20話

「あ~、恵さん、格好良かったな」


 ちょっとした恵の仕草、話し方を思い出すだけで、さき江は幸せな気分になれた。それは、目標とすべき大人の女性が出現したからだ。


 ハンターに憧れているのではない。凜とした女性に憧れるのだ。


 キャラクター的に、さき江は恵のようには慣れない。だが、彼女のような理想の女性像を持つのは重要だと思う。


 道ばたに落ちていた小石を蹴飛ばし、川に落とす。


 透き通った綺麗な川は、そっと覗けば無数の魚影が確認できた。


 山を越え、川を滑る冷たい風が火照った肌に心地よい。


 恵達が来てくれたおかげで、スッと心の支えが取れた気がした。


 同級生が殺された。あまり関わりのない同級生だったが、普段生活しているさき江達には、『死』という概念が欠落している。


 小さい頃、死んだらどうなるのか。夜通しそれを考えて、眠れなかったことを覚えている。


 何もかもがなくなる。


 体も。


 心も。


 この、『考える』と言うことも、全てがなくなる。


 怖い、恐ろしい、そういった概念さえも喪失する。


 こお世界から、全てが消える。


 自分の中の世界が、消滅する。


 それが『死ぬ』と言うことだ。


 実は、日常に死は溢れている。


 新聞、ニュース、ネットなど。


 その中で、事件、事故を見ない日はない。


 それだけ、世界には、世間には死が溢れている。


 なのに、普通に生きているときには、死を意識したりはしない。


 皆、必ず辿る末路だというのにだ。


「死ぬことを考えていたら、生きていけない」


 誰かが、そんなことを言っていた気がした。


 考えていたら生きていけない、だが、死ぬ覚悟はしておかないといけない。


 今日、それを思い出した。


 自分もいつか死ぬのだ。今日じゃないかも知れない。明日、数年後、十数年後、自分は死ぬ。その時に、この世界に何を残しているのだろうか。


 怖いが、それでも、楽しみだった。


 死ぬと言うことは、生きると言うことだ。死ぬまでに、自分が出来る事を考えると、わくわくしてくる。


 仕事をして、恋愛をして、結婚をして、子供を産む。そして、子供や孫に看取られながら、笑って死ねたら素晴らしい。


 自分の生きた証を、この世界に残しておきたい。


 それが、ヒトとして、生物としての宿命だろう。


 さき江は目を細めた。


 強い日差しを反射し、川面が瞬いた。


 おい


 風に乗り、声が聞こえてきた。


 さき江は足を止めた。


 不意に風が止んだ。


 右手に流れる川のせせらぎ以外の音が、この世界から消失したようだ。


 降り注ぐ強い日差しが、容赦なくさき江の肌を照らす。


 ジリジリと、肌が熱を帯びる。


 冷たい汗が噴き出し、こめかみから顎筋へ流れる。


「あっ……」


 見えない手に捕まれたかのように、足が動かなかった。

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