八眷伝外伝─始まりの物語─

コタツダイスキ

─始まりの物語─

 時を遡ること遥か昔。


「舞姫様、もう少しで安全な隠れ家にたどり着きます。今しばらくのご辛抱を。」

「竜之慎、私はもうよい。せめてお主だけでも無事に逃げるのです。」


 お屋敷を賊たちの襲撃を受けた竜之慎は、主の娘である舞姫を連れて逃げ出してきたところであった。

「何を言っているのです。この竜之慎、たとえこの身に代えても姫様をお守り致します。でなければ御館様にも顔向けができません。」

 竜之慎は、舞姫の父親から無事に逃がすように言付かっていた。


「姫様、失礼します。」

 竜之慎はそう言うと、疲労で動けなくなった舞姫を抱き抱えると再び走り出した。


 それから、しばらく進んだところで竜之慎は周囲に人の気配を感知すると舞姫を下ろして二本の刀を抜き放った。

「竜之慎・・・。」

「大丈夫です、舞姫様。必ずお守り致します。」

 舞姫の不安な気持ちを吹き飛ばすように、竜之慎はそう告げた。


「へっへっへっ! 漸く追い付いたぜ。」

「おっ、こりゃかなりのべっぴんじゃねぇか。」

「俺たちついてるな。こりゃ高く売れそうだぜ。」


 十人以上からなる盗賊の集団に囲まれてしまった竜之慎。

「無礼者どもが。此方に居られるかたをどなたと思っている。」

 竜之慎は、周囲を牽制するように立ち回るとそう叫んだ。


「はっ、強がるのもそこまでにしときな。一人でなにができるものか。」

 一人の男が舞姫へと近づく。


 ザシュ!

「ぐわあああ、いてぇよぉー!」

 竜之慎に斬られた男は、血を吹き出しながらのたうち回っていた。


「野郎!」

「やっちまえ!」

 竜之慎に飛び掛かる複数の男たち。

 竜之慎は必死に抵抗するも多勢に無勢、次第に体のあちこちを斬られ瀕死の重症に陥る。


「竜之慎! もうよい。これ以上は死んでしまう。お願いします、抵抗はしませんからどうか彼だけは助けてください。」

 舞姫は盗賊たちに頭をついて懇願をする。


「ひ・・め・さ・・ま。」

(頼む、誰でもいい。どうか姫様を救ってくれ! その為ならばこの身はどうなっても構わない!)

 竜之慎が、そう朦朧とした意識のなかで強く願った瞬間、竜之慎の体をまばゆい光が包み込む。


「竜之慎!」

「なんだこれは?」

「おい、どうなってやがる!」


 舞姫と盗賊たちが混乱するなかで、竜之慎は意識を失っていった。



 しばらくして、目を覚ました竜之慎は自分が見慣れぬ石造りの建物の中に居ることに気が付いた。

「舞姫様!」

 竜之慎は、すぐさま先程までの状況を思い出すと舞姫を探すために周囲を見渡す。

 しかし、そこには誰もいなかった。そして、不思議なことに自身の傷も跡形もなく無くなっていた。


「どうなっているんだ、一体ここはどこなんだ?」

 竜之慎が思わず呟くと、強力な光が再び現れ気が付くと人間とは思えないほどの美貌を持つ女性が竜之慎の前に立っていた。


「突然お呼び立てして申し訳ありません、竜之慎さん。混乱されているのは承知しておりますが、どうか私の願いを聞いてはもらえませんか?」

「あなたは一体?」

 竜之慎は女性に見とれながらも、なんとかその言葉だけを返した。


「私の名はメーナス。この世界で神を務めております。この世界はあなたが元いた世界とは別のところにあります。」

「舞姫様はどうなったのですか? 無事なのですか?」

 竜之慎にとっては世界の事などどうでもよかった。


「今はまだと言うべきでしょうか。此方と彼方では時間という概念が異なっています。向こうに転送する際に、先程まで貴方が居た時間ときと変わらないところに戻すことも可能です。ですので、無事というには語弊はありますが今のところは大丈夫です。」

 竜之慎はとりあえず一安心した。


「それで、貴方にはお願いしたいことがあります。もし、聞いていただけるならば貴方の姫を助けることの出来る力を授けましょう。」

「それならば是非もなく。姫を助けるためならば何でも致しましょう。」

 メーナスの願いを聞き届けることにした竜之慎。


 そして、メーナスからこの世界の状況を説明される。

 この世界は今滅亡寸前であった。魔王とその配下によって、人間たちは絶滅しかけており、世界は魔物たちで溢れかえっているらしかった。


「しかし、私にはとても世界を救えるほどの力はありません。」

 竜之慎はメーナスに告げた。

「ご心配には及びません。貴方の居た世界は、この世界より上位の世界。その存在力の差により、この世界では多くの力を発揮することができます。それと、貴方の武器を貸していただけますか?」


 メーナスに言われた竜之慎は、腰から二本の刀を抜くとメーナスへと渡した。

 メーナスが力を込めていくと、刀は神々しい光に包まれて光が収まると先程とは比べ物にならない存在感を示していた。


「私の加護を授けました。その刀は魔物を退治するごとに成長を遂げ、必ずや魔王を倒す助けとなりましょう。」

「わかりました。姫様を助けるためならば必ずや成し遂げて見せます。」

 竜之慎はそう言うと、『暁』と『月光』を手に旅立っていく。


 そして、竜之慎は様々な冒険を繰り広げていった。強大な魔物や魔族と戦い、村を町を国を救っていった。

 その名声は、次第に高まっていき信頼の出来る仲間たちも集まってきた。


 時に笑い涙し、悲しい別れも幾度となく経験することになる。

 そして多くの犠牲を払い、遂に竜之慎たちは魔王のいる城までたどり着いた。

 魔王城の周囲には、総勢五十名を超える強力な仲間たちや冒険者が集っていた。


「漸くここまで来ることができた。これでメーナス殿との約束を果たすことが出来る。待っていてください、舞姫様。」

 竜之慎は、『暁』と『月光』を握りしめると力強い目で魔王城を睨み付けていた。


「そう気負いすぎるな。本番までに体力がもたなくなるぞ。」

「そうよ、竜之慎。今は目の前のことに集中しないと、これまでの相手とは訳が違うのだから。」

 仲間たちの忠告に深呼吸をする竜之慎。


「すまなかった。もう大丈夫だ。よしみんな決着をつけにいくぞ!」

 竜之慎たちは魔王城へと駆け出す。


「そっちに魔物が向かったぞ!」

「ここは俺たちが食い止める。竜之慎殿は魔王を頼む!」

「すまない、ここは任せた!」

 竜之慎は冒険者たちに後詰めを頼むと、一路魔王の元へと向かう。


「そこまでだ!」

「ここから先へは行かせるわけにはいきませんねえ。」

 広いホールへと侵入した竜之慎を待ち受けていたのは、これまでに幾度となくぶつかり合い多くの犠牲を払わされた六魔将軍たちであった。


「全く、いい加減しつこい連中ですね。」

「魔王様に楯突くだけでなく、土足で城にまで来るとは万死に値する。」

 六魔将軍たちが竜之慎たちを睨み付けてくる。竜之慎が構えを取ると、仲間たちが竜之慎の前に立つと告げた。


「おっと、ここは俺たちの出番のようだな。」

「そうだね、竜之慎は魔王を倒さなければならないし、雑魚どもの露払いは僕たちに任せな。」

 総勢七人の仲間たちはそう言うと各々武器を構えて、六魔将軍と対峙する。


「俺たちが雑魚だと?」

「格の違いを教えてやらないといけませんね!」

 六魔将軍の怒りが高まっていく。


「エリーゼ、竜之慎に付いていってやれ。」

「そうそう、ここは僕たちに任せときな。」

「えっ、でも───。」

 エリーゼは、一瞬躊躇したが仲間たちの言葉に背中を押され竜之慎と共に奥の間へと向かっていく。


「行かせるな!」

「おっと、お前たちの相手は俺たちだろうが?」

 六魔将軍が二人のあとを追おうとするが、竜之慎の仲間たちが攻撃を仕掛けると追撃を止める。


「貴様らー!」

 六魔将軍と竜之慎の仲間たちの激しい戦いの火蓋が落とされた。


「みんな大丈夫かな?」

「心配するな。奴等はそんなに柔じゃない。それよりも気を引き締めていくぞエリーゼ。」

「そうね。これが最後の戦いになるんだもんね。」

 竜之慎とエリーゼは、魔王の待つ奥の間へと突き進む。


 バーン!

 竜之慎は人には大き過ぎる扉を蹴破ると、中で待つ魔王へと視線を飛ばす。


「随分と躾のなっていない家畜どもだ。我に用があるときにはしもべに言付かってからにしてほしいものだ。」

「生憎と、お前の仲間たちは今は手が離せないようだ。」

 竜之慎は魔王へと話し掛けた。


「クックックッ、仲間だと。そんなものは弱者の戯れ言にすぎん。我には仲間など居ぬ。居るのは駒としての僕たちだ。」

「なんだと! お前のために戦っている者たちをお前は駒だというのか。」

 魔王の言葉に怒り出す竜之慎。


「実に下らぬ。お前たち人間は、一人ではなにも成し得ない弱者の群れに過ぎぬ。仲間だ絆だと戯言を述べても、結局は他人を犠牲にしても生き残ろうとする獣の性からは抗うことは出来はしない。」


「違う! 確かに人はそういった側面を持っていることは否定できないが、それだけが本質ではない。人間は他者を慈しみ、自らを省みずに手を差しのべることが出来るんだ。その絆の力があったからこそ、今ここに俺たちはたどり着いた!」

 竜之慎は『暁』と『月光』に魔力を込め始める。


「ならば貴様の言う人間の絆の力とやらを見せてもらおうか?」

 魔王は玉座から立ち上がると、全身から発する魔力によって周囲の空間が歪み始めた。


「いくぞ!」

 竜之慎は瞬間に爆発的な突進をすると、『暁』で魔王の体を斬ろうとする。


 ガキン!

 魔王の張った結界により『暁』は弾かれてしまう。しかし、すかさず『月光』を振り下ろすと光の刃が魔王を襲い、結界に罅を入れる。


「小癪な。」

 魔王の放つ漆黒の雷が竜之慎に襲いかかる。竜之慎は二本の刀を盾に雷の攻撃を受け止めた。


 バリバリバリ───。

「くっ!」

「ギガヒール! 竜之慎、大丈夫?」

「ああ、ありがとうエリーゼ、もう大丈夫だ。」


 竜之慎は立ち上がると、再び刀を構える。

「どうした? お前の言う力とはその程度のものなのか?」

 竜之慎は魔王の問いに刀で応える。


 それから数十合と打ち合いは続いたが、封印解除された『暁』『月光』を用いても、竜之慎は魔王に傷ひとつつけることが出来ずにいた。


(くそっ、結界を何とかしないことには攻撃が通らない。今のままでは奥の手を使うわけにもいかないし。)

 竜之慎は攻めあぐねていた。


「どうした? 来ないのならこちらから行くぞ!」

 魔王は魔力高めると、全方位に攻撃魔法を放ち始める。

「エリーゼ!」

 竜之慎はエリーゼを庇うために前に立つと、魔力を放出して攻撃を受け止めようとした。


 ドーーン!

 煙が晴れた後には、膝をついた竜之慎と間一髪で結界を張りダメージを弱らせることのできたエリーゼが肩で息をしていた。

「ごめんなさい竜之慎。私足手まといで。」

「そんな事ない。エリーゼが後ろにいるから、俺はアイツに立ち向かうことが出来るんだ。」


 竜之慎はエリーゼに笑いかけると、魔王に向き直る。


(お願い! どうか竜之慎に力を!)

 エリーゼが祈る姿勢を取るとそう懇願した。

 その時、エリーゼの体が光輝くと体から宝玉が飛び出してくる。


 それは、かつて竜之慎と共に戦うと誓い合ったときに、竜之慎の異能によってエリーゼの体に吸収されたものだった。

 そして、六魔将軍たちと戦っている仲間たちの方からも宝玉が魔王の間へと飛び込んでくる。


 八つの宝玉が揃うと光は一層強まり、宝玉が魔王の体へと飛んでいく。

 バリーン!

 魔王の張った結界を容易く砕くと、宝玉は魔王の体へと吸収されていく。


「な、なんだこれは? 力が・・・力が抜けていく。」

 魔王の圧力が明らかに弱まっていくのを感じた竜之慎は、勝負を決める決意をする。


「これで最後だ! 『合神魔刀技ごうしんまとうぎ・─天照大御神あまてらす月読命つくよみ─』」

 竜之慎の体は、黄金色と銀色の魔力に包まれていく。


○竜之慎

能力値

○力EX ○魔力EX ○俊敏EX ○賢さEX ○生命力EX ○魔法防御EX


 竜之慎は魔王に向かって突進すると、縦横無尽に魔王の体を切り裂いていく。

「バカな! こんなことが・・・、たかが下等な人間風情に我が破れるだと!」


「これがお前の見下していた絆の力だ。お前は確かに最強の存在なんだろう。だが、それゆえにお前の力はそれが限界なんだ。俺たち人間はお前たちから見れば脆弱な存在に過ぎない。でも、それゆえに俺たちは互いを助け合い、強くなろうと努力する。人を信じ前に進むことを止めなければ、俺たちに限界は存在しない!」


「おのれぇ、そんな戯れ言など決して認めん。我はこの世を統べる魔王。こんなところでやられてたまるか!」

(くそ、これでも決めきれないなんて。もう魔力が持たない。)

 竜之慎の体から光が失われていく。


「はっはっは! どうやら貴様も限界のようだな。我が力を取り戻したら、真っ先に貴様と女を切り刻んでくれる!」

 魔王はそう言うと、力を取り戻すために宝玉を壊そうと動く。


無窮の迷宮インフィニティラビリンス!」

 瞬間、暗黒の空間が現れると魔王の体を飲み込んでいく。

「やめろ、我を離せ!」

 必死に抵抗するも、力の失われた魔王に抗うすべはなかった。


「おのれ貴様ら、覚えておけ。必ず戻ってきて子々孫々に至るまで貴様らの関わった者共を根絶やしにしてくれる!」

 魔王はそう言葉を残すと、暗黒空間は消滅した。


「ハァハァ、助かったのか?」

「魔王の力が弱まったので、どうにか封印することができました。これで、当分の間は平和が訪れるでしょう。」

 竜之慎の言葉に答えたエリーゼ。


 戦いの終わった竜之慎の体をだんだんと光が包んでいく。

 直感で自分の元いた世界へと送り返されるのだと悟った竜之慎は、思わずエリーゼの顔を見つめる。

「もう行ってしまうのですね。」

「エリーゼ、今までありがとう。みんながいなかったら俺はここまでたどり着くことは出来なかったよ。」


「ううん、お礼を言うのは私たちの方だよ。竜之慎、この世界を救ってくれてありがとう。どうかご無事で。必ずお姫様を救ってあげてね。」

「ああ、必ず! エリーゼ、さようなら────。」

 竜之慎はそう言うと光の中に消えていった。


「さようなら、竜之慎────。」

 エリーゼは、竜之慎の消えた場所をいつまでも見つめていた。


 光に包まれた竜之慎は真っ白な空間に立っていた。

「ありがとう竜之慎さん。これでこの世界は救われました。」

「いえ、結局魔王を倒すまでには至りませんでした。やつの言うとおり、いずれまた復活をしてくるでしょう。」


 竜之慎はメーナスに謝罪を告げた。

「謝ることはありません。あとはこの世界の者たちに頑張ってもらいます。さあ、貴方を元の世界に戻しましょう。」

 メーナスが魔力を込め始める。


「メーナス殿、お願いがあります。」

「何でしょう?」

「もし再び魔王の脅威が訪れたなら、この『暁』と『月光』を頼りに我が子孫を召喚してください。私はこれから、魔王を倒せるだけの力を必ずや我が子孫に受け継がせていきます。私に成し遂げられなかった悲願を必ずや。」

 竜之慎はメーナスにそう告げた。


「わかりました。その時が来たならば必ずやそういたしましょう。ありがとう竜之慎さん。貴方の人生に幸多からんことを。」

 メーナスはそう言うと、竜之慎を地球へと転送させた。



 光が収まると、盗賊たちの目には先ほどと変わらない状況であり皆訝しんでいた。

「なんだよ、ビックリさせやがって。」

「おい、とっととその男を始末しな。」


「やめて。どうか竜之慎だけは助けてください。」

「はは、ちょうどいい。その男の目の前でこの女を犯してやろうぜ! ちょうどいい見世物だ。」

 盗賊たちはそう言うと、舞姫を捕まえて乱暴を働こうとする。


「いやあああー!」

「その薄汚い手を離せ、下郎どもが!」

 竜之慎は、一瞬にして舞姫を捕らえていた男どもを吹き飛ばすと、首を切断していった。


「竜之慎?」

「もう大丈夫ですよ、舞姫様。すぐにこいつらを片付けますので、お待ち下さい。」

 先程までとは打って変わった竜之慎の様子に舞姫は驚いていた。


「一体なんなんだ。おまえなにしやがった?」

 あまりの速さに竜之慎の行動を認識できなかった盗賊たち。


「どうせ死ぬんだ。そんな事気にしてもしょうがないだろ?」

 竜之慎は盗賊たちに近づいていく。

 その迫力に押されて後退りするも、リーダー格の男の命令が下される。


「全員でかかれば倒せる。お前たちこいつを倒したヤツには好きなだけの報酬を約束するぞ。」

 その言葉に盗賊たちは竜之慎を囲み始める。


「死ねぇ!」

 盗賊の一人は飛び掛かるも、次の瞬間には首が飛び自分が死んでいることにも気付かずに生涯を閉じた。


 他の盗賊たちも、自分がどうやって死んだのか認識するまもなく次々と倒されていく。

「バカな。十人以上居たんだぞ。それがたった一人の死に損ないに・・・。」

 最後まで言うことなく首を飛ばされた盗賊のリーダー。


 竜之慎は、刀を鞘に納めると舞姫の元に向かう。

「竜之慎? 本当に竜之慎なの?」

「姫様、ご無事でよかった!」

 竜之慎はそう言うと舞姫を抱き締めた。


「り、竜之慎、痛い・・・。」

「あっ、すみません姫様。つい感極まってしまい・・・。」


「竜之慎、体の傷は? あんなに傷だらけだったのに、傷がひとつもないなんて・・・。」

「私のことは心配要りません。この通りぴんぴんしてますから。」

 竜之慎は舞姫を安心させるために、少しおどけるように告げた。


「とにかく無事でよかった。それで、これからどうするの?」

「先ずは安全なところに避難して、準備が整い次第盗賊どもを殲滅します。」

 竜之慎は事も無げにそう告げた。


「なんだか竜之慎が今までとはまるで別人みたい。」

「そうですね。確かに昔とは違うでしょう。舞姫様には色々とお話ししたいこともありますし、とりあえず先を急ぎましょう。」

 そう言うと、竜之慎は舞姫を再び抱き抱えて移動を始める。


 その後の竜之慎と舞姫の詳しい状況は不明だが、ひとつ確かなことは竜之慎は約束通り子孫に武術を受け継がせると、来るべき戦いに備えていたことだった。



─そして、時は現代─


「ねぇ、じーちゃん。この刀ってどういうものなの?」

「これはな竜人。我が柳家の御先祖様がその昔、姫様をお守りするために用いたとされる由緒正しいものなんじゃよ。作者は不明だが、なかなかの名刀じゃぞ。」


「ふ~ん。」

 老人と膝の上にいるまだ小学生位の孫が、そんな話をしていた。


「それともうひとつ面白い話があってな。なんと御先祖様はこの世界とは別の世界で、強大な敵を相手に戦ったと伝えられているんじゃよ。もしかしたら、竜人もいつか御先祖様が行った世界に飛ばされるかもしれんぞ?」

「じーちゃん、今時そんなこと小学生でも信じないよ?」

 孫のツッコミに「あっはっはっは。」と笑う祖父。


「竜人は一体どんな大人になるのかな?」

 孫の頭を撫でる祖父。

「僕はお姉ちゃんみたいに強くなるんだ。そして、いつか追い付いて肩を並べられる存在になる!」


「そうか───、竜人は不安じゃないのか? お前の姉はわしから見ても規格外の天才じゃ。凡人は言うまでもなく、たとえ秀才であってもその足元に辿り着くことすら難しいじゃろう。」

 祖父の問いに、竜人は少し考えてから答えた。


「うーん、よくわかんないけど、それってお姉ちゃんはすごいってことなんだよね。なんかワクワクしてきた。」

「そうか。ワクワクするか・・・。」

 孫の言葉に顔を崩す祖父。


「それに、お姉ちゃんは強いからそうは思わないかもしれないけど、一人ってやっぱり寂しいと思うんだ。だから、お姉ちゃんが寂しくならないように僕が必ず隣に居てみせるんだ!」

「そうか。竜人は強い子だな。」

 祖父は、微笑みながら頷いていた。


 それから少しして、道場に噂の姉がやって来た。姉は竜人の元へと近付くと、徐に弟を抱き締めていた。

「どうしたのお姉ちゃん?」

 キョトンとする竜人。

「ううん、何でもない!」

 そう言うと、姉は普段と変わらない様子に戻る。


 その様子を微笑ましく見守る祖父。

(どうやらひと安心じゃな。少し心配じゃったが、竜人が居れば舞も道に迷うことはないじゃろうて。)


祖父はそう考えると、日課の鍛練を始めることにした。

「それでは、本日の鍛練を行う。」

『よろしくお願いします!』



 そして、運命の歯車は回り始める。『暁』と『月光』に導かれた少年少女の新たな物語が紡がれていく。

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