第2話

――8月22日・チェンクス近郊・ハチッカン


 軍人は常日頃から塹壕にこもっているわけではない、当然休暇と言うものが存在するのである、数年故郷に帰れないことはあるだろうが1月外食を取ることが出来ないというわけではない、敵国占領地であろうと自国防衛地であろうと今自分のいる場所でそれ相応の生活はできるのだ。


 あの後私たち第六大隊は休暇を貰えた、近々また戦場に行かねばならない、それまでの間に悔いのないように休暇を過ごせと昨日上官に言われたばかりであった。


 さて、ここハッチカンの街は綺麗なレンガ道に加えて素敵な噴水公園、そして軍人向けに多くの食事処がある街である、観光資源は特にないけれどグルメと言えばこの街らしい。


 そんな街の少々洒落た店の中、私は熱い紅茶と美味しいパンケーキを机に並べ平和を楽しんでいた、つい先日まで地獄にいたのだ、これが楽しくないなら何が楽しいというのであろうか。


 ところで、最近私はこの体のとある異変に困らせられていた、ウォッカニアと言う蒸留酒が存在するのだが、この体それを摂取しないで生活しようとすると体が震えてまともに動けなくなるのである。


 実は昨日上官の前で震えが止まらなくなり倒れたばかりである、今ではスキットルにウォッカニアとなみなみ注いで持ち歩かなければ怖くて外出できない。


「カチューシャ大佐じゃないか、隣いいかな?」

「うぬ、ヴィクトーリア大佐、生きていたか」

「そっちこそ」


 ヴィクトーリア大佐は私の向かいの席に座ると私と同じくパンケーキと紅茶を頼み、スキットルの酒を一口飲むと楽し気に話を始めた。


「そういえば中華連邦に対して本格的に掃討戦を行うってね」

「そうそう、欧州の義勇軍と交戦することにでもなれば死にかねない」

「うわ、勝てる戦争で死ぬとか冗談じゃない」

「ね~」


 私は紅茶を一飲みし、ヴィクトーリア大佐の料理を運んできた女性に追加でシャーベットを頼んだ。


 ヴィクトーリア大佐はパンケーキを豪快に口に放り込んだ、そして喉に若干詰まったであろうそれを紅茶で流し込む。


「で、前回の出撃はどうだったの」

「出撃自体は余裕だったけど、敵の砲台が問題だね、どう考えてもあれイギリア王国のやつだよ、中華連邦のじゃぁない」

「うっわ~、じゃあこの先対空機関銃も欧州のだ」

「そういうことになるね、まだ西部前線が戦線になってないだけましかな」


 ヴィクトーリア大佐は砲撃軍の観測士である、彼女の観測は正確無比で分かりやすく、それでいて凄まじい生存率という事で有名である、そんな彼女だからこそ敵軍がこれからしぶとくなるのは気がかりなのだろう、死にたい兵士などいない。


 私は届いたシャーベットにウォッカニアを掛け、砂糖を塗して口に放った、昔から頭にキーンと来ない私は冷たい食べ物が得意である、そういう点はカチューシャも工藤も一緒であった。


「次の出撃はチェンスク南部だそうだ、ヴィクトーリア大佐は何処かな?」

「私は中央戦線だそうだ、何でも肌の白い中華人が最新鋭の兵器を持ってやってきたそうで」

「奇遇だね、私の方も目の青い中華人の軍勢が増えたそうだ。」


 最後もう二度と会えぬかもしれない友人に私は何か声を掛けようとした、しかしこれを言ってしまうと一つ杭が消えてしまう、そう考えた私は出かけた言葉を飲み込んで、最後にかける言葉を練り直した。


「じゃあ、、、また会おう、ヴィクトーリア」


 彼女の何処か悟った笑顔を見ると、一瞬周囲が白くにじんだように見えたんだ、周囲の景色が滲んだように見えた、それがこの先の恐怖のせいか、彼女への心配か、はたまた別の感情なのか、私には分からなかった。



――――





―8月30日・チェンクス東部戦線・中央派遣軍宿舎


 東部戦線はまさに阿鼻叫喚の地獄であった、どうも戦場では予想以上に露骨で大量の肌の白い中華人兵が湧いて出てきたようである。


 中央砲兵軍からのチェンクス戦線への派遣は5師団分、砲兵軍は前10師団のため5割の砲兵軍がチェンクス戦線に派遣されている状態である。


 そのうちチェンクス東部戦線には砲兵軍第二師団、それに加えてチェンクス方面軍の1師団分の砲兵、そして東部方面軍が陸軍2師団、海軍の航空部隊が1師団、海上部隊が2師団、チェンクス戦線の中でも豪華な分類である。


 しかし、チェンクス戦線自体がそもそも低練度に加え、チェンクス東部戦線は寄せ集めの部隊であり、数だけの烏合の衆と言わざる負えない。


 そんな事情を背景に中央砲兵軍第二師団の師団作戦会議が行われた、簡易テントの中に大隊長が集まりほぼ全員が酒を片手に煙草を吸っていた。


「さて!誇り高き中央砲兵軍として我々の作戦ミスは許されない!、今作戦は敵野戦軍を壊滅させるため重要な戦闘になることはまず間違えない!、我々は敵陣を壊滅させ陸軍の進行を確実にすべく敵陣を吹き飛ばす!」


 師団長の定型文を聞きつつ大隊長各員、当然私も配られた作戦書に目を通す、今回はチェンスク東部西方、クルア線の占領作戦、西方から陸軍を全軍導入、戦線突破し東部戦線を包囲する作戦だ。


 作戦としては素晴らしいが低練度な陸軍では敵陣にトーチカ、戦車が残っていると確実に失敗する、そこで空砲兵は戦車及びトーチカ、目立つ砲撃陣地、線路を壊滅させることが役割である。


 全大隊長が不安を覚えているだろう、自分たちが失敗すれば確実に失敗し、陸軍の練度不足からなる護衛不足、砲兵の命たる戦線の維持すら不安を覚える現状、作戦の雲行きは非常に怪しいのだ。


「師団長殿、発言許可を」

「よろしい」


 この状況で最初に手を上げたのは第3大隊の隊長であった。


「重砲が旧式すぎてこれでは当てれません、それに先ほど確認してみましたがあれでは数発撃ったら壊れます」

「ふむ、今までどうしていたのか、、、とりあえず撃って迫撃砲使え、とにかく敵陣地に打ち込め、特に砲撃陣地は積極的に狙え」

「了解しました」

「他はあるか?。。。なさそうだな、じゃあ大隊に伝えろ!以上!!」


―――――


――



「というわけで大隊員諸君!!、、まあ、その、くっそ難しい任務を貰った」

「大隊長、戦車まで相手にしてたら弾数絶対足りないっすよ」

「そんなもの百も承知だ、今回は砲撃、迎撃、補充で小隊別に分ける、あと戦車狙うときは光学術式を忘れるな、打ち落とされるぞ」


 空砲兵は砲兵屈指の死亡率である、遮蔽物もない所で大きな砲を持って堂々と打ち込むのだから当然のことである、それ故空砲兵は階級が高い傾向にある、給金が高くなければやってられないのだ。


 そういう事情を抱える空砲兵にとって出来れば前線、しかも機動作戦なんて絶対出たくないというのが本音であり、大隊員は苦笑いを隠せていなかった。


「さてさて、詳しい作戦内容だが我々が狙うのはクルア線中央のトーチカ、戦車、砲撃陣地だ、優先順位はトーチカ、戦車、砲撃陣地だ、特に戦車は対空機関銃が付いている可能性が高い、垂直砲撃を心掛けるように、無意味な死者を出すなよ、補充できるほど余裕はない」


 これに対し第一中隊隊長、大隊副隊長チャコスア中佐は眠たげな表情を見せながら声を出した。


「あの~敵空兵は出てきそうでしょうか~」

「ふむ、敵空兵は確実に出てくるだろう、予想でいうのなら3中隊分、砲撃後直ぐに自己判断で上がってくる手練れだろうな、砲手を見つけられる前に排除しろ」


 部屋の中は凍り付くような熱気が立ち込めた、殺意と恐怖と少しの未練、それらを抱えた兵士達は死んだ魚のような目を地面に向けるばかりである。


 そんな中私が掛ける言葉は【カチューシャ】としてではなく、きっとこの言葉は【工藤愛花】としての言葉なのであろう、私は大きく息を吸い込んだ。


「私達は決して死ぬために戦うわけではない、考えても見てほしい、ここで戦わずして、国が負けて、貧困に明日すら見失い、道端でハゲタカに睨まれながら死ぬ、そんな未来を打ち倒すためにここ私達はいるはずだ!誰のせいでもなく何処か知らない所で運命を委ねずに済む、私達は凄まじく幸せな状況にいる、大丈夫だ!!死んだら自分のせいだ!こんな世界で己が生死を選択できるのだ!!!さあ逝くぞ、撃鉄を挙げろ!!!!」

≪ウラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!≫


 熱気は私達を死に導いた、仄暗い夜空は笑うように私たちを見下げ、火薬の匂いと共に私達は死を巻き散らすべく立ち上がる。



―――――――――――――――――――

9月11日・クルア線


 クルアには一足早い雪が降り注いでいる、白銀の染まる戦場、彼方向こうには鉄条網に守られた敵が待ち構えている、戦場独特の雰囲気、そして血肉が腐った異臭が立ち込めていた。


 鉄道から続々と降りる増援は荷下ろしにさえ時間が掛かっている、そんな中央砲兵軍は直ぐに準備を完了していた、今回は重砲が少ないことから重迫撃砲が多く、トラックには大量の玉と重迫撃砲が積み込まれている。


「第6大隊!!装備確認!!」

「第一中隊良し!」「第二中隊良し」

「第三中隊よし」「第四中隊良し」

「第五中隊良し!」「第六中隊良し」

「第七中隊良し「第八中隊良し」

「第九中隊良し」「第十中隊よし!!!!」

「よろしい!!各員上がれ!!!!!」


 私たちはそのまま上に上がった、見る見るうちに地上は遠くなり、音はどんどん聞こえにくくなってきた、防寒用の布を口まで上げて中隊確認を行う。


「第10中隊に告ぐ、敵兵索敵、敵迎撃部隊は確実に殺せ、戦車に関しての情報は第一中隊に送り込め、1、3小隊は索敵重視、4、5小隊は砲撃作戦の援護、2と6~10小隊は敵撃墜だ、気を引き締めろ!!」

『『『『『了解』』』』』

「さて第2小隊、我々は低高度での敵の索敵だ、サーチアンドデストロイだぞ、私の部隊になったことを悔やむんだな」

「ははは小隊長殿、我々は地面を駆けても構いませんぞ!!」

「よく言う!!各員加速、味方に撃たれるなよ!!」


 次の瞬間後方砲兵からの砲撃が始まった、空気を割るような音は前線上空まで鳴り響き、地上は一瞬で煙と火の海になった、瞬く間に敵陣は粉々になり陸軍の進軍が始まった。


「大隊作戦開始!!!陸軍の敵接敵までに破壊しつくせ!!!!」


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