異世界の路地裏で、遠吠える。

「私……捕まっちゃうの?」

上目遣いのままノールチェは恐る恐るそう問う。現実に引き戻される。

「さあ。どうかな……」

「どうかなって、言わないでくれるんですか? このこと」

 ダメだ、と反射的にそう言いそうになる。直接的なことを明言していいのは、もうその交渉が通ることが確定してからだ。

 自分が分からないことを、分かってないことを晒しながら、他人に聞くべきじゃない。

「開いていいガードとそうじゃないガードがあるんだよ」

龍さんの言葉を思い出す。

「……お前は、どうなんだ? もし俺がここで見逃して、それでお前はこれからも、こういうこと、ずっと続けていくつもりなのか?」

 ノールチェは、それを聞いて押し黙る。

「どうなんだ?」

 俺は答えが欲しくて、もう一度、重ねて問う。

「しょうがないじゃない!!」

 ノールチェは、何かに耐えられなくなったように、激昂した。

「生まれた時から奉公ばっかで! 奉公奉公奉公奉公ばっかり! アタシに選択肢なんてないし! 自由なんてないんだから! だから! ……しょうがないの! これしかないんだから! 少しでも楽しようと思ったら、他にやりようなんてないんだから!!」

 一気に捲し立てるように言い終えて、ノールチェは肩で息をする。その剣幕に押し流されそうになりながらも俺は、一瞬だけ言い淀んだその隙を見逃さなかった。

「ほーん。……で?」

 そう返すと、ノールチェは怪訝な顔をして俺を睨み付けた。

「で? 別にお前だけが困ってるわけじゃねぇだろ! テメェだけが苦しんでんだみてぇな言いぐさしやがって。お前だけが恵まれてねぇ訳じゃねんだぞ!」

 それを聞いて、ノールチェは何か言い返そうとする。俺はそれを遮るように続ける。

「勝手に悲劇のヒロイン気取ってんじゃねーぞ、バーカ!!」

「うるさい! お前こそっ! メイド喫茶なんか来てんじゃねーよ、バーカ!」

「おまっ、お前わかってねーみたいだから教えとくけどな、バカって言ったヤツがバカなんだぞ、バカ!」

「お前が先にアタシに向かってバカって言ったんでしょ!」

「お前さっきからお前お前うるせーよ! 俺にもサトシって名前がちゃんとあんだよ!」

 そう言い残して、俺はくるりとターンして道端に口に残ったままのゲロをぺっぺぺっぺ吐き出しながらその場を去る。

 後ろの方で何かまだわめいてるようだったから、「誰にも何も言わねーから! あとは好きにしろ!!」と叫んだ。それ以降、背後から何かわめかれることはなかった。

 しばらく歩いてから、路地を曲がると日射しが建物に遮られた。

 なんとなく見上げると、すっきりした青空が広がっていた。

 元の世界となんら変わらない空に、取り立てて何か感慨を抱くわけでもなく。

 ただ。ただひたすらに。

 ……。

「眠たい」

 とだけ思った。


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