可愛いは正義。企業理念is大義名分。③
??
異世界に来て初めて「会社」という単語を耳にしたことと、いわゆる「窃盗」行為が会社の方針だとか、混乱する要素が二個以上だったため、どこに混乱していいのかわけもわからず混乱する。俺は巻き込んだ唇を解き放ちながら、「こんふゅーず……」と呟いた。
「その……会社に言われて、仕方なく……やるしかなくて……」
思わず叫んだ勢いも虚しく、美少女の説明は段々尻すぼみになっていった。
「会社に、と言うか上司に客の貴重品を盗めって言われたからあんなことしてたってこと?」
あんなことこんなこと……ぼったくられ舌打ちされ盗まれ……。
うぃーくえんどらばーもまっさおだな。
「あ……いや……そう、です」
責任逃れに必死で、どうやら罪を認めてしまったことに気付きながら、白濁まみれ(口元限定)の美少女は肯定せざるを得ない感じで頷いた。
正直なところ、俺としてもあまり事を荒立てたくはなかった。貴族の城の雇われ警備員を生業とする関係上、他所で変な因縁を抱えて後々揉め事になるのは避けたかったからだ。
しかし同時に邪な考えも浮かぶ。会社(未だその響きに慣れない)は別にして、目の前の美少女に見逃す代償を払ってもらえればベストだな、なんてやけに冴えた考えが。
「どうすんの? 会社に言われたんだとしても、やったのは君だから、捕まるのは君なんじゃない? しかも、そんなことやれって言うような会社なら、多分君が何か言っても知らないの一点張りで通して、切り捨てるつもりなんじゃない? ちゃんとそういう指示があったって証拠とか持ってんの?」
不躾な視線を注ぎながら捲し立てるようにして、問い質す。相手が答えに窮して混乱したら、最初に用意していたベストアンサー、に見えるプランという名のこちらの要求を提示する。相手は縋るように、半ば助かったような感覚でその要求を飲む。
勿論こんなの馬鹿な俺が思いつくわけがない。全部龍さんに叩き込まれた受け売りだ。
「えっ……うう……ひぐっ……」
美少女は静かに泣き出す。俺はどこか冷めた気持ちでそんな彼女を見ている。
「……お前、名前は?」
言ってから自分でも驚いたが、俺は直前まで出すつもりでいた要求を放置して、美少女に名前を聞いていた。
こんなところ、龍さんに見られてたら叩かれてただろうな。いつも「攻めるときは一気に畳みかけろ」って言われてたっけ。
「……ノールチェ。……親しい人には、ノルって呼ばれてる」
上目遣いで美少女はこちらを見る。板に付いた仕草だ。
もし、キャバ嬢だったら、さぞかし大量のボトルを開けられるだろう技術だ。
異世界に来てから初めて、そんなことを、前の世界での生活を想定したようなことを、考えた気がした。
一ヶ月。今俺が生きている世界のことを、夢か幻か、なんて信じてないふりをして、ちゃっかり毎日仕事して生計を立てている。
俺は、ホッとしていたのかもしれない。現実の、前の世界での生活を、思わぬ形とはいえ降りることが出来て。
だから今この瞬間に至るまで、前の世界にいたときの癖、みたいなものが出てこなかったのかもしれない。
「……」
俺は無言のまま、怯えきった瞳の中に強い光を一点だけ灯す美少女、ノールチェのその瞳を見つめる。
もう一ヶ月経った、と思うのと同時に、まだ一ヶ月なのか、とも思う。
たった一ヶ月経っただけなのに、もう俺は前の世界のことを遙か昔の出来事のように感じてしまっている。
何故か。
この一ヶ月の生活を振り返るまでもなく、その理由ははっきりしていた。
……スゲェ、つまんなかったからだ。くだらなかったからだ。
朝起きて城に出勤して、守衛として働く毎日。男ばかりの華のない職場。巡回中に時折ろくでもない奴らにちょっかいをかけられて、反撃するのを我慢する以外はとにかく暇な仕事。
そんなに不満たらたらなのに、じゃあ何故守衛なのか。
なんのツテも無かったからだ。
魔法が使えない奴に、ろくな仕事はない。そしてその魔法はと言うと、一部の限られた階級のご子息ご息女のみ、享受出来るようになっている。
異世界に来て、最初は期待した。
そしてすぐに、そのことを後悔した。
また期待して、また裏切られて、これ以上ないくらい自分のことを惨めだと思った。
そう。
この世界でも、俺には何も用意されていなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます