第3話

――9月11日【クルア前線上空】

 寒気極まるチェンクス上空、仄暗い地上の引力は私達を地上に叩き落さんと私たちを見上げている。


 黒煙と悲鳴のクルア線の中華連合軍と名乗る敵軍は9月11日、【チェンクス包囲作戦】の初撃である中央・方面砲兵部隊による一斉放火、空挺部隊による退路遮断により混乱に混乱を重ねていた。


 この混乱に乗じ空砲兵部隊は残存砲台、戦車、トーチカの破壊を急ぐ、と言っても私の小隊は航空迎撃部隊の排除だから今回は砲を持っていない。


『小隊長!!接敵報告!!!三時の方向に中隊規模!』

「気が付かれる前に狙撃しろ!!」


 そして敵とて数少ない防衛施設を守るため空砲兵の撃退を行うのは当然だ、この障害物一つない青空で撃ち合いなど本来正気の沙汰ではないが互いに背水の陣、引き下がるわけにはいかない。


≪キイイイイイ!!!≫


 空中銃撃戦にはコツがある、基本撃ち下ろしが正義なのだ、重力に乗せた銃弾は射程距離が目に見えて伸びる、中華兵の練度では行けない高度まで上昇し私は機関銃を打ち放つ、回転式のこの銃は背中の銃弾箱を急激に軽くしながらレーザービームの如く鉛玉を打ち放った。


「敵残存数報告しろ!!」

『4時の方向に小隊規模、機関銃の射程範囲です』

「損害報告!」

『小隊規模では1人墜落、迎撃部隊の損害は15人です』


 損害が多い、思いの外敵が空砲兵に目を付けてきたというところである、恐らくだが空挺部隊迎撃を諦めて防衛施設の死守を行うつもりだ。


「大隊!!進捗を伝えろ!!」

『こちらチャクスアです~第一小隊より連絡、砲撃は順調、残りトーチカ11基のみ』

「よろしい、あと3分で終わらせろ、敵迎撃が思いのほかに多い」

『了解しました~』

「迎撃中隊!!あと3分だ耐え忍べ!!!」

『はは、了解です大隊長殿、死んだらあの世でセクハラしますからね』


 次の瞬間見えたものは目を疑うような物である、巨大なクジラの様なその見た目、ソビレト連合では一世紀も前に消えた兵科、元の世界、日本のあるあの世界では末期の国しかやらぬあの戦法。


――強襲魔道空挺部隊――

 飛行船で魔導士を空輸し上空から銃撃する部隊、砲撃ですら死亡率の高い航空攻撃を銃撃で行うなど通常は自殺行為、それを逆手に取り体には爆弾を括りつけ死んだあとは爆撃が出来る特攻部隊である。


 彼らは飛行戦闘に凄まじく長けている、彼らの腕なら1分で空砲兵など全滅だ、航空支援は12分後、砲撃終了は3分、とても間に合わない。


「迎撃中隊!!敵の強襲魔道空挺の飛行船を確認した!到着に1分かからない、全部隊光学術式を起動し撤退!!!しんがりは第一小隊が行う!」

『大隊長殿!?、、了解、ウォッカニア用意しておきますからね!』

「ははは、それは良い知らせだ」


 そう言った後、後ろを振り向いた、小隊員は不気味な笑みを浮かべる、目は何処を見ているか分からない、きっと私も同じ表情だ。


「小隊員諸君、地獄に行くぞ」

「ははは、軍の飯に比べればあの程度ね~」

「そうですな!!」

「よろしい、、、我に続け!!!!!!!」


 私たちはそのまま敵飛行船の艦橋に張り付いた、そして窓に向かい機関銃を撃ち込む、せめて爆弾に引火してくれと祈りながらの銃撃である。


「私に続け!!乗り込め、乗り込め!!!」


 私たちは飛行船に乗り込んだ、乗り込めば空挺部隊は出動しない、そして空の上でなければ飛行能力の能力差を埋められる。


 しかし敵の数は圧倒的、勝機は薄いし正気でもない、狂気の特攻である。


「全員射殺しろ、無線機は切るな」


 銃声が鳴り響き空挺部隊の無線には銃声が入る、飛行船の艦橋が占領された以上ハッチが開けられない敵兵はここを奪取する必要があった。


「舵と操縦台壊しておけ」

「了解しました」


≪ドカン!!!≫


 そして焦った敵兵は散弾銃片手に部屋に突入した、早速流れ弾で一人死んだ。


 とは言え好都合だ、こちらは重機関銃を持っている、扉は一か所、弾が切れるまでは敵の侵入を阻害できる。


「隊長、これ弾が切れたらどうします?」

「残り1分持てばいい、そしたら煙幕焚いて飛行船の上部まで飛んで隠れろ、対空射撃の支援が始まるはずだ。」

「よ、他力本願っすね~」

「は、砲兵軍は有能だから信用しようじゃないか、、ね!!」


 弾が切れた瞬間敵が乗り込もうとする、それを何とか小銃を撃って凌いだ、部隊員の銃弾が切れるまで20秒は無い、、、


「おれあああああああ!!!!」


 私は重量緩和をした机を扉に向かって投げつけた、そしてそれを空間固定してその場から動かないようにする、いわゆるバリケードだ。


「椅子でも何でもいい!!全員なんか投げつけろ、玉切れの小銃とかも全部だ!!」


 ここまでして残り30秒、バリケードを破られるまで10秒程度だ、残り20秒の壁が分厚い、このまま突破されれば秒殺間違いなしである。


『こちら方面軍、航空機銃支援を行う!!残り10秒以内に退避されたし』

「!?了解した、支援感謝する、、、全員撤退!!!煙幕焚いて今すぐ逃げるぞ!!」

「「「了解しました!!!!」」」



 予想より早い支援に助けられた私たちは急いで窓から身を投げて飛行船の上部に張り付いた、金属製の飛行船に引っ付けば衣服表面の水分がくっついて離れない。


≪バキ!!!!≫


 対空機銃が飛行船を貫き、内部では爆発物が爆発した音がした、大口径の対航空兵機銃の威力は絶大で、こんな旧式の乗り物は即座に蜂の巣だ。


「小隊員ご苦労、帰投するぞ、もう弾薬どころか武器すらない」

「了解しました大隊長殿」

『こちら砲撃部隊、トーチカの無力化に成功、幾つかは空挺部隊が制圧したのでもう撤退しますね、航空船の相手ご苦労様です』


そして損害確認、大隊総勢120名死亡、内私の小隊からは4名死亡、全滅した中隊もある、圧巻の人数と策、加えて練度を持ってしても死にかけ中華兵相手に大損害を被った。


此処に来てようやく空砲兵の危険さ、殲滅戦の難しさ、何より死の恐怖を実感した。


工藤としての恐怖は他人事のような感覚だが確かに絶大な恐怖を抱いていて、カチューシャとしての覚悟もまた何処か客観的に認識した。


かつて見た小説の主役の様に無敵の能力など私にはない、あるのは人並みに鍛えた体と軍の幹部としての当然の知識、常識内で優れた魔術の腕のみである。


したがって私は撃たれれば死ぬ、轢殺、銃殺、毒殺、刺殺、絞殺、何をやられても簡単に死んでしまうのだ。


〔如何して何を恐れるのか〕とカチューシャは私に尋ねる、私は〔何故こんな恐怖を相手に覚悟を決めれるのか〕と疑問を打ち明けた、無茶な思考は意識を混濁させる。


混乱する意識が途切れた頃、いつの間にか私達は基地についていた。


――9月11日【クルア前線基地】


タバコ臭い簡易基地の中、ボロボロの隊員達は私を見るや否や大好きなはずもウォッカニアさえ手放して私の元へ駆け寄ってくれた。


「隊長殿生きていらっしゃったのですね!!よかった、、」

「さすがに心配しましたぜ」


時間にすれば1時間もない短い任務、しかしそんな時間が分厚いのがこの兵科なのだ、30分前の友が戦場の肥やしのなっている事が常な職場が故に、再開というのは嬉しく感動的なものだ。


そんな中チャコスア中佐はいつも縛っている藍色の髪の毛を乱雑に下ろし、目を見開いて私を睨みつけた、その身なりで砲撃部隊が如何に激戦をしていたかが安易に想像できた。


「カチューシャ大佐、、」

《ギュウウウウ》


彼女は次の瞬間私に抱きついた、私は本心で彼女に手を回して腕に力を込める、この世界に来てから珍しく二人の感情が一致した瞬間


それから一息ついた後私は地べたに座り込んだ、見える光景は薄暗いランプに照らされた楽しげな琥珀に光る仲間達だ。


其処にはかつて私と飲み比べをした彼や、よく事務仕事を手伝ってくれた彼女の姿は無い、無いのだ、今はしゃぐ彼らとて各々亡き戦友に思うところはあるのであろう。


しかし死に急ぐ彼らはそれ以上に生きているものに笑顔を振りまいた。


私はスキットルの中身を飲み干して椅子に座る、机に並ぶ肉に食らいつく、普段の携帯食の不味さに対し少しズルをして手に入れた肉の味はとにかくうまい。


「隊長殿良い食いっぷりですね」

「あの不味い飯じゃないんだ、食いつく他ない」


肉に新鮮なレタス、樽に入ったウォッカニア、作戦後の宴会は楽しく夢の様な時間である。



食事を頬張りつつ私は被害報告書に目を通す。


今回私の部隊は129人戦死、特に迎撃に出ていた第九中隊の全滅が大きい、被害率が10%を超えた場合は兵科指揮、空砲科で言えば砲兵軍第一師団第八大隊のカラシコフ代将の元に出頭しなければならない。


軍規上大隊長は10%の被害を超えた場合兵科隊長と呼ばれるその兵科の隊長に被害の正当性を言い、部隊員の補填を懇願する義務がある。


一中隊分の補充となれば新兵を送られる可能性が高い、となれば使える様になるまで少し訓練が必要だ。


魔道飛行を行う部隊は補充に時間がかかるという難点がある、飛ぶだけでも大変なのに重量緩和に温度調整、衝撃緩和、工学変化など複数の術式を必要とする空砲兵は新兵をそのまま使うわけにはいかない。



――9月27日 ソビレト連合首都 モスキット


寒さがようやく地上にもで始めた頃、ようやく私は首都に帰投した、少しづつ布の増えた服を着た住民が見え始めている。


そんな中私が向かう先は首都に隣接した軍事施設、中央軍参謀本部【呉宮殿】、その足並みは重かった。


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戦場と空 @TKaren

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