二重スリットの向こうの世界

結城藍人

第一話 逢魔が時に世界は変わる

 その日、学校の帰り道に夕暮れの公園に足を運んだのは、真っ直ぐ家に帰りたくなかったからだった。もう来年には大学受験。なのに、自分の将来、やりたいこと、行きたい道、そういったものが漠然としすぎている現実。塾が無い日ぐらいは、公園で少し考え事をして帰ったっていいだろう。そう思って僕――杉崎すぎさき冬也とうやは逢魔が時の公園に足を踏み入れたんだ。それが、僕の運命を変えることになるとも知らずに……


 普段なら公園から人がいなくなる時間帯だ。ゆっくりと進路について考えられるだろう……という僕の思いは裏切られた。人がいたからだ。それも、二人も。


 片方は、OL風の若い女性だった。白いブラウスの上にグレーのスーツを着て、パンツスタイルではなく側面にスリットが入った短めのタイトスカート。ボブカットの髪の下からのぞく顔は、モデルやアイドルにも負けないくらい整っている。美人さんだ。だけど、その右手に持っているのは……拳銃!?


 そして、そのお姉さんが拳銃を向けている相手は、かなり異様な姿をしていた。全身黒ずくめで、夕闇に溶け込むようなタイツ状の服。頭にも変なマークの入った覆面をしている。まるで銀行強盗……というよりは、子供向け特撮番組の悪の戦闘員、それも大昔のヤツだ。


 一瞬、自主映画だかウェブ動画だかの撮影でもしてるのかと思ったんだけど、ほかにカメラを持ってるような人はいない。


「え?」


 あまりにも異様な光景に、思わず立ちすくんでマヌケな声を上げてしまったんだけど、それが二人の注意を引いてしまった。


「そこの君、すぐ逃げて!」


 お姉さんが叫ぶのと、ほぼ同時に黒ずくめの怪人が凄い勢いで僕に向かって走り出した!


「あ、え、え!?」


 僕は状況が整理できず、立ちすくんだままだった。視界には、僕に向かって突進してくる怪人と、その後ろで銃を構えているお姉さんが見える。


 でも、お姉さんは銃のトリガーを引けないでいる。怪人の先に、僕が居るから。うかつに撃って外したら、僕に弾が当たってしまう危険性があるから。


 そのことに気付いて、射線から逃れようと動こうとしたときには、もう怪人は僕の目の前に迫っていた。その右手に注射器を握っていることに、僕は気付いた。


「オマエモ、試シテヤル」


 奇妙に機械的な感じの声と共に注射器を突き出してくる怪人。咄嗟に避けようとしたものの、格闘技の経験なんか無い僕にとっては、怪人の動きは速すぎた。


 反射的に上げて顔をかばった左手に、注射器の針が突き刺さる!


「痛っ!」


 思わず叫んだものの、その痛み自体は大したことはなかった。ただ、その瞬間に怪人は注射器のピストンを押し込み、中の薬液を注入してきた。


「あ、がああああああああっ!!」


 それは、激痛なんて表現じゃ足りないくらいの痛みだった。薬液が注入されたところから、体の中に焼け付くような痛みの奔流が流れ込み、体中を駆け巡る。痛い、熱い、苦しい、体が燃える、息ができない!!


 その痛みと熱の中で、僕は自分の体の中で『何か』が変わったことを感じていた。自分が作り変えられていく。細胞の一個一個から、何か違うモノに変わってしまう。そんな恐怖を感じていた。


 そして、徐々に痛みが引いていった。熱も消え、息苦しさも無くなった。僕は無意識のうちに叫ぶのをやめていた。


 世界が、違って見えた。


 夕暮れ、薄暮時、逢魔が時。昼から夜に移り変わる境界の時。一日の中でも、特に物が見づらくなる時間帯。


 それなのに、世界がキラキラと光り輝いて見えた。燐光が視界の中を舞っていた。目に見えないほどの小さな粒。それなのに、僕にはその粒子を見ることができた。感じることができた。そして、動かすことができた!


 目の前には、まだ黒ずくめが居る。僕は、自分の中にある何かにつき動かされるように、右手を天にかざしていた。そして、そこに集まるように、光の粒子に向けて念じていた。


 すると、本当に光が僕の右手の掌に集まってきた!


 バチバチバチ!!


 これは……静電気? いや、もっと強い!


「ム……適応シタノカ!?」


 驚いたように叫ぶ怪人に対して、僕は集めた光の束を思わず投げつけていた。


 バチバチバチバチバチッ!!


「ナン……グギャアアアアアッ!!」


 光の束を受け、まるで感電したかのようにビクンビクンと体を跳ねさせながら悲鳴を上げて倒れ込む怪人。いや、これは実際に感電したんだろう。そのことが、なぜか僕にはわかった。


「ねえ、大丈夫? 今のは一体何をやったの?」


 駆け寄ってきたお姉さんが、僕に問いかけてくる。だけど、僕にだって何が何だかわからない。


 それでも、ただひとつだけ、僕は本能的に理解していた。僕はもう、ついさっきまで歩んでいた普通の人生なんかは、二度と歩けないんだろうってことを。

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