秘密の夜

「ふう、あとはハンバーグのタネを30分ほど寝かせておいて焼くだけ」

「だんだん、説明が短くなってきた気がする」

「だって説明しながらだと、全然はかどらないんだもん。ミチルは”なんで”か”ほーーっ”しかしゃべってないけど私はしゃべり続けだし」


「しかし、芽衣って料理の段取りがいいなー。俺はてっきり明日のハンバーグだけ作ってるのかと思ってたけど、気が付いたら肉じゃがも出来てたし」

「肉じゃがは一晩寝かして、明日もう一度火を入れるの。しっかり味がしみるのよ」

「今のバイトで料理はマスターが一人で作ってるんだけど、次から次と注文が入ってきても対応できるのは、次の事まで考えてるからだな。俺も手伝えるかと思ってたんだけど、まだまだ修行が要りそうだ」

 ミチルが料理を覚えたいのは清水さんのためなんだと思ったら急に悲しくなった。思い切って聞いてみた。


「ねぇ、ミチルってその、、、清水さんの事が好きなの?」


 ミチルの顔が急に真剣な顔つきになった。

「それ聞くの2回目だよ」


「え、あの…」

「ほら、酔っぱらったときに」

「ごめん、覚ええてない…」

「じゃあさ、また俺に料理教えてくれるなら答えてあげる」

 そう言ってミチルがにっこり笑ったから、つられて笑ったけど気になって心に引っかかったままだ。

 簡単な晩御飯を一緒に食べて、ミチルが帰った後、いろいろ考えてしまった。

 ミチルが清水さんのことが好きだって分かったら応援してあげられるのだろうか?私はミチルの事諦められるんだろうか?



「おーっ、芽衣すごい。リクエスト通りハンバーグだー。いただきまーす」

 沙良が嬉しそうに笑っている。一口食べてさらに目を丸くした。

「うそ、なんでこんなにふわっとしてジューシーなの?」

 ミチルが横から説明した。

「ハンバーグに使う肉は牛と豚の合い挽きミンチを使うこと多いんだけど、芽衣特製ハンバーグは合い挽きのひき肉を使わずに、フードプロセッサーでミンチしてあるんだ。質のいい肉でミンチを作れるうえに、必要な分だけ作るから無駄がないし、食材の使いまわしも出来る。牛脂を加えて酢を入れることによって肉がさらに柔らかくジューシーなってるんだ。種の温度を上げないために、キツネ色に炒めた玉ねぎを冷やすとか、牛乳に浸したパン粉を冷凍庫で冷やすとか、手を冷やすとかして油が溶け出さないようにしている。肉汁を逃がさないために、ゼラチンパウダーを混ぜたりといろいろ工夫があるんだ」


「へーっ、すごい、ってなんでミチルが勝ち誇ったように言うのよ。でもほんとおいしいよ芽衣」

「へへへ。ありがとー」

「おいしいのは当たり前だ。俺の師匠なんだから」

「ミチル、いつ芽衣に弟子入りしたのよ」

「昨日から。今日も技を盗みに行って少しずつレシピを広げる。知らないうちに鶏そぼろとか作ってるし」

「朝、お弁当に詰めた時に、ご飯がちょっと寂しかったからね。でも一回聞いただけでよく覚えたわねー、ミチルってすごいかも。でも今日もまた来るの?」

「っていうか家に泊まり込みに来たら?いいだろ沙良」

「私は構わないけど、芽衣は?」

「うーん、でも普段使ってる調理器具のほうがやりやすいし、作り置きの食材とか調味料なんかも家にあるからなぁ」

「じゃぁ俺が住み込みで修行しようかな」

「それって、住み込みというより同棲って言うんだよ」

 沙良の言葉で、顔が赤くならないよう深く息を吸い込んだ。でも、、

「二人とも、なに真っ赤になってんのよ」

 ミチルをみると、耳まで赤くなってる。

「同棲って、、俺はそんなつもりで言ったんじゃないし。でもまぁ住み込みはやっぱりだめだよな」


 なんだか、おかしな方向に話が向いたけど、結局夕方に買い出しをして、またミチルが家に来ることになった。沙良は昨日夜遅くまでテレビ見てたから早く帰って寝たいらしいので二人で買いだした。

「ねぇ、今日の晩御飯は何食べたい?昨日は簡単に済ませたけど今日はちゃんと作るよ」

「じゃーぁ、天ぷらかな」

「うん、了解。揚げたてはおいしいもんね、何の天ぷらにする?」


 突然、後ろから声がした。

「おいミチル、お前ら何してんの」

 振り向くと北原くんがいた。

 部活の買い出しで来ていたみたいで、マネージャーらしき人が北原くんの後ろに立っていた。こんな所見られたら誤解するかもしれない。

 北原くんは私たちのカゴを見てから

「お前ら付き合ってんの?」

 とぶっきらぼうに聞いた。

「いや、今から家で沙良と三人で飯食うんで、買い出し」

「なんだー、そういうことか。後ろから見てたら新婚みたいな雰囲気だったし。俺はてっきりそうかと思ったよ」

「沙良は?」

「買い物押し付けて先に帰ったから、代わりに俺が荷物持ちに来たんだ」

「沙良らしいな。でも、俺の芽衣ちゃんがミチルの毒牙にかかってなくてよかったよ」

「俺の芽衣ちゃんて、、、どうしてそうなるのよ」

 私も話を合わせるように加わった。

「だって、俺芽衣ちゃん好きだもん」

「おまえ、スーパーで告白するやつなんていねぇぞ」

「そりゃそうだ。芽衣ちゃん、今のなしね。また今度二人っきりでね」

 体育会系というのは、みんなこんな大雑把なんだろうか。本気で言ってるようには思えない。ついつい笑いが出るから、なんとなくごまかせたような気がする。

 とっさにミチルの作り話でしのいだけど、二人で買い物してたなんて噂が出たら、明日から学校で無事でいられそうにないなぁ。でも、北原くんが(俺芽衣ちゃん好きだもん)って言ったとき、マネージャーの子の顔が曇った気がする。もしかして北原くんの事好きなのかもしれない。



「今日もよろしくお願いします。師匠」

「わかりました。それでは今日は途中で作業もしてもらいますから頑張って下さい」

 ミチルのノリに乗っかって私も合わせてみた。

「明日のお弁当メニューは肉じゃがと、金平ごぼう、小松菜の白和え、そしてついでだから朝ごはんのオムレツサンドです。でも、白和えの小松菜の下ごしらえと肉じゃがは出来ているので今日は金平ごぼうとオムレツサンドだけです。オムレツサンドだけだと寂しいのでポテトサラダサンドも一緒に作ります。金平もオムレツもそんなに時間がかからないので、そのあと天ぷらを作ります」



「揚げたてうまっ。衣サクサクだし」

「よかったー。口に合って」

「芽衣は料理って、お母さんから習ったの?」

「うん、最初はね」

「沙良も母親がちゃんとしてたら、色々教えてもらえたのかもな」

「食べさせてあげたい人がいれば一生懸命になるよ」

「へーっ、そういうものなんだ」

 きっと俊也君に作るなら一生懸命になると思う。そうだ、今度そんな機会を作ってみよっかな。でも俊也さん、沙良の事どうおもってんだろう?

「ミチルは沙良の好きな人知ってるの?」

「あぁ、沙良みてりゃ犬でも分かるって。俊也のこと好きなんだろ」

 だよね、あんなに分かりやすいんだもん。

「まぁ、俊也は沙良の事妹みたいに思ってるように見えるけど、さすがに俊也も弟の俺には何も話さないなぁ。」

「芽衣は食べさせてあげたい人いるの?北原とか」

「なんでそうなるのよ。あの人全然本気じゃないし」

「いや、あれは結構本気だと思うよ。もし本気で告られたらどうする?」

「そうねー。それは、、シラフじゃ言えないなぁ。あ、料理教えたんだから、ミチルも清水さんの事教えてよ」

「あ、話しをすり替えたな。」

 といってカバンから取り出したのはお酒。

「やっぱり、天ぷらにはアルコールが必要でしょ。芽衣の分も買っといたから。これなら言えるでしょ」

「うそー飲むの?私あの日以来飲んでないんだけど」






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膝上15センチの恋 胡蝶 @shuji1226

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