を揺らすような音、それらが五感を刺激して私はむくりと体をおこした。

 

 ホウキにのって空を飛んでいた感覚が消えず、宙を歩くような感触に一瞬たじろいだがが、すぐになれる。


「よっ、起きた? おはよう」

 

 目をこする私の目の前で、いつものみつあみでそばかすのモモが、にいっといい笑顔で微笑んだ。晴れ晴れとしたいい笑顔だった。


 そこは寮の一室中だった。外はまだ風がびゅうびゅう吹き付けていたが深刻な状況は脱したのだろう。夜明けはまだ室内は電灯でこうこうと明るい。

 

 あたりを見回すとあたしの他にはアミとティーダが床の上に横たわっていてほぼ同じタイミングで起き上がる。伸びをしながら、ソフィアが開発したという夢に入るれるミラクルマシーンのコードにつながった、額の吸盤をはがした。

 同じように額に吸盤を張り付けているユメノはまだベッドに横たわっている。世にも安らかな表情で気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 

 その様子を見ているとじわじわと現実に戻ってきた実感が体中に染みわたってゆく。


「あたし達帰ってこれたんだ……?」

「なんとかね」

「魔女はどうなったかしら?」

「あれだけの浄化の魔法をくらったんだ。いくらばあちゃんでも無事じゃないよ」

「……≪鏃山の魔女≫に酷いことをしちゃったわね」

「はあ? なんで気に病むんだよ? いいんだよ、ばあちゃんは悪い魔女なんだから」


 モモはどことなくつきものがおちたようにすっきりした表情だった。信じられないように自分の手のひらを見ている。


「あたし、変身したんだ。マミの力でキューティーハートになれた……」

「半分、夢みたいなものだけど……」


 私の胸には例の変身用ブローチがある。さっきまでの輝きはなく、いかにも樹脂製の宝石然とした軽い輝きを放っている。

 

 自分の手をしみじみと見つめるモモに、ぎゅーと後ろから抱き着いて頭をくしゃくしゃかき混ぜた子がいた。アミだ。額に丸い吸盤の跡を残したアミは、私もだきよせて同じようにくしゃくしゃ頭をかきまわす。


「ちょっと、酷いじゃない。あたしも変身したかったのに混ぜてくれないなんて! ずるいっ。でもお疲れ様!」

「あはは、ごめんごめん、ごめんなさい……!」


 されるがままになりながら、私たちは笑った。

  

「俺はいいけどな。あんなピンクまみれの格好しなくてすんだしさ」

 同じように額に丸い跡をのこしたティーダは、伸びをしながらじゃれている私たちを見て笑う。

「お疲れさん、キューティーハート」


 外はもう夜明けが近く、ぱらぱらと力をなくした雨粒が窓ガラスをたたく音が聞こえる。

 この場にいたのは私とモモ、ベッドのうえのユメノ、ユメノの夢に出演していたアミとティーダ、そしてなぜかもう一人、部屋の片隅で体育すわりをしているイヅミがいた。

 その背中が、今私に語りかけるなと主張をしている。

 何故イヅミがここにいるのか? 一瞬分からなかったが彼女の黒髪をみてピンときた。ファウンテン王子……成程。


「ご明察です」


 ぽそっと彼女は答えた。初めて心を読まれて身構えている間に、私の心をさらに読んだらしいイヅミが体育すわりのままぽそぽそと答える。


「私が他人の精神に侵入できる能力を有するが故に、とんだ目に遭ってしまいました」

「そんなこと言うなよ。あんたが王子役をやってくれたおかげでこっちはずいぶん助かったんだから。感謝してるよ」

 

 モモが明るく言うが、イヅミはじとっとした恨みがましい目を向けるだけだ。


「私の力でユメノさんの精神をジャックして強制的に魔法を信じるといわせた方が早かったのです。さすれば犠牲が最小限で済みました」

「無理強いは魔法の効きが弱くなるんだから仕方ないだろ!」

 

 二人がなんやかんやと言い争いを始めだすと、ことの元凶であるユメノごにょごにょ呟きながら目をこすった。


「なに~……ちょっともう、うるさいんだけど……」

「やっと起きやがったなこの人騒がせ娘……!」 


 おそらくモモが寝ぼけているユメノをどやしつけようとしたタイミングで、ばんとドアが開き、風のような勢いでかけ飛んできて首っ玉にかじりついた。ヒメカだった。


「ユメユメユメ~! 目が覚めたんだね! おはようっ、いい夢見たでしょ?」

「夢……確かになんか、変な夢を見た気がするけど……。つかなんであたしたち寮にいるの? 意味わからないんだけど」

 

 大騒ぎの原因を作ったというのに、ユメノは魔女に心を奪われていた間の記憶が何もないらしい。

 さすがに文句の一つも口にしたくなるタイミングで、どやどやとほかのメンバーも部屋の中になだれ込んできた。


「大成功よ! マザー・ファニーサンデーの魔法も復活したわ!」


 リーリンが持ち込んできたスマホをぐいぐい押し付けた。その画面では虹ノ岬町のマップに穏やかに波打つグラフィックがかぶせられていた。見方はわからないがとりあえず魔法の異常が去ったことを示しているらしい。


「これで私たちは安心してここに存在できる。消滅に脅えることもないわ」

「ほかの候補生たちも皆元気を取り戻している。感謝しよう」


 ソフィアもどこか安堵したように微笑んだ。


「ちょっとちょっと、何やったんだよお前ら二人!」


 クリスが自分の持っているスマホをぐいぐい差し出した。


「虹ノ岬町上空でなぞの発光現象とか、UMA発見とか、魔女登場とかいろいろ大騒ぎだぞ! ……ま、もう安全だけどな何がおきようが」


 クリスの差し出したスマホの画像には空に浮かぶ巨大な龍のシルエットや、豆粒みたいなサイズの私たちの画像なんかが並んでいる。「ドジっ子モモちゃん復活?」のキャプションに私たちはたまらず笑った。

 

 狭い部屋にはいろんな髪、いろんな瞳の女の子達があふれ、皆安堵と喜びに顔が輝いている。窓を打つ雨風はまだ収まらないけれど、かなり小康状態にはなっている。

 なんだかこのままめでたしめでたしで一件落着しそうな雰囲気だった。


 が、


「で、魔女はどうしたんです?」


 ぽそり、イヅミが口にした。

 

「……え?」

 私とモモは顔を見合わせる。

「浄化された……はずだけど……」

「ねえ?」


 烈しい閃光の中で気を失った私たちは、二人とも魔女がどうなったかは確かに見極めていない。

 あれだけの魔法をくらって無事でいるとは思えないけれど。


 私たちの不安そうなやり取りをみていたリーリンとソフィアが、血相を変えてPCをのぞき込む。そして


「そこ!」


 二人で叫んで、私のポケットを指さした。そこにあるのはあの変身用コンパクトだ。今はかたく閉じられていたのに、その隙間からしゅうしゅうと黒い煙があふれている。

 煙が蓋を持ち上げようとかぱかぱ揺らすのを、私はとっさに手で抑えた。でも熱せられた貝の口を閉じようとするようなもので、手では全くどうにもならない。

 私の手を跳ねあげて、コンパクトは、部屋の中央に転がった。その拍子に開きかけた蓋を、大騒ぎしながら候補生たちが上に覆いかぶさりとじにかかる。

 でも意志をもったように、コンパクトは部屋を転がりまわる。ギャアギャア声をあげながら、候補生たちがコンパクトを追いかけまわした。



「あらあら、ちょっと失礼するわねえ」

 

 大混乱の室内に、するっと部屋に入ってきたのは上品なスーツに身を包んだ老婦人だった。

 候補生たちが折り重なり、蓋が開かないように文字通り体を張っている中、レースの手袋をはめた手でひょいとコンパクトを拾いあげる。そしてとなんなくぱちりとその蓋を閉じてしまった。

 

 そこから黒い靄がもれなくなり、全く見た目通りのコンパクトに戻ったように見えるそれを手にして私たちに微笑みかけたあと、部屋の出入り口付近に控える誰かにむけて呼びかけた。


「そこのあなた、ガムテープか何か持ってきてくださる?」

 

 出入口に待機していたタナカさんが慌てた表情で別室へ飛んで行く。そしてタナカさんの後ろに控えていたカメラが、私たちと上品な老婦人を順に映した。

 一分も待たせずに戻ってきた田中さんから受け取ったガムテープで、コンパクトをぐるぐる巻きにした老婦人はにこりと微笑んだ。


「はいこれで安全~。でも寮の中の鏡にしばらく覆いをした方がいいかもしれないわねぇ」

 

 それを聞くや否や、スタッフさんたちがバタバタ廊下を激しく行きかいだす。おそらく寮の中の鏡という鏡に覆いをしてまわっているのだろう。


「さて」

 

 予想だにしていない人物の登場に目を丸くして硬直している私たちを前に、老婦人はちゃめっけのある笑顔でねぎらった。


「私のかわいい妹たち、不測の事態に皆さん力をあわせてよく頑張りました。皆さんに魔法王国から褒章を授けましょう。それより朝ごはんが先かしら?」


 魔法王国の永世女王、魔法少女の始祖、マザー・ファニーサンデーはそういって片目を閉じる。

 候補生たちが慌てふためく中、モモだけがぱちくりと目を丸くしていた。


「マザー・ファニーサンデーってこんな人だったんだ。初めて見た」

「あらあらぁ。奨励のメッセージを送ったはずだけど?」

「……そうだっけ?」


 ちゃんと日記にもそのことを書いていたはずなのに、モモはすっかり忘れていた模様。


 モモはぶれなくキューティーハート以外はどうでもいいのだった。

 



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