好きな人の好きな人は親友で難病
吉岡梅
好きな人の好きな人は親友で難病
給食の時間に席をくっつけながらそんな告白をされたので最初は冗談かと思ったけどいままで見た事ない複雑な笑顔を弥美が見せたりするからこれは普通じゃない少なくとも私も笑って済ませちゃいけない話題なんだと気づいたけどでも私にはもちろん医者にも松本信長にもどうにもできなくてじりじりしながら過ごしてるうちに弥美は歩く事が駄目になって車椅子じゃないと学校に来れないようになりあんなに好きだったソプラノサックスを吹くのもしんどくなってしまってもう吹けないんだなんてちょっと寂しそうに笑ったりしてた。そう、笑ったりしてた。
残りあと1月の頃になると弥美は自分で車いすを動かすこともできなくなって介護の人に押して貰いながら登校したり授業を受けたりするようになったんだけれども介護の人がえげつないくらいイケメンで長身でナチュラルに毛先がぴょんぴょんと動いたショートヘアに縁なし眼鏡の良く似合うスラッとした姿が車いすに乗っている弥美と並ぶとちょっと現実離れしていてもう幻想的なレベルというか美しいくらいでクラスの皆特に女子は介護の中山さんの事を介護王子とか言っていいわー私も押されたいーなんて言ったりしては私や松本信長に睨まれてゴメンなんて手を合わせてたりしたんだけどその気持ちもわからなくはないし弥美だって自分でフフフ中山さんイケメンでしょーなんて茶化して松本信長にヤキモチ焼かせるのを楽しんでたりして畜生この野郎やっぱ凄いよ弥美病院に入院した方が絶対いいのにもう覚悟を決めていて学校で自分の居場所でちゃんと終わろうとしてるなんて眩しすぎて私はそんな弥美の事が少しだけ羨ましいと思う瞬間まであった。何回も。その度に自分に驚いてふざけんなよ小夜子お前羨ましいってどういうことなの!で、でもさーとかグチャグチャになりながらあと1カ月は弥美のためにも私の為にもそして松本信長のためにも最高のひと月にしたいししなくちゃいけないと覚悟したところであっさりその覚悟が無駄になった原因は中山さんによる弥美への暴行致死。
いったい何が起きたのか分からないうちにチャッチャと事は進んで弥美は荼毘に付されつまり燃やされて骨になって富士山の近くのなんとか霊園というお墓がびっしり並んでいてなんだか凄く死んでしまった事がありふれた当たり前な事みたいに感じてしまう場所に収められる事になったんだけど私にはちょっとその墓石の整然とし過ぎた感じが受け入れがたくて弥美のパパもママも恐らくはそう思って特別な事にしたいと斎藤石材の斉藤さんに頼んで弥美の好きだったソプラノサックスをみかげ石で彫って貰って墓石にくっつけて貰っていたのだけれどもそれが凄く合っていないつまりミスマッチ遠目から見るとそれは楽器というよりもむしろ剣でお墓の一角に突然一本の剣が刺さった墓石が出現してゼルダだったらマスターソードみたいなルック残念なことにちょっと笑いたくなるような滑稽さなんだけど今は笑えなくてたぶんあと10年後くらいに同窓会で皆に会った時にマスターソードヤバかったよねーあれねー斎藤さんゼルダ進めてる最中だったんじゃないのーなんて苦笑するのが丁度いい仕上がりだった。
だけど、そんな物なんてなくても私にとって弥美は特別で松本信長にとっても特別だ。そしてその特別は突然中途半端な所で固定されてしまった。私はふつふつと時間をかけて怒る。煮えたぎって来る。弥美は背の高い介護士が殺していい人間じゃなかった。もっとちゃんと残りひと月私たちと過ごしてもっとちゃんとゆっくり納得できない事をできる限り納得しようと努力した上できっちりサヨナラを言いたかったし言われたかったはずだ。いやそれも違う。弥美は死ぬべきじゃなかった。殺されるために産まれたわけじゃなかった。悲劇のヒロインとかになっていい話だよねー泣けるー切ないーなんていう涙を流されるべきじゃなかった。ねえ、ひとこと言わせてもらっていいですか。ふざけんなよクソ野郎。
中山が逮捕されこんな事になったのは全部俺のせいだとか言って引きこもっていた松本信長が学校に来るようになった頃には偏差値35の私の将来は決まった私は治す。治して治して治しつくす世界中にいる弥美を治すそのために私は医者になる必要があるそれも不治の病専用のゴッドハンドになると固く固く誓った決意は怒りで叩かれ鍛えられより一層強固になり私は心の底から医者になりたいと願った。医者になった。
そして私はカリフォルニアでチャチャッとたくさんの弥美を救うハイ気分はどうダーリンハニーそうオーケーノープロブレムドンワーリー全部私に任せてくれればオールオーケーと適当な事言って麻酔で眠らせ開かせていただければこっちのもので基本的にはザッと切ってスッと縫ってパッと閉じれば一丁上がり年間に600人くらいの弥美を救ってオリエンタルのゴッドハンド・ヨーコと呼ばれるようになった私は勝手にいなくなることを許さない。恋人や主人と急に別れようとしている奴や恋人や主人のことを好きな子つまり私のような子に覚悟ができる前にいなくなろうとする奴はもちろん許さないし時にはメモリごとバックアップする事すらせずに消え去ろうとするAIまで許さないでチャッチャと救ったとにかく徹底的に手の届く範囲の弥美を救った新しい難病に向き合った時には正直な所ゴッドのハンドも尻込みもするがその尻込みは弥美が許さないオーケー弥美私やるよでも失敗したら弥美のせいだからねと私は弥美に責任を押し付けてメスを振るう数年に1回は手後れだったり私の手の届かない場所でたくさんの弥美がいなくなったりするのだけども私程度のゴッドができる事なんて精々こんなもの沢山の機械や優秀なスタッフの力を借りてやっと奇跡を起こせる程度。どうかな弥美うまくやれてるかな?なんて心の中で尋ねてみたりもするけれどもオリエンタルのゴッドであるヨーコにとってのゴッドであるところの弥美からの答えは返ってこない。けれどきっと寄り添ってくれてるくらいはしてるんだろうと勝手に想像していつだって辞めて構わない神を明日も続ける事にする。
そのまま神を続けてそろそろ三十路が目前になった頃に同窓会へ出席するために久しぶりに帰国した私は兄の車を駆って弥美のお墓へと向かいながら生前弥美が私が死んだら骨は海に散骨してねなんて言っていた事を思い出すけど心の底から太平洋とか駿河湾とかに散骨されないで良かったそんな事になっていたら私は年に何回も弥美に報告をするためにどこにいけば良いのかわからずに海に出て適当な所で不安を感じながら半信半疑で独り言をつぶやいたり釣り上げた魚を開いてみたりしなくてはいけなかっただろうけど今はこうやって決まった場所に来れば弥美に会える車を降りてドアを閉めると小夜子と呼ぶ声を振り返ると松本信長そうこうやって松本信長にも会える私の事をドクターでも先生でもなくサヨーコでもヨーコでもなく小夜子と呼んでくれる人と一緒に報告に行けるからだ。
弥美への報告を終えた松本信長が振り返ってまだ独身?と聞いてきたので肩をすくめてイエスアイムシングルと答えると松本信長が片方の眉だけ上げてミートゥーなんて言ってきたのでねえそろそろ弥美も許してくれるよと声をかけようとした直後に背中の方からナンデという声。振り返ろうとした私は突き飛ばされて転んだままそちらを見るとそこには深々と切りつけられ腹を押さえて倒れ込む松本信長と刃物を持った中山。
再び中山が絶叫しながら松本信長を刺そうとするのを私は阻止する後ろから体当たりして突き飛ばし松本信長にかけより傷を確認する傷は浅いオーケー大丈夫というヨーコの判断は的確だが私はその判断を信じるのが怖い。うろたえているうちに起き上がった中山が再び刃物を構えてこちらを睨むしっかりしろ小夜子今あいつを止められるのはお前しかいないオーケー武器を探せ周りを見回せ。だがあるのは墓石とお花と線香だけ松本信長を抱きかかえた私に逆上した中山が三度叫び声を上げながら飛びかかって来る何回だって阻止する私は許さないという覚悟とは裏腹に簡単に突き飛ばされてしまい墓石に叩きつけられて口の中を切るとヘモグロビンの味と暖かさで少しだけ冷静さを取り戻した私の左手が何かを掴んだ。そう、それはみかげ石のソプラノサックス。
私は立ち上がると両手をかけてソプラノサックスを墓石から引きはがすポキリと根元から折れたその塊は神の剣だ私はそれをフルスイングして松本信長に伸し掛かろうとしている中山の横腹へと打ち付けるとゴツッという音と共にうめき声を上げて倒れた中山を私は許さない許せないそのままパンプスで顔面を蹴り上げ踵で踏みつぶすヨーコが判断するにはこのままでは中山は死ぬが両手でゴーサインを作っていて止めようともしないので怒りに任せて再びサックスを振り上げた私を止める声を上げたのは弥美だった。
私は姿の見えない弥美のせいにしてソプラノサックスをごとりと落とすと、松本信長のベルトを借りて完全に失神している中山を拘束して警察と消防に電話した。警察が来る間私たちは弥美の墓石に寄りかかりながら少しだけ話したねえ信長もうアンタ刺されるまでしたんだからきっと弥美も許してくれるよと言うとなんだそれ意味わかんねーよ笑わせんな今俺人生で最高に腹痛いんだわと言いながらも苦笑いしているのを見てもう大丈夫と思った私はついでについでに言っておくけど私も松本信長の事好きだったんだよと言ったらそうかじゃあ今ここにいる奴皆俺の事好きじゃんまいったな俺モテモテだなと言って松本信長はまた笑った。
中山は、複雑な性的指向を有しており、当時中学二年生だった松本信長に変質的な執着を抱いていた。そんな折に見た弥美の振る舞いが、叶わぬ相手との交際を見せつける当て付けと思い込み衝動的に犯行に及んだと証言した。
その後、15年間服役して出所しふらりと弥美の墓参りへと来たところで、偶然松本信長と私に遭遇し、またもやカッとなって襲い掛かって来たとの事だった。
叶わぬ相手への秘めた思いは私にもわかるし、どうにもならない性的な指向への偏見もあっただろう。けど、だからといって弥美を殺す理由にはならない。
私にだって、どうにもならない事は山ほどあって、できる事と言えば難病を治す事くらいだ。けれども歯を食いしばって足を踏み出すしかない。その時に寄り添ってくれる誰かがいるのがベストだけれども、いなかったのなら。オーケー。なんとかなるさ。なんとかするしかないのさ。
弥美に許された松本信長は、勤め先の後輩と結婚して良きパパになり、私はと言えば相変わらずカリフォルニアで世界中から訪ねてくる弥美をチャッチャッと助けている。たまに日本に帰って来た時は、お隣の松本家に行って光秀くん(ちょっとクレイジーな名前だよね)と遊んだりもする。
今でも私は、寝る前に弥美に尋ねてみたりしている。弥美、今の私はどう? お墓の前で暴れた件はごめんね。弥美みたいに綺麗な音色じゃなかったけど私的にはけっこういい音色を出せたと思うんだ。気に入らなかったらごめん。練習無しの一発勝負だったけど、あれが私の精一杯だよ。あの音が私の恋の音色ってことで。
相変わらず弥美は答えてはくれないけれども私は安心して電気を消す。今日もひとまずはお休みなさい。
好きな人の好きな人は親友で難病 吉岡梅 @uomasa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます