心の鍵

 学校に行って真っ先に沙良に謝ろうって思ってたのに、始業時間になっても沙良の席は空いたまま。こっそりline送ってみたけど、既読がつかないので心配してたら担任から沙良の欠席が告げられた。

 ミチルに(一昨日はほんとごめんね。ありがとう。今日沙良休みみたいだけどどうしたの?大丈夫かなぁ)ってlimeした。すぐに返事が返ってきてやっぱり風邪で寝込んでるみたいだった。

 沙良がいない一日はあっという間に終わって、なんだか寂しかった。お昼には沙良から返事があったから、「なんか買っていこうか」って送ると、ミチルに頼んだけど、返事が来てないっていうから、帰りにミチルの教室に寄った。

「ミ、ミチル。この間は迷惑かけてごめん」

「いいよ、別に気にしてないから」

「沙良から食べれそうなもの買ってきてほしいってLine来てたでしょ。よかったら今から沙良のお見舞いに行って消化のいいもの作ろうとおもうんだけど、ミチルの晩御飯も一緒に作るから、なんんかリクエストある?」

「うそ、やったー!じゃぁ俺、バイト先の制服とって帰らなきゃいけないから、寄ってから一緒に帰ろうぜ」

 なんだか沙良に悪いなぁと思いつつ、ミチルが喜んでくれてるので、ほっとして顔がほころんだ。


 ミチルの自転車に乗せてもらい、バイト先に向かう。清水さんにどんな顔をして会えばいいんだろう?なんて考えてるとあっという間についてしまった。

「私、外で待ってるわ」

「ん、分かった」とミチルが扉に手をかけたとき、テラスから清水さんが顔を出して声をかけてきた。

「ミチル、わざわざ制服取りに来たの?私が洗っておいてあげるからって言ったのに。あら、芽衣ちゃんも一緒なの。よかったら中で休んでって」

 私はうまく作り笑顔ができずに固まってると、ミチルが「今日はすぐに家に帰らないとダメなんで、、、」と断った。

 今度は清水さんの顔から一瞬笑みが消えた。でも、すぐに普段通りの顔に戻って「じゃぁ取ってくるわ」と店内に消えていった。

 ほんとにすぐにミチルと清水さんが出てきて、私を自転車に乗せたミチルは「それじゃマスター、失礼します」と漕ぎ出した。動き出してから後ろを振り向くと、さっき以上に冷たい目で私達、いや私を見つめていた。

 せっかくミチルの後ろにいるのに今日は全然沈んだ気持ちになってるのは(私が洗っておいてあげる)って言葉のせいだ。まるで彼女みたいな清水さんにイライラしてしまったのだ。そういう私も、今から彼女みたいに料理を作ろうとしている。こんな些細な事がうれしい反面、ミチルに彼女が出来たら、、、ミチルと清水さんが付き合いだして出来なくなるのが嫌だ。でも今は清水さんも私も差がなってことだと思った。

 なんとか気持ちを切り替えて、買い物をするためにスーパーで降りた。


 ミチルが籠を持ってくれて売り場を歩く。普段の買い物と違ってすごくワクワクする。総菜コーナーを通った時、いつもいるおばさんに目が合って「あら、今日は男前の彼氏と一緒に買い物かい?いいねー」と言われたから一気に赤面してしまった。

 ミチルにばれないように顔をそらして「食べたいもの決まった?」というと「今日はイタリアンな気分かなー。パスタとか?」と言うから「分かった。貝類とか大丈夫?」と聞くと「うん、好き」と答えた。

ミチルの「好き」って単語に反応してまた赤くなってしまいそうだ。

 メニューは、運よくアサリがあったし、ボンゴレにして、あとはトマト、ズッキーニとモッツァレラチーズのカプレーゼにして、沙良のお粥で使う炊飯器が塞がってるし、鍋でサフランライスを作ることにした。沙良の家の調味料を思い出しながらサフランパウダーを籠に入れてレジに向かった。レジで並んでると、ミチルが籠に白ワインをほり込んだ。このあいだのお詫びだから私が払うって言ったのに、作ってくれるだけでいいからと支払いは頑としてさせてくれなかった。


「沙良ー大丈夫?」

 扉をノックして部屋に入ると意外と元気そうで安心した。でも結構汗かいたみたいだから着替えの場所を聞いてTシャツを出して、着替えてる間にアイスノンを交換した。「何か食べた?」って聞くと「ううん、ずっと寝てたし」というから「お粥作るから食べれそうだったらいってね。あ、台所借りるね」といって静かに部屋を出て、 沙良の服をもってリビングに戻った。

 ミチルが「何か手伝おうか」って言ってくれたけど「座って休んでて」といって私はキッチンに立った。


 まずお米を洗って、鍋で煮込み始めた。沙良のお粥を炊飯器にセットして、パスタ用のお湯を沸かすために火をつけた。野菜を切って冷蔵庫に入れて、貝を洗って砂抜きしたら、下ごしらえは大体終わった。エプロンを外してミチルに声をかけた。

 いつの間にか着替えていたミチルは、雑誌を見ている。

「ご飯六時くらいには用意できるけど、そのくらいの時間でいい?あと沙良の服洗うんだけど、よかったら一緒に洗濯物だして」

「え、洗濯までしてくれるの?」と、さっきの制服を出した。洗濯まで出しゃばる気はなかったけど、ちょっと清水さんに対して小さな優越感を味わいたかった。


 洗濯を回した後、いよいよ料理の仕上げをする。パスタを茹でるお湯を沸かしている間、サフランライスはバターを入れて味を調えて弱火でさらに煮込む。バターの香りが食欲をそそる。

 冷蔵庫で冷やしたの野菜をオリーブオイル、塩コショウで和えて、器に盛り、モッツァレラチーズを加えて完成。もう一度冷蔵庫で冷やした。お湯が沸いたのでパスタは塩を多めに茹で始めタイマーをセット。

「ねぇ、さっき買ってきたワインって開けてもらっていい?」

「え、飲むの?」

「違うわよー、料理に使いたいの」

 塩抜きしたアサリを洗って、オリーブオイルでニンニクを炒めて、貝を投入。油跳ねしないように蓋の隙間から白ワインを入れた。ニンニクの香りと相まってこちらもいい感じ。

 あとは茹でたパスタをオリーブオイルとゆで汁で絡めて完成だ。

「ねぇ、ちょっとミチル、じっと見られているとやりずらいんだけど」

 さっきから、カウンター越しにミチルが私の作業を見ている。

「いや、芽衣って普段ボーっとしているのに、料理の手際いいなぁと思って」

「それって、褒められてるの?それともディスられてるの?」

 自然と笑いが出る。


「もう出来たし、沙良の様子見てくるわ」そういって沙良の部屋に向かった。

「沙良」

 静かにノックすると中から返事がある。

 ずいぶん顔色がよくなってる。「お粥できたけど、部屋に持ってこようか?」

「おかげさまで、今測ったら熱も下がったみたい。下で食べるよ。あとさ、お願いがあるんだけど」

「なぁに?」

「お粥に卵落として雑炊っぽくしてほしい・・・」

「いいよ、すぐ出来るから降りてきてね」

 私が部屋を出ようとしたら、「芽衣、ありがとう。芽衣が風邪ひいたときは私が看病するね」って涙目で言うから、「ありがとう、でも私のほうが先に介抱してもらったんだよ」って二人でウルウルしながらも笑ってしまった。


 キッチンに戻るとミチルがお皿を用意してくれてたので、それに盛り付けて、沙良のお粥を鍋に移した。一煮立ちしたところに溶き卵を入れて火を止めお玉で混ぜていたら、ミチルが覗き込んできた。

「このお粥…、沙良の奴まだ覚えてたのか」

「どういうこと?」

「いや、あいつ、俺たちの母親が、俺たちが小さいころに風邪ひいたらいつも作ってたのが雑炊風お粥だったんだ。それにポン酢をかけて食べてた」

 なんだか、この兄妹の事が少しずつ私に蓄積されていくことが嬉しい。

 ポン酢を用意して、沙良のお粥をよそって少し冷ましていると、沙良が降りてきた。


「うわー、すごいいい匂いだと思ったら、おいしそう。私が風邪なのに、ミチルだけいい思いしてない?」


「こっちはオリーブオイル使ってるし、今日のところはお粥で我慢してね。また沙良にも作るから」そういってお粥を出すと「うわー、これこれ。風邪の時はこれを食べないと。ミチルには分けてあげない」

 そういって笑いながらも三人で食事を始めた。ミチルがワイングラスを二つ持ってきて「芽衣もどう?」って言ったけど私は暫くお酒をやめる宣言した。

「また、脱ぎだしたら今度はちゃんと見るからな」

「い、痛い。まだ、心の傷はいえてないのに。もう、ほんとにごめんなさい」

「ミチル、芽衣が酔っぱらうの心配なんでしょ?」

「まぁ、俺たち以外で飲むのはダメだな」



 ワイワイしゃべりながら、食事を終えた。沙良は薬を飲んで早めに部屋に戻ってもらい、私は片付けをしながら一人考えていた。沙良とミチルと私。三人の今の状態を壊したくないって思った。ミチルへの思いは、今なら心の中に仕舞っておけそうな気がした。








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