打倒ローマのやり直し ~ハンニバルは過去に戻り再び立ち上がる~

うみ

あの日の誓いを忘れはせぬ ローマよ!

 絶望のうちに毒杯をあおったハンニバルは気がつくと父の前に立っていた。

 この光景を彼は鮮明に覚えている。病床に伏す父は今際の際にこう言うのだ。


――ハンニバルよ。ローマを滅ぼせ!


 と。


 夢見心地で彼は今にも命の灯火が消えそうな父の手を握り、しかと見つめる。


「ハンニバルよ。ローマを、我らが宿敵ローマを必ずや」


「はい。父上。必ずや」


――滅ぼさん!


 その言葉を最期に父は永眠する。最後の夢がローマを滅ぼす決意を父と誓う夢とはな。

 ハンニバルは自嘲し、父の遺骸のそばで眠る。


 しかし、目が覚める。

 彼は朝を迎えてしまったのだ!

 父の遺骸の横で。


 私はローマに敗れ、カルタゴを脱出し他国へと逃げるがついにローマに追いつかれ……毒杯をあおって死んだはずなのだ。

 若かりし頃の父の夢は死ぬ間際に見せた泡沫の夢ではなかったのか? ハンニバルは父の遺骸を見つめながら、この不可解な現象に考えを巡らせる。


 しかし、彼は答えを出すことができなかった。

 

 彼は父の手をギュッと握り誓う。


「例えこれが泡沫の夢だとしても、私は再びローマへ挑もう。必ずやローマを滅ぼす!」


 ハンニバルは父の顔をしかと見つめ――


――誓う。

――父に、弟に、バルカ家に、カルタゴの神バールに!


 彼は父の遺体を埋葬すると、ローマをどうすれば滅ぼせるのか思案に暮れる。

 

 ハンニバルの国カルタゴは、先日のポエニ戦争でローマに敗れシチリアを失った。当時カルタゴはローマより遥かに大きい国力を持っていたのだ。先ほど死したハンニバルの父もポエニ戦争で辣腕らつわんを振るい一時はローマを圧倒した。

 何故、ポエニ戦争で敗れたのか? それはローマの結束が固かったのだと今ならハンニバルは分かる。

 

 海軍力を持たなかったローマはポエニ戦争でカルタゴを圧倒する海軍力を保持し、カルタゴ海軍を打ち破った。カルタゴ本国もローマに攻め込まれるが、辛うじてカルタゴは本土防衛には成功した。

 その結果、カルタゴ元老院は日和見を見せローマと講和してしまう。屈辱の講和をだ……カルタゴ元老院のまとまりの無さも敗因の一つだろう。

 

 その後、ローマはカルタゴより優勢となり地中海の制海権を持つに至った。あの戦いで、ポエニ戦争で徹底抗戦をすべきだったのだ! しかしこれは今だから言える事。

 

 では、ハンニバルが前世? そう前世で戦い再び挑もうとしているローマはどうか?

 ハンニバルはポエニ戦争の復讐を誓った。そしてローマに挑んだ。海から攻め込むことは不可能。ならば陸からだ! ハンニバルはアルプスを越えてローマ本国へ攻め込むことに成功したのだった。

 思わぬところから出現したカルタゴ軍へローマは面食らったが、すぐに軍団をハンニバル率いるカルタゴ軍へ派遣する。

 

 しかし、ハンニバルは巧な戦術を用いてローマ軍を幾度も打ち破る。壊滅的なダメージを受けたローマ軍を見て取ったローマの市民は、ハンニバルの離間工作を全く受け付けずさらに結束を固める。

 市民が味方につかず、孤立無援の中、カルタゴからの支援も受けることができなかったハンニバルはそれでもローマ軍に負けなかった。

 

 ハンニバルに勝てないと悟ったローマはカルタゴ本国を攻め、ハンニバルをローマ本土から立ち去らせることに成功した。カルタゴ元老院はハンニバルに勝つことが皆無な戦いへ挑むよう強要し、そして彼は敗れた。

 

 昔日の戦いの様子を思い出すハンニバルは、いくら戦いを振り返っても彼自身が行った戦略以上の手段を思いつくことができなかった。彼は悟る。

 あの時の自分は最良の戦略をとったのだ……と。

 

――何をしても勝てない……


 彼は思案にふければふけるほど、絶望的な結果を叩きつけられ酒をあおった。

 

――ローマの結束

――ローマの海軍力

――カルタゴ元老院の日和見


 敗因は他にいくつもある。どうすれば……どうすればローマに、ローマを滅ぼすことができるのだ!


「ハンニバル様、またお悩みですか?」


 自室でずっと悩みにふけるハンニバルを憂慮ゆうりょした剣の達人マハルバルが、軽食を手に持ちハンニバルを訪ねて来る。

 マハルバルはハンニバルの前世の戦いでも活躍した戦士で、剣の腕だけでなく兵を率いても高い能力を示した。彼は低い身分の出身であったが、ハンニバルが見出し、自身の右腕となるまで育て上げた人物であった。

 出自の事情もありマハルバルのハンニバルへ対する信頼度は群を抜いて高い。事実、彼の前世でマハルバルは彼を守って戦死している。

 

「マハルバル。考えても考えてもローマに勝つ手が思い浮かばぬ」


「ハンニバル様。思い浮かばぬのならばそれでいいのではありませんか?」


 マハルバルは長髪をなびかせ、ハンニバルに静かに語りかける。彼だとて、ハンニバルの打倒ローマの誓いを知らぬわけではない。

 しかし、敬愛し優れた資質を持つ主君が思い浮かばぬのだ。他の誰にも打倒ローマの道を見つけることは叶わないだろうとマハルバルはハンニバルに語る。

 

「……マハルバル! そうか。そうだったのか!」


 ハンニバルは何かを思いついたようで、顔に喜色を浮かべ立ち上がる。

 そうだ。そうだったのだ。マハルバル。彼は心の中で呟き、グッと拳を握りしめる。

 

 ローマとカルタゴの国力は時が立てばたつほど開いていく。しかし、そんなことはハンニバルにとって些細な事でしかない。兵力差? そんなもの前世で何度もひっくり返し勝利を重ねた。

 むしろバルカ家が経営するスペインをさらに発展させることで、自身の兵力はローマの国力増加以上に増す。

 

 時間だ。そう時間を伸ばせばよかったのだ。彼は前世で毒杯を煽るまで自身が健康だったことを思い出す。十年戦争を遅らせたところで、自身に何ら問題はない。


「……十年だ。マハルバル。十年戦争開始を遅らせる」


「思い浮かばれたのですね。ハンニバル様」


「ああ。お前のお陰でな。カルタゴ元老院を十年以内に牛耳ろう」


「王になられるのですか? ハンニバル様!」


 マハルバルは敬愛する主君がカルタゴの王を目指すと思い、笑顔を浮かべるが、ハンニバルはそうではないとすぐに否定する。

 

「王になる気はないのだよ。マハルバル。あの憎きローマもカルタゴも王を憎み、王を立てずに元老院が政治を取り仕切って来た。王を立てることはカルタゴを混乱に陥れるだろう」


浅慮せんりょ申し訳ありません!」


「良いのだマハルバル。我が家……バルカ家の全てを使い元老院を支配する。私はスペインを離れカルタゴ本国へ向かうことになるだろう」


「了解いたしました!」


「スペインの経営は我が弟マーゴに任せよう。軍はお前が取り仕切り、訓練を行え」


 こうしてハンニバルはスペインを立ち、カルタゴ本国へ向かう。

 打倒ローマへの道は開いた。ハンニバルの戦いはこの日から再び始まる。

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