2. システム

「監視って、どういう」


アレクサンダーが椅子から立ち上がり、ドミニクの前に来た。


「ドミニク君は十七歳だったよね。それだけ生きてて、【シエル】の本質も見れなかったのかな? ジュスタン教授の息子なのに」


ジュスタン教授。

先日亡くなった、ドミニクの父親だ。

あと少しで迎える成人の儀を楽しみにしていた、大切な、ドミニクの唯一の家族。

大切な部分を土足で踏み荒らされた気がして、ドミニクは気分が悪くなった。


「どういう意味」


思わず、尖った声になる。

そんなドミニクの機微に気づいてるだろうに、アレクサンダーは嘲笑する。


「そのままの意味だよ。君は疑問に思わなかったのかい? 一応プライベートスペースには監視カメラはないけれど、共同スペースに、家を出ればすぐに監視カメラがあるでしょー。そして、国より支給されたものを身につける。今、わからないという顔をしたね。君も七歳の時に与えられたはずだよー? 時計型、スマホ型、の日常生活補助機能をもつ端末のことだよ。君のスケジュール、起床時間、食事の時間、講義を受ける時間、諸々を管理していたのは誰だ? そう、【シエル】だ。」


「それの何がおかしいわけ、何でそれが監視していることになるんだい」


「常に、だ」


それまで黙っていたフランソワが急に割り込む。


「ドミニク、常に俺たちは【シエル】に行動を把握されている。少しでも、政府の意図するものと逸脱した行動を取れば、【シエル】の監視レベルが強化される。俺たちムーレ研究所の、主な研究は放射線についてだ。地上に蔓延してしまった放射線のレベルがどのくらいかを本当は調べたいんだが、今はできん」


悔しそうにいうフランソワを、労わるように見てから秋明が言う。


「実際、それをしようとすれば、私たちもどうなるかわかりませんしね。勿論、ドミニク君も」


「なんで僕まで」


怯むドミニクに、フランソワがいう。


「俺たちは地上へ出ても、もう安全だと言う仮説を証明したい。そもそもこの研究は、君の父親、ジュスタン教授がはじめた研究だ。ジュスタン教授は、うまいこと綱渡りをしていたが、最期にしくじった」


「・・・なに、それ」


しくじった、という言葉に背筋が凍り、亡くなる前の父の様子を思い出す。

『すまない、ドミニク。お父さんは大変なことをしてしまったようだ』

青白い顔をして、そうドミニクに言うと、その数日後に心筋梗塞を起こして亡くなった。


「ジュスタン教授は何度も地上へ出る許可を申請し続けていた。論文にも発表し、他の研究者たちとも議論を重ね続けていた。【シエル】に、政府に目をつけられるほどにね」


「どうして、そうだと言えるんだ」


「心筋梗塞なんて! 君、本気で信じているのかい? いいかい、ドミニク君。君はもっと目を開けないとダメだ。生きていくには多少の警戒心は持つべきだよ」


はあ、と溜息をつくアレクサンダーに苛つきながら、ドミニクは睨んだ。


「父さんの死が、仕組まれたものだと言いたいのかい」


「ようやく理解ができたかい? ひよこのドミニク君。君のよわーいおつむでも飲み込めてよかったよ。君はもう少し賢くならなきゃいけないね」


「なんだよ、それ・・・」


ふつふつと怒りが湧くが、とにかく訳がわからなかった。

わからないという顔をしているドミニクに、アレクサンダーは更に説明をはじめた。


「温暖化による気候の変化だけでなく、《楽園時代》の人類は互いに争い始めたんだ。その前に大きな戦争をして、もうこりごりだと確認しあったくせにね。そして、また同じ過ちを繰り返し、今度は【毒】をばらまく戦争をはじめてしまった! 平和を享受していた国々がだ! なんと愚かで、なんて非生産的で、無意味な行為だろう!未来に残すのは絶望だというのに!世界中を巻き込んで地上には住めなくしたんだ。人類史上最悪最低の愚行だね 」


君もそう思うだろう?とアレクサンダーがいう。


「結局尻拭いを子孫の僕たちに放って、自分たちはさっさとくたばりやがった、愚かな先人たちの、さらなる負の遺産が【シエル】さ」


アレクサンダーがフランソワをちらっと見る。それに頷き、フランソワが後を引き継いだ。オーフェと秋明は、こちらの話は聞いているのだろうが、また、タブレットや複数あるパソコンをいじっている。


「【シエル】はなんだと思う?我々の使う機器のOS?」


「ただのソフトウェアじゃないの。あんた達の考えすぎなんじゃないのかい」


急に質問されて驚いたが、ドミニクはすぐ言い返した。監視や負の遺産というが、【シエル】の様々な機能のおかげで、現代の人類は地下にあっても不自由なく暮らせている。


「 ただのソフトウェアじゃない。それに【シエル】以外のOSは、存在しない。昔はそれぞれの機器に、複数のソフトウェアがあったそうだけど、今では全て【シエル】に統一されている。我々の生活に根ざしたものだ。つまり、我々が生活するときに使うある程度のものには【シエル】を介して使用している。記録もされているな、バックアップされたものは政府のデーターバンクに保存されている」


「それのなにが問題なのさ」


はあーとまた、アレクサンダーがため息をつく。

いちいち癇に障る男だ、とにかく腹がたつとドミニクが睨みつけると、アレクサンダーはこちらを全く見ず、未だに何か作業をしているオーフェたちに話しかけていた。


「ねえーオーフェ、秋明ー。これがあのジュスタン教授の息子だなんて信じられる?この頭空っぽに唯々諾々と生きてたようなまだお尻に卵の殻がついてそうなひよっこちゃんが、あの気候変動の権威で地上進出についての最前線の研究をしてきた、あのジュスタン教授の子供だなんて、僕信じられなーい」


一切二人が反応しなくてもいいらしい。


「と、とにかく話を戻すぞ」


アレクサンダーの態とらしい嫌味にフランソワがかぶせるように大きな声でいう。


「政府に生活パターンを把握されているし、インターネットで何を閲覧したのかも把握されている。そして、そこたら中にある監視カメラで行動も見られている。どこで、誰が、何をしているのかをわかっているんだ。なぜそんな必要があるのか?それには【シエル】がなぜ誕生したのかを話さねばならない。簡単な話だ。」


一旦言葉を切ると、フランソワはドミニクに問いかけた。


「『楽園時代》について、どんな風に学んだ?」


「どんなって・・・。今とは比べものにならないほど自由でのびのびと暮らしていたって。地上で暮らし、海を渡り空を飛ぶこともできたって」


「そうだ。《楽園時代》の人類の文明はとても進んでいた。表現や言論、思想を自由にし、沢山の国々が大体自由に行き来できた。そんな中で、争いが起こるともうあっという間だ。情報伝達はとても素早かった。今あるメールはもうこの時代にはあったし、インターネットでいくらでも新しい情報は手に入った」


「それが【シエル】とどう絡むわけ」


「良くも悪くも人は影響しあう。平和だった国も、どこか一つの国でも足並みを揃えなければ、列は乱れる。あっという間だったそうだ。戦争や内紛で難民が出て、たくさんの人々が殺された。憎しみが憎しみを呼び、政府は民衆のコントロールを失った。そして、再び大きな戦争がおこり【毒】を世界中に撒き散らし、そのときまで進んでいた温暖化も相まって、地上は荒廃した。もう、地上には住んでいられなくなった人類は、地下へ逃げることにしたんだ。先導したのは世界中の科学者たちだ。そして、この科学者たちが後々、組織されて政府となる」


全く歴史の講義でも聞いたことのないことが、フランソワの口からどんどん出てくる。ドミニクには正直キャパオーバーだったが、そんなことをぼやける雰囲気でもない。


「そして、政府は考えた。【毒】、ゲンシバクダンだな。これを作ったのは科学者だ。銃や、センシャを作ったのも。人殺しの道具を作り続けたのは科学者だ。ゆえに彼らは戒めとして、彼ら自身を、そして人類すべてを監視する存在を作った。もう人類が間違った選択をしないように。もう二度と戦争をしないように」


「監視者として作ったということ?」


「そうだ。そして、いつか地上へ出ることを夢見て、空、【シエル】と名付け、すべてのシステムの母体として作った」



いつの間にか、二杯目のインスタントコーヒーが入れられていた。フランソワが、ブラックコーヒーを一口飲むと、また話の続きをしはじめた。


「【シエル】はそもそも監視者だ。代を重ねるごとに少しずつ改良され、今では、人類を監視し、政府にとって危険な存在を、早いうちから見つけるためにも使用されている」


「そうそう。だーかーら、【シエル】がある場所で不用意な発言はしないこと。わかった? ドミニク君」


アレクサンダーがそう締めくくる。

いきなり言われたことで頭がいっぱいだったドミニクは、苛立ったまま口を開いた。


「だったら今はいいのかい」


「それは大丈夫です。今はちゃんと脱獄中ですから」


ずっと何らかの作業をしていた秋明が、ドミニクの問いに答えた。


「だつごく?」


意味がわからず問い返すドミニクに、秋明が振り向く。


「ええと、今は【シエル】には簡単に言えば、夢を見てもらってます」


「夢なんて見ることができるのかい」


ドミニクの疑問に、オーフェがにこやかに答える。


「例えだけどね。【シエル】側には俺たちの話し声が行かないようマイクもオフにしていることも、いまここの映像も見られないようにしていることも気づかれないようにしている。つまり、【シエル】にはフェイクを見てもらってるんだ。それを政府の監視から脱する、脱獄と称しているのさ」


オーフェは一息つくと、インスタントコーヒーに人工甘味料とミルクをいれると飲んだ。

フランソワも一口またブラックコーヒーを飲んでから、ドミニクへ説明を始めた。


「そして、監視にはレベルがある。一般人は大体レベル5で、科学者はとりあえずレベル3、そして研究内容によっては監視者つきにもなるレベル2だ。そしてレベル1になったら、もう部屋から一歩も出られない」


「一歩も? それって監禁てこと?」


思わず聞き返すドミニクにフランソワが頷く。


「喜べドミニク。お前の監視レベルはまだ、レベル3だ。ただ、一般人だが、父親が科学者だったこと、そして、地上へなんの防具もなしに出た初めての被験者だということで、長期的な観察が必要と判断された。だから、その観察者として俺たち、ムーレ研究所が立候補した」


ドミニクの方をまっすぐみる、力強いエメラルドグリーンの目を、ドミニクも見返す。


「別に、お前を実験のモルモットにするなんて考えていない。監視者というのもそんなに気にするな。

ジュスタン教授は俺の恩師だ。だから息子であるお前が一人になったと聞いたときから、引き取ろうか考えていた。今後はこの研究室がお前の家だ。そして俺たちが、お前の家族だ。・・・そうは言っても、なかなか信用できんのもわかる、」


だが、とフランソワが、優しく微笑んだ。


「お前の敵にはならんと思うぞ。お互い政府に目をつけられた者同士、歩み寄るのも悪くはないと思うが、どうだ?」


にやっと此方を見るアレクサンダーに、穏やかに微笑むオーフェ、優しくみつめる秋明、そして、太々しく笑うフランソワ。


その顔をみて、ドミニクはもう、あれこれ考えて尖るのが馬鹿馬鹿しく思った。


「君たち実はとっても馬鹿なんじゃない。僕はまた、勝手に地上に出るかもしれないよ」


憎まれ口をたたくドミニクをフランソワは一笑すると、頭をわしわしと撫でた。


「その時はその時だ。まあ、地上に出たかったら難関だが、俺たちと同じように研究者になって、仕事として政府から正式に許可をもらってからのほうが、安全だし、オススメだ。何よりここには科学者が四人もいる。勉強は俺たちが教えてやれるぞ」


どうだ?ここにいるほうがメリットがあるぞ、と笑うフランソワに、ドミニクはなんとも言えない気持ちになる。


更にわしわしと頭を撫でるフランソワの大きな手を、ドミニクは振り払えずにいた。そして、きっと自分はこれから先もずっと、この男の手を振り払うことはないだろうとも、思った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

eath-暗い世界で生きる- 大根葱 @daikonnegi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ