第137話 死霊術を越えて:最後のイチハツ

 冥王星近海での戦いが続く中、それは突然姿を現した。

<DEATH>に似た見た目をしているが、全体的に丸みを帯びていてわずかに明るい色をしたデシアン。

 最初に目撃した統合軍の軍人は敵機を確認すると、すぐさまEブラスターを構えるや否やフルパワーでそのデシアンの右半身を撃ち抜いた。

 このまま機能が鈍ったところでトドメを刺してやる、と意気込んだ軍人の乗る<オカリナ>がブロードブレードを構えて斬り裂こうと近づいた途端、コックピットを貫かれて機能停止した。

 あまりにも短い時間で起きたその出来事は統合軍の上の方に報告が上がることなく、前線に立つ兵士たちは次々と新たな脅威に直面することになる。

 それは、スノウたちサンクトルムの面々も例外ではなかった。


(<DEARH>の追加、新たに<HEARSE>母艦<OFFERING>イガグリと……この反応はなんだ?)


<アルク>のコックピットでナンナは顔をしかめる。センサーに引っかかった新たな反応は、自身が知るものとそうでないものが混在していたからだ。

 アンノウンは距離的に<プライマル>が一番近い。スノウとソルに尋ねる。


『ヌル、それにスフィア。今送った座標にアンノウンの反応がある。できたら確認してくれないか』

「了解」

「……ん?」


<プライマル>のセンサーもその姿を捉える。

 拡大されてモニターに表示された映像を見た途端、ぞわっとソルの背筋が粟立った。

 そっと二の腕を震える左手で抑える。


(なんだこの嫌な感じは……。上手く言葉にできないが一つ言えるとしたら、あの機体は危険だ)


 急いで伝えねば、そんな思いで通信を入れようとして―――しかし、<プライマル>の後ろからカスタムされたエグザイムが3機ほど飛び出してきた。サンクトルムの学生の専用機だ。

 これにはさしものスノウも大声をあげる。


「危険だ、すぐに退け!」

『棒立ちの今がチャンスだ、新型をやる!』

『ここらのデシアンはとっちめたんだ、こいつをやればしばらく余裕ができる!』


 無差別に放たれた警告は聞き入れられることなく、カスタムエグザイムがそれぞれブロードブレード、アサルトライフル、Eブラスターを構えて攻撃を始める。

 斬撃と銃撃を受けて新型デシアンの右腕部と左脚部が本体から離れてデブリと化す。


『よし、このまま攻め続ければ……。えっ?』


 幾度となくデシアンを倒してきた経験から、このまま機能停止まで攻撃を続ければ撃破できるはずだ、という希望に満ちた明るい声はすぐに呆気にとられたそれに変わった。

 それも仕方のないことだった。なぜなら新型デシアンの切断面から水あめのような不定形の物体が漏れ出たかと思うと、右腕部と左脚部を形作って失った部位を再生させたからだ。

 直後、マリオネットの人形を思わせるガクガクとした不安定な動きを見せる。


「危ないっ!」


<プライマル>は全力で仲間の3機の方へ向かう。しかし、その前に―――新型デシアンの口部から水あめが吹き戻しのように3方向へ飛び出し、直撃する瞬間鋭い刃へ形を変え、カスタムエグザイム3機のコックピットを残酷なほどにまで正確に貫いた。

 等速直線運動で動くコックピットに穴が開いたエグザイムと急いで新型デシアンの方へ向かっていた<プライマル>がすれ違う。


「くっ……、みんな……!」

「ナンナ、聞こえる? アンノウンは新型のデシアンだった」

『やはり、そうだったか。特徴は……』

「水あめ状の物体を攻撃と損傷個所の修復に使う。

 それ以外はわからない。映像は送るから、情報の共有や分析は任せる」

『その口ぶり……その場で戦うんだな?』


 ナンナのその言葉に反応したわけもないだろうが、刃を水あめ状に戻して吸い込むように体内に戻した新型デシアンが再び顔をガタガタと揺らす。


「野放しにしたら被害が増える。だから、ここで破壊する」

『……スフィアもそれでいいんだな』

「俺も同じ気持ちだ。あれは放置していいものじゃない!」

『それならそっちは任せる。……死ぬなよ』

「そのつもりはない」


 これまでは大局的に見て価値があるのであれば、戦って死ぬのは問題ないと思っていた。

 だが、今のスノウはそんなことを考えない。会うべき相手と伝えるべき言葉があるから。


「僕は、死なない」

『わかった、検討を祈る!』


 通信を終え、<プライマル>は新型デシアンと相対する。

 頬を流れる汗をぬぐおうとして、パイロットスーツを着ていることに気が付き慌てて手を戻すソル。


「勇んだはいいものの……どう戦っていくべきか見当がつかないな」

「斬ったら切り口から再生した。だから次は殴ってみよう」

「さっき使った武装だな。やってみる」


<プライマル>の左拳が岩石のようになる。そのまま、フルスロットルで新型デシアンに近づき振り回す。

 横っ腹から殴られひしゃげる新型デシアンのボディ。だが、すぐに水あめ状の物体が損傷個所を包み補修する。


「ダメージの種別に関係なく、すぐに直るのか……」

「問題はあの物体の貯蔵量がいかほどかってことだけど……。むっ」


 新型デシアンの左腕がドロッと水あめに戻り、ノコギリクワガタの顎状の物体を形作る。

 それを見てスノウは反射的に腕を動かした。

 一閃、さっきまで<プライマル>がいた場所を顎状の左腕が斬り裂く。


「た、助かった」

「次、来るよ」


 その言葉通り、新型デシアンが再び動き出す。右腕が溶けて全長ほどまで水あめになる。それが大砲となって砲口が<プライマル>の方を向く。

 当然攻撃を受けるわけにもいかないのでスラスターを吹かし潜り込むように放たれたビームを回避する。

 しかし、次の瞬間にはモニターにカタカタ動く新型デシアンの顔が映っていた。

新型デシアンは両腕ともノコギリクワガタの顎に変えてベアハッグを繰り出す。


「くっ!」


 串刺しになってしまう前にソルは<プライマル>の両腕を頑丈なシールドへ変形させ食い止める。

 それで終わりではない。両脚部を大槍に変えて新型デシアンの顎状の両腕をへし折る。


「手を……」

「休めるつもりはない!」


 シールドから長剣へ。素早く切り替えて三枚おろしにしてやる。

 それでも水あめを切断面からあふれ出させて、新型デシアンはまだ抵抗を続けている。


(なら、消滅させるまでだ!)


<プライマル>の左腕が弧を描くように動くと、蓮の花弁状のエネルギーが三枚出現し放たれ、寸分違わず三枚おろしされたボディにそれぞれ突き刺さる。

 そこから光が広がり、新型デシアンだったそれらを浄化していく。

 光が収まった時には、すでに新型デシアンの姿は認められなかった。


「……終わった、か?」

「多分ね。……でも、アレがたった1機だけとは思えない。まだここ以外の戦域にも出現しているはずだ。ナンナに確認してみよう」


 周囲を警戒しつつ、ナンナへ連絡を取る。


『どうした!』

「こっちは新型デシアンを撃破した。そっちには来てない?」

『……いや、来てない。

 それより、由々しき事態だ。隊列の先頭にいる<シュネラ・レーヴェ>に敵が集まってきている。それによって予定より進軍が遅れているようだ』

「なら、そっちに行くか」

「いいのか、サンクトルムにだって決して余裕があるわけでは……」


 元よりギリギリの人数で戦っている。タスク的にはコップ一杯に水が入れられていて、今にもあふれようになっている状態だ、とソルは考えた。

 何かあればあふれてしまい、大打撃を受けるに違いない。


『ここからはもうどれだけ速やかに戦いを終わらせて犠牲を減らすかの勝負だ。

 予定より進軍が遅れているとは言っても道程の7割ぐらいまでは来た。<シュネラ・レーヴェ>への救援さえできればもうだろう』

「……そうか。

 よし、スノウ! <シュネラ・レーヴェ>を助けに行こう!」

「……了解」


<プライマル>のスラスターから炎が吹き上がる。全速力を出すためのその炎は白い翼となって、次の戦場へ誘う。

<アルク>のセンサーが<プライマル>が<シュネラ・レーヴェ>の援護へ行ったことを確認すると、ナンナは安心したようにふっと息を吐く。


「行ってくれたか。なら、後はこっちか……」


 モニターに映るは先ほど<プライマル>が退け、先ほどまでリアルタイムでデータを受け取っていた、丸みを帯びたデシアン。それも3機。

 ナンナたちサンクトルムの面々は、新型デシアンと相対していた。


『カルナバルさん、嘘をつかない方で助けてもらった方が良かったんじゃ……』

「いいんだ。本当のことを言ったらこっちに来てしまうからな」


 合流した他小隊の女学生の非難めいた言葉を否定する。

 アベールも便乗して言う。


『ええ。スノウの悲願のために僕たちが足を引っ張るわけにはいきませんから』

『どういうこと……?』

「こっちの話だ。

 さて、お喋りはここまで。<プライマル>ですらそう簡単に撃破できなかった新型デシアン……そうだな、いつまでもそう呼ぶのも面倒だから何か名前を付けたいが……」

『では、<SAURON>にしましょうか。体を修復しますし』

「確かにあれは魔法みたいなものだしな……。よし、新型デシアンを仮に<SAURON>と命名、我々で打倒するぞ!」


 本来なら呑気に名前などつけている場合ではない。だが、そうでもして相手を既知の存在だと思い込まないと戦意を保てなかった。だから、誰も文句は言わなかった。

 圧倒的物量で頭を抑え、周りは新型で叩く。戦いの後半になって、統合軍を真綿で首を締めるかのようにデシアンが苦しめる。

 短期決戦で終えるはずだったオペレーション・ソッコクは、ここに来て長期戦の様相を呈していく。



<ロート・レーヴェ>の格納庫内、カホラとメルタは凝視していたモニターに映る『Compleat』の文字を見て叫ぶ。


「やああああっと調整が終わったー!」

「疲れたー!」


 泥沼の戦いに向かう未来を打破するための希望は―――白い輝きを放ち、主と共に戦うその時を待っていた。

                                  (続く)

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