第三話 それは世界のどこにもないはずの所
僕が母親に連絡したあと、公園の近くに停めてあった椚さんの車に乗せてもらって公安調査庁に向かった。途中のドライブスルーでハンバーガーセットを買ってもらい、食べ終わる頃にちょうど霞ヶ関に着く。駐車場に車を停めると、退庁時間を過ぎてもまだ人の多い公安調査庁内に入ってエレベーターに乗る。
そこで、椚さんが操作ボタンの下にある点検扉を合い鍵で開けると、中に隠されていたパネルを操作して暗証番号らしきものを入力する。
するとエレベーターが下りだし、階数表示の最下階を超えてさらに下っていく。隠し階があるんだ!
扉が開いた階で降りると、椚さんに連れられて廊下を進む。いくつかの扉を過ぎて一番端にあった『第一研究室』と書いてある他とは違う分厚そうな鋼鉄製の扉の前に着くと、椚さんが電子ロックに暗証番号を入力してからカードキーらしき物をかざす。扉が開いたので一緒に中に入ると、いきなり声をかけられた。
「やあやあ、キミが新しい『能力者』かい? 電子を操れるんだって? 実に興味深い能力じゃないか! ぜひ研究させてくれたまえ!!」
そう僕に向かって軽薄そうに言う白衣の男。ボサボサの髪に無精ヒゲ、分厚い瓶底眼鏡と、それこそ昔の漫画に出てくる『マッドサイエンティスト』が現実になったような風貌をしている。年齢は四十くらいだろうか。
「あ、ええと……」
どう答えていいかわからず戸惑っていると、その男は今度はクククククとこらえるように笑いながら言った。
「ああ、悪かったね。つい興奮してしまったよ。おっと、自己紹介がまだだったね。ワタシは
「僕は杉崎冬也です……あのう、僕は何をすればいいんでしょう?」
僕も名乗ってから聞いてみると、武藤さんは変わらず軽い調子で答えてくれた。
「ああ、ちょっとした実験に付き合ってもらうだけでいいよ。ご家族には既に連絡してあるって話だけど、高校生を余り遅くまで引き留める気はないから」
それから椚さんに向かって言う。
「椚クン、キミが冬也クンから聞いた情報をメールで送ってくれて助かったよ。電気ではなく電子を使う、ということだよね」
「はい」
「よし、いくつか実験器具を用意しておいた。まずはキミの基本能力から見せてもらおうか。椚クンはどうする? 夕食まだなんだろ?」
「私も立ち会わせてください。今後、おそらく私が彼の『担当』になるかと思いますので」
「いいだろう。それじゃあ、こっちに来てくれないかな」
そう言いながら隣の部屋へ移動する武藤さんのあとを、僕たちはあわてて追いかけていった。
◆ ◆ ◆
「うん、ありがとう、大体の能力はつかめたよ。それにしても、ここまで『実戦的』な能力は珍しい」
観測機器のモニターをのぞき込んでいた武藤さんが、呆れたように言って来た。僕は言われた通りに電子を操ってみただけなんだけど、自分でも予想していなかったことが色々とできてしまったんだ。
「静電気レベルから雷レベルまでの電流を自在に発生、誘導できる。電子の流れを揃えて電子ビームとして撃つことも可能。それどころか磁場みたいなものが無い状態でもビームを曲げることさえできる。曲射できるビームとか、左腕に銃でも仕込んでみたくなるね」
そう言って笑う武藤さん。なんかの冗談らしいけど、僕にはサッパリわからない。
「この電流を用いて強磁場を発生させることも可能。レーザーさえ曲がる強磁場を局所的に発生させられる。それに、空中放電での迎撃も可能。相当強力な電磁バリアを張れるってか。しかも、これだけ強力な磁場や放電が発生しているのに、周囲には影響を与えないようにもできるというのが何とも……『超能力』ってのは本当に物理法則を無視してくれるよ。それにしても、本当に攻防とも隙が無いねえ」
実際、僕が指定された場所に張った電磁バリアに向けて椚さんが銃弾を撃ち込んでみたけど、あっさりと防いでしまった。実験室に備えてあった高出力レーザーも逸らせたし。
それにしても、もう二時間ほども実験を続けていて、そろそろ九時近くになってきた。そろそろ帰りたいところなんだけどな。聞いてみようか。
「それで、これで実験は終わりでしょうか?」
「ああ。能力を調べる、という意味では終わりだよ。だけど、最後にひとつワタシの趣味に付き合ってくれないかな?」
「趣味?」
思わず問い返した僕に、武藤さんは凄くイイ笑顔でこう答えた。
「ああ。量子論の実験だよ。二重スリット実験。『世界で一番美しい実験』さ」
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