カステラ太郎
結城藍人
カステラ太郎
むかしむかし、ある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ芝刈りに、おばあさんは川へ選択に行きました。
つまり、おじいさんの仕事は山のゴルフ場のグリーンキーパーで、おばあさんの仕事は川で獲れた魚の目利きだったのです。
おばあさんが、川で漁師の釣った魚を目利きして魚市場に卸す魚を選んでいると、川上から大きなベビーカステラがドンムラコ~、ドンムラコ~と流れてきました。
※ドン・ムラコ(1949~)
プロレスラー(引退)。アメリカ合衆国ハワイ州オアフ島出身。
主要獲得タイトル:NWAアメリカス王座、NWA世界タッグ王座、WWFインターコンチネンタル王座、ECW世界王座など。WWE殿堂入り。
日本では素顔で全日本プロレス、新日本プロレスに、また覆面レスラーとしてWARに参戦。
カステラがむき出しで流れてきたら水でビチョビチョになるんじゃないかとか、溶けて流れちゃうんじゃないかとか、そもそも大きかったら『ベビー』カステラじゃないんじゃないか、などとツッコんではいけません。昔話です。ファンタジーです。
おばあさんは、その大きなベビーカステラを拾うと、家に持ってかえっておじいさんと一緒に食べようとしました。桃ならともかく、流れてきたむき出しのカステラを食べようとは、なかなかいい度胸していますが、昔話のおじいさん、おばあさんって結構いい度胸した人が多いので無問題です。
すると、切ろうとしたベビーカステラがひとりでに割れて、中から大きな赤ん坊が出てきました。おじいさんとおばあさんはとても驚きましたが、子供が無かったので、たいへん喜んで赤ん坊を自分たちの子として育てることにしました。
そして、カステラから生まれたので「カステラ太郎」と名付けて、それは大切に育てました。
テロップ『※残ったカステラは、みんなでおいしくいただきました』
大切に大切に育てられたカステラ太郎は、すくすくと育ち、名前のようにフワフワな体のデブ……もとい、ふくよかな男の子に育ちました。ただ、ふくよかですが、たいそうな力持ちでもありました。
「これは横綱の器かもしれんぞ」
おじいさんは親バカでしたので、そう言って大喜びしました。
ただ、カステラ太郎は争いごとが嫌いな穏やかな性格でしたので、厳しい相撲の世界には向かないのではないのかと、おばあさんは心配でした。
ところが、ある日、そのカステラ太郎が言い出したのです。
「おじいさん、おばあさん、今、鬼ヶ島の周りでは、鬼たちが暴れて村を略奪して回っていて、たいそう困っているそうです。私が行って鬼たちに悪さをしないよう説得しようかと思うのです」
おじいさんとおばあさんは、危ないからやめなさいと止めました。しかし、カステラ太郎はこう言いました。
「世の中、根っから悪い人はいないと思います。話し合えばきっとわかってもらえます」
カステラ太郎は、名前のとおり考えも甘いのでした。
カステラ太郎の決意が固いことを知ったおじいさんとおばあさんは、せめて準備を整えようと、立派なのぼりと、まわしと、浴衣と、たくさんのベビーカステラを作ってあげました。
おじいさんは、のぼりに『日本一のカステラ太郎』と書くつもりだったのですが、下書きせずに書いたので『日本一のカステラ』まで書いてスペースが足りなくなってしまいました。
それでもカステラ太郎はおじいさんとおばあさんの心づかいを喜んで、黄色いまわしを締めてから『おいしいカステラ』という文字が山ほど書かれている浴衣をはおり、『日本一のカステラ』というのぼりと、山ほどベビーカステラが入った袋を背負って旅立ちました。
残念ながら、どう考えてもカステラの行商人にしか見えませんでした。
カステラ太郎が鬼ヶ島目指して歩いて行くと、道ばたでひなたぼっこをしていた猫が声をかけてきました。
「カステラひとつくださいな」
もちろん、猫は売ってもらうつもりで声をかけたのです。しかし、カステラ太郎はこう答えました。
「これから鬼ヶ島に行くのですが、ついてきてくれるならタダであげますよ」
猫は、まさか鬼の説得に行くつもりだなどとは思いもせず、単に鬼ヶ島まで行商に行くものと早合点して、その手伝いをすれば無料でカステラが食べられるのは悪くないと思いました。
「喜んでお供しましょう」
そう言ってベビーカステラを一個もらうと、おいしくいただきました。そのあとで鬼ヶ島に行く目的を聞かされた猫は『世の中、タダほど高いものはない』という言葉の意味を嫌というほど理解したのでした。
仲間が増えたので意気揚々と歩くカステラ太郎の後ろを、死刑場に向かう囚人のような足取りで猫がついていきます。
ふと、あることを思いついた猫がカステラ太郎に言いました。
「カステラ太郎さん、せめて長靴を買ってくれませんか? そうしたら舌先三寸で鬼をだまくらか……いえ、説得できるかな、とか思うんですけど」
それは違う童話だ! ……などとツッコむのは
「うーん、買ってあげたいのはやまやまですが、あいにくお金がありません」
「カステラ売って儲けましょうよ!」
「おじいさん、おばあさんが心を込めて作ってくれたカステラですから、売り払うわけにはいきませんよ」
「真面目なんだから……」
猫がぼやいていると、道ばたにいた狸が声をかけてきました。
「え~、売り物じゃないんですか? おいしそうなカステラの匂いがしてきたから食べたかったのに」
それを聞いたカステラ太郎は、目を輝かせて言いました。
「これから鬼ヶ島に行くのですが、ついてきてくれるならタダであげますよ」
猫は、一瞬、カステラ太郎の目的について狸に教えようかと思いましたが、よく考えたら犠牲者……もとい仲間は多い方がいいと思って黙っていました。
猫と違って、狸は行商ではないということを知っていたのですが、逆に行商でもないのにカステラの宣伝をしながら鬼ヶ島に行くというのは、鬼ヶ島から注文を受けて納品に行くところだろうと早合点して、それなら大した仕事はないだろうと思ってカステラをもらうことにしました。
「喜んでお供しましょう」
食べてから絶望のどん底に突き落とされたのは狸も同じでした。
仲間がさらに増えて意気軒昂なカステラ太郎の後ろに、暗い顔の猫と狸がとぼとぼとついていきます。
ふと、あることを思いついた狸がカステラ太郎に言いました。
「カステラ太郎さん、せめて茶釜を買ってくれませんか? そうしたら芸をして鬼をなごませて、こぶを取って貰う……じゃなくて、なごやかに話し合いができると思いますよ」
それは違う昔話が二つ混ざってるぞ! ……なんてツッコまないでくださいね。だいたい狸って昔話だと
「うーん、買ってあげたいのはやまやまですが、あいにくお金がありません」
「ああ、それでカステラ売ろうって言ってたんですね」
「ええ。繰り返しますが、おじいさん、おばあさんが心を込めて作ってくれたカステラですから、売り払うわけにはいきませんよ」
そうカステラ太郎が言ったとき、道ばたから声がしました。
「え~、売り物じゃないんですか? おいしそうなカステラの匂いがしてきたから食べたかったのに」
それを聞いた猫と狸は『カモが来た!』と思って声の方を見ました。
すると、鴨が一羽、ネギを背負って立っていました。
「「リアル鴨かよ!!」」
思わずハモりながらツッコんでしまった猫と狸だったのでした。
そんな二匹にはかまわず、カステラ太郎はにこやかに言いました。
「これから鬼ヶ島に行くのですが、ついてきてくれるならタダであげますよ」
「喜んでお供しましょう」
鴨は何も考えずに即答しました……何しろ鴨ですから。
そして、ベビーカステラを食べたあとでカステラ太郎の目的を聞いても特に驚いたりしませんでした。鴨なので、あっさりとカステラ太郎の甘い考えを信じてしまったのです。
「それはいいことですね。そうだ、僕の仲間にもカステラをくれたら鬼ヶ島までお運びしましょう」
「おお、それは助かります!」
鴨が大勢の仲間を呼んできたので、カステラ太郎は全員にベビーカステラをあげました。そして、鴨たちの足をヒモで結わいて手に持ち、肩に猫と狸を乗せました。
「権兵衛さんを運んだときの要領で行くよ~!」
ネギを背負った鴨が号令をかけました。どうやら、この鴨たちは別の昔話の重要キャラクターだったようです。鴨なんてあの話にしか出てきませんから。
鴨たちが一斉に飛び立つと、カステラ太郎たちはそれにぶら下がって鬼ヶ島まで一直線に飛んでいきました。
鬼ヶ島に着くと、最初のネギを背負った鴨以外の鴨たちは、みんな飛び去ってしまいました。
「ありがとうね~」
飛び去る鴨たちにお礼を言って手を振っていたカステラ太郎ですが、後ろから足音がしたので振り返りました。すると、そこにはひとりのお坊さんが立っていました。
「拙僧は
※俊寬
真言宗の僧。平家への謀反計画『鹿ヶ谷の陰謀』の首謀者として鬼界ヶ島へ流罪となった。
「おお、そうでしたか。私はカステラ太郎と申します。ベビーカステラをさし上げますから、鬼たちの所へ案内していただけませんか」
「ご喜捨、感謝いたす。ついて来られよ」
俊寬僧都にカステラを渡すと、めったに食べられないスイーツに涙をこぼして喜びながら道案内をしてくれました。
鬼ヶ島は荒れ果てた土地ばかりで、あまり食べものなど有りそうにありません。
しばらく行くと、粗末な砦が見えてきました。
「開門、かいも~ん!」
俊寬僧都が呼びかけると、ギシギシ音を立ててオンボロの扉が開きました。
「おう、坊主、さっきの変な鴨は何だったんだ?」
筋骨隆々とした侍が俊寬僧都に尋ねました。
「おお、
「ほう、客か? 珍しいな。俺は
※森長可(1558~1584)
戦国武将。織田家家臣、のち豊臣家家臣。森可成の長男で、織田信長の小姓として名高い森蘭丸の兄。勇猛な戦振りから『鬼武蔵』の異名で知られる。小牧役、長久手の戦いで討死。
「カステラ太郎と申します。こちらは供の猫、狸、鴨です」
「で、何しに来たんだ?」
「鬼が、この周囲の村を略奪していると聞いたので、止めるように説得に来たのです」
「ンだとぉ!?」
長可が突然怒鳴ったので、猫、狸、鴨は縮み上がりました。しかし、カステラ太郎は平然としています。それを見た長可はカステラ太郎を少し見直して言いました。
「ほぉ、いい度胸してるじゃないか。その度胸に免じて、ウチらの大将に会わせてやるぜ」
長可に案内されて奥に進むと、長可より更に筋骨隆々とした大男が立っており、その奥にはひとりの鎧武者が
「弥太郎、大将にお客だぜ」
「こんにちは、カステラ太郎です。これは供の猫、狸、鴨です」
挨拶したカステラ太郎を
「それがしは
※小島貞興(生没年不詳)
戦国武将。上杉家家臣。「鬼小島弥太郎」の名で軍記物などで活躍する豪傑として知られるが、実在の証拠が一級資料に見られず、架空の人物の可能性も指摘されている。
カステラ太郎は臆さずに鎧武者の前に進むと、頭を下げてから改めて名乗りました。
「私はカステラ太郎と申す者です。これは供の猫、狸、鴨です。お目通りをお許しいただきまして、誠にありがとうございます」
「
※島津義弘(1535~1619)
戦国武将。島津家一門。十七代当主とされていたが近年それを疑問視する説が唱えられている。朝鮮の役では数倍の敵軍を寡兵で撃破し、関ヶ原の戦いでは少数の軍勢で東軍の敵中突破を果たした猛将であり、「鬼島津」と恐れられた。
「この島の周りで鬼が略奪を行っていると聞いたので、止めるよう説得に来たのです」
それを聞いて、義弘はニヤリと笑うと答えました。
「面白いヤツじゃな。残念ながら、それは聞けん。この島には食料が無い。我らも食わねばならぬから、略奪するしかないのじゃ」
「どうしても聞いてはもらえませんか?」
重ねて聞いてきたカステラ太郎に、義弘は少し考えて条件を出しました。
「そうじゃな……我らも鬼と呼ばれた強者揃い。もし、お主らが我らに勝つことができれば略奪はやめよう」
義弘がそう言うと、長可、貞興をはじめとして、
※土方歳三(1835~1869)
※長谷川宣以(1745~1795)
江戸幕府旗本。火付盗賊改方。犯罪者の更生施設である人足寄場の設立を建言した。「鬼の平蔵」こと「鬼平」の異名で知られるが、これは池波正太郎の時代小説「鬼平犯科帳」の影響が大きい。
作者的には本当は「雀鬼」
え、ドン・ムラコ? あれは擬音だからセーフです。
「覚悟しろ!」
「「ひえ~っ」」
名うての鬼どもが襲いかかってきたので、猫と狸は恐れをなして逃げだそうとしました。ところが、そのとき鬼たちの前に敢然と鴨が立ちふさがりました。
「待ってください! みんな争いなんかやめて、僕の歌を聴いてください!!」
そう言うと、背負っていたネギを手羽先……ではなく羽の先に持って振りながら「千本桜」を歌い始めました。何と、ネギを背負っていたのは、鴨鍋のためではなく、このための伏線だったのです!
※千本桜
ボーカロイド『初音ミク』が歌う形で発表された楽曲の中でも特に有名な曲。
なお、初音ミクの動画においては、ミクはネギを持って踊ることが多い。
意外にも、その歌は非常に上手く、猫も狸も感動して涙を流すほどでした。そして、それは名うての鬼たちも同じでした。
「ヤック・デカルチャー!!」
みんなでそう叫ぶと、泣きながら武器を捨てて地に伏せたのです。
※ヤック・デカルチャー
アニメ『超時空要塞マクロス』シリーズにおいて、文化を持たない巨大異星人ゼントラーディ人が、地球人の持つ歌という文化に接触して驚愕した際に叫ぶセリフ。
「やはり、真心を込めて話し合えば、人はわかり合えるのですね」
カステラ太郎がきれいにまとめましたが、実は本人は最初に焚きつけた以外は何もやってません。
それに、根本的な問題は解決していないのです。
「うう、ワケがわからん内に戦意喪失してしまったが、負けは負けじゃ。しかし、この島に食料が無い以上、略奪をやめては我らが飢え死にしてしまう」
義弘がそう言ってきました。それに対してカステラ太郎はにっこりと笑って答えました。
「私が持ってきたベビーカステラをあげましょう」
ところが、袋を逆さまにしてみても、ベビーカステラは出てきませんでした。
「しまった、俊寬さんにあげた分で品切れでした」
それを聞いて、義弘は怒りました。
「どうするのじゃ、我らに飢えて死ねと言うのか!?」
しかし、カステラ太郎は慌てずに答えました。
「しかたありません。実は私はカステラの精だったのです。みなさんのために、この場でおいしいカステラをご用意いたしましょう」
「おお!!」
驚きながらも期待する鬼たちの前で、カステラ太郎はおもむろに自分の頭に手をかけると、そのまま上に引っ張ってスポンと首から上を抜いてしまいました。
「さあ、私の頭をお食べなさい。おいしいカステラですよ」
「うぎゃあああああっ!!」
人の生首など見慣れているはずの戦国武将たちでさえ、生きた人間の首が取れた上に、しゃべりながら差し出されるなどということはさすがに経験がなく、肝をつぶして逃げ惑います。
お供の猫、狸、鴨も余りにスプラッターなシーンに怖気を振るって逃げ去ってしまいました。
誰もいなくなった鬼ヶ島にポツンとひとり残されてしまったカステラ太郎は、不思議そうにつぶやきました。
「おかしいですねえ、アンパン頭の英雄はこれで大人気だったんですが……」
それはアンパン頭だからだろう! ……とツッコむ人もいない状況です。また、アンパン頭の彼も、登場当初から大人には「グロい」「キモい」と不評だったことは知る人ぞ知る事実です。
取れた首をかしげていたカステラ太郎ですが、首を元のようにはめてからポンとひとつ手を叩くと、笑顔になって言いました。
「何はともあれ、食べものが無い鬼ヶ島には誰もいなくなったのですから、もう鬼たちが周囲の村を襲うこともないでしょう。これにて、一件落着!」
ところで、鴨もいなくなってしまった今、カステラ太郎はどうやって帰るつもりなのでしょうか?
いやいや、カステラの精であるカステラ太郎は、水に入っても溶けません。
もしかしたら、あなたの家の近所の海岸に、ドンムラコ~、ドンムラコ~と流れ着くかもしれませんよ。
カステラ太郎 結城藍人 @aito-yu-ki
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