第6章 急転
第142話
――三年前。
崖の上で男二人が睨み合う。
一人は縁に追い詰められ、もう一人は銃を構えている。
「投降しろ」
S&W M686の銃口を向けながら、男は言う。
「随分と寛大だな。俺は裏切り者だぞ」
追い詰められているにも関わらず、男が笑みを浮かべる。
文字通り崖っぷちに立たされている男の背後に、海が広がっていた。いつもなら避暑地に違わぬ青い海が見られるのだが、今日は生憎曇りだ。雲の色を反映して、水の色も灰色だ。
「それとも、俺を撃ちたくない、というのか? だとしたら甘すぎるぞ、ユーミ」
「……どのみち逃げられないんだ。手間を掛けさせるな」
その様子を見て、
「嘘を吐くなら、もう少し声の変化を抑えろよ」
「俺は本気だ」
M686を保持する手の、親指が撃鉄を起こす。人差し指は、すでに引き金に触れていた。
「そうかよ」
治谷の右手が動く。
「それが、お前の弱さだ!」
勇海目掛け、ナイフが飛ぶ。
勇海はナイフを避けながら、反射的に引き金を絞った。
ナイフが勇海の頬を掠り、血飛沫を飛ばす。
一方、撃った弾丸が、治谷の左胸に命中した。
治谷の身体がよろける。
勇海が慌てて駆け寄るが、遅かった。
治谷は足を滑らせ、海へ落下していく。
勇海が崖の縁へ着いた時には、彼の姿はどこにもなかった。
――現在。
勇海は自室のソファで目覚めた。
目の前のテーブルの上に、整備の途中で放り出された回転式拳銃が見える。どうやら、作業途中で眠ったらしい。
先程見た夢の内容が、脳裏に浮かぶ。
――偉そうに説教しておいて、このザマか。
思わず「ちっ」と舌打ちする。頭を振って内容を振り落とそうとするも、中々離れない。
「過去を引きずっているのは、どっちなんだろうな」
その時、充電していた携帯が鳴った。
「もしもし?」
ろくに着信画面も確認せず、電話に出る。
『勇海だな? すぐに本部へ来い』
声の主は、指揮官の
「何か起きましたか?」
ざわつく胸を押さえつつ、勇海が尋ねる。
『緊急事態だ。大至急本部へ来い』
勝連の答えは、先程と一緒だ。電話では言えない内容のようだ。
勇海は「了解」と返し、急いで本部へ向かう。
「行方不明、だと?」
本部に着いた勇海へ状況が説明され、思わず漏れた第一声がこれだ。
内容は、
指揮と報告のため、本部には勝連と
「ひとまず、現場を捜索したところ、これらのものが残されていた」
まず、拳銃のコルト・ローマン。銃撃を受けたか、銃身が抉られており、発砲は不可能そうだ。
次に、半ばで折れた脇差し。刃紋が判別出来ない程血糊にまみれた刃は、ところどころ欠けたり曲がったりしている。それらの傷から、使われた戦いの壮絶さが伝わってくる。
最後に、特殊警棒だ。これは、折れた脇差しと共に下水道へ通じる隠し通路から発見されたらしい。
屋敷の中を見ても、離れ屋や車庫から敵とは別に、血痕が発見された。科学医療班が解析中だが、明智は傷を負っている可能性が高い。
「今、各セーフハウスやその順路へ絞って捜査しているが、両名共に発見されていない」
「――まさか」
「落ち着け。死体は見つかっていない。あくまでも可能性だが、一緒に拉致された――とも考えられる」
勝連は冷徹に残された材料から推論を述べる。
それを聞き、一度勇海は心を落ち着けた。どうも、夢見も悪かったせいもあって普段のように振る舞うことが出来ない。
「しかし、腑に落ちない点がある」
太刀掛が口を開く。
「今回の襲撃、装備からしてCIAが動いたと考えるのが妥当だ」
その言葉に、勇海は頷く。
敵が装備していたのは、高価な暗視装置やチタン製の防弾アーマー、そしてまだまだ一般的に配備されていないはずのHPMだ。証拠隠滅のために自爆したそうだが、指揮車両まで配置していた。普通のテロリスト程度では、そこまでの装備を簡単には用意出来ない。
無論、CIA側は関与を否定するだろうが、こちらとしても公にはしない。そうするには、問題が大き過ぎる。
「ただ、仮に彼女が敵の手に落ちたとするが――CIAが確保出来たとは思えない」
「そうですね」
太刀掛の推論に、勝連が同調する。
「これも推論だが、屋敷内に侵入した部隊、そして指揮車両と思われるトラックと援軍――これが、CIA側の戦闘部隊と見るべきだ」
「――となると、CIAがほぼ全滅した後、誰が拉致したか、が問題となるわけか」
二人の議論に、勇海も意見を挟む。
「可能性として高いのは、テロリストのユーラシア人民解放軍か」
「漁夫の利を狙った、ってことですか?」
「あくまでも可能性だ。ただ、現状で思いつくのはそこぐらいだろう」
十分に考えられることだ。元々、ユーラシア人民解放軍が玉置みどりを日本国内に連れ込んでいた。
ここで「ただし」と太刀掛が注釈を加える。
「仮説に仮説が重なってしまっているが――CIAはともかく、ユーラシアの方はどうやって喜三枝のところを特定したのか?」
「ユーラシアがCIAの動向を探った、というのは?」
勇海が答えを出す。
「CIAがそうも簡単にテロリストに尻尾を掴まれるとは考えたくないが――」
「でも、一人動向を探っていたであろう人間がいることを知っています。しかも、そいつは俺達の内部に詳しい」
「……まさかな」
ここまで言って、勝連が一つの可能性に思い到ったらしい。
勇海ははっきりと断言した。
「
冥府の剣 梅院 暁 @umein
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