第136話 忌日法要の終わりへ:アイル・ビー・アイビー

 スノウたちはパイロットスーツに着替えて愛機が搬入された格納庫へ赴く。

 搬入が終えれば後は全艦準備でき次第、冥王星近海へワープしてすぐに戦闘が始まることになっている。だから、パイロットたちはすぐにエグザイムに乗り込まねばならなかった。

 そんなわけで急いで<プライマル>の元へスノウとソルが走ると、その前には作業着姿のダイゴが待ちかねていたかのように立っていた。


「お、来たな。準備はバッチリだぜ。……まあ、大事なところは先輩たちがやったんだけどな」

「ありがたいよ。

 カホラ先輩とメルタ先輩は?」


 カホラとメルタは<プライマル>の整備主任のような立場のはずだから、出撃の直前まで立ち会うものとソルは思っていたのだが、あたりに姿が見えない。

 すると、ダイゴは困ったように片眉を上げて言う。


「あー……どこまで話したもんか……。

 ちょっと別のモンいじってる。だから、出撃する時には顔出せないかもな」

「ああ、あれか……」

「あれとは」


 スノウが二人に問うが、曖昧な表情で答える。


「君は気にしなくていい、こっちの話さ」

「俺の口からはこれ以上何も言えねえ」

「……まあ、今は忙しいだろうから、詳しくは聞かないよ」

「心配かもしれねえが、俺が出撃までは面倒みるよ」

「ロンド君なら、信用できる」


 そう言って、スノウはさっさとコックピットに入る。それに続いてソルも。

 コックピット内はシートが上段と下段に分かれており、上にソル、下にスノウが座った。

 それぞれのシートに備え付けのコンソールを操作し、それぞれ起動する。


「システムチェック、オールグリーン。ちゃんと動かせそうだね」

「こっちもOKだ。……よくぞ短期間でこれだけ仕上げてくれたな」


 いくらカホラとメルタが才能にあふれると言えど、驚異的な仕事と言えた。

 それについて、コックピットを覗き込みつつダイゴが解説する。


「装備やシステムやなんやらを戦闘に関するものだけに絞って改修したからだな。

 背中や脚部装甲が一部なくなって結構スマートになったろ? そいつらは地球に昔あった文化財の建築と同じような組み立て方で―――あ、いや、そんな話は興味ないか。

 とにかくそれらはただの装甲じゃなくて、複雑な変形機構を持つ、簡単に言えば十徳ナイフみたいなマルチプルシステムだったらしい。

 それらを排除したことで、戦闘に特化した調整ができたんだと」


 例えば、脚部装甲の一部はスクリューに変形して水中でも機動性や運動性を損なうことに活動ができるようになるといった風に、目的に応じて多様性のある装備に変形する機構だったのだが、カホラはそれら戦闘に寄与しなさそうなものは戦闘中に判断を鈍らせるとして取り外す判断をした。

 取り外した装甲にも戦闘での使用に耐えうる変形パターンがあった可能性もあるが、全部のパターンを見るのは時間がいくらあっても足りないので無視された。

 とはいえ、スノウとソルにとってはそんな背景は今はどうだってよかった。<プライマル>が動き戦える。その状態までできたことに感謝を禁じ得ない。

 とにもかくにも、準備は整った。後は旗艦である<シュネラ・レーヴェ>が動くまで待つのみだ。

 そんな時、友人たちから通信が入って来ているのをスノウは確認した。一人ずつ応対する時間はさすがになさそうなので、グループでの通信に切り替えて尋ねる。


「どうしたの、みんな」

『いつもと違う機体だから、調子はどうかと思ってな』

『まだ調整が済んでないかもしれないから、もう少し待ちましょうと僕は言いましたがね……』

「もう終わってる。先輩たちとダイゴ君が完璧に仕上げてくれた」

『それなら、後は雪の元へ行くだけだな』

『ナンナ……』


 決意を込めて、ナンナは言う。


『小隊長として言わせてもらう。

 私たちはヌルとスフィアの二人を全力でサポートする。君たちがいない間、私たち全員で決めたことだ』

『わたしではあまり役に立てないかもしれませんが……』

『貴方の邪魔をするものは全部破壊するわ、ソル。だから安心して背中は任せて』

「ああ、任せる。スノウも、ガンナーは俺に任せてくれ」

「……ありがとう、みんな」


 それぞれの応援の言葉を受けて、スノウは素直に頭を下げた。



 旗艦<シュネラ・レーヴェ>を中心とし、多数の<ロート・レーヴェ>が横1列に並ぶ。


「定刻だな。オペレーション・ソッコクを始動せよ!」

「はっ」


 先頭に並ぶ戦艦の主砲が正面、そこにはただ宇宙空間が広がるだけの場所に向けられ、オペレーション・セブンスクエアの時もそうしたように、一斉に主砲を発射して冥王星近海までの道を強引に切り拓き、各艦が飛び込んでいく。


「まもなく、冥王星近海に到着します!」


 ブリッジのレーダー員がそう告げるや否や、艦隊はねじれた空間から宇宙空間へ。

 空間のねじれの終わり、かつて太陽系の最果てであったその場所には、数か月前と変わらず赤黒い球体―――デシアンの本拠地が佇んでいた。

 ノヴァ・オーシャン元帥は叫ぶ。


「全艦に通達、事前の説明通りにフォーメーションを取れ!」

「はっ」


 統合軍の艦隊はオーシャン元帥の指示通りに先端を<シュネラ・レーヴェ>にしたVの字の編隊を取る。そのまま矢のようにデシアンの本拠地へ前進をかける。

 オペレーション・ソッコクの戦法は平たく言えば、短期決戦だ。そのため、艦隊を一番攻撃的なフォーメーションにして、どれだけの犠牲が出ようとも本拠地を破壊する考えだ。

 本拠地させ落とせば、ここで統合軍が文字通り全滅しようと後は地球に残してきた民間の戦力でも守り切れると判断したのだ。

 乾坤一擲。ホロンが詳細を知っていればそう言ったであろう、一大攻勢を『声』は感知した。


『来た』

「……統合軍が?」

『肯定。前回よりも早くかつ速く攻勢に打って出てきている。

 デシアンを出し、速やかに殲滅する』

「あたしは……」

『前回のそちらのように、別動隊がこちらに攻め入る可能性を考慮。別命あるまで機体内で待機せよ』

「……わかった」


 雪はヘルメットをかぶり、<ディソード・シェオル>―――以前<ゲツリンセッカ>との戦いで損傷した箇所が修復された<ディソード>に乗る。

 黄金色のカメラアイは灯らず、ただ待ち続ける。




 赤黒い怪球から蜂の巣をつついたようにやってくるデシアンの反応をキャッチし、全艦の艦載機エグザイムの出撃命令が下る。

 サンクトルム所属の<ロート・レーヴェ>もそれは例外ではなく、出撃して速やかに艦の直掩につくよう一斉に指示がなされた。


「ついにこの時が来たな……」

「……訓練通りにやれば大丈夫」

「ああ、わかっている。

 先人が遺し、学長が守り、先輩方が整えたこのエグザイム、後は俺たちが使いこなすだけだ!」

「気負わなくていい。僕もいる」

「ありがとう。

 ソル・スフィア、スノウ・ヌルは<プライマル>で出るぞ!」


 赤褐色の巨人が勢いよくカタパルトから飛び出す。原初に込められた祈りを果たすために。

 <ロート・レーヴェ>を叩くべく<GRAVE>や<COFFIN>の軍勢が迫るのをセンサーで確認したソルは、先行してきてセンサーに割り振られた敵機の番号を読み上げる。


「1、3、4、2の順番で攻撃を仕掛ける!」

「了解」


 スノウがスロットルを全開にすると、<プライマル>は全身からまるで吠えているかのような唸り声をあげ、稲妻のような勢いでナンバー1を振られた<GRAVE>まで迫る。

 すれ違う一瞬、その時に<プライマル>の手甲から伸びる鋭利な刃が<GRAVE>を一刀両断する。


「まずひとつ!」


 ソルがそう言った時には、すでにナンバー3の<COFFIN>を射程圏内に捉えていた。

 脚部装甲が変形モーフィングし、エグザイムの1/3ほどのサイズの手のひらを形作る。それが勢いよく射出され、<COFFIN>を掴む。

 手のひらと脚部は電気性のワイヤーでつながっており、力強く<COFFIN>を引き寄せた。

 身動きの取れなくなった<COFFIN>は左拳を岩石のように変形させた<プライマル>に思い切り殴られ、頭部がプレス機を通ったかのようにぺしゃんこになる。

 最後、巨大な手のひらに握りつぶされてナンバー3の<COFFIN>は爆散した。


「二つ!」

「更にこちらへ来る機体が……50は越えているね」

「わかってはいたが、骨が折れるな……」

「大した数じゃないよ」

「君が言うと説得力がある」


 遠征の時はこれ以上の数をスノウは常に相手にしていたのだ、それを踏まえれば確かに大した数ではないようにソルには思えた。

 とはいえ、1機ずつ倒していくのでは時間がかかりすぎるし、骨が折れるのも事実。


「ど真ん中に突っ込んでくれ! 一網打尽にする!」

「了解」


 フットペダルとグリップを器用に操り、<プライマル>は迫るデシアンの軍勢に突っ込む。

 フレンドファイヤを厭わないビーム攻撃の雨あられが<プライマル>を襲うが、スノウは攻撃をかすめる程度でしのいでいく。

 ちょうど周囲にいるどのデシアンからもだいたい一定の距離、すなわち中心になったところで、<プライマル>は草原に寝そべるかの様に腕も脚も広げる。

 すると、腕や脚の動きに呼応し、蓮の花弁のような形のエネルギーが<プライマル>の周囲を囲う。


「今だっ!」


 放射線状に炸裂したエネルギーに触れるデシアンが、次々と『浄化』されていく。

 高出力高濃度のエネルギーが瞬時にデシアンを蒸発させているのだが、死者デシアンが光に呑まれて消えていく様はそう表現せざるを得なかった。

 10秒もかからず、周りにいた50機ものデシアンが跡形もなく浄化された。


「よし……」

「まだ来るよ。次の攻撃を準備して」

「ああ……。とはいえ、さすがに今のは連発できないみたいだ」


 コンソールに「30.00」と表示されているのがソルには見えた。

 次々やってくる敵に対して、どう対処するかと脳をフル回転させていると、友人たちの声が耳朶を打つ。


『雑魚は任せろって』

『もっと周りを頼っていいんですから』


<ヘクトール>と<アリュメット>が近づくデシアンの機体を破壊していく。


『私たちが全力でサポートするって言ったろ?』


 後方からの弾幕がデシアンの軍勢をけん制する。いずれも、友人らの機体から発せられた攻撃だ。

 その隙に、<プライマル>は一旦ラインを下げる。


「みんな、助かった!」

『今のうちに補給します!』

『ソル、それにカルナバルさん。今は?』

「まだだ! もう少し全体的に前進してからにしたい」

『私も同意見だ。今からでは消耗が激しい』

『わかったわ』


 黒子とソル、ナンナが何やら相談をしている。その間も敵への攻撃は欠かさない。

 全体的に前進というのは、統合軍の艦隊がもう少しデシアンの本拠地に近づいたことを指すのは、スノウにも理解できる。


(まだ早いとは。何か秘策でもあるのかな)


 尋ねようと思ったが、その瞬間に佳那から<プライマル>へのエネルギー供給が終わった旨の報告をもらったため、その機会は失われた。


『艦隊が沈められないように、とにかく目についたデシアンは叩く。私の指示に従ってくれ』

「了解」


<プライマル>を含むこの場のエグザイムは、ナンナの指示通り動き始めた。



 冥王星近海での戦闘が開始してから30分経過し、オペレーション・ソッコクは着実に進んでいった。出現位置からデシアンの本拠地を射程に捉えるまでの道程の半分まで迫り、戦いは激しさを増していく。


『想定よりも抵抗が強い。こちらの投入戦力を増強する』


『声』がそう判断すると、モノリスから次々とデシアンが姿を現し、外へ向けて飛び出していく。その光景は、SF映画のエイリアンが卵から生まれる場面のようだ。


(……まだ戦闘は続きそうだね。スノウ……みんな……死なないで……)


 それを<ディソード・シェオル>の中で見ていた雪は必死に祈った。

 立場上、敵対者である自分がそんなことを祈るのは虫が良い話だということを知りながら。

                                  (続く)

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