料理教室

 補講、補講の毎日が始まった。補講は科目別に申し込みをすることになっていて、クラス単位ではない。中には出席日数が足りなかったり、試験の成績が悪くて強制的に参加させられた人もいる。基本的に自分が申し込んだ科目だけ出ればいいので、講義が終わって帰るものもいれば、次の講義からやってくるものもいる。

 「おはよう、芽衣」

 「おはよー、沙良」

 沙良と私は今日の数学講義のA組に向かった。座る席は決まっていないので思い思いの席に着すわることになっているから、私と沙良は並んで座った。

「お母さんに電話したら、夏休み好きなだけ居てていいって」

「わー、ありがとう」

「それとね。お母さんの友達がアルバイト探してて夏休み帰ってくるんだったら手伝ってあげてほしいって言われてるんだけど、よかったら沙良と二人でやらないかって。どう思う?」

「私としては沙良が一緒のほうが心強いけど、せっかくの休みだし」

「わぁー、旅行先でアルバイトなんて楽しそう。どんなバイトなんだろう?」

「じゃぁ、詳しく話聞いとくね。それから決めよ」

 数か月たっただけなのに、東京にいたことが凄く昔のことのように思える。


「芽衣、強制補講に来たのか?」とミチルの声がして、隣の席に着いた。

「ミチルおはよー。違います~。ギリギリ大丈夫だったし」

「で聞こえたけど、なんのアルバイトするの?」

「実はまだ何のバイトか聞いてないの」

「へぇー、東京でバイトかぁ。沙良と二人で・・・あっ、ということは俺が旅行から帰ってきても一人か。飯ととか洗濯どうしよう?」

「ミチルもやっと私の存在の有難さがわかったか」

「こういう時、やさしい彼女がいたらなー」

 沙良が深いため息をつく。「あんたの彼女になる人、気の毒でしかない」

 ふっと清水さんの顔が浮かんだ。彼女なら喜んでミチルの世話をするような気がした。言いようもない不安に襲われたけど、必死で頭から振り払った。


 ちょうどそこで先生が入ってきた。

 清水さんの事は、いざ授業が始まると気にならなくなった。というのも隣りを見るとミチルが座っているからだ。私の視線に気づいたミチルが(なに?)って顔になって、私が(なんでもないの)って首を振りニッっと笑いあうだけのことだったけど、すごく嬉しくなっちゃって、何度もニヤニヤしてしまい授業に集中できなかった。

 上の空で授業を聞いたせいか、あっというまに朝の補講が終わった。

 みんなでお昼ご飯を食べに学食に行き、カレー、ラーメン、うどん、焼きそばの4種類しかメニューがないのに悩みながら選んだ。

 頼んだうどんを食べながら、ふっとお弁当でも作ろうかと思った。

 この補講期間が終わったら、ミチルは旅行、私は東京へ行くし、朝の話もあったから。


「明日からお昼お弁当作ろうかと思うんだけど、一人分も三人分も変わらないしい一緒に作ろうか?」

「さすが芽衣、やったー」

「え、ほんと?うれしい。お昼ご飯のローテーション悩まなくてよくなるー」

「じゃあさ、材料代はまとめて割るってことで、帰りに買い出しいこうぜ」

「学食は4日以上続くとつらいんだよね~。芽衣が作ったお弁当、たまに味見させてもらってたけど、おいしいんだよ」

「まじ?沙良ばっかずりぃ」

 なんだか喜んでもらえたみたいだし、誰かに食べてもらうのってやっぱり嬉しい。

 補講の後、3人でスーパーに寄った。

「わたし、ハンバーグが食べたい」

「俺は和風かな。煮物とか。」

 二人して勝手なことを言ってる。

「どっちかに決めてくれないと作れないよー。どっちが先か決めて」

「よーし、じゃんけん一発勝負でどうだ」

「受けて立つわ。ジャンケーンポン」

 沙良の勝ちだ。

「じゃあ、明日はハンバーグね。ミチルのジャンケンの癖なんて子供のころから知ってるから楽勝よ」

「ちぇー。芽衣、明後日は絶対和風でお願い」

 なんだかんだいってこの二人は仲がいい。一人っ子の私にはうらやましい。


 豚と牛と鶏肉。

 玉ねぎ、ニンジン、小松菜、ゴボウ、ジャガイモ、

 豆腐、糸コンニャク、卵、パン。

「どんなハンバーグ作る気だよ?ゴボウとか糸コンとか」

「あはは。これ明日の買い出しも兼ねてるから」

「まぁまぁ重いよ。ミチル家まで持ったげなよ」

「あぁ、いいよ」

 家について二人のお弁当箱を預かり、沙良の家から、私の家まではミチルと二人で並んで歩いた。どうしよう、変に意識しちゃう。沈黙が嫌で聞いてみた。

「ミチルって煮物が好きなんだ」

「ほら、煮物ってよくおふくろの味とかいうじゃん。でも家では母親あんまり作らなくて、出来合いが多かったんだ。けど、友達の家で御馳走になった時、鍋からふぁーっと湯気といい匂いがしたとき、これがおふくろの味かーって感動したんだ。すごくおいしくて」

「私そんなに上手に作れないかも。基本的なレシピで作るから、特別なアレンジとか知らないし」

 お袋じゃないんだけどな、、、。でもちょっとミチルってシスコンとマザコンが入ってるのかも。結構尽くされたいタイプなのかな?

 家について玄関の鍵を開けながら、あれ?ここに男の子来るの初めてだって思ったら急に意識してしまった。玄関で固まってると、「なんだよ入れてくれないのかよ」とミチルがふくれっ面で言うからおかしくなって笑いながら、「ぞうぞ」って招き入れた。

「へー、沙良の部屋と違って、さすが綺麗にしてるなー。女子の部屋って感じ」

「ミチルの部屋も結構綺麗だったじゃない」

 そういってから、酔っぱらった時のことを思い出した。き、きまずい。

「ごめん、荷物はテ、テーブルに置いて。私着替えてくるから」

 そういって寝室に行こうとすると「さすがに酔っぱらってないときはいきなり脱ぎださないんだな」と背中側で声がして振り向いたら、ミチルがいたずらっぽい顔押して笑っていた。「もう、知らない」

 部屋で着替えながら、少しドキドキしてしまった。

 何もなかったような顔で戻るとミチルがキョロキョロしていた。

「あんまり見ないでよ。恥ずかしいから」というと

「なんか面白いものなー」と本棚に行こうとしたので、「ちょ、お茶入れるからおとなしく座っててよ」とミチルの腕をつかんだ。途端にドキドキが復活したので、「お弁当の下ごしらえをするから」とキッチンに向かった。キッチンといっても一人暮らし用の2LDKだから、ミチルの家ほど立派じゃない。

 ミチルは「お茶はいいからさ、料理見ててもいい?」って聞いてきた。

「まえもそうだったよね。料理に興味あるの?」

「ちょっとね。解説しながらやってよ。次に何をしますとか料理番組みたいにさ」

「なんか、、、やりにくいなぁ」

「まぁそういわずに、お願い」手を合わせて頼み込む顔が神妙だったのでオッケーした。


「袋から材料を取り出し、冷蔵庫に入れます」

「そうそう、そんな感じ」

「次に、パンを2枚、耳を切ってラップにくるみ電子レンジに入れます」

「なんで?」

「ハンバーグのつなぎに使うの。パン粉にするためにいったん乾燥するの。それだとすりおろせるから」

「次は玉ねぎの皮をむいてこれも冷凍庫に」

「なんで?」

「切る前に冷やすと目に沁みないのよ」

「次に野菜を茹でるためにお湯を沸かします」

「それからニンジン、小松菜、ジャガイモを洗います」

「次にジャガイモはすべて皮をむいて一口大に切ってボウルの水に漬けます」

「なんで?」

「こうすれば、ジャガイモが変色しないのよ。漬けた水は捨てないで煮込むとき使うの」

「お湯がわいたら、一口大のニンジンを鍋に入れて中火で煮込みます」

「ニンジンが柔らかくなるまでの間、フライパンに油をひいて熱します」

「キッチンペーパーでジャガイモの水けをとり、フライパンに入れます。ジャガイモの縁が透明な感じになったらお皿に上げます。そろそろニンジンが柔らかくなったか箸を刺して確認。ん、いい感じ」

「ニンジンを取り出した後、そこにジャガイモを入れます」

「あれ、さっき炒めてたのに?」

「ジャガイモは先に炒めてから煮込むと煮崩れしにくいの。先にニンジンを茹でてからでないと油が浮いちゃうからニンジンが終わってからジャガイモなの」

「次に冷凍庫から玉ねぎを取り出して、みじん切りします。こうやって先に横から切り目を入れてから切ります」

「ほーーっ」

「ねえ、これいつまで続けるの?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る