第六話 そのとき見た世界がキミを変えた
「何か武藤さんに言われたの?」
椚さんが運転席から問いかけてきた。あのあと、PI機関の責任者である『板垣室長』という人に会ってから、家に送って貰う途中なんだ。
「……『今すぐ身の振り方を決めなくてもいいよ』って言われました」
助手席の窓から外を流れる風景を見ていた僕は、椚さんの方に振り向きながら答えた。
「武藤さんらしいわね」
そう言って苦笑した椚さんだったが、一瞬だけ僕の方に視線を動かして言葉を続けた。
「でも、その通りよ。PI機関としては優秀な『能力者』は欲しいところだけど、あなたは『被害者』ですからね。まだ高校生でもあることだし。確かに室長は『協力して欲しい』とは言っていたけど、あなたには私たちに協力する義務は無いのよ」
視線を前方に戻しながら、そう話す椚さんの横顔に、僕は思わず見とれていた。話の内容は結構シリアスなんだけど、何というか、僕自身が実感がなくてフワフワした感じなんで、あまり真面目に考えられないというか。進路のことと同じで、真面目に考えなくちゃいけないのに、リアリティを感じられないんだ。
むしろ、そんなことより椚さんの顔に目が行ってしまう。大きめの瞳、通った鼻筋、ルージュを引いた唇、形のよい顎……最初の志望通りに自衛官になっていたら『美人過ぎる自衛官』とか呼ばれてたんじゃないだろうか。
ふと気になったので、何となく聞いてみた。
「椚さんは、何で自衛官になろうと思ったんですか?」
そう言ってから、かなり不躾な質問だったことに気付き、慌てて前言を撤回する。
「あ、すみません、立ち入ったこと聞いちゃって。プライバシーの侵害ですよね」
それを聞いた椚さんは、苦笑しながら答えてくれた。
「別にいいわよ。隠すようなことでもないからね。多くの人を救えるようになりたい、と思ったからかな」
「救う?」
思わず聞き返した僕に対する椚さんの答えは、予想以上に重いものだった。
「私はね、六年前の三月十一日には、
「え!?」
「私は東京の生まれなんだけど、父の実家は石巻でね。祖父がその三日前に亡くなって、お葬式があったのよ。あの時は、ちょうど山の上にある先祖代々のお墓に納骨が終わったばかりだった。幸い、土砂崩れなんかも無く、親族一同は全員無事だったわ。だけど、目の前で子供の頃から何度も遊びに来ていた街が跡形も無くなってしまった。知り合いも何人も亡くなった。そして、自衛隊の救援が来るまで、どれだけ心細かったことか。どれだけ救援の自衛隊の人たちが頼もしかったことか……それが、私が自衛隊を志願した理由かな」
思わず言葉を失った僕に、椚さんは再び一度視線を投げて、また前方に向き直ってから言葉を続ける。
「だからね、PI機関に居ることは、多少は志望と違うところはあるけど、『多くの人を救いたい』という本質からは外れていないつもりよ。何より、私たちでなければPSの無差別テロを阻止することはできないんだから」
「そうだったんですか……」
「でもね、それをあなたに強制しようとは思わない。どれだけ力があっても、あなたは本来『守られるべきただの人』なんだから」
その言葉は、なぜか僕の胸に刺さった。命がけで他人を守る義務など無い『ただの人』。椚さんに、そういう風に思われていることが、なぜか悔しかった。
「そ……」
『目的地周辺に到着しました。ナビゲーションを終了します』
反論しようとした僕の言葉は、カーナビの案内音声につぶされた。
「さあ、着いたわよ。駐車場はあるのかしら?」
「……そこの角を曲がってください。コインパーキングがあります」
僕は言いかけた言葉を飲み込んで、駐車場の位置を教える。このコインパーキングから家までは歩いて二分ほどだ。
今日のところは、とりあえず家に帰ろう。遅くなった理由は椚さんが両親に説明してくれることになってる。公安調査庁が監視対象にしているカルト系オカルト団体を内偵調査中の職員と監視対象の団体構成員とのトラブルに巻き込まれたので保護されていた、ということにするそうだ。内偵対象が『超能力テロ組織』である以外は本当のことだな。
そして、コインパーキングに駐車した車から降りて、家に向かって歩き始めたときだった。
「待ちたまえ、我らが新たなる同胞よ!」
「えっ!?」
振り返った先に居たのは、黒ずくめの怪人。こいつはPSの
椚さんが、スーツの懐に吊ったホルスターからベレッタを抜きながら、かばうように僕の前に立つ。しかし、怪人は椚さんを無視して僕に話しかける。
「君は我らの与えた『試練』を見事にクリアし、選ばれし新たなる人類となったのだ。さあ、一緒に来たまえ。劣等なる旧人類に
「ふざけないで!」
バスッ!
椚さんが叫ぶと同時に、
しかし……
「無駄なり。旧人類の武器など我々には通じぬ」
銃弾が、怪人の目の前に浮いていた。
「
思わず叫んだ僕に、怪人はうなずきながら答えた。
「
そう言いながら目の前を払うように手を振る。その動きに合わせて、椚さんが横に吹っ飛ばされた!
「あうっ!」
「椚さん!?」
道路沿いのブロック塀に叩きつけられて崩れ落ちる椚さん。
思わず駆け寄ろうとした僕の前に、怪人が立ちふさがる。
「来たまえ、NX-1701」
そう言いながら握手を求めるように右手を差し出してくる怪人に対して、僕はただ立ちすくんでいた。
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