第4話 安心しろ、ゲン
「んで? その人間が俺様に何の用だ?」
腕を組み、アルノルドは玄一を見下ろした。その身長は二メートルはありそうだった。
玄一はその威圧感に圧倒されながら「えーっと、そのー……」と言葉を濁し、黒猫に助けを求める視線を送る。ここへは勝手に連れてこられただけで、意図が掴めない。
その視線を受け取ると、黒猫は口を開いた。
「アルに頼みがあるんだ」
「お前が? 俺様に頼み? おいおい、なんだってんだよ」
「簡単なことさ」
「そうか、なら言ってみろ」
「こいつに魔法を見せてやってくれ」
「……はぁ? なんだそりゃ」
アルノルドは真剣に聞いて損した、と言いたげに間の抜けたような声を出し、面倒くさそうに頭を掻いた。
黒猫はその反応が想定内だったらしくとても冷静に「まぁ、聞けよ」とその場に座り込む。
「俺は、こいつの住む世界で素晴らしい機械に出会ったんだ。それはもうこの世にある事が奇跡と言っても過言ではない代物だ」
いや、それはさすがに過言だ。玄一は心の中で一応突っ込む。
「なんだそれは? 気になるじゃねぇか」
「それはな、こたつと言って冷えた体を芯から暖めてくれる機械だ。どうだ? そんな機械見たことあるか? ないだろ。ないな。ないない。まぁ、あの天国のような心地良さは体験した奴にしかわからないが……一度体験したらもう忘れられないものだ」
おいおい……と玄一は苦笑いを浮かべるが、黒猫は表情を一切変えずに大真面目にそう語る。
どうであれ、こたつを心底気に入ったことはとてもよくわかった。
「はぁ、暖かいねぇ。つっても俺様は寒さや暑さは感じねぇからなぁ」
「ほう、そりゃあ不幸な奴だ」
「あ? なんだと?」
「こたつの良さがわからないなんて、お前は不幸な奴だと言ったんだ。本当に不幸だ。不幸すぎる。可哀想に」
黒猫が何故か勝ち誇ったようににやりと笑えば、アルノルドはピクリと片眉を動かし苛立ちを露わにする。
あわや一触即発を思わせる空気感。
玄一はハラハラしながらふたりを見守るが、黒猫はそんなの御構い無しといった様子で話を続ける。
「まぁ、そんな素晴らしいものがある代わりにゲンの世界には魔法が存在しない。だからお礼に魔法を見せてやると約束したんだ。だからお前、魔法を見せろ」
「はぁ、そうかそうか」
アルノルドは一応は納得した様子でうんうんと頷くが、しゃがみ込みながら黒猫と目線の高さをなるべく合わせ、ずいっと詰め寄った。
「でもなんでわざわざ俺様のとこに来た? お前、魔法を使える知り合いなんてゴロゴロ居るだろうが」
「まぁ、アルとは長い間顔を合わせていなかったから挨拶ついでにな」
「……本当は?」
「自慢しに来たに決まってんだろ」
しれっとしたその一言に、アルノルドは噴き出すように笑い出す。
「くくっ、お前は本当に意地が悪い魔物だなぁ!」
「あの大魔王にだけは言われたくないな」
ぐりぐりと頭を撫でられると黒猫は迷惑そうに前足でその手を払う。
玄一はその姿を見て安心した。やっぱりふたりは仲が良さそうだ。
アルノルドは諦めたようにわざとらしく大きなため息をつくと、玄一に向けて右手を突き出してきた。
「おいゲン、見てみろ」
「え、はい?」
玄一はその手をじっと見る。特に何も変わったところはない。
次にアルノルドは指を鳴らした。パチンッ! と、とても軽快な音が綺麗に響く。
すると、その手のひらから青い炎が生み出されたかと思うと、それはメラメラと揺らきだす。近くで見ていても不思議と熱くはない。
あまりに唐突な出来事に玄一は思わず目を丸くして、
「す、すげぇ!」
「はぁ、そんなにか? じゃあこれはどうだ?」
パッと炎を消し、さらに指が鳴らされると玄一の体が軽々と宙に浮いた。
「うわぁ!? ちょ、ちょっと!」
そのまま部屋の中をぐるぐると移動させられる。
「わわっ、ちょっと待って!」
「おもしれぇリアクションするなぁ!」
「……降ろしてやれよ」
面白いというより心配になる慌てぶりに黒猫は興味無さげにそう言って寝転んだ。
「しっかし、こんなしょぼい魔法で驚かれるなんて、本当にお前の世界には魔法がねぇんだな」
玄一を床に降ろした後もアルノルドは次々に指を鳴らし、魔法を披露する。
魔王の名は飾りではないようで、火、雷、水、氷、風、土等様々な属性魔法を操り、姿を消したり物を浮かすことも容易なようだった。
玄一は初めて見る現実ではありえない光景の数々に目を輝かせて喜んだ。
その様子を見て黒猫は思わずふっと笑う。
「お前、結構ノリノリだな」
「まぁ、久々の客人だしもてなさねぇとな! ……ん?」
突然、アルノルドは何かの気配を感じたように部屋の奥にあった大きな窓の方を振り返った。
その様子を見た黒猫は耳をぴくりと動かしながら立ち上がり、アルノルドの側に寄る。
「え、どうかしました?」
「なんか知らねぇけど、外が騒がしい……」
何も感じていない玄一は首を傾げる。耳をすませても特に何も聞こえてはこなかった。
「森の魔物が暴れてんじゃないのか?」
「馬鹿言うな。森の奴らが俺様の許可無しで暴れるわけがねぇ。となると……侵入者かぁ?」
アルノルドはそう言いながらため息をつくが、その目はまるで獲物を見つけて喜ぶ肉食動物のように光り、口元は密かに笑っていた。
それを見た玄一はひとり寒気を感じつつ、窓の様子を伺う。
外を見てみても黒い
もう一度耳を傾けるが、風の音すらしない。
「よし、様子を見に行くぞ!」
しばらく考えた後、アルノルドはそう言って部屋の扉へと歩き出す。
「おいおい、魔王が自分の城を空けていいのか?」
「問題ねぇよ。俺様を訪ねてくる奴なんざ限られてんだから」
「ふーん、そうか」
黒猫もそれに続こうとした時、玄一は思わずふたりに声を上げた。
「ち、ちょっと待った!」
「ん? どうした?」
「いや、様子を見に行くって……そこって、俺が行っても危険じゃないんでしょうか……?」
”魔物”など玄一の生きてる世界には存在しない。そんな得体の知れない者がいる場所になんの能力も持たないただの人間なんかが行っても大丈夫なのか?
その問いに、アルノルドはあっさりと答える。
「まぁ、大丈夫だろ。なぁ?」
「ああ、安心しろ、ゲン」
続けて黒猫も頷く。
「ええ……な、なにを根拠に……」
この問いにはふたり口を揃えて言い放った。
「クロがいるからな」
「アルがいるからな」
アルノルドと黒猫は目を合わせにっと笑い合うと、そのまま扉を開いて廊下へ出て行く。
玄一はまだ不安が残る中、慌ててふたりの背中を追いかけた。
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