第5話 ピクト村 2-1

 あれだけ家の前で騒いだのに地獄耳のジジイが来ない時点で、何か嫌な予感というか、面倒ごとが起きる予感はしていた。私の勘はよく当たることで有名だ、と勝手に自評している。


 さっさとしてと、常時上から目線のルージュには終始イラッときたが、カベルネは完全に敵意をなくしているようだ。拘束を解き、ついでに腕のやけどを医療魔法で治してやる。まさか治療するとは思わなかったのか、カベルネは少し目を見開いて、何か言いたげに私をじっと見つめてきた。当然、無視した。


 先のルージュに続いて私とジュリが家に入ると、予想通りジジイは家の中で待機していた。無言で足早に歩み寄る私をどう解釈したのか、ちょっと嬉しそうなジジイ。「ムスビ、今からお前に大切な話が」最後まで言う暇を与えず、私は渾身の力でジジイの足を蹴っ飛ばした。ちょうど小指に最大の負荷がかかるよう、角度を調整して。


 案の定、ジジイは痛みでのたうち回り、悲鳴に近い奇声を上げた。私を、百歩譲ってもジュリを危険にさらした罪は重い。アルバーティ家の大切なご子息ヲーとか言ってた野郎は一体誰だろうな?反省しろやクソジジイという非難込めて、稀代の名将だった男を見下ろした。反省はこれっぽっちもしてない。



「ぬぅおおおおお!何するんじゃあムスビィイイ」

「ジジイテメーこんにゃろう、本番ドッキリもいい加減にしろよ。こいつらのせいでジュリが危ない目にあっただろうが!私に用があるなら、ちゃんと最初から説明しとけや!」

「そ、れはだなぁ、悪いと思っとるんじゃぁ…だが、儂はお前の力を見込んでだな…」

「黙れ。次同じことやったら、今度はエルドリッチの泣き所全力で燃やすからな」

「いかに暴徒の王ですらのたうち回った急所を引き合いに出そうとも、このゲンイチからそう易々と頷きは…」

「痛覚だけ残して炭にして、後からじっくりあぶってやる」

「儂の孫、容赦なさすぎなんじゃけど!!」



 怒りに満ち満ちた私のオーラにあてられ、ガクブルと震えるジジイからは、今後は突飛なことは絶対にしないと半ば強引に約束を取りつけた。日々体を鍛えさせられてる私はともかく、ジュリはインドアもやしっ子なんだ。吹けば飛ぶ紙なんだぞ。カベルネの一撃をまともに食らってたら、命だって危なかったんだからな!


 普段はジジイに好意的なジュリでも、今回の件については許しがたかったらしく、ムスッと口を尖らせてそっぽを向いていた。自分の怒り度合いをこれでもか!と現したみたいだったけど…ジュリ、お前がやるとただただかわいいだけだ。



「茶番は終わったかしら?時間がないの。さっさと本題に入ってちょうだい」

「おお、そうじゃったな。儂としたことが、すっかり忘れてたわい」



 いつのまにか椅子に腰かけていたルージュは、苛立った声で命令する。ジジイは特に気にした様子もなく、ガハハと豪快に笑って立ち上がった。ルージュの方は何とも言えないが、ジジイには彼女に対して身内に向けるような気安さがある。たとえるなら、お節介な親戚のおっさんとウザがる年頃の娘、みたいな。


 つまり、二人は初対面でも何でもなかったのだ。ジジイがルージュやカベルネに私のことを教えた。何の意図があるかは知らない。けれど、仮にも稀代の名将と呼ばれたジジイがうっかり私の正体をバラすはずもなかった。


 ジジイは小さく咳ばらいをし、真剣な表情を作る。いつもおちゃらけているジジイから大事な話があると厳かな声で告げられては、耳を傾けずにはいられなかった。ジュリもただならぬ雰囲気にゴクリと喉を鳴らす。



「儂は何も考えずお前のことを話したのではない。今、リユニオン王都で政権争いが起こっているのは知っとるな?」

「ジュリからチラッと聞いたような…」

「さっき話したこともう忘れてんのか!?言っただろ!どちらが現国王の後を継ぐか、兄弟間でデカい冷戦が始まってるって!」

「まさしくジュリアンの言う通り。今、リユニオン王都はその後継ぎ問題で荒れておる」



 現国王はまだ健在だが、かなりの高齢らしい。これまでは親子供兄弟、全員で国政を支えてきたが、後継者問題が浮き彫りになった今、国は真っ二つに割れようとしている。


 長男ウォルターは引き続き政務を執り行っているものの、対立側の力を削ぐのに時間の大半を注いでいる。次男ユイルはこのところめっきり公に姿を見せなくなった。一部ではあの豪傑に春が来ただの長男の奸計に陥っただのと噂されているが、定かではない。ただリユニオン軍の象徴が欠如したせいで、兵の士気は著しく下がっている。


 国が一枚岩でなくなった現状では、いつ隣国から攻め入れられてもおかしくはなかった。


 だが、そんな国の一大事と私たちが強襲されたことに、一体なんの関係があるのか。



「こちらのお嬢さんがどうしてもお前が使か、試したかったそうでな。ジュリアンを巻き込んだ件に関しては本当に申し訳ない!」



 ジュリアンと私の訝しげな視線に気づいたジジイは勢いよく頭を下げ、そして簡単に理由を説明した。その内容は次の通りである。



「彼女はルージュ・クレドモンド。リユニオンの王族、クレドモンド王家のご息女じゃ。訳あって正体を隠し、ヴァン一座と共に行動しておる」


「ムスビ、そしてジュリアン。お前たちはこれから村を出て、カベルネと共に彼女をリユニオンまで送り届けてほしい」



 思いもよらぬ彼女の正体とジジイの頼み事に絶句するジュリは、無意識に胃のあたりを押さえていた。心なしか顔色も悪い。彼もとても面倒な案件に巻き込まれる未来を予兆したのだろう。気持ちはすごくわかる。本当に、嫌な予感というものは当たりやすい。

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アンクルブレイカー 稲妻Z @senshuonion

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