第135話 緞帳が開くまで:三間シオン

 スノウがサンクトルムに戻って来て二日経った。次の朝が来たら出発になるというその日も夜遅くまで訓練して寮の自室まで戻ってくると、部屋の扉の前に人影が二つあった。


「誰だ」


 冷たい声でけん制すると、人影が驚いたように動いたのがわかった。

 場合によってはこのまま徒手空拳で戦う必要がある、と構えるが声を聞いてすぐに警戒を解く。


「僕ですよ、スノウ」

「……アベールってことは、そっちは秋人か」

「大当たり」


 秋人の声も聞こえて、スノウは安心する。

 しかし、もう日付も変わろうとしているこの時間に一体なぜ二人がここにいるのだろうか。


「こんな時間にどうかしたの」

「カホラ先輩から近況を聞いたんだよ。で、出発前に一度会っておきたいと思ったんだが……」

「お疲れでしたら、すぐに去ります」


 スノウは首を横に振る。


「会話ぐらいなんてことない。中に入って」


 二人を招き入れて、コップを三つとウーロン茶の2Lペットボトルをテーブルに置く。


「大したもてなしもできないけど」

「突然ですからね、それもさもありなんでしょう」

「まあ突然じゃなくったって、もてなしって感じじゃないしな」


 軽口をたたき合って三人はウーロン茶を飲む。


「ああ、そうだ。そう言えば来年度から操縦科はカリキュラムが大幅に変わるらしいぜ」


 やおら秋人がたわいのない話を話すと、今度はアベールが身近にあったことを語りだし、続いてスノウがアメツチであったことを話す。

 そんな風に取り留めのない、ありふれた友人同士の雑談を重ねる。日付をまたぎ、ペットボトルは三本目だ。

 アベールのハイスクール時代の友人が結婚した話が終わった後、彼は時計を見る。


「おや、もうこんな時間ですか。そろそろお暇しますか」

「まだいてもいいけど」

「いえ、明日は大事な日ですし、秋人が寝坊しないとも限りません。お開きにしましょう」

「そうだなー。目覚まし三つぐらいセットしねえと」


 笑いがスノウの部屋を満たす。

 こんな楽しい時間は久々だ。そうスノウが思っていると、


「―――なあ、最後に一つだけ聞かせてくれ。

 お前、答えは見つけられたのか?」


 水を打ったように静まり返る。

 それは聞くべきことじゃないでしょうとアベールが非難がましく秋人を見るが、秋人はスノウから視線をそらさない。


「答えない限り俺は帰らねえぞ」

「スノウ、取り合わなくていいですからね。必要なら僕が連れて帰りますから」


 気を利かせたアベールの言葉にスノウは首を横に振る。


「いいよ、隠すようなことでもない」

「しかし……」

「それに、言っておきたいんだ。そういうことが大事だってわかったから」


 アベールが心配そうに、秋人が睨むようにスノウを見る中、彼は言う。


「答えは、見つかった。雪ちゃんがどう思ってデシアンについたのか、そんな雪ちゃんとどう生きたいか、今なら言葉にして伝えられると思う」

「……そっか」


 秋人はゆっくりと立ち上がる。


「それが聞けりゃ安心して眠れるってもんだ。帰ろうぜ、アベール」

「ふう、勝手ですね」


 呆れたようにそうは言いつつも、素直に秋人に続く。


「長々とお邪魔してしまってすみません。

 また明日……いや、今日ですね。良い夢を」

「遅刻すんじゃねーぞ。ってそれは俺のことか」

「うん」


 秋人とアベールはスノウの部屋から出て、それぞれの部屋に戻って行く。

 そう、朝が来たら全て始まるのだ。あるいは終わりかもしれないが、とにかく万全の状態で立ち向かいたい。

 スノウは手早くシャワーを浴びて、すぐに床につく。目を閉じるとすぐに意識は深く沈んでいった。



 デシアンの本拠地内、<ディソード>が鎮座するモノリスの間にて、『声』が言う。


『―――まもなく、動く』

「……何が?」


 うんざりとした様子の雪が聞き返すと、うんざりするぐらい聞いた、あまりにも無機質な声が答える。


『統合軍。こちらの想定よりも早く戦力を束ねている。

 以前のように、こちらへ攻め込んでくる可能性が高い』

「あんなに被害があったのに……」

『完全ではないが、こちらも戦力の補充はしている。

 あちらが攻め込んできた場合、そちらにも出撃してもらう』

「……わかってる!」


 わかっている、自分が選んだ道は戦士たちの血で舗装するしかないのだと。

 苛ついたように言い返すも、雪の手は震える。


「しばらく戦いを起こそうなんて考えられないぐらい、痛めつければいいんでしょ……!」

『肯定。恐れ、慄き、畏まることで生命体は進歩する。恐れに打ち勝つために。

 こちらは、そちらにその役割を望む』


 無機質な声を振り切るように、大股で歩いて<ディソード>に乗り込む雪。


(戦いが起きたら、絶対にスノウは来る。

 今度こそ……わかってもらう。だから、負けたりしない)


 愛する人のために、愛する人と戦う。その矛盾を感じながらも、雪は静かに闘志を燃やした。



 オペレーション・ソッコクに参加する学生たちは、ゲポラが手配した宇宙船に乗って統合軍の集合場所へと向かった。

 それから<シュネラ・レーヴェ>の同型艦である<ロート・レーヴェ>に乗り換えて、オペレーション・セブンスクエアでもやったように、全戦力でワープし一気に冥王星近海まで行くのだ。

 戦艦に乗ってしまうと連絡を取ることは難しいだろうと思って、スノウは宇宙船の中、ラウンジでホロンに連絡を取っていた。


『つーことは、これから出てしばらく連絡が取れなくなるんだな?』

「そうなります」

『わかった。こっちは俺たちに任せて暴れてこい』


 今回、ホロンたちアメツチはオペレーション・ソッコクには参加しない。

 統合軍が冥王星近海へ出る都合、地球圏の防衛が手薄になる。それを補填するのがアメツチをはじめとした戦力を持った民間組織だ。デシアンが襲撃してきた際、彼らが防衛を担当するよう統合軍と取極めが交わされたのだ。


『全部上手くいくことを祈っているぜ。

 レンヌ、ヌルに言っておきたいことあるか?』

『じゃあ一つだけ~。あんまり考え込まないでどーんと行きな』

「ありがとうございます。行ってきます」


 通信を切ると宇宙船内にアナウンスが響く。もう間もなく集合場所である宇宙ステーションに着くようだ。

 ラウンジから座席に戻ってくると、隣に座るソルが怪訝な顔をしている。


「もう着くというのに、何しに行っていたんだ?」

「アメツチでお世話になっている人たちに連絡」

「ああ……それは大事だな」

「君はご両親には連絡しないの」

「しない。必ず生きて帰って、それから勝利の報告をする。だから、する必要がない」

「心強いね」


 表情こそほとんど変わらないが、皮肉でも何でもなく素直に称賛した。

 このように、スノウは極力ソルとコミュニケーションをとるようにしていた。

 三日間の訓練で、二人乗りの<プライマル>である程度の戦闘機動はこなせるようになった。だが、それはスノウとソルが満足できるレベルではない。個々の実力はあれど、二人がそれぞれの実力と調和できていないのだ。

 だから、呼吸を合わせられるようわずかでも、悪あがきだと言われても、会話を交わして歩み寄ろうという考えであった。

 宇宙船がステーションに停泊する。


「スノウ、降りるぞ」

「うん」


 宇宙船から<ロート・レーヴェ>にエグザイムを移す間、スノウたちサンクトルムの学生は艦内のブリーフィングルームにて作戦の説明を受ける。

 今回のオペレーション・ソッコクの最終攻撃目標はデシアンの本拠地。それを下せば新たなデシアンは生まれない、人類の勝利となる。

 オペレーション・セブンスクエアでは、サンクトルムの学生たちは統合軍の指揮下で戦っていた。今回も組織図で言えば統合軍の内になるが、指揮系統は独立して存在し、ある程度自由に動けるのだと言う。


「とはいえ、我々の最終目的もデシアンの本拠地を落とすことだ。基本的には統合軍の動きに倣うことになるだろう。

 今回の戦いはこれまで以上に厳しく辛いものになるだろう。だが各人が実力を最大限に発揮できれば必ず成功できると信じている。全員で生きて帰ろう、以上だ」


 青葉梟教授がそう締めくくり、スクリーンから作戦概要を映したスライドが消え、照明が明るくなる。


「これでブリーフィングは終了となるが、スノウ・ヌルとソル・スフィアは残ってくれ。他の者は退室して構わん」

「お前らなんかやったのか?」

「何も」

「しているわけないだろう」


 からかい半分でスノウとソルに尋ねた秋人はアベールとナンナから頭を軽く叩かれ、そのまま二人に引きずられて退室していった。

 他の友人らに先に外に出ているよう手で示して、スノウとソルはスクリーンの傍に立つ青葉梟教授の元へ。

 他の学生たちがいなくなってから、青葉梟教授は口を開く。


「すまない、呼びつけるような真似をして」

「いえ」

「それで、俺たちにどういった話を……」

「ああいや、大した話ではない」


 身構えるな、と手をヒラヒラ振る。


「さっき俺は、サンクトルムは統合軍の動きに倣って行動すると言ったが、君たちは例外だ。君たちの良心が赴くままに戦ってくれ。それだけを伝えようと思ってな」

「それはありがたいですが、なぜ僕たちにだけそんな好待遇を?」

「学長たっての指示だ。君たちに自由にやらせろ、と。

 それにあの<プライマル>のことは詳しくは知らないが、強力なエグザイムだと聞いている。そんなエグザイムなら俺の指示でこじんまりと戦わせるより遊撃手になってもらった方が有効と判断した」

「わかりました。自由にやらせてもらいます」

「しかし青葉梟教授、必要であればいつでも指示をください。みんなで生きて帰るためならどんな指示でも聞きますから」

「心強いな。そういう時が来たら遠慮なく頼らせてもらう。

 話は以上だ、もう行っていい」

「はい。失礼します」


 頭を下げて回れ右する二人の遠のく背中を見て、青葉梟教授はフッと笑う。


(スノウ・ヌルは元々他の学生と異なる雰囲気だったが、それに加えて人間として大きくなった。

 ソル・スフィアは入学当初はまだ頼りない様子だった。今はどうだ、大器に中身が伴うようになったな。

 あの二人なら、この戦いを勝利に導いてくれるやもしれんな……)


 ブリーフィングルームからスノウとソルが出ると、通路の壁に寄りかかる様にある人物が立っていた。それは二人が見知った人物だった。


「……シミラ・ミラさんじゃないか。どうしたんだい、こんなところで?」

「えっとー、ちょっとねー」


 それは後期の初めに不慮の事故で<シュネラ・レーヴェ>での遠征をした時に、ソルや黒子たちとブリッジで苦楽を共にしたシミラ・ミラであった。

 照れたようにはにかみ言葉を濁す彼女がソルを一度も見ずスノウをちらりと見たことで、自分が目当てではないと気が付いたソルは、肘でスノウを突っつく。


「君に用事みたいだぞ」

「やはり僕なのか」

「どう見てもそうだ。俺が席をはずそうか」


 そう言われては自覚がなくとも判断しないといけない。

 顎に手を置いてどう言うべきか少し考え、ようやく言葉を口にする。


「……そうだね。君は先に行っていてくれないか」

「了解。出撃までまだ時間があるようだから、ゆっくりしてくれ」

「ありがとう」

「ミラさん、俺はいなくなるから後は好きにしてくれ」


 ソルはシミラに優しくそう言って二人に背中を向けた。

 その背中が小さくなってから、スノウは口火を切る。


「……用件はアレかな」

「……えっとー、たぶん」


 二人の間に微妙な空気が流れる。


「一応聞くけど、どういった用件?」

「そのー、学祭の時のー……」

(やはり、か)


 学祭の準備期間中、スノウはシミラに告白されたことがある。

 その返事は保留していたのだが、オペレーション・セブンスクエアでスノウがサンクトルムから去り、アメツチにいたことから結果的に延び延びになってしまっていた。

 その後、スノウが生きていてサンクトルムにいることを人伝に聞いて機会をうかがっていたのだが、結局会うことができたのが今日この時であった。


「あの時の返事……聞かせてほしいなーって……」


 不安そうに、時々視線をスノウからそらすシミラ。その弱々しい、ある種可哀そうな姿を見れば、慎重に言葉を選び、極力傷つけないように言うべきなのだろう。

 だが、答えが決まっている以上、スノウがかけてやれる言葉は一つだけだ。


「返事が遅くなったことは、申し訳ないことだと思う。

 だけど、僕が君を恋愛対象として見ることはない。だから、お付き合いはできない」

「…………」


 うつむいて肩を震わせるシミラ。

 その姿を見ることなく、スノウは背を向けた。


「話は済んだのか?」


 通路を真っすぐ進んで、突き当りを曲がったところでソルは腕を組んで通路に背中を預けていた。


「まあね」

「なんの用だったか……聞いても大丈夫なやつか?」

「……彼女も決着をつけたかったんだと思う。僕と同じように」

「……会話になってないが、まあいい」


 ソルは肩をすくめて、スノウの隣を歩き始めた。




 一つの決着がついた。これから起きることに比べればあまりにも些末で、歴史の教科書には乗らないであろう出来事だ。

 しかし、その歴史に刻まれる戦いの裏に、いくつもの些末な出来事や想いがあることを忘れてはいけない。なぜなら、スノウはそれを起こしにいくからだ。

<ロート・レーヴェ>に全てのエグザイムが搬入される。もちろん、原始の名を冠する赤褐色のエグザイムも。

 役者はそろった。歴史に刻まれる戦いオペレーション・ソッコクとその裏に隠された物語が動き出す。

                                  (続く)

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