第7話 力 

 俺は料理ができない。ゆうべは惣菜ですませたが、ルリアに言われるがまま食材も買ってきて冷蔵庫に入れてある。だが俺には朝飯が作れないのだ。

 魔術師やら道化師やら、わけの分からん連中に料理ができるとも思えないが、昨日は疲れていてお使いにも疑問を抱く余裕がなかった。

 洗顔を済ませてのっそり居間に出ると、なんと朝飯の匂いがする。

「おはよう……」

 ルリアはテーブルについて眠そうに目をこすっている。じゃ、まさかフールの奴が……?

 恐る恐るキッチンを見に行くと、無人だった。

 宙に浮かぶナイフで食材が勝手に切られて、フライパンはコンロに行儀よく鎮座し、火が勝手についた。そこへ厚切りベーコンが飛んできて上に生卵が落とされた。

「何じゃこりゃ……」

 さながら、透明なシェフが数人がかりで料理をしているようだった。

「面倒だから全部魔術で作るの。ポンと料理が出せれば楽なんでしょうけど、さすがに無から有は生み出せないから」

 あくびをしながら、ルリアが俺の心中の疑問に答えてくれた。

「味はおいしいわよ。私が自力で作るよりはね。動きは全部プロのものをトレースしてるから」

 最新の料理家電なんかの非じゃないほど便利だ。さすが魔術。

「すげえありがたいけど、寝起きでこんなことして大丈夫なのか? エネルギーとか」

 魔法もののフィクションだと、こういう無駄遣いはたいてい禁止されるものだが。

「魔力のこと? 創造界は魔力の源だから無尽蔵といっていいわよ。でも、物質界で動き回れる時間は、今だとせいぜい十五分くらいだけど」

「そんな制限あんのかよ」

 聞いてないぞ。これからいろんな奴と戦うってのに、なんでそんな重要なこと、昨日言ってくれなかったんだよ。昨日、あんなに説明タイム長かったのに。

「数札のエース以外にあたしのカードもあったでしょ。あれ、あんたがあたしを呼び出すときに使うものなの。カードを見ながら名前を呼んでくれれば物質界に出てこられるわ。魔術でサポートしてあげられると思う。魔術を使わずに十五分だから、高度な魔術を使うなら五分ってところよ」

 使いどころの難しい必殺技みたいなもんか。

「限界がくれば消えて、強制的に創造界へ戻されるわ。あたしが消滅しないように、ゴラルが設定した魔術なのよ。で、ある程度魔力をチャージすれば復活」

 親切なシステムだ。ますます最近のゲームみたいだな。

「どうでもいいけどお前、朝はテンション低いんだな」

 俺だって寝起きがいいわけじゃないが、ルリアはダルさを全面に出している。素直でいいと思う。

「テンションといえば、フールは?」

「まだ寝てるわよ」

 なんだ。常時ハイテンションだから、朝からうるさいかと思ったのに。

「たたき起こしてきて。あたしは面倒だからここにいるわ」

 本当にダルいんだな。魔力が無尽蔵なら、常に元気ってわけでもないのか。

 フールの部屋の前まで来たが、何の音もしない。本当に寝てるのか……?

 ノックをしても返事がないので勝手に開けた。

 奴は、玉乗りをしていた。無言で。いや――

「んー……。四季さんのグラサンはちょっと借りただけ……。壊そうと思ってたわけじゃな……キヒヒヒヒ……」

 寝てる。寝言まで言ってる。しかも、聴く者に情景が想像できるほどハッキリした寝言だ。

 熟睡しながら、玉乗りをしている。

「おーい、フール」

 そっと呼びかけても起きる気配はない。玉乗りしてるけど。

 仕方ないので突き飛ばしてみた。

「ぐえっ」

 すてん、とピエロらしく転んだフールは、寝ぼけ眼できょろきょろした。

「んん? くふっ……キヒヒヒヒヒ……」

 俺の姿と今の状況を把握したのか、例の如く笑い出した。

「ごめん。起きたか?」

「ヒヒッ、ヒハハハハハハ! ィイーーハハハハハ!!」

 完全に起きたようだ。

「メシができてる。食え」

 この笑い方のフールと深く関わりたくなかったので、必要最低限のことだけ言って逃げるように部屋を出た。

 一通り笑い終わったフールは、やけにストロークの長いスキップをしながら出てきた。

 トースターから、フリスビーのように勢いよく回転しながらトーストが皿に飛んできて、バターが塗られた。ベーコンエッグも絶妙な仕上がりだ。

「わお。相変わらず便利だねー、ルリアちゃんは」

「否定はしないけど、あんたに言われるとムカつくわ、フール」

 三人でいただきますを言って食べ始める。赤いドレスの金髪少女とピエロと俺。このメンバーで普通の朝食。シュールだ。

 食べ終わると見計らったように電話がかかってきた。

『おはよう秋月近衛くん。朝食はすんだかね?』

 やっぱりあのグラサンだ。

「見てたのかよ、あんた。たった今食い終わったけど」

『それはよかった。今から言う場所に来てくれたまえ。大至急だ』

 芹沢は一方的に住所と目印を言って電話を切ってしまった。余裕のある喋り方に聞こえたが、なんとなく焦っているようにも思えた。

「大至急で集合だとさ」

 ルリアは腕組みをしながらため息をつく。

「朝っぱらから何かしらね。つまんない用事だったら凍らせてやろうかしら」

 機嫌悪いなあ。朝だからか?

「ねー、それ、ボクが行っていい?」

 フールが無邪気にとんでもない提案をしてくる。

「お前が表に出るってことか? そんなことできんのかよ。二回入れ替わったけど、二回とも死にかけたときだったじゃねえか。もう嫌だぞ」

 より正確に言えば一回目は死んでいたところから蘇った。毎回そんな酷い目に遭わなきゃダメなのか。

「ああ、それなら私がなんとかしてあげるわよ」

 そう言って、ルリアは食器をまとめてキッチンへ飛ばすと、今度は表が白いブランクカードと水彩絵の具セットを自分の部屋から飛ばしてきた。

 そしておもむろに、カードに絵を描き始めた。

「大至急だって言われただろ。何のんびり絵ぇ描いてんだ」

 どんだけ行きたくねえんだよ。

「うるさいわね、必要なことなのよ」

 ルリアはなにやら呪文を唱えながら、水彩画をカードに描いていく。両手で筆を二本使った超絶技巧の早業。奇妙なポーズの人間が描かれていく。

「ん? なにこれボクじゃん! わー、わー、そっくり! ヒハハハハハ!」

「ちょっと、あと少しなんだから静かにしなさい」

 それは踊っている最中のフールだった。人をバカにしたようなポーズだ。特徴を捉えてはいるけど。

「できたわ。近衛、着いたらこれを見ながらフールを呼びなさい。前まではあんたの心に完全な隙ができないと入れ替われなかったけど、これからは順調にいくわ」

 他のカードと同じように、フールもカードとして使えるようになったってことか。

「おお、ありがとな。絵心あるなあ、ルリア」

 黒い太線での縁取りがポップな、ピエロらしいフールの絵だ。

「じゃ、行ってらっしゃい。あたしはここで待ってるから、必要なときに呼んでね」

 俺は水晶玉を見つめ、芹沢に指定された場所へと移動した。



「少し手間取ったようだが、来てくれて助かった。さっそくだが、あれをなんとかしてくれたまえ」

 着いた先はどこかの公園だった。芹沢と数人のゴラルのメンバーたちがいる。結界でも張ってあるのか、公園内に一般人の姿はない。

 物理的な閉鎖じゃないと思ったのは、誰もいないだけでなく騒ぎになっていないからだ。

 公園のド真ん中にライオンがいるのに。

 立派な鬣がある、金色に近い毛並のライオンだ。目がアクアマリンみたいなきれいな水色。

「何だ、ありゃ」

「ライオンだが」

「そうじゃなくて」

 おちょくってるのか天然なのか分からんな。まあ、ただのライオンなわけないよな。

「お察しのとおり、あれは《力》のカードの化身だ。我々が発見し、ここに閉じこめたはいいが言うことを聞かなくてね」

「大人しいじゃねえか」

 適度に距離はあるし吠えたり唸ったりもしていない。

「こちらの隙を伺っているだけさ。殺気は感じるだろう? こう着状態になってしまっているのだよ。この化身は手なずけなければ手に入れたことにならないが、百獣の王はプライドが高くて困る」

 思ったより状況は緊迫している。この人の優雅な喋り方のせいで緊張感はないけど、下手したら全滅もありうる事態だ。

 だが、ここでフールを使わないと、帰ったときめちゃくちゃ面倒くさいだろうな。まず俺だけで収められる気もしないし、ここは道化師の手も借りたほうがいいか。

「言いづらいこと言っていいか?」

「何だ、早くしたまえ」

「選手交代したいんだけど」

「まさか……」

 確認が終わらないうちに、カードを取り出した。

「フール!」



「ィイーーハハハハハハ!!」

 んー、相変わらずおっかないなー、ライオンくん。おっ、顔つき変わった。

「何を考えているんだ、近衛くんは……。フール、何か考えでもあるのかね」

「まさかー」

「言ってみただけだ」

 おしりを高く持ち上げて、あれは獲物を狙うポーズだね。

「四季さん、危ないから下がってるほうがいいと思うよ」

 四季さんは、やれやれと言いながら後ろに逃げた。ボクはポケットから赤いハンカチを出した。

「久しぶりだね、ライオンくん。あそぼー」

 ハンカチを振って大きな赤い布にする。

「ほらほら、ボクはおいしいお肉だよーん」

 ライオンくんは吠えながらボクに飛びかかってくる。そこを、闘牛士の要領で避ける。だけどさすがネコ科、牛より素早いね。服をちょっと齧られちゃった。

 何度か闘ライオンで遊んでみたけど埒があかない。っていうか飽きた。

「さすがは《力》の化身だね。スタミナの塊って感じ?」

 全然疲れた様子はない。この子を疲れさせるには、100年くらい徹夜で遊ばなきゃダメかな。

 それはそうと次の遊び。闘ライオンで動きの癖は分かったから、今度はちょっと変えてみよう。

 ボクは走ってくるライオンくんに向かって走った。

「えいや!」

 ジャンプして、その狭いライオンの額に手をついて回転。背中に飛び乗った。

「ィイヤハーー!!」

 ロデオ、オン・ライオン! 鬣につかまって乗りこなそう。だけど馬よりフットワークが軽い。跳ねる跳ねる。すごい高さまで跳ぶ。

「ぶえっ」

 思いっきり右斜めに飛ばれて、振り落とされちゃった。

「いたた……おっと」

 獲物の隙は逃さない。ライオンくんは転んでいるボクの真上に跳んできていた。なんとかバック転で逃げる。

「フール、こっちだ!」

 四季さんの声。振り返るとかなり遠く、公園の中心で仁王立ちになっていた。

 しかもグラサン取ってる。本気だね。

「はいはーい!」

 ポケットからボールを取り出して、思いっきり上に投げる。これも途中で大きくする。そしてボクも真上に跳んで――

 オーバーヘッドシュートを決めた。四季さんの後ろあたりに。

 ネコの本能、ライオンくんはボールを追った。走って十メートルくらい跳んで着地。四季さんの目の前だ。

 だけど、ライオンくんは四季さんに襲いかかることはできなかった。ライオンくんの足元を中心に、幾何学模様が赤く光っているから。

 それは四季さんが作った魔法陣だった。

 四季さんは短く呪文を唱えた。ライオンくんに赤い電流のようなものが流れ、動きが封じられた。

「時間稼ぎご苦労」

 グラサンを取った四季さんの目は金色に光っている。強い魔術を使うときのモードだ。

「うん。でもまだ敵意満々じゃん? 手なずけるの無理っぽいけど?」

 動けないながらもきっちり睨んで、唸って威嚇してくる。

「ふむ……何が気に入らないというのだろうか。勝負ならついたのだ、《力》は正々堂々とした勝負の意味もあるのだから、負けを認めてくれるはずなのだが。やはり人間にしてやられたというのが許せないのか?」

「んー……。カードの意味よりもっと根本的な問題かもね」

 そうだ。ボクも近衛の真似してみよーっと。

 えーっと、魔術師のカードで――

「ルリアちゃーん」

 炎の壁とともに、ルリアちゃんが現れる。

「……あら? この子、もしかして《力》の化身?」

「そうなんだよ。なかなか戦意をなくしてくれなくてさー。困って――」

 あれ。ルリアちゃんを見たとたん、様子が変わった。

 ぼふん、という音とともに、ライオンくんは煙に包まれた。

 そしてそこには、子ライオンの姿が。

「みゃー」

 子猫みたいな声で、子ライオンくんが鳴いた。子ライオンくんはちょっと大きめの子猫にしか見えない。

「まあ、かわいい」

「…………」

「…………」

 ボクと四季さんは絶句した。

「戦意、なくしてくれたみたいね。四季、呪縛を解いてあげなさい。かわいそうでしょ」

 四季さんが解除の呪文を唱えると、魔法陣の光が消えた。

「どういうことだ? ルリアを見たとたん、おとなしくなるどころか小さくなったぞ」

 ルリアちゃんが招くと、子ライオンくんは素直に近づいていく。

「おねえちゃん!」

 喋った。まあ化身なんだから言葉くらい使うだろうけど。

「魔術師のおねえちゃん、はじめまして。ぼくは、ちからのけしん、だよ」

 小さい男の子の声だ。

「やっぱりねー。意味じゃないなら絵のほうかなとは思ったんだよ」

 試しにルリアちゃんを呼んで正解だった。

「絵、とは?」

「まあ絵というか象徴? 《力》ってだいたいライオンが描かれてるんだけど、若い女の人に飼いならされてるんだよねー。もともとそういう存在なら、女の子の言うことは聞くようにできてるんじゃないかと思って」

 《魔術師》が男性の化身じゃなくて助かった。

「あなた、フールたちと戦ってたの?」

 ルリアちゃんは子ライオンくんをだっこしながら訊いた。

「そうだよ。おにいちゃんとおじちゃんはオスだからね。たたかわなきゃだめなんだ」

 ライオンは一頭のオスがメスを何頭も率いる群れを形成する。オスは総じて敵ってことか。仲間に入ってもらうのは難しそうだな。

「ふむ、君の生きる世界では、生き残れるオスは一頭だけのようだが、人間は違うぞ」

 四季さんがなんとかうまく言ってくれるのかな。

「人間も群れを形成するが、他の群れのオスをいちいち倒したりしない。つまり、一度群れを作れば縄張り争いはしないのだ、基本的には。私とフールは別の群れのオス同士なので争ってはいない。そして君は、ルリアとフールの群れのオスということになる」

「じゃあ、ぼくは道化師のおにいちゃんをたおさなきゃだめだね!」

「それも違うぞ。人間の群れでは、複数のオスとメスが混在する。序列をつけて、下の者は上の者に従うのだ。ライオンと違って繁殖力の弱い人間は、群れの中でオスが一人だと存続が難しいので、強いオスが弱いオスを排除する決まりはない。ルリアとフールの群れでは、ルリアが一番偉い。君が彼女を守るオスとなるなら、君は二番目、フールはその次だ」

「ぼくが、いちばんのオス?」

「そうだ。だが、ルリアが群れの一番だぞ」

 ボクは勝手に下にされちゃった。まあいいけど。

「この子、あたしたちのチームに入れるの?」

 つまり拠点に持って帰るってことだ。

「仕方あるまい。この子はゴラルに持って帰っても暴れるだけだ。君に懐いているのだし、そうするのが妥当だろう。――まさか近衛くんが猫アレルギーということはないだろうね?」

「ないと思うけど……」

 子ライオンくんの頭を撫でながらも、困惑するルリアちゃん。

「そうね。あたしたちのおうちに行きましょう」

「ほんと? おねえちゃんのおうち? わーい!」

 二つ返事で話がまとまった。

「さて、これで話はついた。これからはこうして、他の化身を引き入れたり倒したりして《世界》に近づきたまえ。我々はそのサポートをする」

「じゃあもう帰っていい?」

「いいとも。我々にも休息が必要だ。朝から魔力を使いすぎてしまった」

 四季さんは極めてビジネスライクな人だ。あまりボクと遊んでくれない。しつこくすると構ってくれるけど、本気は出してくれたことがない。



 拠点に帰ってきた。とりあえず、ルリアの赤い部屋に集合。子ライオンはルリアにだっこされたままだ。

「わっ、おにいちゃん、だれ!?」

 ああそうか。ずっとフールだったしそのまま帰ってきたから、俺のことを認識させてなかった。

「俺は近衛。カード遣いだ。実はフールに体を貸しているから、さっきもずっといたぞ。こいつとセットとして考えてくれ」

「ふうん。コノエおにいちゃんは、道化師のおにいちゃんよりつよい?」

 オスの序列のことを気にしてるのか。

「いや、強さで言えば一番弱いと思う」

 嫌だけどライオン相手に嘘をつくとえらいことになりそうだ。正直に答えておいた。

「じゃあ、このむれではいちばんよわいんだね!」

 無邪気に宣言されてしまった。

「確かに群れのオスではあんたが一番強いけど、あんたはこの群れを守る立派な王様にならなきゃいけないのよ。おにいちゃんたちと喧嘩しちゃダメだし、偉そうにするのもダメよ。そんなのはみんなから尊敬される王様じゃないわ」

 すかさず、ルリアがフォローしてくれる。何事も最初が肝心だ。猫を飼うのだって、最初の躾がうまくいかないと飼い主は舐められる。

「うん、わかった。おねえちゃんがいうなら、なかよくするよ」

「よしよし、いい子いい子」

「うふふー」

 首の下をこちょこちょされて、喉を鳴らしている。完全に子猫だ。

「お前、名前はあるのか?」

「なまえ? ないよ。ぼくたちって、がいねんだからね。なまえはにんげんがよびやすいようにかってにつけたものなの。ぼくはいままで、なまえをつけられたこともないの」

 フールやルリアには最初から名前があったが、それも芹沢あたりがつけたものなのか? ルリアはともかくフールって、《愚者》の英語読みだもんな。日本語でいうと《アホ》。自らは名乗りたくない。そしてフールは、そんなことは全然気にしてないんだろう。

「でも呼びにくいから、名前はあったほうがいいだろう。ルリア、お前がつけろ。飼い主だろ」

「あたし? うーん、そうね……ライオンといえば獅子だから、《アリィ》とか? ヘブライ語だけど。かわいいし、ちょうどいいと思うわ。どう?」

「よくわかんないけど、それでいいよ! おねえちゃんがつけてくれたなまえだからね」

 ライオンにしてはずいぶんかわいい名前だが、小さいモードにはよく似合う。

「名前もだけど、あんたには群れのルールをもう少し詳しく教えておくわ。この群れはあたしを女帝として、あんたを皇帝とする。そしてその他のオスの扱いだけど、近衛のことは絶対に噛まないこと。大きいときはもちろん、小さくてもダメよ。人間はちょっとの怪我でも死んじゃうから」

「ぱんちは? あそぶとき、ぱんちしちゃうかも」

「爪は出しちゃダメ。思いっきり手加減すること」

 これは、《力》の化身基準だろう。ネコパンチも甘噛みも、猫や普通のライオンと同列には考えられないような規模のダメージになるはずだが、こいつにとってはちょっとなのだ。

「道化師のおにいちゃんは?」

「こいつは、ちょっとなら大丈夫よ。しつこくしてきたら引っ掻いてもいいわ。

ただし、大きいときはダメ」

「えー、なにその扱い。近衛ばっかりずるいー」

 手をぱたぱたさせながら、フールが抗議した。

「それと一番大事なことだけど、物質界では、あたしが許可したとき以外は大きくならないこと。ここでなら、たまには大きくなってもいいわよ。この二人に襲いかからなければね」

 結界を張っていなければ、ライオン脱走騒ぎになる。新聞沙汰だ。

「ちいさければいいの?」

「そうねえ。小さくても目立つけど、せいぜい『かわいい』くらいしか思われないから大丈夫よ」

 とくに日本は、かわいいものには超寛容だ。

「あと、あんたの部屋はここ。あとで寝る場所とか用意してあげるわ」

「んー。いつでもおねえちゃんをまもれるように、ねるときはいっしょのおふとんのほうがいいとおもう」

「そ、そう? じゃあたまにはいっしょに寝ましょうか」

 子猫と添い寝するようなもんか。黙ってたけど、こいつ子ライオンとして見るとめっちゃかわいいもんな、羨ましい。

「じゃあ家臣、さっそくだけど皇帝のベッドとおもちゃと、ごはんを買ってきなさい。お肉がいいわ。おもちゃとかは猫用のものを。ベッドは大きめの猫ベッドで、この部屋に合うものを」

 家臣って俺だよな。ルリア、すっかり女帝気分だ。

 俺は言われたとおり、大きく豪華な猫ベッドと、デラックスサイズのキャットタワーと、猫用定番おもちゃを数個、あと肉を買ってきた。ベッドとタワーはルリアの部屋に俺とフールで設置した。真面目にやらせるのに苦労した。


 糸の先っぽにフワフワがついた釣竿のようなおもちゃで、俺はライオン釣りをして遊んだ。

「わー、たのしー! うふふふ」

 フワフワにじゃれるアリィはほんとに猫そのものだ。癒される。ただ――

「コノエおにいちゃん、もっとあそんでー」

「俺はもう疲れたよ、フールのところにでも行け」

「えー」

 スタミナはやっぱり桁違いだ。











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TARO 大槻亮 @rosso

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