エピローグ

エピローグ 亡き英雄へ:ずっとずっとスノーフレーク

 地球人類の乾坤一擲の作戦オペレーション・ソッコクは、参加した戦力の半分以上を失うダメージを負ったものの、デシアンの本拠地の完全破壊並びにデシアンの撤退を確認したことで―――人類側の勝利となった。

 この作戦を指揮したノヴァ・オーシャン元帥は、統合政府の首相から名誉勲章を授与され、以下のコメントを残した。


「この勲章がもらえたことは大変な名誉であるが、二度とこの勲章を手にする者が現れない平和な世界を私は望む」


 オペレーション・ソッコクが終わっても、散発的にデシアンは地球圏にやってきている。本拠地がなくなった直後に撤退した残存兵が時々かつての命令に従って攻撃しに来ているのだろう、というのが専門家の見立てだ。

 中には本当は冥王星近海にあったアレは前哨基地でしかなく、本拠地はもっと遠くにあるのではないか、という意見を出す者もいるが、なんにせよまだ完全に窮地を脱したわけではないことはノヴァ・オーシャン元帥も理解している。

 これからも訓練を欠かさず、有事の際にいつでも戦えるようするという意向を彼は明かした。

 また、ノヴァ元帥が乗る旗艦<シュネラ・レーヴェ>を含む艦を救い、作戦成功の要となった<プライマル>に乗っていたパイロット、ソル・スフィアとは名誉勲章の次の序列にあたる、軍人であれば誰もが憧れるサキモリ・エイジ勲章を受勲した。当然、サンクトルム在学中での受勲は歴代でも初である。

 そんな大変名誉な勲章を受け取ったのにも関わらず、ソル・スフィアは終始気難しい顔をしていたという。

 彼は受勲についてコメントを求められるたびにこう言った。


「本来なら私よりもこの勲章を受け取るにふさわしい者がいる。私は本当に偉大な彼の後をついていっただけだ。

(その人物は誰か、と言う質問に対して)彼はこういう舞台に出ることを望まないから、言及は控えます。しかし、だからこそ、私は彼を尊敬してやまないのですが」


 そのコメントがきっかけか、後世ではオペレーション・セブンスクエアやソッコクに歴史の闇に葬られた英雄がいたという体で書かれた創作が数多く出版されたのだが、本当にその英雄がいたことを知る者は……少ない。

 そして、彼は自ら名乗り出ることはない。


「……これで、最後だね」

「……うん」


 L1宙域に存在する宇宙ステーション内にスノウと雪は来ていた。

 ここは戦争で亡くなった者たちの墓地があり、当然オペレーション・ソッコクで亡くなった戦士たちの墓がある。そして、オペレーション・セブンスクエアの戦士たちの墓も。

 雪とスノウは一つ一つの墓地を回り献花していたのだ。それは雪の罪を―――オペレーション・セブンスクエアで彼女本人が奪ったたくさんの命への償いのためである。

 彼女はオペレーション・ソッコクから戻って来た後、秘密裏に軍事裁判にかけられた。表向きではなかったのは、オペレーション・セブンスクエアへの参戦が特殊な事情であったことや、それを命令した王我がすでに故人であったこと、前提として雪が<ディソード>に乗っていたことを知る者が軍内部ではわずかであったことが影響した。

 雪本人は自身の罪を認識しているため実刑は免れないと考えていたが、意外なものが役に立った。

 それは、デシアンの本拠地脱出の時にソルが拾ったエグザイムのパーツだった。実はこのパーツは<ディソード・シェオル>の通信記録を司るもので、破損が大きく全てのデータは見られなかったものの、雪と『声』の通信の一部が解析できたのだ。

 解析の結果、『声』の侵攻目的と人類が太陽系外の脅威に打ち克つためにあえて人類悪を演じることになった雪の事情が明らかにされた。

 また、大戦の功労者の一人であるソルからの嘆願もあり、雪は実刑に処されることなく、元の生活に戻ることとなった。もちろん無条件でではなく、軍からの監視付きではあるが。

 ただ、それで雪の罪がなくなったわけではない。実刑がなくなったとて、多くの命を奪った事実は決して消えない。一生をかけて人類への奉仕を行うことこそ、彼女が唯一許される方法だ。

 慰霊碑に献花し終えて、二人は墓地を後にする。

 宇宙港では、スノウが見知った顔が迎えに来ていた。


「よっ。終わったか?」

「てーへんだねぇ、もうすぐ大学始まるのに」

「一通り終えました、ホロンさん。レンヌさん」


 迎えに来ていたのはであった。

 スノウと雪が地球圏に戻ってきてすぐにその身柄を確保したのがアメツチであり、曰く<ゲツリンセッカ>はアメツチの備品なのだから、それに乗っている二人はアメツチが保護するのが筋だとのことだった。

 保護されて何日か経った後、二人が贖罪のためにこの場所へ献花しに行くことを思いつくと、ホロンが全面的に協力を申し出たのだ。戦争犯罪人となった雪が統合軍に入る可能性は低いから今のうちに恩を売ってアメツチに引き込もうという打算が三割、大事な弟分の彼女だから便宜を図ってやろうという考えが七割ぐらいの、ホロンらしい提案だった。

 ところで、スノウと雪はサンクトルムに以前と変わりなく通えるようになった。スノウは数か月、雪に至っては半年近く休学していたため、必修科目はいくつか落単してしまっているが、元々の成績が良く、来年度で単位を取得すれば留年の必要はないということでお目こぼししてもらった形となる。

 友人らはまた共にキャンパスライフをすごせることがわかって喜んだが、雪本人としてはこんなに恵まれてよいのだろうかと思わずにはいられなかった。


「じゃ、サンクトルムに行くとするか。二人にはちゃんと学校に行ってもらって、卒業してもらわないと」

「ウチに来てもらえないもんね~」

「おめーもまだ学生だろうが。四回生とはいえちゃんと通ってくれ」

「へいへい。旦那様の言う通りにしますよーっと」

「ははは……」


 まだホロンとレンヌのノリに慣れない雪は乾いた笑いをするが、スノウはどこ吹く風でホロンに言う。


「できれば、その前に寄っておきたいところがあるのですが」

「ほう。そんなに遠くなきゃいいけど、どこだ?」

「それは―――」


 ホロンに頼んでスノウと雪が訪れたのは、またも墓地だった。ただそれはL1宙域に存在し、とても暑い夏の日に二人で訪れた雪の両親の墓。ここには雪の両親だけではなく、かつて最愛の弟を亡くし暴君と呼ばれた者も眠っている。

 以前のように二人で墓を掃除した後、雪は墓前で膝をつきながら言う。


「お父さん、お母さん。ずっと心配かけてきた親不孝者だったけど、あたしを支えてくれる人がいるから……もう心配しないで。

 伯父さん。スノウから話は聞きました。伯父さんの気持ちも知らず勝手なことをして……ごめんなさい」


 頭を下げる雪の隣でスノウは目を閉じて心の中で語りかける。


(元帥。貴方のお陰で統合軍は一つとなりデシアンの脅威は去りました。貴方の望んだ世界が今ここにあります。だからゆっくりと、お休みください)


 そうして立ち上がろうとするも、隣の雪は膝をついたまま。その肩がわずかに揺れているのを見て、スノウは優しく抱きしめる。

 両親と伯父の墓を前にして自身の犯した罪の重さに耐えきれなくなった一人の少女に今のスノウがしてやれる数少ないことの一つだ。


「……君だけが罪を背負う必要はない」


 かつてスノウはサキモリ・エイジの子の一人として彼の後始末を引き受けるべきだと考えていた。だが、ソルもまた同じ人間として一緒に背負ってくれることを約束してくれた。

 ソルだけではない。秋人やアベール、友人たちもスノウにこだわりたいと、困ったときに助けたいと言ってくれた。

 だから、スノウは思う。自分も雪の苦難を共に背負って生きていきたい、と。それは雪だけを罪人にしないという誓いだ。彼女に寄り添うために英雄になることを拒んだのだ。

 そもそも、スノウは自身を英雄だと思っていない。ソルのこともそうだ。

 彼が戦ってこられたのは、自分の力だけではなく、友人らの協力や学校側のサポートがあってのこと。

 更にさかのぼれば、今日この時まで人類のために戦いそして散っていった多くの戦士たちのお陰だ。つまり、本当の英雄の称号はこれまで命を繋いできた彼らにこそ与えられるべきものだとスノウは考える。


「僕が一緒にいる。君が罪を償い終える時まで」


 それまでは、ずっと献げ続けよう。亡き英雄へ弔いの花を。

 それまでは、ずっと育て続けよう。亡き英雄へ感謝の花を。

 スノウは涙を流し続ける雪の頭を優しくなでながら、そう誓った。

 時は3月末。スノーフレークが花をつける季節のことだった。


【亡き英雄へのスノウフレーカー 完】

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亡き英雄へのスノウフレーカー 永久部暦 @Koyomi_T

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