Spiral-Space-Spinner.
家に帰って倒れるように横になった。
三畳ほどの自室の天井には何もない。
すぐに眠れるかと思いきや、どこか落ち着かなくて、おもむろに身体を起こして窓枠に腰掛け「ポム」を咥える。煙草のようなもので、先端の方を指で潰すように圧力を加えると着火して煙を吸えるようになる。最初の頃は、指の離し時が分からなくて、何度か火傷しそうになった。
渋みのある甘い煙を吐き出しながら、窓の外の景色を眺める。
家のすぐ隣には馬小屋があって、その脇に藁が積んである。その少しだけ開けた場所で、四人の小さい子供が遊んでいた。何の遊びか分からなかったが、とにかく楽しそうに笑っていた。
……本当は。
本当は?
本当は違うんだ。
何が?
悲劇の主人公を気取ってんのは、俺だ。だからああ言ったのは、単なる同族嫌悪だし、嫉妬もしていたのかもしれない。
恵まれてなかった。だから言い訳したくなる。それは分かる。
でもテメェの人生に責任持つのは、どこまで行っても自分以外にいねーんだ。だから言い訳しても、前を向かなくちゃならない。そしてノールチェにはそれが出来ていた。
同僚に聞いた話だと、貧困家庭に生まれた子供は、働けるぐらいの年、ちょうど10歳くらいになると奉公に出されるらしい。藁を振り撒きながら笑うあの子供たちも、あと2年か3年したらそうなるかもしれない。でもそれ自体は悪いことじゃない。
良い奉公先であれば、勉強も教えてもらえるし、ちょっとした魔法も使えるようになる。社会生活を始めるのが早くなる程度の話だ。
だが、親が馬鹿だとそうもいかない。平気で奴隷のように遣われるようなところへ行かされる羽目になる。中には自分が働かなくて済むように、子供を沢山産むヤツなんてのもいる。そして常に、子供が選択権を得ることはない。
だったら逃げればいいのか。
いいや。逃げた後には、何も残らない。
一人で逃げて、生きていけるほどこちらの世界も甘くなく、見つかったら連れ戻されるくらいには、ルールがある世界だ。
だから。
だから?
だからあの子はすごいんだ。苦しみながらも前を向いて自分の力で進もうとしている。
それに比べて俺は。
俺は?
俺はただ、逃げてるだけだ。
あっちの世界でも、こっちに来てからも。
虚勢ばかりで、実際には言い訳しているだけだ。
偶然転生出来た。
だから言い訳をしなくてもよくなった。
でも問題が消えたわけじゃない。世界が変わっても、俺は俺のままで、生きている限り解決することはない。
本当は狼狽えたのだ。あの、必死で生きている目に。だからあの場にいられなかった。ただひたすらに逃げた。
これからどうするの?
ふと、そんな自問がどこかから聞こえてきた気がした。紛れもなく、自分の中から沸いたものなのに。
気を逸らしたくて、ポムを見ると種火が指先まで迫っていた。慌てて吸い口を抑えると火は消えた。
問いに答えないまま、毛布を頭まで被って目を瞑る。
寝不足とヤニクラで光のない世界がグラグラと揺れた。
眉間に皺を寄せて必死でそれに耐える。グラグラが収まっていくにつれて、代わりに睡魔に誘われる。
※※※
目が覚めると、開け放した窓から涼しい夜風が入ってきていた。
上体をおこして、何かを探す。夢の中で、誰かに会っていた気がする。蒸発していく記憶が、俺の中にほんのり温かい優しさを残していく。
鬱々とした空気が篭った自室を出て、夜中の街に出た。
満月が夜空にぽつんと浮かんでいた。昼は馬車や通行人で賑わう大通りが、ひっそりとしていた。
それで、なのか。
はっきりした理由はわからないが、暗かった気分が歩いているうちに段々晴れていく。一歩踏み出す度に、自分の中に明るい何かが波紋を広げる。
夜の街に残る喧噪の残り香を吸い込んで、そこに人々の営みを感じ取る。
みんな悩んで、笑って、生きているのだと、実感する。
そう思うと、悩んでいることも、そのほとんどが自分が作り出した不安にただ、闇雲にまぶされただけのものであるような気がした。
そう。
俺は転生してきたのだ。この世界に。
死んだらまた、違う世界に転生するのかもしれない。そうじゃないかもしれない。
でも、そんなことはどちらでもいいのだ。
ちっぽけな俺が出来ることは、大いに今を楽しんで生き抜くことだけなのだ。
湧き出す希望を明日に繋いで。
自然とそれが、自分にも出来るような気がした。
答えは未だ得られないまま。
それでも僕は、このまま歩いていきたいと思っている。少しだけ明日を待ち遠しく感じて。
歩きながら、何故か口の中にエナジードリンクの味が広がる錯覚を覚える。甘くてガラナで炭酸な感じがする。
飲みたいなぁ、なんて思って見上げた先には満月があって。その凹凸が、ストロー越しにエナジーを充電する峰不二子に見えて、思わず笑った。
異世界でキャバクラ始めました エスプライサー @Ultraighter
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