幕間:あるいじわるな魔女のおはなし。
むかしむかし……から、そして今この瞬間までずうっとの間。
あるところに意地悪な魔女がおりました。
魔女は魔女らしく、お姫様に呪いをかけたり、欲深な人ににせの儲け話をふきこんでは財産をぬすみとったり、心清き人の耳もとで甘い言葉をささやいては堕落させたり、たまに世界征服をたくらんだり、悪い魔女として思うさまくらしておりました。
そんなことをしていたので当然人々から嫌われ、友達もおらず、時々みっちりとこらしめられましたが、まったく懲りることなく魔女の生活をたのしんでいました。
魔女は悪い魔女として生きることがとても性にあっていたのです。
人と仲良くするのは大嫌い。困った人を親切にするのもまっぴら。自分の稼いだお金を他人に施す? 冗談じゃない。悪い魔法や呪いの研究をしていたら世の中に迷惑がかかる? 上等だ。
魔女はそのような心で生きていました。
それに魔女は世の中には自分のような存在が必要なことも重々分かっていました。
魔女を必要とするのはいつの世も心清き善男善女です。心清きものが、その清らかさに耐えきれなくなった時に呼ぶのが魔女なのです。他人がどうこう言おうが自分は世界に不可欠な存在であるのだ。言いたいやつは勝手に言ってろ。……これが魔女の本音でした。
こうして魔女は魔女として悠々自適に暮らしており、魔女の仲間と自分が不幸にした人間の数を競い合っておりました。
思う存分悪事を働き、思う存分やりたいことをやる魔女の生活……一件ノンストレスで快適なくらしに見えますが、欲深い魔女にも、欲深いからこそ頭にこびりついて離れない悩みがいくつかありました。
人間は常に魔女族の物語と共に在りました。
お姫様に毒リンゴを食らわせたり、冒険者を豚にしたり、忠臣だった武将に「お前は将来国王になるぞ」と予言をして唆したり、魔女族には大昔から偉大な先達がたくさんおります。
近年になると人間と結婚してちょっとしたトラブルをおこしたり、人間社会で一人で暮らしながら落ち込んだりしても元気に暮らす少女の魔女など、意地悪で神秘的なだけではない新しいタイプの魔女の物語もたくさん生み出されるようになりました(これらの物語はあまりこの魔女の好みではないようでしたが……)。
おそらくこれからも人間が魔女の物語や魔女という存在を忘れることはないでしょう。きっとこれからも新しい魔女の物語が生み出されるはずです。
おかげで人間の物語が生み出した広大な『影の世界』においても、魔女族が支配する領土はかなり広範囲に及びました。この魔女だって小さいながら自分の領土を有する身でしたからね。
しかしこの程度の小さな幸福で満足できないのがこの魔女です。
できれば自分も、先達のような偉大なる魔女の一人となり、人間社会にその名を轟かせたい。
「魔女と言えば〇〇という物語の魔女!」と真っ先に名前が出てくるレベルの魔女になりたい……!
そして憧れの≪栄光の図書館族≫の一員になりたい……!
魔女の姉の存在が、魔女のこの欲望に火をつけました。
姉の魔女は妹とは違い、根っからお人よしで不幸な女の子がいるとドレスや馬車を授けたくなる良い魔女でした。そして人間が大好きでした。
人間社会でさびしい人間を見つけて寄り添っているのを繰り返しているうちに、ある童話作家と知り合い、彼の作る物語に登場することが決まったのです。
その童話は子供たちに支持され、高い評価を受け、図書館にも収められました。
姉が出演した物語が本になり、それが図書館に収められる! それを聞いた時は魔女は羨ましさと妬ましさで、ちぎれそうになるほど身をよじりました。
自分も物語に出演し、その本が評判をよんで図書館に収められ、その暁に≪栄光の図書館族≫に仲間入りをする――それが魔女の長年の願いであり野望でしたから(先ほどからでてくる≪栄光の図書館族≫についてはのちほどお話しましょう)。
こうしてはいられない! いてもたってもいられなくなった魔女は、物語を作ろうとあがく人間たちの前に現れ、自分を出演させろと自ら交渉に赴きました。
ところが、なんということでしょう! あろうことか最近の作家やクリエイターとよばれる人間たちは、魔女のようにしわくちゃで意地悪で皮肉屋の魔女に興味を示さないのです。
「しわくちゃのばあさんねえ……今時そういうのわざわざ出しても……ねえ?」
魔女は魔女なのでどんな美女や美少女にだって魔法で変身できます。
でも容姿と年齢で門前払いを食らわせる作家とコンビをくむつもりは毛頭ありません。出演したら最期、魔王だの龍だのを退治するガキの成長の手伝いやヘタをすると恋のお相手役などというつまらなくて冴えない役で出演する恐れがあったからです。魔女は自分を安売りする気はありませんでした。
「……うーん、意地悪とかはちょっと……」
「途中で改心させちゃいますけど、いいですか?」
「優しいおばあさん魔女としてならぜひ出演していただきたいんですけど……」
「あなた本当に意地悪とか好きでやってるんです? 本当はなにか悲しい過去があったりするんじゃ……?」
ああ、嘆かわしい!
純粋に意地悪をするというキャラクターに二の足を踏む作家たちばかりに会って魔女は天を仰ぎました。
特に腹立たしいのは、魔女が意地悪や悪事を働くのはとても悲しい目にあったから、本当はみんなと仲良くしたいのにそれができない。その悲しさがつもりつもって世の中に意地悪をふりまく魔女になってしまった……というストーリーを用意する作家です。魔女はそんな腑抜けた物語にも出演する気もありませんでした。
次の作家に出会ったらこの国には見切りをつけよう、海の向こうにある別の国の作家と手を結ぼう。しかしあっちの国の作家と昵懇の魔女族はいっぱいいるから厄介だぞ……と次の計画を頭の中で練りだした時に出会ったのが、とある漫画家の青年でした。
「僕が求めていたのはまさしくあなたのような魔女です! どうぞ僕のかく主人公とヒロインを苦しめ、立ちはだかってください」
その漫画家の青年は、名前を東村はやとと言いました。
眼鏡越しの眼をキラキラさせた青年の言葉は、魔女が心から求めていたものでした。本当なら喜んで青年とがっつり握手を交わしたいところでした。
しかし魔女は一瞬、返事をためらってしまいました。漫画家という彼の職業が気になったのです。
長い間生きていた分頭の固いところもあった魔女は、漫画という物語の形式を下にみていたのです。
人々が語り伝えにする純粋な物語、でなければ文字に書かれた物語に登場し、立派な本としてまとめられ図書館に収められ、≪栄光の図書館族≫の一員になる、それが魔女の理想とする夢の形でしたから。
しばらく悩みましたが、最終的に魔女は直観に従いました。
この青年はきっとやる! ほかの連中とは違う何かがある! 魔女は青年と手を組みます。
かくして魔女の直勘は大当たりしました。魔女は青年の漫画でいきいきと主人公たちに試練を与え、思う存分苦しめ、時には人生や社会に対する箴言めいたセリフを吐きながら、最後には華々しく散りました。
この漫画は評判になり、数年後には映画になり大ヒットを記録しました。
悪役として登場した魔女の、悪辣さや狡猾さによる魅力も評判を呼びました。
東村はやとは次々に漫画を発表しました。そのほとんどに魔女は登場しました。
物語は異なれど鏃の形をした山の中腹に住んでいる意地悪な魔女という設定は登場する全作品で共通していた為、≪鏃山の魔女≫と呼ばれるようになりました。
魔女にとって幸運だったのは、東村青年の描く漫画が「こどもに読ませたい名作」などを決める偉い大人たちに名作・傑作として認められたことです。
オリジナルの幻想を適切にビジュアル化する高度な画力、王道でありながらもありきたりにはしないストーリー構成、魅力的ではあるが「下品」「過剰に性的」でない少年少女のキャラクター造形など、彼らは東村はやとの漫画を絶賛しました。
「これは漫画だけど、最近の下品で低俗な児童向け小説よりずっと上等」
そういった評価が一般的になり、東村はやとの漫画はいち早く「学校の図書室にあってもよい漫画」に加わることができたのです。
これは真に偉大なことです。最近の図書館では漫画が所蔵されるのは当たり前ですが、学校の図書室はわけがちがいます。学校の図書室においてある漫画は、学習に役立つ漫画、神様とあがめ称されるレジェンドクラスの漫画家の漫画、反戦を訴える漫画の三種類がまだまだ一般的ですからね。
東村はやとと組むことで、魔女は念願だった≪栄光の図書館族≫になれたのでした。
さて、≪栄光の図書館族≫についてお話しましょう。
物語というものは、語る人がいなければ実にあっさりと消滅してしまいます。たとえそれが一世を風靡していたとしても、語り継ぐ人がいなくなればすっかり影が薄くなります。
しかし語るものがいなくても、その物語を記した本が一冊でも保管されていれば……? 映像作品だった場合そのフィルムやデータがどこかに保管されていれば……?
たとえ消えたように見えても、一冊・一本でもあれば復活させることはできます。完全な消滅を免れるのです。
さて、物語を収め本やフィルムなどを保管する場所はどこでしょう? はい、そうですね。図書館、ないしそれに準ずる施設です。
図書館の棚に自分の出演した物語の本さえあれば、その物語も、物語の登場人物も完全に消えることだけは免れます。消滅におびえ、人間たちに自分たちのことを忘れないでくれと訴え続ける幽霊のようなみじめな身分からは解放されるのです。
図書館に自分たちの物語が保管され、自分たちの住む世界の完全消滅におびえることなく悠々と過ごす。
これは長い間『影の世界』の住人達にとってはかなりステイタスでありました。図書館に本が収められた物語の世界に住む者たちを憧れ、仰ぎ見た結果、生み出された言葉が≪栄光の図書館族≫です。
漫画よりも活字を上に置く保守的な価値観をもつ魔女にとって、≪栄光の図書館族≫は己の虚栄心を満たしておくためにぜひ手にしておきたい称号だったのです。
さて、東村はやとという優秀なビジネスパートナーのおかげではれて≪栄光の図書館族≫になるという夢をかなえた魔女でした。
自分の出演するのが漫画ということに不満を覚えていたものの、活字の本よりもより広範囲に伝播しやすい漫画という媒体で得た力は実に強大でした。その力を糧に領土を拡げ、魔女族の中でも羽振りの良さを盛大に自慢したものです。
パートナーだった童話作家の死後にはその著作もほとんど図書館に保存されるのみとなった姉魔女がつつましく平凡に暮らしているのを見ながら、優越感を思うさま味わうことも忘れませんでした。
しかし、どんな絶頂にあってもすぐに不満の種をみつけてしまうのが、欲深いものの業です。
魔女は自分の領土、そして自分の領土を含む魔女族の全体が収める領土のはてに、あらたな国々がちゃくちゃくと領土を拡げていく様子がだんだんたまらなく目障りになってきたのです。
それは最初、とても小さな国でした。どうやら
どうやら人間界でちょっとした騒動を起こす愉快な魔女たちの物語の影響の下に生まれた、サンディーちゃんと呼ばれる少女の魔女の物語のようでした。
魔女も、ほかの魔女たちも、この新しい魔女のことを最初は特に意識はしませんでした。
映画ならまだしもテレビジョンで放送するような動画なんてどこにも保存されないし、すぐに消滅してしまうのに。愚かな選択をしたガキだと大笑いしました。
ところがです。
サンディーちゃんの物語が終わったあと、サンディーちゃんも
それどころか、
まずみんな十歳前後の女の子でした。中には普通の人間の女の子だったのに何かがきっかけで魔法の力を授かったという、従来の魔女のセオリーに反するものまでいました。
自分たちと似ている。しかし自分たちとはどこかが違う。
そういったもの達の領土が少しずつ拡がってゆくのを、魔女族の魔女たちはしだいに警戒しながら眺めるようになりました。
それでもどこか
口承、そして文字で書かれ本として納められる形こそ物語の正しい在り方だと信じていた魔女たちは、魔法を使う少女たちを大いに侮りました。
その判断が誤りだったことに気づくのは数十年後です。
いつのまにやら魔法を使う少女たちは、「魔法少女」と呼ばれるようになり、
つぎつぎと誕生する魔法少女たちの物語を語る相手も東邦動画以外の映像制作会社に漫画家、小説家、ゲームクリエイターに及びました。
特にシャイニープリンセスなる魔法少女を生み出した
しかも魔女たちを真に震え上がらせたのは、図書館の力をかりなくても魔法少女たちは消えることもなく力を蓄積し続けたことです。どうやら人間世界での映像メディアの発達や技術向上が魔法少女たちの追い風となったようです。
「安心なさって。あたしたち、あなたたちとはケンカはいたしません。ケンカなんてつまらないもの。お互いなかよくしましょう?」
あまりに力をつけた魔法少女たちの脅威にようやくおそれを抱いた魔女族の長と
実際、魔法少女は基本的に専守防衛の存在ですからね。領土の拡大には熱心ではありません。
魔女族も悪役として魔法少女の物語に出演するなど、お互いに協力しあうことに話を決めました。
こうして魔女族と魔法少女たちは『影の世界』で手を取り合い、お互いにいい関係を続けていきましょう……と、表向きはそう取り決めていたのです。
しかしです。
「知ったことかね!」
力をつけてきた魔女は、日に日に拡がる魔法少女たちの領土を眺めて苦々しく吐き捨てました。
気に食わない、とにかく気に食わないのです。
魔女でもないのに魔法を使うのが気に食わない。
みんなが幸せになるために魔法をつかうのも気に食わない。
世界平和なんてお題目も気に食わない。
魔法を使うくせにチャラチャラ着飾っているのも気に食わない。
ピイピイひよっこが面白半分に魔法を使ってるのも気に食わない。
なんでもかんでも気に食わないのです。
一番許せないのは、≪栄光の図書館族≫でもないというのに消滅を免れるどころか、しっかり存在し続け勢力を伸ばし続ける、その生き汚さ、そのしぶとさです。
人間風情に頭を下げて回るという、自分が≪栄光の図書館族≫になるためにした手間と苦労を思うと、そんなに苦労もせずチャラチャラあそんでいるだけでその領土を拡げているような有様も癪にさわってしかたありません。
まるで雑草じゃないか、あいつらは!
「ごめんなさい、あちらの世界にいるたくさんのおともだちがあたしたちの物語を喜んでくださるおかげであたしたちの国が拡がっているんです」
……だとさ、マザー・ファニーサンデーときたら!
魔女は一人で怒りを募らせます。
魔女は魔女族の会合でなんども魔法少女との全面戦争を提案しました。しかしそれに乗るものはいません。魔法少女とつかず離れずの位置で協力しあうのがお互いのためだ、それが魔女族大多数の意見でした。
そうなるとますます魔女の意地は燃え上がります。
かくして魔女は個人で魔法少女たちに嫌がらせを始めました。
しかし魔法少女たちも魔法を使うプロなので、魔女の嫌がらせはどれも大事に至りませんでした。
概ね不必要なもめ事を嫌うのが魔法少女でもあり、時折マザー・ファニーサンデーが代表してやんわり抗議するだけで、あとはなあなあで収まりました。
魔女はそれも気に入りません。
どうせならどんどんバチバチの大戦争でもおっぱじめりゃあいいんだ! これが魔女の主張です。
さらに魔女をいらつかせたのは、魔女の孫娘がキューティーハートなる魔法少女の物語にすっかり骨抜きにされてしまったことです。
ああ、なんてことだ!
いずれこいつは人間社会で大暴れをする子供の魔女として魔女界の歴史に名を残す存在になると目をかけていたというのに、よりにもよって魔法少女なんぞに憧れるなど!
魔女はその時ショックで再びその身を引きちぎりそうになりました。
あろうことか孫娘はキューティーハートになるためのオーディションに参加するため、家を出て行ってしまいました。
魔女がわざわざ、じぶんと同じく≪栄光の図書館族≫になれるよう東村はやとの漫画の主役にする話をすすめていたというのにその顔を潰す形で出て行ったのです(一見魔女も自分の血を引く孫には甘いようにも見えますが、違います。自分たちの領土を拡大するための計略です)。
魔女の怒りは業火となって燃え上がりました。
あのチビ娘、容赦しないよ!
領地の住民たちが何事かと驚くほどの大声で怒鳴ったあとで、魔女はいそいで孫娘と、孫娘を誑かした魔法少女たちに報復する作戦を練り始めました。
「……ほう、あんたまで魔法少女が好きなのかい?」
オーディションに失格した孫娘のモモを連れて、魔女は東村はやとの家に訪れていました。今日はいつもの童話の悪い魔女姿ではなく、サマードレス姿で避暑地に遊びに来た老美人女優といった趣です。魔女はしわくちゃの老婆姿でいる自分も好きでしたが、たまに身ぎれいにするのも結構好きでした。
ここちよい田舎の夏の宵です。庭先で東村家の皆が精魂こめて作ったという野菜や近隣の漁港でとれたお魚を中心とした心づくしのごちそうをたらふく食べたあと、東村はやとの娘に声を掛けました。
自分のスマートフォンから何かを熱心に読み込んでいた娘は、魔女の不意打ちに驚いたように身をびくっと震わせた後、液晶を自分の体に押し当てるようにして画面を隠します。
魔女が娘のスマートフォンを覗いたことに深い意味はありません。ただのいたずら心です。
「最悪! いくら意地悪な魔女だからってやっていいことと悪いことがあると思う」
「親の言いつけをよく守るいい娘が片付けをさぼって何を熱心に読んでたのか気になったのさ。あんたが見てたのはシャイニープリンセスのエスエヌなんとかってやつだろ?」
東村はやとの娘はスマートフォンをポケットに突っ込み、テーブルの上の食器を片付け始めます。魔女は無論手伝いません。
「シャイニープリンセスはあんたらくらいの年の子の見るもんじゃないんじゃないかね? あれはもう20年も前の物語だ」
「……」
「今はキューティーハートが人気なんじゃないのかい? ウチの孫もそれに憑りつかれてまーぁ大変だったよ」
「……」
「なんにせよ、あんたの父さんと母さんはあんたがそんなもんに夢中になってりゃお嘆きになるんじゃないのかい? え、みどりのゆびをもつのんちゃんさんや?」
「その名前で呼ぶのやめてもらえます?」
そういってから、魔女を無視しきれなかったことに気づいて悔しそうに舌打ちしました。
東村はやとの娘は、かつてお母さんの童話作家・三島ケイによる『のんちゃんのみどりのゆび』という童話の主人公を務めたことがあります。それは童話という形式をとってはいましたが、半分、東村・三島夫妻の家族のほほえましい暮らしの様子をつづったノンフィクションでもありました。
娘はその童話を知っている人から主人公と同一視され、‶のんちゃん″と呼ばれることをことのほか嫌っていました。なんといっても難しいお年頃でしたからね。
「……私が何を見ようと、父さんにも母さんにも、勿論魔女さんにも関係ないと思うけど!」
「おやおや、さすがに恥ずかしかったのかい? 高校生にもなって魔法少女なんてものに夢中になっているのが」
「夢中になんてなってません!」
「おやなんでムキになる? 魔法少女なんて好きじゃないなら結構なことさ。あんたはうちの孫とは大違い。お父さんとお母さんの作った物語で育った純粋培養のいい娘だよ。そのまますくすくまっすぐ育ちな」
魔女は娘が悔しそうに唇をかみしめるのを見逃しませんでした。魔女は魔女ですので、東村はやとの娘が本当はシャイニープリンセスのファンであることを知っていました。リバイバルされた動画を見て以来、心を奪われていることを実はとっくに把握していたのです。なんといっても魔女ですからね。
分っているうえでそんな風にからかうのは、ただの魔女のいたずら心です。孫娘のように、魔法少女のことが好きな女の子をいじめるのが純粋に楽しいのです。
「……あんたの孫娘、様子が変だけど?」
娘が魔女をコバカにするような口調でいいました。
あんたは私たちのことをなんでも知ってるみたいだけど自分の孫娘のことすらわかってないじゃない、そう言いたげな口ぶりでした。高校生なのにシャイニープリンセスの隠れファンであることを揶揄われたのがくやしくて、なんとかして鼻を明かしたいという気持ちなのがよくわかりました。
魔女は、ほう、と声を漏らしました。東村はやとの娘が孫の異変を見抜いたことに感心したのです。二人はロクに面識がないというのに。
孫娘のモモ――正確にはモモではない見知らぬ娘――は、東村はやとの二人目の息子と一緒に何事か雑談に興じています。
なかなか演技の上手い娘でした。しかし魔女の目はごまかせません。どんなに仏頂面でも東村はやとを前にした時の気持ちの高揚が全く隠せていませんでしたからね。
見抜いたうえで、魔女は騙されたふりをしていました。この時にはもう、本当はまだオーディション会場のあの町に居座っている孫娘と魔法少女たちにどうして報復するか、その案ができあがっていましたから。
よって魔女は娘の前でも騙されているふりを続けました。
「様子が変? まあきっと馬鹿げた夢から醒めて正気に返ったからお前さんにはそう見えるのさ」
「……」
てっきりまたコバカにしてくるのかと思った娘は、魔女の予想に反して警戒するような顔つきになりました。
まるで魔女が敢えて騙されてやってることを見抜き、それを訝しんでるような……。
ほほう、とまた魔女はまた感心しました。こいつなかなか勘が鋭いね。
にわかに東村はやとの娘へ対する興味が湧きましたが、娘は家の中から自分を呼ぶ母親の声に反応します。
「
「はーい、今行く~」
皿を抱えて、娘は家の中へ入っていきます。海辺で行われる花火大会に娘は友達と遊びに行くことになっていたのです。
しかしその様子は、どことなく魔女から距離を取りたそうにしている風にも見えました。
あの娘、何か勘づいたかもしれない。魔女は閃きました。
と同時に、勘づいたところで何がどうなるわけでもない、とすぐに捨ておくことに決めました。
東村はやとの娘もまた、幼いころにに物語の主人公を務めたことから『影の世界』の住人たる資格を得てはいます。とはいえここではただの高校生です。魔女と魔法少女の争いに対し、一体何ができるというのでしょう。
東山実はいまではただの高校生。魔女でもなければ魔法少女でもない。おそるるにたらない相手です。
魔女は勝利の笑みを浮かべ、暮れてゆく夏の空と海を眺めました。
海から吹き渡る風にには嵐の気配が早くも漂っています。
この嵐が数日後に魔法少女を苦しめることになりました。
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