片想いが踊り出す、そんな梅雨は祭りの季節。

振兎 初屡

第1話

 鎌倉時代に転生して拳銃で無双したい、そう思える季節がやってきた。

 

 6月、梅雨。今日も今日とて雨。

 むんむん湿気に肌を舐められているような感じがして気持ち悪い。

日本列島に最近の高性能紙おむつを被せたらさらさらエアースルーで快適なんじゃないかとか、そんな益体もないことばから考えてしまう。全部、梅雨のせいだ。

 

 そんな気怠い時期、6月に我が校では、お前らどうせ勉強なんてしねぇだろパァっと盛り上がっちゃえよ、と言わんばかりに高校生活最大の青春イベント、文化祭が開催される。文化祭と言えば秋のイメージが強いが、最近は受験のことを考慮して夏前には終わらせる高校が多いらしい。

 こうやって生徒が辛い受験勉強から逃れるための言い訳を一つずつ着実に消していく学校はかなりの策士揃いだと思う。ただし、策士と呼ばれる人々のただ性格が悪いだけ率は異様に高いから注意。

 

 そういうわけで、これが終わってしまえば受験勉強なので、クラスメイトたちは完全燃焼を掲げてせっせと準備を進めていた。段ボールを器用に組み合わせて、何やら大きなオブジェのようなものを作っている。

 デカいと無性にテンション上がるよな、分かるぜその気持ち。

 なんて胸の内では同意を示しつつも、俺は製作には参加していなかった。教室の隅っこに独り座って、他の人の動向を眺めている。

 別にやる気がないわけじゃないんだ、誤解しないで欲しい。ただ、やる気に技術が追い付かない。カッコよく言えば、ビジョンは見えているんだが具現化できない。

 ということで、何をすることもなく視線を彷徨わせていれば、時間が過ぎていった。


「おい、紗々弥! この写真、すっごくエロくないか?」

 

 そんな俺に、声を掛けてきたヤツがいた。

 佐伯王子だ。週刊誌を片手に爽やかな笑顔、こいつには恥じらいといった感情はないのか。

 こんな奴だが、一応、俺の中学の頃からの親友である。

 

 俺が返事をしないでいると、王子はそのエッチな写真をぐいっと俺の顔の前に近づけて、同じセリフを繰り返した。


「おい、紗々弥! この写真、すっごくエロくないか?」

「いや、聞こえてたから。同じセリフでしょーもないこと繰り返すな」

「で? どうよ? エロくね?」

「……まぁ、エロいな」

 

 認めたくないが、確かにすごくエッチだったので同意。ていうか若い

女の子が一糸纏わぬ姿になっていれば煽情的なのは確定的。別に確認する

までもない。

 なんで学校にエロ本持ってきてんだよ職員室で晒されて赤っ恥かきやがれこのド変態が、とも思うが、いつものことなので特に指摘したりはしなかった。慣れって怖いと思う。


「ていうか紗々弥、こんなところで座って何してんだ? 仕事しろよ」

 

 唐突にエッチな写真の話は終わった。もしかしてこの男はあの写真を

見せるためだけに俺のところに来たのか? さては、こいつも暇人だな。


「王子の方こそ、俺なんかと油売ってていいのか? 仕事しろよ」

「いや、まぁ俺の方はな。今は仕事がなくてだな」

「仕事なんて探せばいくらでもあるだろ。働けこの変態が」

「やる気はあるんだがな、技術が追い付かなくて」

「言い訳は見苦しいぞ」

 

 俺もさっき同じようなことを思っていた気がするが、棚に上げた。

 やる気に技術が追い付かない? そんなの甘えに他ならない。

 恋は人生のエッセンス、やる気は技術のエンハンスだ。 

 …ちょっと上手いこと言ったか?


「てか俺のことなんてどうでもいいだろ。六時限目始まってからずっと座ったまま動かない紗々弥の方がよっぽど異常だと思うが」

「いや、授業中は席についているのが普通だと思うが?」

「……その言い訳はさすがに苦しいぞ」

 

 六時限目の授業は学活。そもそも何をするための時間なのか分からないが週に一時間組み込まれている学活の時間は、行事の前だとそれの準備に充てられることが多い。文化祭が近いということで、今は文化祭の準備の時間になっていた。


「気になる女でも見てたのか?」

「見てねぇよ」

「なんだよ、つまんねぇな」

 

 そう言って、王子は持っていたエロ本を再び読み始めた。とりあえず

心の中でつっこんでおくけど、それ学校で読むもんじゃないからね。


「なぁ、佐倉さんっておっぱいデカいよな」

「なんだ唐突に」

 

 佐倉さん似のエッチな写真でも載ってたんだろうか。そういう本に出てる女の人とクラスの女子の姿を比較するのって本当に良くないと思う。

立派なセクハラっすよ。

 

 俺の非難の視線はどこ吹く風で、王子は淡々と話を進める。


「お前、オッパイは大きい方が好きか?」

 

 なんてことのない普通の質問、という感じでさらっと聞かれた。

てか、そもそも男子高校生って暇さえあればすぐ性癖を語らい合う

とんでもないお下劣種族だよな。脳内がいささか肌色過ぎるのでは?


「お前、オッパイは大きい方が好きか?」

「それ繰り返すほどの質問か⁉」

「当たり前だ。大事な話だ。俺は今、オッパイの話がしたい」

 

 こいつ素直だな、と思いつつも自分の好きなことを胸張って好きって言えることはすごく大事だと思うし、そんな王子の真っ直ぐな思いを無下にしたくないし、というかもともと俺自身こういう話は嫌いじゃないので、話し始める。


「大事なのはデカさじゃないだろ。例えばだな、お前はチョコレートが

好きだったとして、象の尻にこびり付いたチョコレートを喜んで食べられるか、という話だ。」

「それもうウンコじゃん」

「声がでかい、黙れ。まぁ要するにデカければ不特定多数誰の胸でも

いいって訳じゃねえ。俺はな、好きになった人の胸ならどんな大きさ形で

あれ愛せると思うんだ」

「なるほど、深いな」

「…深いか?」


 別に深くもなんともないと思うのだが、王子は感銘を受けたようだった。真剣な表情で思索に耽っている。王子は、俺の今までの生涯の中で唯一出会った「考える人」のポーズで考える人だ。考えてることは品がなさ過ぎてロダンが泣くレベルだと思うが。

 

 そして俺は、「好きな人の胸」なんて口にしつつ、無意識のうちに彼女の胸に視線が行ってしまっていることに気付く。慌てて目を逸らした。

 

 俺の片思いの相手、北野筑紫。超がつくほどの美人だ。細やかな所作にも品があって素敵。

 俺と彼女の関係はクラスメイトというだけで、特に接点はない。

 あ、でも家同士が徒歩十分の距離にあるからギリギリ近所。ただし、

小中学校は違ったので幼馴染ではない。


「なぁ、紗々弥。やっぱりさ」

「そうだよな、冬の口づけは雪のような口どけだよな」


 王子の話はどうでもよくなってきたので適当に反応することにした。あるよね、相手と自分の会話に対する熱意がまったく嚙み合わない時。そういう時はテンション低い側が譲って話を聞く(フリをする)のがマナーだと思う。北野さんとメルティーキッスしたい。


 今の俺の視線、意識は完全に北野さんに釘付けだった。

 演劇で着る衣装合わせだかなんかで、ヒラヒラの多い、メルヘンなドレスを纏っていた。

 ちょっと、腋が見えてるじゃないすか! 最高かよ。


「で、どう思うよ」

「あぁ、その点トッポってすごいよな。最後までチョコたっぷりだもん」


 北野さんが小さく笑った。確実に俺に向けられたものではないのだが、キュンとする気持ちを抑えきれない。もう今すぐ土砂降りの中を駆け回りたい。ムズムズする心と対照的に、俺の体は微動だにせず、ただ北野さんを凝視していた。転生したら監視カメラになるのも悪くないな、なんて思ったりもした。


 彼女は綺麗だ。その美しさに微笑むだけで世界が色付く。一生見ていたい。

 彼女は良い匂いがする。黒く艶やかな髪は揺れるたびにシャンプーの淡い香りを俺の鼻腔に届けてくれる。一生嗅いでいたい。

 彼女の透き通るような声も好きだ。包み込むようなしっとりとした優しい声色。聞くたびに全身が震えるのを感じる。一生聞いていたい。

 彼女の全てが俺の癒しであり、視覚、嗅覚、聴覚、触覚、味覚、の五感

全てを幸福で満たしてくれる。

 ここからは想像で語る話だが。

 きっと彼女には、触れれば一生触れていたいような柔らかさが、舐めれば一生舐めていたくなるような美味しさがあるに違いない。

 

 そんな彼女を、何としてでも俺のものに…っ‼

 

 ん、犯罪予備軍? 誰のことですか?

 性犯罪者的な思考に陥りかけたが、俺の理性はタフだった。色々考えてたけど、体は動いてないからセーフ。緩み切った頬と、行き場を失った

伸びかけの腕は知らないことにした。


「そうか、やっぱり紗々弥も巨乳が好きか!」

「な⁉」


 王子がものすごい大きな声で言った。教室中が波を打ったように静まり返る。意識を割かずに適当に答えてたせいで、気づけば俺は巨乳好きの

変態野郎になっていた。

 驚きの視線は、やがて軽蔑の視線へ。冷ややかな視線が俺を射抜く。

 

 そうそう、ところでこの佐伯王子というやつはこんな性格だが超が付くイケメンなのだ。だからちょっと度を超した下ネタを言っても「もぉ、王子君たらぁ(笑)」で済んでしまう。ということで当然の如くクラスが糾弾しているのは俺のようだった。格差辛い、泣きたい。

 

 急いで北野さんの反応を確認する。何とも言えない曖昧な笑みを浮かべていた。

 これはギリギリセーフか? 

 ちなみに追加情報。北野さんのは結構小さい。

 しかしまたこれが趣があっていいのよ。気のせいかもしれないが、

北野さんが自分の胸を気にする素振りを見せたような。申し訳ない。


 数秒の居心地の悪い沈黙の後、ようやくクラスが動き始めた。

 俺に声をかけてくる奴なんていない。ちょっとした天変地異にびっくり、という感じだった。俺の存在自体が災害? やかましいわ。


 あぁ、なんでこうなってしまうんだろな。


 

 

 放課後になり、文化祭実行委員に招集がかかった。かくいう俺も、実行委員の一人なので、しっかりちゃっかり出席する。

 

 文化祭実行委員ってのは文化祭に関する色々なことを仕切る組織のことだ。上下関係がしっかりしていたりだとか、実力ありきで地位が決まったりだとか、やたら情報の扱いに厳しかったりだとか、ちょっとした癒着があったりだとか、変なところで組織っぽい香りのする生徒主体で運営する

なんちゃって組織だ。もちろん上には教師がいる。

 

 集合先の総合実践室には、既に半分以上の実行委員が集まっていた。  各々が近くにいる人たちとで互いの理想の文化祭を語り合っている。

文化祭やる気勢がわんさか犇めき合い、まだ会議も始まってないのに活発な意見交換が行われていた。

 

 部屋全体を慎重に見渡して、北野さんを見つけた。

 彼女も実行委員のようである。チャンスの予感に胸が高まる。


 会議自体は恙なく進行し、わりと短時間で終わった。

 

 俺に与えられた役職は「開催式総指揮補佐」。

 韻踏んでるし、漢字多くてカッコいい。

ちなみに、開催式とは文化祭の初めに催される式のことだ。クラスごとのパフォーマンスがあったりとか、先生が歌いだしたりとか脱ぎ始めたりだとか、意外と楽しい。一番最初、ということで、その年の文化祭の盛り上がりを左右する重要なイベントだったりもする。

 俺は実行委員三年目で経験もそこそこ豊富だし、黙々と作業をこなすので仕事人としてはそこそこ優秀な方なので、そこそこ重要な役職を与えられた。文化祭ぐらい頑張ってもいいだろう、とちょっと気合が入る。

 

 そして何たる神の悪戯か祝福か。なんと「開催式指揮」、つまり俺の一つ上の上司にあたる役職についたのは北野さんだったのである。これは

千載一遇の好機。さりげない場面で「優しくて頼りになる紗々弥君」を

アピールしていかなければ!

 

 よろしくね、と北野さんにはにかみながら言われたときは嬉しすぎて泣きそうだった。俺のためだけに言葉を発してくれた、という奇跡的な事実だけで、まるで天にも舞い上がるような心地。よろしくねの響きだけで

強くなれる気さえした。

 

 今日は開催式係の活動は特にないようで、軽い自己紹介だけしてお開きに。北野さんの自己紹介はとても可愛らしかった。彼女が毎日自己紹介

してくれるなら、俺は一日ごとに記憶を失ってもいい。あと、北野さんにいやらしいねちっこい視線を送っていた不遜な輩の名前は全部覚えた。

本格的に動き出すのは、来週かららしい。もう来週が楽しみで仕方ない。


 窓から外を見遣れば、先ほどまでの雨雲は何処へ行ったのやら綺麗に

晴れ上がっていた。

…ったく、分かってるじゃねぇか。

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