第138話 天剣と月輪雪花:刃がラナンキュラス
空の一部を切り取ったときの雲量が9~10の時の天気は曇りだと言われる。これは21世紀初頭の日本で言えば、中学生の時に習うような知識だ。
青空を宇宙、雲量をデシアンの量とするならば、今はギリギリ曇りにならないぐらい―――<シュネラ・レーヴェ>のメインモニターに映る光景はまさにそんな状況だった。違いと言えば、白い雲に対してデシアンは血の赤黒い色ということだが。
<シュネラ・レーヴェ>も、他の艦も、対空機銃を発射したり、主砲を放ったり、抵抗は続けている。もちろん、直掩のエグザイムも全力でデシアンを食い止めている。
だが、それ以上に数が多すぎるのだ。いくら撃墜しても、夜の帳のようにひたすらまとわりついてくる。
数で劣る統合軍が短期決戦で勝利する作戦こそソッコクだったのが、想定を上回る敵勢によって足を止めてその場で迎撃するしかなくなってしまった。
速攻を決められない以上、オペレーション・ソッコクは失敗。後はじわじわと戦力を減らし、旗艦の轟沈で幕を閉じる他ない。
「全砲門撃て! ここで諦めたら本当に終わりだ!」
それでも戦いはやめない。たとえ滅びるのだとしても、人類の代表として戦いに来たからには最後まで死力を尽くすべきだという想いでノヴァ元帥は指示を飛ばしていた。
それは諦めていたらすでに訪れていたであろう旗艦の轟沈という未来をわずかに遅らせて―――はねのけることに成功した。
レーダー員が告げる。
「元帥、この戦域に超高速でやってくるエグザイムがいます! 識別名は<プライマル>、所属はサンクトルムです!」
「なに……?」
ほとんどの軍人は<プライマル>については知らない。サンクトルムでは学生の手による実験的なエグザイムが製造されていることを知っているため、<プライマル>に対してもちょっと変わったエグザイムがいるという程度の認識だ。
学生たちからはどうかと言うと、二人乗りができる特殊なエグザイムだという以上の認識はされていない。
彼らよりは、ノヴァ元帥は<プライマル>について知っている。元帥の座を引き継いだ時に見た、王我が遺した資料にわずかに記載があったためだ。
(<プライマル>、サンクトルムに眠っているというエグザイム……。まさか、それなのか? もしそうなら……)
本物の確証はない。そんなエグザイムに希望を見出していいのか?
一瞬の逡巡の後、ノヴァ元帥は言った。
「レーダー員はそのエグザイムから目を離すな。
操舵手、いつでも動けるようにしておけ。時と場合によっては……特攻をかける」
その是非は君にかかっているぞ、と<プライマル>のパイロットに心の中で告げる。それが、息子の友人だとは知らなかったが。
「<シュネラ・レーヴェ>が見えてきた」
「……聞いていた通り、恐ろしいほどの数のデシアンだな。やれるのか、俺たちは」
宇宙の色を赤黒で支配せんとばかりにデシアンで満ちる<シュネラ・レーヴェ>周辺の戦域を見てソルは思わず不安を口にする。
それに対して、スノウは言う。
「先の大戦にてサキモリ・エイジは<ディソード>で天を覆いつくすほどのデシアンを破壊せしめたという。
<ディソード>の親の<プライマル>だって、そのポテンシャルはあるはずだ」
「……ああ、そうだな。俺たちもやってみせよう!」
群れからはぐれたデシアンを、両腕をそれぞれ長剣に変形させて斬り刻みながら進んでいく。
(高出力のエネルギー波は威力は絶大だがクールタイムがかかる。ならば!)
「スノウ、切り札を使う! <シュネラ・レーヴェ>の正面から―――」
「戦艦の道を作るように切り込む、そういうわけだね」
「ああ、頼む!」
「了解」
<プライマル>は光の尾を引いて<シュネラ・レーヴェ>の正面に舞い降りる。
「何をするつもりだ……?」
<シュネラ・レーヴェ>のブリッジでは、砲手以外の全員が固唾をのんで<プライマル>の動向を注視していた。
「やるぞ、スノウ」
「いつでもどうぞ」
「モーフィングレベル、マキシマム!」
<プライマル>が両手を大きく掲げる。すると、それまで長剣だった腕部装甲が一旦ドロッと溶けて、両腕にまとわりついていく。ただそれだけではなく、質量保存の法則に逆らうかのように肥大化していき、まもなく本体の数十倍のサイズの大剣へと姿を変えた。
同時に、大剣の峰と肩部と脚部から爆炎と表現せざるを得ない勢いでスラスターの炎が吐き出された。
<プライマル>と大剣の進路上にいるデシアンは鋭利な刃と大きすぎる質量によって無差別に破壊されていく。巨体を誇る<HEARSE>ですら巨像に挑む蜂であった。
「今が好機! 最大船速で<プライマル>の後に続け!」
「はっ」
ノヴァ元帥はチャンスを逃さず、操舵手に指示を飛ばす。
<シュネラ・レーヴェ>や随伴する<ロート・レーヴェ>もまた爆発的な勢いで進軍を再開した。
「うおおおおおおおおおっ!!!!!」
大曲の花火のような爆発の中を<プライマル>はひたすら進んでいく。
さすがのデシアンも破竹の勢いで僚機を破壊していく物体を見過ごせなかったか、<プライマル>の前に躍り出て攻撃を始めた。
「回避はしきれない」
「ならばっ! 叩き斬るだけだ!」
大剣のスラスターを最大まで稼働、勢いを増した上で大剣で真っすぐ
斬撃が巨大な弧を描いた時、戦いが始まってからずっと拝めなかったデシアンの本拠地の姿が斬撃の向こうに見えた。
「<シュネラ・レーヴェ>は……」
「僕たちの作った道をたどって進軍を再開している。このままいけば当初の予定通り本拠地への攻撃ができるはずだ」
本拠地への攻撃並びに破壊、それはすなわちオペレーション・ソッコクの最終目標だ。
全人類の悲願とも言える目的が果たせるのであれば、後は……。
「……なら、スノウ。俺たちは本拠地へ急ごう」
「それは……」
「ここまで戦えば、誰も文句言うまい。
最後は……君が君の目的を果たす時だ」
ホロンとレンヌに命を拾われ、アメツチで戦い、王我との出会いと別れを経験し、<プライマル>の真実を知り、仲間に真実を打ち明けて、オペレーション・ソッコクに参加した。
それらはすべてこの時のために。
「……そうだね。僕は彼女に、雪ちゃんに会わないといけない。
一緒についてきてもらうことになるけれど……」
「構わない」
「……なら行こう、デシアンの本拠地まで」
大剣を腕部装甲に戻して、<プライマル>は赤黒い球体へと急いだ。
急所めがけて突き出されたスズメバチの針の如き<SAURON>の腕を<アリュメット>はアサルトライフルを盾にして勢いを減衰させ、辛くも回避した。アサルトライフルは使い物にならなくなったが、本体が生きていることが何より重要であった。
<SAURON>がやって来て十数分、アベールとナンナ、佳那の三人で<SAURON>1機と戦っていた。
残りの2機は仲間の学生たちが相手をし、更に<SAURON>以外のデシアンに対しても大勢の学生が一丸となって食い止めているという状況だ。
「何度攻撃しても瞬時に再生する……僕とは相性が最悪ですね」
『秋人は<OFFERING>の相手をしているし、黒子も十把一絡げのデシアンを相手に暴れているからな……。我々だけでしのぐしかあるまい』
『頑張りましょう……!』
自分たちだけでしのぐしかないとナンナは言うが、それは容易いことではなかった。
<プライマル>の戦闘データをリンクしてもらった時に、<SAURON>にはダメージを与えた後、迅速により大きなダメージを叩き込むことが有効だとナンナは考えた。
しかし、アベールの<アリュメット>と佳那の<ポワンティエ>は小回りが利く武器を持っていてもパワーは足りず、ナンナの<アルク>も大火力武器と言えば他2機を巻き込みかねない対艦用航宙魚雷のみ。
新型デシアンの性能を読み切ることは難しかったとはいえ、人選ミスだと自罰的に思わずにはいられない。
(……こうなれば、すべきことは一つか)
ナンナは震える左手を右手で抑え込み、アベールと佳那に言う。
「……二人とも、<SAURON>の戦闘力を奪ってくれ」
『しかし、奴は一瞬で再生しますよ』
「一瞬で良い。私に考えがあるんだ」
『わかりました。ナンナさんの言う通りにします』
『谷井さん……。二人がそう言うなら、僕もナンナにベットしますよ』
「感謝する」
カチッとトリガーを引いて、ナンナは指示を出す。
「佳那は足、アベールは腕、頼む」
『『了解!』』
<アリュメット>と<ポワンティエ>がブロードブレードを持って動く。ランダムに、一か所に留まらないように、<SAURON>めがけてアタック。
それを受けてか、<SAURON>は首をカタカタと動かす。感情がないはずのデシアンが、「お、来んのか? なら相手してやんよ」と言っているかのよう。
最初に仕掛けたのは<アリュメット>。レイピアのように鋭くブロードブレードを突き出し、肩部を貫こうとする。
それを踊る様に体をねじってそれを回避する<SAURON>。しかし次の瞬間、ダンサーの軸足は奪われた。
「まずは右足を斬りました!」
<アリュメット>の攻撃を回避した隙をついて<ポワンティエ>が<SAURON>の右脚部を切断する。
それと同時に、ブロードブレードを持つ左手をひねって<アリュメット>が左腕を斬り裂く。
これで残るは本体と右腕、左脚部。そのタイミングでナンナは叫ぶ。
「離れろ、仕掛ける!」
<アルク>は手持ちの武器をすべて捨てる。両肩には、セイフティが解除された対艦用航宙魚雷が鈍く輝いていた。
『ナンナさん、もしかして……』
「ああ、このまま特攻をかけて<アルク>ごと破壊する!」
『カミカゼをやろうって言うんですか!?』
ナンナは考えた。対艦用航宙魚雷は二人を巻き込んでしまうし、そもそも近距離では速度がゆっくりなため<SAURON>には当てられないと。
ならば、当てられるように<アルク>が本体ごと突っ込めばいい。
しかし、その場合<アルク>の中にいるナンナは爆発に呑まれて消える。それは火を見るより明らかだったので、二人は慌てて<アルク>の両腕をロックする。
『早まらないで! まだ手はあるはずでしょう!』
『そうです、ナンナさんが死んじゃったら、沼木くんはどうするんですか! わたしだって嫌です!』
「言っている場合か! 今ここでなんとしてもアレを破壊しないと、もっと多くの犠牲が……」
そんな言い争いをしている間にも、<SAURON>は損傷個所を修復していく。どころか、次はもうないぞとばかりにより厚いに装甲を纏い、赤く輝くカメラアイにサンクトルムの3機を映す。
「見ろ、奴はまもなく修復を終えるぞ! やるには今しかないんだ! たとえ、私が犠牲になったとしても……!」
『それには及ばないわ、カルナバルさん!』
自責の念に駆られて生き急ぐナンナの鼓膜を、黒子の声が揺らす。
モニターの隅に小さく<ルナブレア>の濃紺色が見えた。
「黒子……!」
『アレが問題の新型ね』
<ルナブレア>の右腿のグレネードランチャー、左腿のロケットランチャー、肩部ミサイルランチャー、腰部レールガン、両腕のガトリングガン、アームに持っているEブラスターが同時に火を噴いて<SAURON>に降り注ぐ。
『全部出し切る……!』
弾丸の雨あられにやられて<SAURON>は身動きができないでいる。ずっと攻撃にさらされているため、修復に専念せざるを得ないのだ。
『みんなも見てないで攻撃しなさい!』
「わ、わかった」
3機もそれぞれ射撃武器で攻撃を始める。
そのうち弾丸が尽きて<ルナブレア>の武装が空撃ちし始めるのを確認して、黒子はペダルを踏みこむ。
それと同時に武装を全部パージ、自身はブレーキして武装だけを<SAURON>に飛ばす。
武装が<SAURON>にぶつかり、<アルク>ら3機の攻撃によって残った火薬が誘爆、<SAURON>が爆炎の中に消えていく。
『どうでしょう……』
爆炎が晴れていくとそこには―――赤い瞳を光らせた頭部が残っていた。
「まだ生きている! トドメを……」
焦るナンナの隣で火を噴いた<アリュメット>の腕部Eキャノンが正確無比に赤い瞳を貫く。
死人遣いの名を冠したデシアンは冥王星近海に消えた。
『とりあえず、これで1機は破壊しました』
「……ここまでやってようやく、か」
『まだ脅威は去っていません。他方の援護に行きましょう』
「ああ、わかっている」
<SAURON>は2機残っている上に、他のデシアンもまだまだいる。そのことはわかっているものの一息だけつかせてほしいとナンナは心の底から思った。
<アリュメット>と<アルク>が<ポワンティエ>から武器を受け取る間に黒子は言う。
『<ルナブレア>は武装を使い切ってしまったし、損傷も激しいから<ロート・レーヴェ>に戻るわ。
それに……<プライマル>が本拠地へ向かったそうよ』
「……そうか、ならそちらは任せる」
『了解したわ』
「伝言を頼む。
必ず雪を連れて帰って来いと」
『はい、わたしもナンナさんと同じです!』
『そうですね、我々の総意でしょう。ね、秋人』
『応よ!
全部終わるまで、それ以外にかける言葉はねえ!』
<OFFERING>の対応でこの場にいない秋人含めた全員の意志を受け取って黒子は言う。
『そっちも承ったわ』
<ルナブレア>が戦域から離れていくのを一同は見守ることもなく、次の戦いへ赴いた。
「邪魔だ、どけっ!」
すれ違いざまに次々とデシアンを撃破していく<プライマル>。
目指す場所までもう間もなく。ここに来てソルの太刀筋はより鋭さを増していた。
「スノウ、このまま最短距離を進め! 来る敵は全部俺が倒す!」
「……任せる!」
ソルの言葉通り、ほぼ直進で<プライマル>は本拠地との距離を縮めていく。
当然、それを阻止するべく進路にはデシアンがスクラムを組むように立ちふさがるが、今の<プライマル>には障害にもならなかった。
両手を合わせて、巨大なドリルを腕部装甲が象る。それが高速回転することで土の中を掘削するのと同じくデシアンの壁を貫いていく。
壁を抜けた先には、デシアンの本拠地が目の前に来ていた。
「入口はどこだ……」
「あれじゃないか? あのくぼんでいるところ……少し下に見えないか?」
「わかっている、見えているよ」
以前<ディソード>がたどり着いたのと同じくぼみに足をつける<プライマル>。
「……ついに来たな」
「そうだね……」
「まだ統合軍は所定の位置に着かないようだ。……少し待つか?」
「そんな暇はない」
くぼみから中に入り、胃の中あるいは腸の中のような赤黒い生物的な壁で覆われた通路を進む。
(まるで大蛇に食われたみたいだな……)
ソルの例え通りここが大蛇の体の中であるなら柔毛と表現できる突起物が膨れ上がる。それが弾けて時、そこから<SAURON>が誕生した。
「な、なんだ……!?」
「……デシアンはああやって製造されるのかもね。あるいは、ああやって内部を移動しているとか」
「冷静に言っている場合か! 壁のビラビラが次々膨れ上がっているぞ!」
ソルの叫び通り、次々と柔毛が弾けて<SHROUD>や<COFFIN>、<GRAVE>が出てくる。
「応戦する!」
「……仕方ない」
スノウは恐らく生まれて初めて―――焦燥を感じた。
(僕たちを狙う必要があるのだとしても、もういいだろう。力の差は歴然なんだ、素直に先に行かせてくれてもいいじゃないか)
何もこの本拠地を破壊しようなんて思っていない。そんなのは軍人にやらせておけばいい。自分はただここにいる少女に会いたいだけだというのに、まだ足踏みしないといけないというのはあんまりではないか。
そんな思いが出足を遅れさせる。
「スノウ、何をしている! 敵は来ているんだぞ!」
「っ……!」
一番槍として突っ込んできた<DEARH>のレーザークローが迫る。
しかし、スノウの一瞬の焦燥が<プライマル>に回避させることを許さない。
真っすぐに伸びるレーザーがコックピットを貫こうとした瞬間、
『そうはさせないっ!』
<DEATH>は突然真っ二つになった。ワイヤーにつながった三日月のような刃に真っ二つにされて。
「この武器は……」
「……来てくれたか、黒子!」
<プライマル>はその攻撃が放たれた方を向く。
そこには。
『待たせたわね。<ゲツリンセッカ>をお届けに参ったわ』
赤黒い世界で美しく輝く白いエグザイム―――ギロチンドロッパーを構えた<ゲツリンセッカ>が佇んでいた。
(続く)
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