夏の予定
初めての京都での夏は、ジリジリとアスファルトを焦がす日差しよりも、盆地特有の湿度のほうがつらい。夜になっても気温が下がらず、エアコンのタイマーが切れると汗だくで目が覚めてしまう。
昨日で試験が終わり、やっと終わってぐっすり眠れっると思ったのに、いつもより早くに目が覚めた。
シャワーを浴びて、久しぶりにちゃんと朝食を摂って、洗濯をしてから学校に向かった。今日は試験結果が張り出される日だ。
ここしばらくは夏休み前のテストのため、ミチルや沙良もテスト勉強でおとなしく過ごしていた。
勉強は結構まじめに取り組んだせいか50位以内だった。しかし相変わらず苦手な数学が足を引っ張っている。沙良も同じくらいの順位だった。
でも、驚いたのがミチル。なんと学年10番だった。
世の中は不公平だ。
勉強ができて、イケメン。天は二物を与えずというのはやはり持たない者の負け惜しみでしかない。でも本当にすごいのは、塾に行ったり、ガリ勉していた訳じゃなくってバイトもしながらでこの成績だ。
「神崎君て10番だって。すごいねー」
他のクラスの女子も噂している。
今まではイケメンっていうことで注目されてたのに、成績でもミチルは有名になったのだ。
「おはよう、芽衣」
後ろから声をかけらて振り向くと、立ってたのはそのミチルと沙良。
「ミチルは10位かぁ、ほんといつ勉強してんのよ?私は45位か。ギリギリ50番以内ってとこか。芽衣は・・・42位。私たちドングリの背比べだね~」
「沙良、よく見ろよ。芽衣はほとんどの教科が俺よりいい点数だぜ。数学だけが飛びぬけて悪いだけで。せめて平均点取ってれば5位くらいじゃね?」
「飛びぬけてって・・・ちょっとミチル、気にしてるのにー。これでも数学頑張ったんだよ。中学の時は赤点ばっかだったし」
「まぁ、まぁお二人さん、その辺で置いといてさ。試験も終わったし、今日は学校半日だから昼からランチいかない?」
「さんせー」
「おう、そうだな」
「じゃぁ、お店検索しておくね。ミチルあとでLINEするわ」
そういってミチルと分かれて教室に入った。
クラスメートも試験が終わったせいか、なんだかのんびりムードだ。沙良と一緒にここがいいだの、高いだの言いながらお店選びをした。
「あ、ここがいいんじゃない?ちょうどオープンしたてのカフェ」
「おしゃれだし、オープン記念のセットがお得みたい。ここにしょー」
ちょうど店が決まったところで、先生が入ってきた。
教室はエアコンが効いているけれども設定温度が高いせいか、それとも窓際に近いせいか暑くて集中できないまま、あっという間に授業が終わった。
それでもなんだか気分が軽い。
三人がゆっくり顔を合わすのは何日ぶりだろう。
沙良と一緒に教室を出て下駄箱に向かうとちょうどミチルが前を歩いていた。
声をかけようとしたら、ミチルの前に2人の女子が立ちふさがった。沙良と私は声をかけそびれて、立ち止まった。というのもなんだか雰囲気が怪しかったから。
「神崎君ちょっと、いい?」
のっけからケンカごしに突っかかってる。
「なに?今から用があるんだけど」
ぶっきらぼうにミチルが返事をする。
「昨日、あなたの下駄箱に手紙が入ってたと思うんだけど」
ふっと思案顔になったミチルは
「あぁ、確かにあったけど」
「じゃぁやっぱりあなたが捨てたのね」
ミチルの返事を聞いてさらに怒気が増したその子は、まるで睨みつけるように言い放った。
「捨てた?俺が手紙を?」
「しらばっくれないでよ。封も開けずに、そこのごみ箱に捨ててあったのよ。彼女…手紙を出した子は勇気を振り絞って出したのに読みもしないで捨てるなんてひどいんじゃない」
それを聞いて私は?となった。ミチルと帰りが一緒の時、下駄箱に入っている手紙をそのままカバンに放り込んでいるのを見たことがある。案の定、カバンをごそごそして、一通の手紙を取り出した。
「これが昨日俺の下駄箱に入っていた手紙だけど。この一通しか入ってなかったよ」
その子たちが手紙を確認して、さっきまでの勢いがすっかり消えてうろたえていた。
「受け取った手紙を確認もせずに捨てるようなことはしないよ。申し訳ないけどその子の手紙は俺の手元には届かなかったみたいだね」
ばつが悪そうに女の子たちは「ごめんなさい。私たち彼女があまりにも落ち込んでたので、理由を聞いて勝手に誤解したんです」
「ま、ほんとに悪いのは勝手に人の手紙を捨てた人だから、君たちは気にしなくていいよ。俺に手紙を書いてくれた子は、ちょっとお節介な優しい友達がついているからきっと元気になるよ。じゃ、用があるからここで失礼するよ」
そういってミチルは下駄箱からシューズを取り出し出ていった。
いや、慣れているというか、こんなトラブルはチョチョイっと解決する当たりさすがだ。やっぱりイケメンはむやみに敵を作らない。感心していると「芽衣、行こうよ。限定ランチ売り切れちゃう」とせかされて私たちも急いでミチルの後を追った。
「なんだよ、二人して盗み聞きしてたのか」
「だって、聞こえてきたんだものしょうがないじゃない。ねぇ、芽衣」
「わ、悪いとは思ったけど…」
「ほんとに手紙を捨てたりはしないよ。でも迷惑なのがあるから困る。勝手に時間と場所を書いてきて来てほしいとか」
「あ、中学の時のことね。あれはひどかったね~。帰り際に、ミチルの下駄箱に手紙があって、校舎裏で待ってます。夜までずっと待ってるとか書いてあったのよ。それで、ちょっと俺行ってくるわって向かったっきり、なかなか帰ってこなかったのよ。あんまり遅いから私が様子を見に行ったら、上級生の男子に囲まれてたってやつね。女の子に告ったら好きな人がいるって言われて、それがミチルって知って逆恨みでフクロにしようとしたサイテーな奴らだったわ。」
イケメンにしかわからない苦労ってやつか。ちょっと気になって聞いてみた。
「ちゃんと返事したりしているの?」
「もちろん。ちゃんと断っているよ」
「え、なんて断ってるの」
「それはちょっと言えないな」
「なんでー、教えてくれてもいいのに。あ、じゃぁ明日私もミチルの下駄箱に手紙入れておこうかな。そしたら返事みれるわね」
「ちゃんと芽衣って名前書いて出してたら返事書いてやるよ。今晩はてんぷらが食べたいって」
そうこうしているうちに、目的の店についてしまった。
新規オープンして間もないせいか、お祝いの花が並んでいる。お客さんは結構いっぱいで少し順番待ちがあるようだ。その花をぼーっと眺めているとミチルが「あっ」と声を上げた。「うちの店からの花だ」
ひときわ大きい花には「Corcovado《コルコバード》」とあった。
同業店のオープンにお祝いを送るなんて余裕というか自信があるように感じられて、清水さんらしいと思う。しばらくして私たちの番になって席に案内された。このお店はスタッフがすべて女の子で可愛い制服を着ている。案内してくれた子もメニューを聞きに来た子もすごくかわいい。素敵な笑顔で注文を聞いてくれて、限定ランチを頼むと、さっそく料理が運ばれてきた。オープンしたてなのによく教育されている。
たべながら、沙良が「ねぇ、芽衣は夏休み何してるの?」と聞いてきた。休みに入ったらとりあえず実家に帰るつもりだ。
「東京の実家にいったん戻って引越しの手伝いをする予定なんだ」
「えー、残念。私独りぼっちか。ミチルはツーリングいっちゃうしなぁ。東京に戻るのは何日から?」沙良はほんとに残念そうにパスタをいじくっている。
「補講が終わった次の日だから28日」
「じゃぁ私も芽衣のうちに遊びに行こうかな?」
「うそ、来て来て。何もないけど何日でも泊まってってよ。とりあえず家にいる間は今のところ予定ないし、戻ってくる日は決めてないんだ」
「俺ツーリングに出発するの29日なんだけさ、俺たちもツーリングの途中に芽衣の家に寄っていい?」
「全然いいよ」
「わー、東京で過ごす夏休みか~。私スカイツリーほんとは見に行きたかったんだ。芽衣の家から近い?」
「そんなには離れてないよ。実は私も見えてるだけで行ったことはないし一緒に行こうよ」
なんだか急展開で夏の予定が動き出した。
そこからは急に話が弾み、気が付けばデザートが運ばれてきた。
コーヒーに口をつけた途端、ミチルが固まった。
「この味、うちの店の味と一緒だ…。単一銘柄だったら、仕入れ先が一緒なら同じ味になるのは分かるけど。ブレンドは店の味みたいなものがあってどこも少しずつ違うはずなのに」
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