Epilogue

 グリーンストン基地。ミイナ達、《フィギュライダー》チームのホームグラウンドである。


 二人がここに帰って来たのは三か月ぶりだ。先日、ようやくドイツで担当したパイロットの養成任務が終了したのである。


「んーっ、やっぱり久しぶりのお家はいいにゃー!」


「基地だろ、基・地」


 《フィギュライダー》の搬出を見守るミイナとウィリアムは、久方ぶりの勝手知ったる基地を満喫していた。


 満面の笑みで大きく伸びをするミイナと、呆れたようなウィリアム。とは言え、気分的にはお互い同じようなものだった。何しろ、教官という馴れない仕事をさせられ、挙句に諸々非常日常の末に、今があるのだ。これを至福と呼ばずに、何と言うのだろう。


 そう、二人が初めて指導した記念すべき訓練生たちはめでたく卒業し、量産される《フィギュライダー》と共にもうすぐ実践舞台に配属されるのだ。

予定通りなら、こちらにも誰かが赴任してくるはず。もっとも、それが誰だかは知らされていないが。


「ねえ、帰って来たことだしさ。休暇とって遊びに行こうよ」


「ん? ああ、そんな話もしたっけか」


「したよ! えっと、まずは映画でしょ? それからウィンドウショッピング、んで、あそこのレストランで食事にしてぇ」


「分かった! 分かったよ……約束したしな。それに、買うものもある」


「買うもの? 何さ?」


 ウィリアムは、柄にもなく赤面して、目を逸らした。そう言う仕草がどことなく、可愛くて、ミイナは少しばかりいじめたくなった。にんまりと笑って、ウィリアムの顔を追っかけた。


「ねえ、何買うのさ」


「……指輪」


 観念したように、ウィリアムがぼそりと呟いた。


 そして、間の悪い空気が流れる。何とも初々しい限りである。


「やあ諸君、お元気? って何なに、何でそんなにキュンキュンした空気漂わせてんの」


 呑気そうな女性の声が聞こえた。やけに小柄な白衣。一足早く帰国していたメリッサ・スーだった。


「べ、べべべべべつにっ、何も!?」


「何のことカナ?」


「とぼけちゃって、お二人さん。憎いね、この、この」


 と、演技じみたメリッサがミイナの脇を小突いた。


「そういうセクハラ親父見たいなことは止めてくれ……で、要件は?」


 溜息つきつつ、ウィリアムが尋ねた。すると、思いだしたようにメリッサが指を弾いた。


「そうそう、君らんとこに新人が派遣されてくるんで、その紹介ね」

 言って、メリッサは背後を振りかえる。


「おーい、ちょっと来てくれ」


 メリッサの声に従って、ハンガーブロックの奥から人の影が現れた。


「ねえ、誰かな誰かな? どの子だろう」


「今更ここに新人ねェ」


 興味津々のミイナと、疲れた表情を浮かべるウィリアム。

と、次第に姿が明瞭になっていくその新人は、二人がどこかで見知った人間に似ていた。そして、二人の表情は次第に驚きへと変わって――


 二人の眼前に立った彼女は、教科書通りの敬礼をした。


「アネット・ウェルズリー曹長です! ……ふふ、 よろしくお願い致しますわ」


 長い金髪、切れ長の瞳、正式な軍服に身を包んだ、アネットがいた。


「どうしてキミがここに!?」


「辞令が下ったからですけれど、それが何か?」


「え? だって……えぇ!?」


「断ってきますけど、偶然ですから」


 ふん、と鼻を鳴らすアネット。またいつぞやのコネクションを使ったのかと訝しんだが、プライドの高いアネットだ。彼女が否定するのだから、きっと真実なのだろう。メリッサも、隣で頷いて肯定する。


「ま、同じチームの一員になるのだから、それなりに仲良くすること。んじゃ」


 煙草に火をつけると、メリッサは手をひらひらとさせながら去って行った。。

残ったのは、妙な空気。少しばかり険悪である。


「ミイナ少尉……どの」


 しかし、それを打ち破ったのは、アネットだった。


「私、決めたのです。欲しいものは自分の力で勝ち取ると。ですから――」


 不敵な笑みを浮かべて、アネットが言う。


「私、まだ負けたと思ってませんから」


 以前のアネットとは面構えが違う。彼女は本気であるらしかった。


 ミイナとアネット。対峙する二人の間に火花が散る。ような、気がした。

唖然とするウィリアムを尻目に、女同士の戦いが始まろうとしていた……の、だが。


 振り返るミイナ。そこには、リフトで直立させられた《ワイルドキャット》の姿があった。

 先の《ドラゴン》との戦いでボロボロになってしまった《ワイルドキャット》も、メリッサと整備員たちの不眠不休の努力で、すっかり元通りになっていた。マシンとは思えないしなやかなフォルムを、里帰りがてら基地の従業員たちに披露している。


 ただ、一つだけ残っているあの傷跡。

 肩の装甲板には、黒い一筋の跡。けれど、その上からはカラースプレーで大きくハートマークが描かれていた。

 傷は、さながらキューピットが射止めたハートの矢のようだ。

 

 ふと、《ワイルドキャット》のツインアイが、陽光を受けてきらりと光った。

 ミイナに何か語りかけているのだろうか。

 マシンに心はないけれど、彼女にはそんな気がしてしまう。

 あの子もまた、ウィリアムと同じようにミイナの相棒だ。


(きっと、応援してくれてるんだよね?)

 

 ミイナは、《ワイルドキャット》ににっと笑ってみせた。


「容赦しないからね? ……行こう! ウィリアム!」


「あ、おい!」


 ミイナはウィリアムの腕をとった。そして、走りだす。

 どうやら、まだまだミイナの道のりは険しいようだ。

 けれど、もう迷わないと決めたのだ。彼とずっと一緒にいると。何があっても、ずっと隣にいるのだと。

 

 何故なら、私はネコだから。ミイナ・ミニックなのだから。

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恋する子猫の機甲戦記 John Mayer @G_GiRaSoL

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