第四話 世界で一番美しい実験
「『世界で一番美しい実験』?」
「そうさ。英国の物理学会の会員誌の読者投票で『最も美しい実験』に選ばれたんで、ワタシはそう呼んでる」
そう言うと、武藤さんは部屋の隅にある実験装置の所に僕を案内した。
「横から見ると、こんな感じだね。こっちの端に電子銃が置いてあって、反対の端に電子が当たると跡が残る感光板が置いてある。間に仕切りがあって、縦長のスリットが二つ開いている。それで、電子銃と感光板の間は真空状態になるようになっている。電子銃から発射された電子が真空中でどんな風に飛ぶのかを観測する実験装置さ」
それを聞いて、僕は首をひねって尋ねた。
「『どんな風に』って、電子って真っ直ぐ飛ぶんじゃないんですか? ついさっきも電子ビームを曲げるのがおかしいって言ってたような……」
それを聞いた武藤さんは、ニヤリと笑って言った。
「それじゃあ、実際に実験してみようか……と、その前に椚クン、ここから先の実験はワタシの趣味に協力してもらうだけなんで、今まで判明した彼の能力について室長に報告してきてくれないかな? それに、彼を帰すときにどうするかの相談も必要だろう。あと軽く食事もしてきなよ」
それを聞いた椚さんは、少し考えてからうなずいて武藤さんと僕に言った。
「了解しました。それじゃあ私は報告に行くわね。大丈夫よ、悪いようにはしないから」
そうして、キビキビとした足取りで実験室を出て行った。思わず見惚れそうなくらい、無駄の無い動きだった。
「おやあ、随分熱心に見てたねえ? まあ、椚クンは美人でスタイルもいいから当然かもしれないけどさ」
「そんなんじゃないですよ! それより、実験って何するんです?」
武藤さんがからかってきたので、一応否定して話題を変える。武藤さんもそれ以上はツッコんで来ないで、きちんと実験の説明をしてくれた……といっても簡単なことだったんだけど。
「こっちの電子銃を取り外すから、代わりにキミが電子を大量に中に放出してくれたまえ。ああ『真っ直ぐ飛ばそう』とか考えないでね。あと、放出したあとは電子を見たり感じたりしないようにできるかな? 確かさっき、電子を感知する能力は切れるようになったよね?」
「わかりました。できます」
この超能力に目覚めてから、世界中がキラキラした微粒子――電子――で満たされているように見えていたし、存在も感じていたんだけど、さっき僕の能力をいろいろと試してるときに、電子を意図的に見たり感じたりしないようにできることに気付いたんだ。
そして、言われたとおりに電子を大量に放出し、それから電子を感じないように感覚を切った。
すると、武藤さんは反対側の感光板を取り外して、新しい感光板に取り替えてから僕に言った。
「今度は『真っ直ぐ飛ぶように』大量に放出してくれないかな。それから、放出後は電子を感知する感覚を切らないで、そのまま飛ぶ状態を見ていて欲しい」
そこで、言われたとおりに電子を『真っ直ぐ飛ぶ』ように念じながら放出し、その放出した電子の流れが二つのスリットを通って感光板に当たるのを見ていた。
武藤さんは再び感光板を取り替えると、さらに指示を出してきた。
「今度は、『真っ直ぐ飛ばそう』とは考えないで、一個ずつ電子を連続して放出してくれないかな。それから、電子の感知は放出時から切っておいて欲しいんだけど、できるかい?」
「やってみます」
感知せずに電子を一個ずつ放出するのは少し難しい制御だったけど、すぐに慣れて連続で放出できるようになった。
「ああ、もう止めていいよ」
しばらく放出したあとで止めるよう言われた。放出を止めると、また武藤さんが感光板を交換したので聞いてみる。
「次はどうするんですか?」
「ああ、もういいよ。ここから先は普通の電子銃を使った実験さ。キミの能力を使った場合の差異を調べるためにね。電子の感知を切っておいてくれるかい?」
そう言って、電子銃を操作して実験を行い、さらに感光板を交換して実験を続ける武藤さん。
「これには何の意味があるんです?」
思わず聞いてしまったところ、武藤さんはニヤリと笑って電子銃の操作を止めると、今度は感光板を外して定着処理をすると僕に示した。
「キミはさっき、電子は真っ直ぐに飛ぶと言ったよね。ところが、こっち側の電子銃から大量に電子を放出してみると、感光板には縞模様ができるんだ。これは、電子が波のように動いて、この二つのスリットを通ったあとに互いに干渉した場合にできるもので、干渉縞と呼ばれている」
実際、その感光板には縞模様ができていた。
「へえ……」
「だから、電子は大筋では真っ直ぐに飛ぶと言えるけど、その動きは波動しているんだ……と、単純に言えないのが面白いところでね」
「へ?」
「不思議なことがあるんだよ。干渉縞というからには、二つ以上の電子が同時に発射されて互いに干渉しないと起きないはずなんだ。それなのに、電子を一つずつ発射していった場合でも、それを繰り返していくうちに最終的に感光板にできる跡は大量に発射した場合と同じ縞模様になってしまうんだよ」
そう言いながら、ひとつ前の感光板を示す。そこに示された跡は、前のものより数は少ないものの、やはり縞模様になっていた。
「ええ!?」
僕の驚いた様子に武藤さんは満足げにうなずいてから話を続ける。
「ただし、これは電子を粒子が波動してるのではなく、電磁波のような波と考えれば成立する。波なら同時に二つのスリットを通ることもできるから最終的に干渉縞ができてもおかしくない」
「あ、そうなんですか」
でも、僕には電子って粒に見えてるんだけどな……などと思っていたのだが、武藤さんはあっさりと波説もひっくり返した。
「ところが、波と考えると今度は別の観測結果と矛盾するんだ。このスリットにはセンサーが付けられていて、スリットを電子が通ったかどうか計測できる。波なら両方通ってたらそう計測されるはずなのに、発射された電子は片方のスリットしか通っていないんだ」
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