第5話 侵入者には違いないらしい
城の外に出てみると、案の定大きな木が生い茂った森が広がっていた。
太陽らしき光は分厚く黒い雲に隠れていて、とても薄暗い。まるで──いや、正しく、そこで時が止まっているのだろう。空気の流れすら感じられない静寂に包まれていた。
黒猫とアルノルドが足早に奥へ奥へと進んでいく。
それを追いかける玄一は、身を縮こませてキョロキョロと忙しく視界を動かしていた。
「おい、どうした」
その様子に気付いた黒猫は、玄一を見上げる。
「い、いや……凄く視線を感じるというか……」
木々の隙間の暗闇から、何者かが自分をじっとり観察しているような感覚。外に出てからずっとだ。
「ああ、お前が珍しいから魔物共が見てんだな」
アルノルドが足を止めずに言った言葉に、玄一はますます縮こまる。
「え、ま、魔物が?」
「安心しろ。許可無しで人を襲うことはねぇよ。この森にいる奴らは全員、俺様の支配下だ」
にたりと怪しく口元を歪ませるアルノルドに、頼もしいと思うべきか、怖いと感じるべきか、玄一は一瞬考えた。
──その時だった。
突然、森全体が激しく揺さぶられた。
地面がドドドドと音を立てながら波打ち、木々がしなる程の暴風が吹き荒れる。
なんの前触れもなく巻き起こったそれに、玄一はふらつく足に力を込めながら瞬間的に目を瞑る。
「なんだ、一体」
体を伏せた黒猫が冷静に言うと、アルノルドは小さく舌打ちをして、
「さぁな。ただ、侵入者には違いないらしい」
「そりゃあ、どんな奴だ?」
「クロ、それは見てからのお楽しみってやつだ」
そう言うと、アルノルドは右手を前に出し、奥へと続く暗闇を睨みつけた。
玄一がその行動の意図を読み取ろうとした、その数秒後、再び地面が揺れだした。
そして、アルノルドの目線の先から周りの木々をなぎ倒しながら、まるであの悪の大魔王とその仲間二人を狙っているかのように大きな”青い炎の球体”が飛んできた。
「ひっ……!」
声を上げる余裕もなかった。
速度を緩めることなく近付いてくる”青い炎の球体”が目前まで迫ったとき、玄一はこれに当たったら自分はどうなってしまうのだろうかと、死ぬのではないのかと、そんな考えが頭を過ぎった。
──が、それを考えるのは無駄だった。
”青い炎の球体”はアルノルドの掌に触れた瞬間、散った。
玄一には、球体がなにやら見えない壁に激突して消えていったようにも見えた。
「こいつぁ、大層な魔物らしいな」
アルノルドはさながら悪の大魔王らしくニタニタと笑いながら舌舐めずりして、振り返らずに走り出した。
「行くぞ、てめぇら!」
その合図に黒猫は「おう」と短く返事をしてアルノルドの後を追いかける。
「ち、ちょっと! 待って!」
玄一も慌ててそれに続く。
「おい、ゲン」
前を走る黒猫に呼ばれ、玄一は「なんだよ!」と余裕がなさそうに声を上げる。
「お前、いいものが見れるかもな」
「はっ? いいものって……あ、また!」
目の前から”青い炎の球体”が次々に迫ってくる。
それを先頭を突き進むアルノルドがひとつひとつ華麗に捌く。どんな魔法を使っていたのかはよくわからなかった。
だが、今回は数が多い。
ひとつの炎がアルノルドの傍をすり抜けて玄一目掛けて飛んでいく。
「そっち、いったぞ!」
「え、ええ!?」
そんな馬鹿な、と玄一は思った。アルノルドは自分が何の能力も持たないただの人間だと知っているはずなのだ。
つまり、どうすることもできない。
今度こそ直撃か……そう思った次の瞬間、玄一の周りにドーム状の半透明な何かが出現したかと思うと、炎はそれにぶつかり、玄一に届くことなく消えた。
「な、なんだ?」
一体何が起こったんだ、そう思いながら玄一は下へと目線を落とす。
そこには黒猫の姿があった。
「お前が?」
「ああ。俺は空間移動魔法の他に防御魔法も使えるんだ。お前一人くらいならなんてことない」
森へ入る前のことを思い出す。
不安がる玄一にアルノルドが言った「大丈夫だろ、クロがいるからな」にはこういう理由があったわけだ。
「そ、そうなのか。ありがとう」
「礼はいいさ。それより見てみろよ」
黒猫が上を見上げると、再び爆風が吹き荒れた。
玄一は目を瞑ったが、黒猫の言葉を聞いて片目を開ける。
「お前の世界にあんな魔物がいるか?」
ゆっくりと、恐る恐る、玄一は黒猫の視線の先へと顔を動かすと、目に飛び込んできたあまりにも非現実的な光景に首を横に振った。
そして、震える声で呟く。
「ドラゴン……だ」
黒猫クロと人間ゲン 〜エタる世界の物語〜 はるばら @r_k_s
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