21話


 後ろに誰かがいる。


 それは、まるで背中を刃物で刺されたような感触。見えない手で、心臓を捕まれたように呼吸がままならない。


 どうする?


 頭の中で、何度も疑問を反芻する。


 だが、答えは出ない。


 誰か後ろを歩いている。


 それだけの事は、日常的なことだ。だが、さき江は確信していた。


 さき江の後ろに立っている人物。それは、ただ者ではない。いや、人である保証すらない。


 ――――おい


 ――――聞こえているんだろう?


「誰?」


 振り返らず、さき江は叫ぶように言った。


「…………」


 太陽の光に混じり、沈黙が降り注ぐ。


 川のせせらぎが、余所余所しく響き渡る。


 他に物音はしない。人の気配もない。


 あるのは、さき江と、背後に立つ人物の気配。


「誰なの? 私に、なんのよう?」


 もう一度問いかけるが、返事はない。


 乾いて張り付く喉に、唾を飲み込む。


 怖い。


 恵は何処に居るのだろうか。もう、この辺りから離れてしまったのだろうか。叫べば、誰かが来てくれるだろうか?


 様々な思いが胸中を駆け巡るが、最後に行き着くのは、『死』の一つ文字。


 熱いのに、悪寒が走る。


 カチカチと、奥歯が鳴らされる。


 沈黙に耐えきれず、ゆっくりと、亀の歩みよりもゆっくりと、さき江は振り返った。


「あっ」


 そこには、誰も居なかった。


 ホッと息をつくが、さき江ははすぐに呼吸を止めた。


 ホラー映画などでよく見るパターンだ。


 振り返ったら誰もおらず、ほっと安心して前を向くと、『ナニカ』がいる。


 よく使われる手法であるだけに、それだけ効果的なのだろう。


 意を決し、さき江は前を見る。


 誰もいない。


 人っ子一人いない。


 数百メートル先に見える大通りには、車や自転車が走っていた。


 すぐそこに、日常があった。


「なんなのよ、もう……」


 冷凍庫の中に入れられていたかのように、体は冷えて膠着していた。


 小走りで、さき江は大通りへ向かう。


 彼処に行けば、普通の日常に戻れる。


 同級生の死で、思いのほか動揺していたのかも知れない。


 聞こえない声が聞こえてしまった。


 それは、自分の弱い生み出した幻聴だと思うことにした。


 あと、一〇〇メートル。


 残り、五〇メートル。


 徐々に、日常が近づいてくる。


 あと数メートルで大通りに出られる。


 駆け足を緩め、乱れた呼吸を整える。


 炎天下の下、走ったので体中汗をかいていた。


「帰ったら、シャワー浴びなきゃ」


 ポケットからハンカチを取り出し、額に浮かぶ汗を拭った。


「おい」


 大通りの数メートル手前。左手にある小道から、声が掛けられた。


「え?」


 反射的に横を見た。


 巨大な手が迫っていた。


 さき江が状況を理解するよりも早く、巨大な手はさき江の頭を包み込み、そして、路地へと引き込んだ。

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生き返ったら悪魔だった件 天生 諷 @amou_fuu

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