第140話 100年の戦いと1年の想いに決着を:スノウのレケナウルティア
<SAURON>が、学生たちのエグザイムから一斉に放たれたビームの奔流に消えていく。再生速度を上回るエネルギーを一度に浴びて欠片ひとつ残らなかった。
『これで……全部ですかね』
「……そのはずだ」
周辺の敵影を確認してから、ナンナは重々しく全滅を告げた。
「少なくとも、この辺りに投入された<SAURON>は今ので最後だ……」
『よかったです……。もうギリギリでしたから……』
珍しく佳那が明確に拒絶するような、うんざりとした様子でそう言った。
「気持ちはわかるが、まだ戦いは終わっていない。とはいえ……」
『まもなく既定の位置に艦隊が着きますね』
『つーことは、そろそろ敵本拠地への一斉攻撃が始まるのか』
<OFFERING>を撃退し終えて合流した秋人はそう言ったかと思うと、目を見開く。
『ってやべーじゃん! スノウはまだあの中にいるんだろ!? 攻撃始まったらただじゃすまねえ!』
『……しかし、我々にできることはありません。無事に帰ってくることを祈るしか』
『くそ、何もたついんてんだよあの野郎! さっさと雪ちゃんを押し倒して戻って来いよ!』
「もうちょっと言葉を選んで……いや、まあいいか。
スフィアと黒子も心配だが……ひとまず我々は我々のできることをしよう」
予定通りなら、二人もまた本拠地内で戦っているはずだ。外の様子を察してできれば早く避難してほしいが―――。
艦隊の方へ移動しながら、ナンナはソルと黒子、そしてスノウの無事を祈った。
スノウがその身を外気にさらしたのを見て、雪もまたコックピットを開放して身を乗り出しヘルメットを外す。スノウが出した答えを聞くのは、自分の耳で以外ありえない。スピーカー越しに聞くなんてまっぴらごめんだ、という気持ちで。
外したヘルメットを手に持つ。
「……スノウ、顔を見せて」
雪の頼みにスノウは何も言わず従う。
ヘルメットが取れる拍子にスノウの綺麗な銀髪が揺れる。
昨年末に一度見てはいるが、それから二度と会わないことも覚悟していた、この世で最も愛する男の顔を見て、雪の目からまた涙がこぼれる。
「変わらないね。あたしが大好きなスノウは……。
……聞かせて、スノウが出した答え」
「わかった。ちょっと……長くなるかもしれないけど」
「それでもいい。スノウの話なら全部聞きたい」
頷いて、深呼吸。15秒ほどの沈黙の後、スノウは語り始める。
「君も知っての通り、僕は15歳まで施設で育った。毎日実験と訓練を課されて、人の温もりなんて知らないで育った。
今の義父に引き取られてハイスクールに通うようになって、シミラと付き合うようになっても僕には愛というものが何かわからなかった。
だから、君に好きだと言ってもらえても、僕はどう答えたらいいかわからなかった」
「………………」
「オペレーション・セブンスクエアに参加したのは、君ともう一度会えれば何か掴めるかもしれないと思って……。だけど、それも結局叶わなかった。
……セブンスクエアが失敗に終わった後、僕はアメツチという会社のお世話になった。サンクトルムに戻ることもできたけど、サキモリ・エイジの子供だと知られたらいろんな人に利用されてしまうから。
アメツチに所属して、仕事の手伝いをしていくうちに色んな愛の形を見た」
「愛の、形?」
思い出すように少し上を見上げて、話を続けるスノウ。
「僕がお世話になった先輩二人は……互いに信頼しあっていたし、想い合っていた。お互いの在り方を受け入れ、足りないところを埋め合って生きている。
防人元帥にも会ったけど、あの人は最後までずっと亜門さん―――君のお父さんを心から大事に想っていたんだ。亜門さんを弔うために心を捨てて、亜門さんを死に追いやった全てと戦うために暴君となった。
そんな元帥を、奥さんはちゃんとわかっていた。暴君の行いを何も知らされていなくても疑うことなく信じて、僕に元帥が遺した全てを託してくれた。
亡くなった家族への愛のために軍をやめて、信じられる人をも亡くして会社もやめて、テロリストに身をやつした人もいた。愛故にその人は―――死ぬことを望んだんだ。
思えば、身の回りにもいろんな人がいる。
秋人とナンナは、悪く言い合いながらも強い絆で結ばれているし、僕が想像している一般的な恋人に近い谷井さんとロンド君、愛する人を支えることを誇りとする穴沢さんとその穴沢さんに常に深く感謝しているソル君……。
アベールだっておくびにも出さないけど、前に合コンで出会った女性と今でも関係は続いている。だからきっとアベールなりの愛がそこにあるはず。
それに……君は僕を憐れんでくれて、僕の為に泣いてくれて、僕の為にデシアンにもなって、僕と一緒に生きたいと言ってくれて……。極めつけは花の育て方を書いたノートだ」
雪の大きな目が見開かれる。
「君らしく事細かに手入れの方法が書いてあった。だけど、そんな君が唯一ノートに書かなかった花がある。
それがレケナウルティアだ。君が名前を教えてくれた……君が一番好きだと言っていた花だ。
少し調べたんだけど、レケナウルティアはデリケートな花で、手入れが欠かせないんだってね。そんな花なのに育て方を書かないはずがない」
ガーデニングに詳しい人であればスノウでなくてもレケナウルティアのページがないことに気が付くことはできたかもしれないが、その場合はただの落丁と思うだろう。
しかし、スノウは違う。雪がレケナウルティアを一番好きな花だと言っていたことを知っている。そんな花の育て方がノートにないことに意味を見出せる。育て方がない、つまり一番好きな花を枯らしたいと思う人などいないのだから。
そこでスノウは考えた。なぜ雪はわざわざレケナウルティアを省いたのか。そこに隠された真意は―――。
「
本当のところはわからない。だけど、僕はそう思ったんだ」
「……うん」
「そのことに気が付いた時、ようやくわかった。わかったのは本当に最近のことだけど……君がどれだけ僕を愛してくれていて、僕が君をどう思っているかを。
……前置きが長くなってしまった。結論を言うよ」
そう言ってスノウは目を閉じて息を大きく吸い込む。
そして、言った。
「僕は友達に囲まれている君が好きだ。
余裕ぶった態度を見せる君が好きだ。
些細な言葉で思い悩む君が好きだ。
そのくせ時に大胆な行動に出る君が好きだ。
僕が褒めるとちょっと照れながらでも喜ぶ君が好きだ。
友達の前では明るい女の子でいる君が好きだ。
弟の前ではいい姉であろうとする君が好きだ。
伯父を恐れるあまり僕に頼る君が好きだ。
僕の出生を聞いて憐れんでくれた君が好きだ。
僕の生き方を聞いて恐れてくれた君が好きだ。
僕の傷跡をなぞって泣いてくれた君が好きだ。
本当は怖いのに勇気を奮い立たせてデシアンに立ち向かう君が好きだ。
本当は嫌なのにサキモリ・エイジの子孫として戦うことを選んだ君が好きだ。
本当は誰よりも暴力が嫌いなのに、僕のためにデシアンに降った君が好きだ。
デシアンに降った後も、ご家族のことを何よりも案じている君が好きだ。
人との関わりを恐れ、花の手入れをしていたいと思っている君が好きだ。
人との関わりを恐れているのに、それでも僕を求める君が好きだ。
君と出会ってから一年しか経ってない。それも9月ぐらいまでしか、思い出らしい思い出もない。だけど、君と過ごした全ての時間が今は愛おしいと思う。
スノウ・ヌルは―――北山雪という女性を、心から愛しています」
「……あたしも。あたしもだよ!」
雪の目からこぼれた涙が玉となって宙を舞う。それが途切れることはない。
「あたしは普段はちょっととぼけてて、でも戦いとなると頼もしくて、だけど時々ちょっと怖い、とっても真っすぐなスノウ・ヌルって人が好き!」
「だったら! 傍にいてほしい……僕が今感じている幸せがいつか当たり前になるように、君の隣で生きていたい!」
「……うん! スノウの隣にいさせて!」
雪はデシアンについた。それはスノウがただ戦い続けるだけの人生にならぬよう、自身が脅威になることで人類を強くし、彼に頼らない世界にするためだ。
しかし、その使命はもう必要ない。愛を知り、雪と共に生きることを望んだスノウの人生はもう戦うだけのものではないから。
使命と愛をはかりにかけた天秤は傾く。ただ、それを認めない存在がここにはまだいるのだ。
『それは、許されない』
<ディソード・シェオル>の肩部や脚部の鋭利な箇所が突然ぐにゃりと歪んだかと思うと、槍のように突き出され<ゲツリンセッカ>の左腕と右足を奪った。
「むっ……」
「スノウっ!」
四肢の半分を失ったことにより、バランスを崩し高度を落とす<ゲツリンセッカ>。
戒めが解けた<ディソード・シェオル>は赤くなったカメラアイで<ゲツリンセッカ>を見下ろす。
『<ディソード・シェオル>は人類の脅威になり続けなければならない。人類が災厄を乗り越えるその日まで。
故に。キタヤマ・ユキは玉座に座らねばならぬ。例えその肉体が死を迎えようとも』
慌てず確実に<ゲツリンセッカ>の姿勢制御を行い、地面に叩きつけられる前に高度を戻すことに成功した。
自身の上を取る<ディソード・シェオル>をスノウは睨み付ける。
「……この声が君を誑かして、<ディソード>を動かしているのか」
『声』に操られた<ディソード・シェオル>が縦横無尽に触手を振り回して<ゲツリンセッカ>を破壊せんと猛撃するのを、回避する他なかった。
<ディソード・シェオル>を完璧に無効化しつつ、雪だけは無事に救出できるような方法をスノウは持ち合わせていない。それほどまでに、今の<ディソード・シェオル>には無駄はなく、隙がなかった。
『サキモリ・エイジの子よ。そちらは素晴らしい力を持つ。キタヤマ・ユキから手を引き情動を全て捨てれば、凄まじき英雄に成り得る。
凄まじき英雄の才は子々孫々受け継がれ、人類に進化をもたらす。
さすれば、宇宙の外にすら敵無し。人類が災厄を乗り越える力とならん』
「つまり、雪ちゃんを諦めて次世代の為に子を成せと」
『こちらはそれが必要と勧告する』
「スノウ、こんな奴の話聞いちゃダメ!」
「よくわかった」
「スノウ……!」
<ゲツリンセッカ>は逃げ回るのをやめて、<ディソード・シェオル>に向き直る。
「―――少し前の僕なら、そう言って頷いていたかもしれない」
触手が迫るのを、ブロードブレードを引き抜いて切り払う。
「だけど、今の僕は違う」
機体が傷つくのもいとわず、触手を払いのけて<ディソード・シェオル>に迫っていく。
「傍に来てくれ、雪ちゃん……!」
ブロードブレードを放り投げて、<ディソード・シェオル>に手を伸ばす。
「うん!」
それは大切な人を必ず連れて帰るという決意の表れだったから、雪は向けられた手のひらの上に飛び乗った。
雪がスノウの元に帰ることを防ぐべく、<ディソード・シェオル>は<ゲツリンセッカ>の手を破壊しようとするが、途中で動きが止まる。今攻撃してしまうと、人類に脅威をもたらす役割を与えた雪も巻き添えになって無事ではすまない。
スノウも雪もそれを狙って行動を起こしたわけではなかったが、あまりにも機械的な合理主義で動いていた『声』が、その合理的思考が故にその行動を見逃さざるを得なかったのだ。
それが―――趨勢を決した。
雪を確保した<ゲツリンセッカ>が距離を取って触手の攻撃圏外まで退き、ゆっくりと制止する。
安全が確保されてから、コックピットに収容された雪はスノウに抱き着く。
「スノウ!」
「やっと君と一緒にいられる。
だけど……」
「うん。戦いを終わらせないと」
<ゲツリンセッカ>が見据える先、未だ健在の<ディソード・シェオル>がその体をより異形化させている。
『kdさおgyくぁ8がんprんがおがうrhがふprが!!!!!!』
謎の機械語を発しながら、<ディソード・シェオル>が迫る。
慌てずスノウはコンソールを操作して、雪に示す。
「これは……」
「……先輩たちが気を利かせて装備させてくれたらしい。
これを、君に」
「わかった!」
スノウは左手のグリップを雪に手渡す。
体位を変えてスノウの膝に座った雪がそれ操作すると、<ゲツリンセッカ>は背中のハードポイントに懸架されていた松葉杖のような形状の、長い砲身の武器を手にもって構える。
それは雪の愛機<レケナウルティア>が持っていた、レシュノルティア・ビローバと呼ばれる大型のビーム砲だった。
その銃口が<ディソード・シェオル>を捉える。
(サキモリ・エイジ、あたしの遠いご先祖様……。大好きな人と一緒に生きるため、貴方の愛機を破壊します、ごめんなさい)
心の中での謝罪と共に雪がトリガーに力を入れると、エネルギーの奔流が長い砲身を通って放たれる。
瞬間、<ディソード・シェオル>がわずかに左に避けるものの、一撃で右腕と右足が奔流に消えていく。
「敵は未だ健在」
「わかってる! 二射目やるよ!」
二回目の放射で左半身の戦闘力を奪っていく。
<ディソード・シェオル>の残った部位は、頭部と胸部のみ。もはや戦うことも、本来推進器を失って身動きも取れないはずなのに、謎の力で突撃してくる。
『そちらの選択は、認められない―――!』
「あたしは貴方じゃなくてスノウを選んだの!」
デシアン由来の技術で改造された結果か、と考えを巡らすスノウに対し、雪は三度レシュノルティア・ビローバを構える。
「それも最初から!」
ズガン!
照準を修正、第三射を放とうとした瞬間、部屋が大きく揺れた。
「な、何!?」
「……もしかして、始まったか」
スノウの想像は当たっていた。
外では統合軍の艦隊が所定の位置に到着し、本拠地へ向けて一斉攻撃を始めたのだ。
「例えこの艦や他の艦がいくら落ちても構わん! 全てを出し切ってあの球体を破壊しろ!」
<シュネラ・レーヴェ>のブリッジでノヴァ元帥がほとんど怒鳴っているのと変わらないテンションで命令を下す。
誰もその命令に逆らう者はいなかった。
デシアンは完全に随伴のエグザイムに任せ、全砲門はもとより通用するかどうかわからない機銃ですらデシアンの本拠地に向けて発射していた。
塵が積もれば山となるとはこのことか、攻撃を続けていくうちに無視できないダメージとなって本拠地を破壊していく。
通路内で戦いを続けていた<プライマル>、そのコックピットの中でソルは言う。
「攻撃が始まったか! となるとここもまもなく……」
「ええ、危険ね。早急に離脱しましょう」
「しかし……!」
まだ<ゲツリンセッカ>が戻ってきていない、という言葉を飲み込んで頷く。
「……いや、そうだな。俺たちだけでも離脱せねば」
この状況にあってまだ攻撃の意志が残る<COFFIN>を<プライマル>は一刀両断にする。上半身と下半身に分かれたそれが爆発をする前に、長剣を腕部装甲に戻してすぐさまスラスターに点火する。
<プライマル>は来た道を全速力で戻り始めた。
そして、<ゲツリンセッカ>は……。
「……雪ちゃん、落ち着いて。統合軍の攻撃が始まっただけだ」
「う、うん。だけど揺れているし、片手だから……」
「なら」
スノウは雪の手の上から重ねるようにグリップを再び持つ。
「一緒に終わらせよう」
レシュノルティア・ビローバを投棄、ワイヤーをまいてギロチンドロッパーを回収して手に持つ。
迫る<ディソード・シェオル>を迎え撃つため、こちらも推進力を全開。恐ろしい早さで両者の距離が縮まっていく。
互いの距離が0になった瞬間、<ディソード・シェオル>の頭部が胴体から分断して宙を舞った。
二人の脳内に『声』が響く。
『こちらは、
こちらを拒否することは、こちらよりも大きな力で滅ぼされることを意味する。
それを選ぶと言うのか』
「そっちの言う通りに僕の子孫に力を受け継がせる必要はない。
素晴らしい才能を持った友達や仲間がいてくれる。彼らの力を繋いで受け継がせていけば、より大きな力に打ち克つこともできるから。
みんなで強くなって、みんなで大きな力に立ち向かう。だから、英雄なんていらないんだ」
『より良い指導者がいなければ、地球人類は―――』
「よしんばそうだとしても、それはそっちが決めることじゃない。
もちろん、僕が決めることでもない。
ここまで戦ってきたみんなで、帰るべき場所を守ってくれているみんなで決めることだ。
地球人類が一つになった今、貴方の役割はもう終わりなんだ」
『―――――』
今までの勢いはなんだったのか、頭部が分断された<ディソード・シェオル>はそのまま床に激突、大理石の破片を巻き上げて動きを止めた。ゼンマイが切れた玩具のように。
それを見て、スノウは感慨深げにつぶやく。
「……終わった」
「終わったね……」
しかし、感慨にふけっていられる時間はそうなかった。先ほどから続いている揺れがより一層大きくなったのだ。それは、この場所が崩壊し始めていることの証であった。
「すぐに脱出しよう。しっかり捕まってて」
「了解!」
雪は再び体位を変えてスノウにしがみつく。
「……この体勢でいいの?」
「いいの。さ、早く帰ろ?」
「……了解」
細かい瓦礫が落ちている中、<ゲツリンセッカ>はスラスターを全開にする。
<ゲツリンセッカ>が大広間から出て十数秒後、大広間から光があふれだした。
『なんだ、あの光……』
「……敵本拠地が爆発していっている、な」
<アルク>のセンサーを最大にしてナンナがつぶやく。
「おかしい、予想では破壊までにまだ時間がかかるはずだ。だから、我々はまだデシアンと戦っているわけだが……」
その言葉通り、<ロート・レーヴェ>に迫るデシアンをハルバードで叩き斬る秋人の<ヘクトール>。
『ってことは、中で何かあったんじゃねえのか!?』
「あり得る。だが今から、こちらからでは何の手の出しようもない……」
『スノウやスフィア氏との連絡は取れないのですか。二人ならあるいは状況を知っているやも……』
「……確かに」
先にスノウの<ゲツリンセッカ>へ連絡を取るものの、一切反応がない。
そのことに一抹の不安を感じつつも、次いで<プライマル>へ。
『……こちら、<プライマル>の穴沢黒子。どうかした?』
「!! 無事か!?」
『ええ、幸いなことにソルも私も無事。今はもう外にいるわ』
「……<ゲツリンセッカ>は?」
『………………』
嫌な沈黙が帰ってくる。それが何を意味をしているかわからないはずもないが、それでも聞くのが自身に課せられた義務のはずだ、とナンナは問う。
「どうなんだ」
『攻撃が始まって中が崩壊し始めた頃に俺たちは脱出を始めた』
何も言わない黒子の代わりにソルが説明する。
『だから、俺たちは<ゲツリンセッカ>を見ていない。どうなっているか、俺たちにもわからないんだ。ただ……』
「ただ?」
『脱出途中でエグザイムのパーツらしきものを拾った。爆発で飛んできたようだが、色合いが<ディソード>に似ていて―――うっ、な、なんだ……?』
謎のパーツの詳細を話そうとした途端、ソルは驚きの声を上げる。
「どうした!?」
『突然辺りが輝いて……』
ソルの証言の直後、デシアンの本拠地が中から食い破るように現れた光の中へ消えていったのを、ナンナは見た。
数秒経って光が収まると……そこには最初から何もなかったかのように、ただ宇宙があった。
それまでスズメバチに群がるミツバチのようであったデシアンたちは、命令を強制的に書き換えられたかのように攻撃をやめ、ワープを行いいずこかへ去って行った。
それはオペレーション・ソッコクの完了と、人類の勝利を意味した。
『うおおおおおおおおおおおお!!』
『やったああああああああああ!!』
オープン回線で作戦に参加した者たちの、100年以上にわたる戦いの決着がついたことの歓喜の声が聞こえてくる。
それがナンナたちを苦しめる。
『……奴らの基地が消えたってことは、スノウたちは間に合わなかったってことか?』
『ヌルくんと雪さんに限って、そんなことは……ないと、思います』
『……探しましょう、<ゲツリンセッカ>を。全員で探せば見つかるはずです』
つながらない通信と、デシアンの本拠地が消えたという事実。それらから浮かび上がってくる当たり前の想像を振り払うように、一同はさっきまで本拠地があった座標まで移動しようとする。
それを確認してか、サンクトルムの作戦室から指示が飛ぶ。
『作戦完了だ、カルナバル小隊。今すぐ帰投せよ』
「それは聞けません。スノウ・ヌルが帰還していませんから」
『しかし……』
「それでも、というなら1時間だけでもいただけませんか……。それもダメなら、30分だけでもいいんです」
『馬鹿を言うな。探すにしろ諦めるにしろ、帰投して補給等しなければ貴様らも機体も限界だろう。一度戻って来い』
「……! ありがとうございます。
みんな聞いたな。一度帰投して、捜索はそれからにしよう。
黒子も、スフィアもそれでいいな」
各々が返事をする中、<アルク>のセンサー内に一つ、新しい機体の反応がポップする。そして、直後にノイズ混じりの音声が聞こえてきた。
『……ら、ぼ……も……い……な……?』
「……む?」
『おい、今の声……』
『秋人、静かに。もう一度言ってもらいましょう』
ノイズ混じりの声は、次はわずかにクリアになる。
『……なら、ぼ……ちも帰……が……かな?』
「聞こえない、もう一度だ」
『………………』
センサーがその機体が高速で<アルク>に近づいてくることを知らせてきた。
そして、もうほとんどノイズがない音声がナンナたちに届く。
『それなら、僕たちも帰投した方がいいかな?』
「……ああ、歓迎するよ。スノウ・ヌル」
その声は紛れもなく、スノウ・ヌル本人のものであった。
まもなく見せた<ゲツリンセッカ>の姿はボロボロで優美さは失われていたが、中のパイロットは無事であることを教えてくれた。
友人らは、先ほど一般の軍人や学生たちがそうしたように、歓喜の声を上げた。
『兄さん! 無事だったんだな!』
『無事でなければ、許さないところだったわ』
『おめーカッコつけてくれるじゃねえかよ!』
『良かった……本当に良かったです……』
『本当にお疲れ様です。それにしても、よく無事でしたね……』
アベールが感心していると、なんてことないような言い方でスノウは言った。
『危なかったけど、<ゲツリンセッカ>にワープ機能があることがわかったから、使ったらなんとか戻ってこられた』
『……ぶっつけ本番でよくやれたわね。私でも何度も調整したのに』
『使わなかったら爆発に巻き込まれていたから。だったらぶっつけ本番でも使った方がいいでしょ』
『ああ、この言い方はスノウ本人だ』と思うのもつかの間、ナンナは最も大事な質問をする。
「それで、ヌル。……雪は?」
『雪ちゃんなら、ほら』
『……あ、あの』
「!」
新たに聞こえてきた声に一同が息を呑む。
『北山雪です……。どの面下げてと思われるかもしれないけど、戻ってきました……。
みんなあたしのせいで大変な思いをしたと思うから……ごめんなさい』
「違うぞ、雪。我々が待っているのはそんな言葉ではない」
『え、な、なんだろう……? 腹を切ってお詫びします、かな……?』
「違う。
わからないようなら、我々が先に言うとしようか。なあ、みんな」
スノウと雪以外の一同が笑って、雪が戻ってきたら言おうと相談していた言葉を、声をそろえて言う。
『おかえりなさい!』
それを聞いた雪は、最初目を見開いて驚いたものの、その大きな目から涙をこぼしながら嗚咽混じりに返事をする。
『……みんな。ぐすっ……ただいま……!』
涙を流しながらも少女が浮かべた笑顔。それは英雄の子孫でも、デシアンの王でもない、ただの北山雪の心からの笑顔であった。
【第四部 時代の子供たち 完】
(エピローグに続く)
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