第139話 繋いできた縁が導く果て:プリムラ・マラコイデス
デシアンの本拠地内、デシアンに囲まれる<プライマル>を助けたのは、黒子が乗る<ゲツリンセッカ>だった。
しかし、<ゲツリンセッカ>は今回の作戦で使わない予定だったはず。なのになぜここにあるのか。
「どうしてここに」
『説明している時間はないわ。
私が言えることは一つだけ。貴方はこれに乗って先を行きなさい』
「…………」
「悩んでいる暇はない! 君が抜けた<プライマル>の空席は黒子に任せて、安心して乗ってくれ!」
そう言っている間にも、ソルは<プライマル>のモーフィング機能を使って必死に迫るデシアンの対処をしていた。
スノウの頭の中で疑問や懸念、感謝など様々な気持ちがないまぜになって思考を乱していたが、一瞬瞑目し……次に目を開いた時にはやるべきことがわかっていた。
「……わかった。穴沢さん、交代してくれ」
『ええ、もちろん』
<ゲツリンセッカ>は密着するかのように<プライマル>に近づき、コックピットを開く。
<プライマル>も同様にコックピットを開き、スノウと黒子はそれぞれのシートへと飛び移った。
「黒子、まだ動けないか!?」
「ごめんなさい、もう少しだけ待って」
黒子がセッティングしている間にも他のデシアンが猛攻を仕掛けてくる。
特に近接戦闘に長けた<GRAVE>が十字架を振りかぶり―――それをギロチンドロッパーが真っ二つにする。
暗黒を照らす太陽と雪解け水によって花は再び咲いた。
吠えるようにスラスターの炎を燃やして、<ゲツリンセッカ>は動き出す。
「……疑問も感謝も全部後回しだ。やるべきことをやる」
『みんなからの伝言よ、「必ず北山さんを連れて帰ってこい」。私もそれを望んでいるわ』
『武運を祈る、スノウ……兄さん!』
「行ってくる」
<ゲツリンセッカ>が一瞬でフルスピードに達し戦線を離脱する。
その姿をもう見ることはしない。黒子の手によって動き出した<プライマル>は本格的にデシアンを相手にしていく。
「……間に合ってよかったわ」
「ああ。みんなのお陰だ」
対デシアンの最終作戦であるオペレーション・ソッコクが発令され、デシアンの本拠地に赴くことがわかった時、ソルはこれがスノウと雪を引き合わせる最後のチャンスだと思った。
時には厳しく時には優しく自分を導いてくれた、血を分けた兄弟であるスノウに対し、恩を返したい。そのために雪と再会させてやりたい。その想いは秋人やアベール、サンクトルムでできたスノウの友人や先輩たちも同じだった。
だから、全員で誓った。オペレーション・ソッコク中になんとしてでもスノウを本拠地に連れて行くことを。
そこで具体的にどのようにして雪の元へ向かうスノウをサポートするか度々話し合っていたのだが、二つほど誤算があった。
まず、制御の都合<プライマル>を二人乗りにせざるを得なかったこと
もう一つは、その<プライマル>から取り外した戦闘に不要なパーツの中にデシアンと同様のワープ機能を有するものがあったこと。
ワープ機能を有するパーツを<ゲツリンセッカ>に取り付ければ、ほとんど無傷で本拠地まで行くことができる一方、<プライマル>と<ゲツリンセッカ>の改修を同時に行うのはカホラとメルタの作業量的に無理があった。
ではどうすればよいか、となったときにダイゴが言った。
「時期をズラせばいいんじゃないか? <プライマル>の改修を優先してヌルにはそっちに乗ってもらう。
で、そっちにかかりきりの間に<ゲツリンセッカ>を改修すれば……タイトなスケジュールにはなるが無理じゃないと思う」
カホラとメルタにも相談し承諾を得た後、準備は粛々と進められた。
そして、今。<ルナブレア>がボロボロになるまで戦い抜いた黒子は一度帰還し、直前に調整を終えた<ゲツリンセッカ>に乗り換えて、後付けされたワープ機能を使ってやって来たというわけである。
「後は……兄さんが戻ってくるまでこいつらを食い止めるだけだ!」
「ええ。私も全力を尽くすわ」
兄の悲願が果たされようとしている。すべてのきょうだいの代わりに血の業を背負い、これまで我欲など無縁だった兄が心から求めた瞬間を無粋な死人どもに邪魔などさせてたまるものか。
史上最も多くのデシアンを葬った男の血を色濃く継いだ青年が望む。全ての
その望みを叶えんとばかりに<プライマル>は動き出した。
『地球統合軍は未だ矛をこちらの喉元へ突きつけられず。しかし、その時も近い。より一層抵抗を強めねば』
「……あたしが出た方がいい?」
『否。そちらはこちらへやってきた侵入者を撃退すべし』
「侵入者……」
『ソル・スフィアとスノウ・ヌル。
<ブレイカー>で攻め込み、スノウ・ヌルは新たな機体に乗り換えてこちらへ向かってきている』
『声』の報告を聞いて、興奮や緊張が半分ずつまじりあった、得も言われぬ感情が心をざわつかせる。
(やっぱり来るよね、スノウなら……)
『そちらの使命は、スノウ・ヌルの乗るエグザイムを撃破すること。さすれば、そちらの願いは叶うであろう』
「うん。……なら、スノウをここまで連れてきてほしい。手段は問わないから」
『承知した』
通路から湧き出るデシアンをものともせず、<ゲツリンセッカ>は往く。
両肩部のギロチンドロッパーを合体させ、ビート版を持って泳ぐように両手で持って突進する。魚のひれのようなナックルガードモード、三日月のようなデスサイズモードに並ぶ、強襲用形態のギロチンモードだ。
本体の桁外れの推進力に加え、高硬度・高剛性を誇るギロチンドロッパー本体の水力もあって、突進によってデシアンをことごとくなぎ倒す様は大型トラックが自転車を撥ねる事故映像を彷彿とさせた。
(次は右、か)
迷いもせず分かれ道を選ぶスノウ。コンソールにはまるでカーナビのように次の行き先が示されているのだ。
(……ここまで来いと言ってくれているのか)
<ゲツリンセッカ>に乗り換えてまもなく、突然送られてきた内部のマップ。
当然怪しんだものの、こんなものを送ってくる相手は一人しかいないと考えた時、迷いは晴れた。
峠を攻める走りで曲がり道すら減速せず、向かってくる敵を蹴散らし、ひたすらマップの通りに進んでいく。
マップに白く表示された部屋―――建造物の中央に位置するその場所に<ゲツリンセッカ>はミサイルのように突入する。
(……部屋の感じが違う。ここが目的地か)
大理石のような壁でできた大広間に来たことを確認すると、ギロチンドロッパーを肩に戻して速度を落とす。
ここだけは重力が働いているのか少し体が重くなったのを感じて、スノウは冷静に<ゲツリンセッカ>の各種パラメータの修正を行う。
(どこからも攻撃は来ない。そういう施設がないのか、それとも意図してか……)
あたりを見渡してそんなことを考えていると、ノイズ混じりの声がヘルメットから聞こえてきた。
『……来たんだね、スノウ』
「ああ、来たよ。……今、見えた」
モニターに映る翡翠色のエグザイムは、見覚えのあるその姿とは少し違っている。
(随分ととげとげしくなった。改修でもされたのだろう。
とはいえ、それどころじゃないか)
冷静に分析する思考とは裏腹に、心臓はいつもより高鳴っているのをスノウは自覚していた。
微動だにしない<ディソード・シェオル>の前に<ゲツリンセッカ>が立つ。その距離は近接戦をするには遠すぎるが、射撃戦をするには近い、絶妙な長さだった。
「………………」
『………………』
「………………」
『言いたいことたくさんあったけど、会ってみたらなんか……言葉に困っちゃうね』
「そうだね。……僕も同じだ」
<ディソード・シェオル>が長剣を腰部から取り出す。
同時に、<ゲツリンセッカ>も右肩からギロチンドロッパーを分離させてナックルガードモードにする。
『だったら、まずは体を動かそうよ』
「賛成」
『三つ数えたら開始ね。
3……2……』
「………………」
ぐぐっと力を込めるように両機は縮こまる。
そして。
『1……ゼロ!』
弾かれたように飛び出した2機のエグザイムは刃を交える。
何度も打ち合うも互いに一歩も譲らず、そのままではラチが明かないと思って雪は射撃戦に移行すべく距離を取る。
それを見て<ゲツリンセッカ>は左手でアサルトライフルを素早く抜いて薙ぎ払うように連射するも、<ディソード・シェオル>の前腕部に取り付けられているボウガン状のEブラスターが正確にアサルトライフルを射抜く。
(さすがに……上手い)
ビームに貫かれたアサルトライフルが赤熱化するのを見て手放すと、直後に爆発した。
(アサルトライフルはもう使えない。
残った射撃系武器は……むっ)
コンソールに表示される武器にスノウは眉間にしわを寄せる。
しかしそれも一瞬のこと、<ディソード・シェオル>からの鋭い攻撃が飛んでくるのを見て急ぎ回避する。
『射撃ならあたしの方が有利だよ、スノウ!』
意気揚々と雪が言うが、そんなことはスノウもわかっている。
<ゲツリンセッカ>は自慢の加速で距離を詰めていく。
(雪ちゃんの射撃は、相変わらず天才的と言わざるを得ない。
いや、雪ちゃんだけじゃない)
オペレーション・ソッコクに参加している同期の全員が素晴らしい才能を持っているとスノウは思っている。
一年前は動かすので精一杯の素人だったのが、今や立派にデシアンと戦えている。それは驚異的な成長速度だ。
このまま鍛え続ければ、いずれ今の自分を超える者も出てくるだろう、と冷静に考えもする。
今対峙している少女もそうだ。サキモリ・エイジの血がそうさせるのか、今や自分と対等以上に戦っている。彼女も、より経験を積めばソルと並んで当代最強のパイロットになるだろう。
だが―――
(今はまだ、負けるわけにはいかない)
左肩からもう一つのギロチンドロッパーを分離させ投げつける。それは簡単に避けられてしまうが、攻撃が狙いではない。
ギロチンドロッパーのスラスターが火を噴き、<ディソード・シェオル>の右腕部を軸として円運動を行い、腕に巻き付く。
『なっ……』
「これで、そのボウガンは使えない」
『でも……!』
<ゲツリンセッカ>の左手が肩部から伸びたワイヤーを引っ張り、<ディソード・シェロル>の右腕を伸びきらせる。
それに負けじと<ディソード・シェオル>の左肩から何かが飛び出してくる。
ワイヤーで動きを固定している<ゲツリンセッカ>は避けられず、右足に直撃してしまう。
それは矢じりのようだが鎖がついている。アメツチ製のエグザイムが標準装備しているワイヤーのように相手に突き刺して引き寄せたり、鎖で捕縛するための武器だ。
「…………ふう」
『はあ……はあ……』
ワイヤーと鎖で互いの動きを封じたため、<ゲツリンセッカ>と<ディソード・シェオル>に残された武器はそれぞれ片割れのギロチンドロッパーと長剣のみ。
『やああああああ!』
「ふっ!」
となれば、近接戦に回帰するのは必然であった。
初撃と同じように互いに接近し、ひたすら武器を打ち合う。
<ディソード・シェオル>の長剣と<ゲツリンセッカ>のギロチンドロッパーが何度もぶつかって火花を散らす。
しかしその形状故か、<ディソード・シェオル>のパワー故か、徐々に<ゲツリンセッカ>のギロチンドロッパーが打ち負け始めていく。
(侮れない武器だけど、この状況が続けば……)
<ディソード・シェオル>のフルパワーで斬撃を叩きつければ、<ゲツリンセッカ>は体勢を大きく崩す。その隙に肩部を斬り落とせばそれで終わりだ。雪はそう確信した。
一回、二回と打ち合いタイミングを見計らって、三度目。<ゲツリンセッカ>が右腕を大きく後ろに引いたのを確認して<ディソード・シェオル>はフルパワーで長剣を振る。
「終わりだよスノウ!」
<ゲツリンセッカ>が突き出したギロチンドロッパーと長剣が打ち合い、そのまま<ディソード・シェオル>が勝利を収める、はずだった。
両者の武器が打ち合う直前、<ゲツリンセッカ>は腕を突き出す瞬間にギロチンドロッパーから手を離す。
それはさながらロケットパンチのように腕から飛び出し、振り下ろされた長剣にぶつかってそのまま弾き飛ばされる。
「なっ……」
本来であれば打ち合って体勢が崩れているはずの<ゲツリンセッカ>は健在のまま、逆にフルパワーで長剣を振り下ろし手ごたえのないギロチンドロッパーを叩き落とした<ディソード・シェオル>の体勢は大きく前のめりになっていた。
(今だ……!)
<ゲツリンセッカ>はフリーになった右手を伸ばし、<ディソード・シェオル>の無防備な左腕を掴む。
そして、掴んだまま<ゲツリンセッカ>自慢の推進力で押し出し、両手を塞がれ無防備な<ディソード・シェオル>を大広間の中央にそびえる巨大なモノリスに叩きつけた。
交通事故じみた凄まじい衝撃が雪を襲う。体をシートに固定していなければ大惨事になっていたに違いない。
沈黙した<ディソード・シェオル>を確認して、スノウは言う。
「僕の、勝ちだ」
『……め』
「……? なんて言った?」
あまりにも小さい声で雪が何か言ったので、通信のボリュームを上げて尋ねる。
すると、聞こえてきたのはすすり泣きだった。
『駄目。負けちゃったらなんのために裏切ったの……』
「……雪ちゃん」
『ぐすっ……。あたしはスノウに勝たないといけないの……。勝ってスノウだけじゃデシアンに勝てないって思わせないと……でもこれじゃ意味がないじゃない……!』
「……そうか。そういう意図もあったのか」
得心がいったように、頷くスノウ。
「君は前に僕の為にデシアンについたと、そう言った。
それは……君が人類の敵になることで、サキモリ・エイジの子孫を権力の中枢から遠ざけようとしたんだと、僕は思った。
サキモリ・エイジの子孫が危険だと思われればどんな目に遭うかわからないけど……それでも戦いからは遠ざけられると」
雪がスノウが戦いに参加することを疎んでいたことは、さすがにスノウも以前から知っていた。そういう想いがあって今回の裏切りは起きたと考えたが、真実はスノウの想定を超えていたようだ。
「でも、君は僕の考え以上に僕のことを大事にしてくれていたんだ。自惚れかもしれないけど」
『ううん、自惚れなんかじゃない。
あたしはもう大好きなスノウに戦ってほしくない。大好きなスノウに幸せでいてほしい。
だから、デシアンになったの。デシアンになって脅威になり続ければ、人類は脅威に打ち勝つために強くなる。そしたら、サキモリ・エイジの血が必要じゃなくなる。スノウが幸せを求めていい世界になってくれる……』
「それは違うよ、雪ちゃん」
雪が涙ながら語った真実の是非はスノウが決めることではない。だが、たった一点だけスノウが明確に否定しなければならないことがあった。
「僕は今少し幸せだよ」
『えっ……?』
「僕はみんなに自分の素性を明かした。遺されたサキモリ・エイジの遺伝子を使って生み出された試験管ベビーだと。
その後、僕が訳あってサンクトルムから去らなければいけなかった時、みんなが僕に手紙をくれた。中身はごく普通の……応援の言葉が綴られていただけだった」
『そっか。みんなから……』
「それに僕がここまで来るのに、どれだけの人が協力してくれただろう。僕がここに来ることが作戦の必須条件でもないのに」
スノウが今の仲間たちに出会ってから一年経つ。普通だったらもうとっくに気が付いてもよさそうなことを、文章にしてもらったことで、自分の我がままを聞いてもらったことで、ようやくスノウは気が付くことができたのだ。
「僕はみんなにどれだけ大事に思われているのかと、やっとわかったんだ。
サキモリ・エイジの遺児だったとしても、そのために一度はみんなと袂を分かっても、それでも……僕を友達と呼んでくれた。
友達だからと、命を懸けてここへ送り出してくれた。
サンクトルムのみんなだけじゃない。君と別れてからいろんな人と出会った。その人たちも僕に力を貸してくれた。
そこまでみんなの手を煩わせたから、絶対に成し遂げないといけないっていう責任感みたいなものはある。だけど、それ以上に嬉しい。嬉しいんだ」
こんなに嬉しそうな様子のスノウを雪は初めて見た。彼の言う通り自分が傍にいない間にきっとたくさんの出来事があって、それが心境に影響を与えたのだろうという想像は容易だった。
だが、わからないこともまたあった。
『そんなに嬉しいのに、まだ『少し』だけ幸せなの?』
「……そう、まだ足りない。僕が『幸せ』と断言できるようになるには」
スノウはコックピットの固定具を外し、コックピットを開放して立ち上がる。モニター越しではなく、その目で<ディソード・シェオル>の胸部を見つめて言う。
「今こそ答えを出す。学祭終わった後に聞かれた―――君をどう思うか。どう生きたいか、その答えを」
スノウ・ヌル、一世一代の勝負の時。
(続く)
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