朱色の記憶

谷樫陥穽

朱色の記憶

 平間心音は都立碧鵬高校の二年生で、調理同好会の唯一の部員である。きりりとした眉に大きな目、小さな顎。常に微かな笑みを浮かべて姿勢正しく校内を闊歩する姿には気品すら漂うが、お近づきになりたいと思うようなもの好きは、この学校にはいない。それは、自分、金子武史が平間心音のカレシであるという根も葉もない噂が噂以上のものではないのであって、その証拠には憐憫の眼差しを受けたことこそあれ、羨ましいとか身を引けとか替わってくれ等言われたことはただの一度もないからだ。

 平間と俺がなぜこのような関係になったのか、それについてはここでは語るまい。ただいつものように、俺は剣道部の部活が終わると、部の友人達に別れを告げ、重い足と道着を封じ込めたスポーツバッグを引きずりながら調理実習室のある別棟四階へ階段を昇る。教室のドアから暗い廊下に微かに光が漏れている。

 ドアを開けると、

「おいおい遅いじゃないか金子くん。折角のスープが冷めてしまうよ」

「本気か? スープなんかじゃ家に帰り着くまで持たないぜ」

 広い調理実習室にはそれぞれコンロや水場を備えたテーブルが六つあり、その前方中央のテーブルの調理台に、平間の姿があった。まるで家庭科の教科書そのまま、白い三角巾を頭にかぶり、白い割烹着ならぬ理科の実験で使う白衣をまとった平間の前にはステンレスの鍋が二つ。ミキサーも出されているが、すでに洗ってあるようだ。平間はお玉で内容物を掬うと、相当念入りにふうふうしてから味見をする。どうやら彼女的には満足のゆく出来だったらしく、おおげさに口角をあげて笑みを見せた。

「なんだ、まだできてなかったんじゃないか」

「無粋なやつめ。顔を見てから一煮立ちというもんだろう」

 俺は平間が調理をしているテーブルとは別のテーブルの前に腰を下ろす。なぜなら、そこにスプーンと紙ナプキンが一セット用意してあったからだ。なお、平間自身が一緒に試食することは滅多にない。「おうちに帰ってご飯がたべられなくなるから」という説明を、未だに俺は信じていない。それほどに平間の料理は実験的であることが多かった。

「さあ、できた。これと」

 俺の前には小振りな深皿に入った朱色のスープが置かれた。

「これだ。どちらを先に食べても構わないけど、混ぜるのは遠慮してくれたまえ」

 そして、全く同じように見える内容物を湛えた皿が、もう一つ置かれた。

「なんだこれは。トマト……じゃないな」

 まったく同じに見える二種類のスープ。そう見せかけて全く同じものを同じように調理した可能性がある一方、例えば片方がトマト、片方が……なんだろうニンジンのスープという可能性もあり、食べてみるまで見抜けない俺の不様さを嗤うという趣向なのかもしれなかった。しかし、幸いというべきが、俺は看破した。

「いや、ニンジンか? うわ、これニンジンだろう」

 俺は不安になった。テーブルをはさんで向かい合った平間はこの上もなく嬉しそうな表情を見せたからだ。だが、これは、おそらく二皿ともニンジンのスープだ。

「そう。両方ともニンジンのスープであるのは間違いないが、そこはそれ、こっちの趣向には気づいておくれよ」

 つきあってられるか、と言いたいのを抑える。いや、週に一度、こうして来るのは、平間の趣向につきあうためで、決して帰宅前の空腹を一時的にも満たすため、ではない。俺はとりあえず向かって右のスープにスプーンを浸した。ニンジンらしい香りはするが、バターのそれが上回っている。表面に浮いた油は金色に光って食欲を誘う。口に運ぶとニンジンそのものの香味と甘みが体中に広がるような気がした。

「うまい」

 ニンジンはゆでたものをミキサーにかけ、軽く炒めたのかもしれない。塩こしょうの塩梅は絶妙であくまで薄味、主役はニンジンだ。しかし、タイムを初めとする何種類かのスパイスが後に控えているのも間違いない。「これはうまいよ、平間さん」

 俺の全力の讃辞にもかかわらず、さっきとは打って変わってそれには何の感慨もない様子。こっちも喜んでもらうために褒めているわけではないが、さすがにその態度は失礼ではないか。軽く顎を上げて見せたのは、もう一方も食べてみろ、という意味に違いない。わかったとも。

 まずよく見るとかすかに色が違う。二皿目の方が色が濃い。そんな先入観があったからなのか、スプーンでひとくちすすって、明らかな味の違いに手が止まった。ひとことで言って、濃い。いわゆるニンジンそのものの味と香りが猛然と主張している。不味いかというとそんなことはない。心なしかこっちの方がスパイスが利いている気もするが、単品でも存在感のある一皿だ。ただ、子供受けは悪いかもしれない。

 ちん、と調理室の壁際にあったトースターが呼んだ。平間は大股で歩み寄り、小皿に乗せた大きなゼンメルを俺の前に置いた。

「おお、これはありがたい」

 駅前のドイツパンの店で登校前に買ってきたのだろう。手で二つに割ると、表面はクラッカーのようにぱりぱりとしていて、中は綿菓子のようにふわふわだ。スープの付け合わせにはもったいないが、遠慮無くいただくとしよう。

 俺はゼンメルをつけあわせに、それぞれのスープを半分ほど平らげた。

「さ、きかせてもらうよ」

 もう十分味わっただろう、と言いたげに平間が両手を顔の前に組んだ。

「簡単だね。おそらく同じ調理法でニンジンの種類だけが違う。こっちが普段食べているニンジン。こっちは……ちょっとわからないが、あれか、朝鮮人参とかそういうやつかな」

「……それだけ? 本当にそれだけ?」

「ああ、それ以上のことはわからない」

「信じられないねぇ。昨夜私はこれを作ってみて、恐怖に打ち震えたものだよ。見てはいけないからくり仕掛け、心の底からの戦慄が頭の先からかかとまでを貫いたね」

 口ではこんなことを言っているが、嬉しそうな表情は戦慄とも恐怖とも最も遠いところにあるようだ。

 俺はさらに四分の一に割ったゼンメルを、本来の日本種とおぼしきニンジンに基づくスープに浸し、お皿をきれいにした。どちらかというと好きなものは最後に残す性質なので、どうやら俺はこちらの濃厚にして野性味溢れる左のスープが気に入ったということか。

「じゃあ、その戦慄とやらの理由を説明してくれよ。内容によっては共感してやってもいい」

「おや、それは、そのスープを食したときの金子くん自身の態度が一番雄弁に説明してるじゃないか」

 おれの態度? 

 たとえ画期的な化学実験の残滓であろうとも、延々とご託をきかされようとも、俺は一飯の恩を忘れるかのごとく礼を失した態度を取ったことはない。いや、そうまで自信があるかというと、サイケデリックな見た目とか、極端に苦手な食材とかでは確かに引き気味の態度になったことがないとは言えないか。

「俺は別にニンジンは嫌いじゃないし、小さい頃にわざわざ取りのけて食べたりしたこともない、と思う」

「だが、スープの素材がニンジンだと分かって、顔をしかめたろう?」

「それは……」 

 確かにそうだった。申し訳ない。だがどうしてだろう。俺は自分の思考と感覚を辿り、ぼんやりとした答えにゆきついた。

「ニンジンといえば、とりあえず苦手意識を示さなくてはいけないもの、という認識がなんとなくあったからかもしれない」

「うん」

「その上で実際に食してみて、なんだおいしいじゃないか、という意外性までが、つまり、ニンジン料理のあるべき姿、というような」

「きみは全く七面倒くさい輩だが、それでこそわたしの実験の被験者として相応しい」

 やはり実験だったか。

 先月までは、一応、『試食』と繕っていたが。

「あるデータによると、ニンジンが嫌いな日本人は全体の三分の一に達するという。おそらく子供となれば、その割合はさらに大きくなるだろう」

「別にニンジンの肩を持つわけじゃないが、子供に嫌われる野菜といえばセロリとピーマンを挙げないわけにはいくまい」

「であれば、聞かせてくれ。セロリとピーマンの何がそんなに嫌われるのか」

「セロリは独特の苦みと香りだろう。ピーマンもやはり苦みだと思う」

「じゃあ、ニンジンはどうだい?」

「ニンジンは」

 俺は、はたと返答に窮した。セロリやピーマンは確かに子供の頃は苦手だった。セロリは野菜スティックとしてマヨネーズをつければおいしくいただけるが、ピーマンは未だに苦手な部類に入り、例の肉詰めも、ついピーマンと肉を分離してしまいそうになる。ところがニンジンは、先述の通りあまり苦手だったという記憶もない。

「やはり、あの香り……いや苦みかな」

「ほう、ニンジンは苦いかね?」

「訂正。むしろ甘みかな」

 平間はくくっと嗤って、処置なしというように両手を広げてみせた。

「ニンジンの奇妙なところはだ、人がそれを嫌う場合に、理由がばらつくという点だ。苦いと言ったり甘いと言ったり臭いと言ったり歯ごたえが嫌とまで言ったり。だが、そのニンジンがこっちの方だったとしたら」

 平間は、俺の向かって左、濃い色合いのスープを指さす。

「香りだろうね」 

 俺は即答できた。

「香りと味はこの場合は一緒だよ。苦いというか薬臭い。いっそ薬に生まれればありがたがられただろう」

 俺は自分で言って合点がいった。日本人の三分の一に嫌われているというニンジン。だが、嫌われていることの実態にゆらぎがある。その理由は、どうやら香味が強く子供受けしなさそうな品種と、そうでない品種が存在することが理由らしい。つまり右ののあっさりした味のニンジンは、左の香味の強いニンジンのとばっちりを喰っていることになる。

 だが、それは、なんというか、ちょっとおかしいのではないだろうか。

「まあ、この歌を聴けば、きみにもわかるだろう」

 そう言って、平間はテーブルの向こうで背筋を伸ばすと、唐突に歌いはじめたのである。

 それはニンジンの歌だった。擬人化されたニンジンの一人称で、自分がいかに魅力的な野菜であるかを自賛し、鍋で煮込むことで「とろりととろけて」おいしいスープができる、という内容だ。曲調や言葉の選びからからして子供向けであり、ニンジン嫌いの子供に対して、調理することでニンジンがいかにおいしくなるか、ということを訴える、ある意味教育的な意図を含んだものと推定された。さらに、平間は自分の歌の拍子に合わせて左右に首を小さく傾げ、遠慮がちであったが、両手を開いてこれも左右に振る。そのしぐさは幼稚園や保育園の先生が子供とのお遊戯で見せるそれを彷彿とさせた。

 本人はどう思ってそんなお遊戯をしているのか知らないが、様子をじっと見ているのは大変気恥ずかしいものである。俺は視線をテーブルに戻し、さめかけたニンジンのスープを平らげた。残ったゼンメルで皿に残ったスープもきれいにいただくのと、平間が歌い終えるのは同時だった。

「ごちそうさま」

「お粗末さま」

 そう鷹揚に答えたものの、平間は俺が歌に示した興味が物足りなかったようだ。上目使いで身を乗り出す。

「知らないのか? この歌、結構有名だと思うんだが」

「初めて聴いた。子供向けのうただろう? みんなのうたとか、おかあさんと一緒とか」

「そうではないけど……うーん、知らないとは意外だな。まあ、でも、歌詞の内容はわかっただろう?」

「俺の理解したところはこうだ。つまりこの歌は子供はすべからくニンジンを嫌いだという前提で作られており、ニンジン嫌いを無くすことに社会的意義があるという共通認識に基づいている」

「じゃあ、製作年代はどうだ」

「歌だけじゃ流石にわからないな。アレンジまで含めて聴けば想像できるかもしれないが」

「知らなければ答えようがないか。じゃあ、本題と行こう」

 平間は、椅子から立ちあがり、テーブルを回りこんで、こちら側にやってきた。お行儀悪くテーブルの上に腰を載せ、少し身体を捻って、空になった向かって右のスープ皿を指さす。

「こちらはうちの近所のスーパーで買ってきたニンジンだ。五寸ニンジンという。まちがいなくF1ハイブリッドだろう」

「なんでそこで自動車レースのエンジン規制の話がでてくるんだ」

「F1と訊いて間髪いれずに自動車レースに言及するのは、浅薄な知識を恥としないきみらしい思考だが、もちろん違う。F1ハイブリッドは一代限りの雑種、FはFilialのF、子供とか息子という意味だ」

「ようするに品種改良されたってことだな」

 俺はモノ知らずではあるが、知識が増えるのは歓迎する性質だ。F1は一台限り雑種のF。覚えた。

「そしてこっち」

 平間は白衣のポケットから一本のニンジンを取り出す。スーパーの野菜売り場でみかけるものとは全然違う。細長く、なにより毒々しいほどに赤い。

「マンドラゴラかと思ったぞ。すごい色だな」

「国分ニンジンという。五寸ニンジンが我が国の市場を席巻する以前に全盛だったニンジンだ。もちろん今でも作られてはいる。本格的な和食やおせち料理の煮物にはこれを使う。

 さて、問題はこの国分ニンジン、いったいいつ頃に五寸ニンジンに取って替わられたと思う?」

 なるほど。

 俺は平間の物語に導かれ、スープをいただき、不思議な歌を聴かされながら、日本の食文化の闇に君臨するニンジン嫌いの由来を探ってきた。嫌われるだけの十分な理由がないにもかかわらず、子供にとってニンジンはセロリやピーマンに並ぶ嫌いな野菜トップ集団に列せられている。どうやらそれは、過去のどこかの時点で生じた、野菜市場における世代交代が原因だったらしい。その証拠に、ニンジンが嫌われる理由には普遍性がなく、ある種の思い込みが蔓延している。あの不思議な歌がいつ作られたのかが、世代交代の時期を知る鍵であるのは間違いないが、あいにく俺はその歌を聴くのは今日が初めてだった。

 となると自力で考えるしかない。

「俺の記憶のあるかぎり、この国分ニンジンというのはあまり八百屋やスーパーでは見かけなかったと思う。だが、そうだな、十年から二十年まえというところじゃないかな。二十年より前ではないだろう」

「どうしてそう思う?」

「それは……」

 どうしてそう思ったか、と言われれば、そう思った思考の経緯を素直に辿るしかない。

「品種改良という話を聞いたからかな。よく言うじゃないか、最近の野菜は、昔にくらべて食べやすくなったが、その分苦みも消えた、個性がなくなったって。『最近』というからには、五十年も前じゃなかろう」

「ローマ時代から『最近の若者はなっていなっていな』かったそうだから、その例には説得力がないねえ。まあいい。悪くない線だ。国分ニンジンの全盛期は一九六〇年代までだ。一九七〇年頃には五寸ニンジンのF1ハイブリッドが出始めている」

「五〇年前? そんな昔からあるのか。でも、それはおかしいじゃないか。じゃあ、さっきの歌が作られたのは?」

「一九八四年に発表された。三三年前だ」

「一九八四年でも、そのころのニンジンといえば今と同じ五寸ニンジンだったわけだろう? 国分ニンジンと比べたら苦みも臭みも無いみたいなもんだ」

 俺は混乱した。日本人は五〇年もの間、なぜニンジンの幻覚を引きずってきたのだろうか。不味くもないニンジンを不味いものとして子供達に印象づける必要性が、どこにあるのだろうか。

 それともニンジンだけが嫌いな野菜リストから外れることについて、嫉妬したセロリやピーマンに配慮した可能性はあるだろうか。誰が配慮するのか。ニンジンか? いやそもそもセロリやピーマンが嫉妬するのか?

 不意にわき起こった不安に俺の脈拍は上がり、呼吸は浅くなった。そんな様子を平間は面白そうにじっと見つめている。

 そう、確かに俺は戦慄した。平間と同じように。

「正解はわからない。でも仮説はあるんだ」

 俺は救いを求めるように、そう言う平間に先を促した。

「あの歌が原因ではないかと思う」

 平間はテーブルから腰を滑らせてすとんと床に降り、推理に没頭するシャーロックホームズのごとく、テーブルとテーブルの間の空間を歩き始めた。

「さっきのニンジンのスープの歌のことか」

「うん。あの歌は一九八四年の発表を前にして、五寸ニンジンが一般的になった実情にすでにあっていなかったんじゃないかな。ところが、歌詞の内容がまったくの虚構となれば、アルバムの売れ行きが悪くなる。そこで」

「そこで?」

「誰かが、日本人の記憶を改竄した」

「記憶を改竄?」

 大声を出してしまったが、あり得ないことではない、と感じていた。しかし、疑問は残る。

「誰かというのは、もちろん推測でしかないが、あの歌を作ったアーティストのファン、音楽会社の以来を受けた者、いやひょっとすると、アーティスト本人かもしれない。そこまで多くの人間の記憶を改竄するのは容易ではないが……」

「不可能ではない、ということか」

 平間は小さく、ふっと息を吐き出し、ややわざとらしく肩をすくめた。いつものようにすっきりとはいかないが、彼女の説明は、俺の感じた不安の幾ばくかを取り除いてくれるものだった。

 記憶が改竄されているのであれば仕方がない。なぜなら、自分の記憶が書き換えられてしまった以上の、その真偽を確かめる術はないからだ。

「じゃあ、また来週」

 平間は、そう言うと、俺の方はもう見ようともせず、テーブルの食器を片付けはじめた。もちろん、俺も一緒に片付けるにはやぶさかではないが、さすがに肩を並べて校門を出るのは気まずい。いつものようにもう一度礼を言って、家庭科室を辞する。

 部活のほとんどが終わり、校舎の中は半時間前の喧噪とは無縁だ。足早に傍らを走りすぎて行くのは、部室の鍵を返してきた副部長連中だろうか。

腹減ったな—、と馬鹿みたいな大声を出す男子の二人組はサッカー部だ。購買のメロンパンよりはずっと気の利いた一皿、いや二皿で小腹を満たした俺はかすかな後ろめたさと優越感を覚える。

 平間が今日、用意してくれた不思議な物語は、二皿のスープ以上に余韻のある味だった。時間がなかったので口には出さなかったが、あの歌を聴いて、もう一つ別に気づいたことがあった。それはニンジンの調理方法に関する描写だ。

 歌詞では、ニンジンを鍋で煮込むことで、とろけてとろけて、スープになる、と歌っていた。しかし、平間が作ってくれたスープは明らかにニンジンをミキサーにかけたものだった。自分ではそれほど料理をするわけではないが、それでもカレーぐらいならスパイスから作ることもある。カレーを三時間も煮込めば(種類にもよるが)ジャガイモは跡形もなくとけてしまうが、ニンジンが煮崩れるようなことはない。和食の煮物に使うという、その国分ニンジンでも同じだろう。

 ではなぜ、あの歌ではニンジンは煮込むだけでとろけてしまうのか。

 そして、俺が歌を知らなかったことに、なぜ平間はあれほど意外そうだったのか。

 改竄されたのは記憶だけなのだろうか。

 校門を出て夕闇に浮かぶ校舎をふと振り返る。調理準備室の照明はすでに消えていた。

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